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四章
殺せない想い
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凍えるような寒さと共に、私はゆっくりと意識を取り戻した。
目を開けると、炭をこぼしたような暗闇が目の前に広がっていた。
背中が痛い。堅い物が背骨に当たっている。
どうやら私は、仰向けの状態で地面に倒れているようだった。
ここは……?
身体を起こそうとしたが、手と足が動かなかった。両手両足首をがっちりと固定されており、動かすことができない。感触から判断して、何か紐のようなもので縛られているようだった。
ぶるりと私は身体を震わせる。
寒い。吐く息が白くなるのが闇の中でもわかる。
ここは一体―――
顔を巡らし、闇の中に目を凝らす。徐々にだが目が慣れてきて、周囲の輪郭がぼんやりとだが見えてきた。
太い柱のようなものが見える。
外ではない。建物の中だ。
身体の前で縛られた両手を何とか動かして地面を触ってみると、ざらざらと脆くなった木の触感があった。
古くなった板張りの床。
更に鼻を動かすと、ツンと鼻孔を刺激する異臭があった。
顔をしかめたくなるようなカビの匂い。
もしかして……?
じっと目を凝らすと、ご神体を安置している祭壇の輪郭が現れてきた。
やはりそうだ。間違いない。ここはうちの神社の本殿だ。
私は確信した。
しばらく掃除していなかったせいか、すっかり埃っぽい空気が充満してしまっている。
……しかし、何故こんなところに―――
私はここに至るまでの記憶を辿っていく。ズキリと頭の奥が痛んだが、それと同時に、私は鮮明な記憶を取り戻した。
……そうか、私は彼の家で―――
口の中に苦い味が広がる。
兄に敗れたのだ……成す術なく―――
ごとんと頭を床に落とした。
無機質な空間に、重たい音が響く。
はぁと深い溜息を吐いた。
無様だ。情けない。私はこれまで何をやってきたのか。
凍てついた空気が、身体の芯にまでじわじわと浸透してくる。
六年経った今でも、兄にはまるで歯が立たなかった。私の言葉なんて届かなかった。圧倒的な力と想いの差を突き付けられただけだった。
説得しようなんて甘かった。力づくで連れ戻せると思っていた自分が愚かしい。私はこれまで、本当に何をやってきたのか。
この六年間、私は兄を連れ戻すことだけを考えて生きてきた。他のことなどどうでも良かった。兄との生活を取り戻せるのなら、他の人なんて死んでも構わないとすら思っていた。
しかし、それは間違いだった。彼らの件で、それは痛いほどに私の心に刻まれた。
利用しようなんて考えるべきではなかった。彼女たちを泳がせて、兄を見つけだそうなんて企むべきではなかった。彼女たちを、助けてあげるべきだった。負の連鎖は、間違いなくあそこで断ち切っておくべきだったのだ。それなのに私は―――
ぎりっと奥歯を噛み締める。
自らの愚行が何よりも腹立たしい。過去に戻れるのなら自分を殺してやりたい。兄が言うように、私には彼らを止める権利など無いのだろう。
私は、彼らの大切な人たちを奪ってしまった。初めてできた友達も殺してしまった。
殺人者だ。
本来ならば、こうして生きていることすら赦されない。殺されても文句は言えない。
それなのに、私はまだ生きている。死んでいない。
何故なのか……?
誰かが私に命令しているのか。死ぬなと、生きるべきだと、誰かが私に命じているのだろうか。
生きる? 何のために……?
苦しむため? 罪を背負っていくため? それとも彼らを止めるため―――?
「…………」
そこまで考えて、私はゆっくりと目を閉じた。
馬鹿馬鹿しい。
これ以上、私が彼らに介入していくべきではない。彼らの意志に土足で割り込んでいくべきではない。
次に目を開けた時に、例えどんな結末になっていたとしても、私はその現実を受け入れなければならない。それが私の義務なのだ……。
どろりと濃い闇に、私は身を委ねる。
身体から熱が抜けていく。カビの匂いが遠くなっていく。
冷気が私の身体を包み込み、深い闇へと誘っていく。
……しかし―――
ああ、本当に、私はどうしようもない愚か者だ。
意識を失いかける度に瞼の裏に浮かび上がってくるのは、かつてのあの眩しかった日々。兄がいて、美鈴さんがいて、そして私がいる。幸せだった、あの空間。
私にリボンをプレゼントしてくれた兄の照れくさそうな表情。私を可愛い可愛いと褒めちぎってくれた彼女の優しい笑顔。目を開ければすぐそこに、あの心地よかった日々が広がっているような気がした。
自らを嘲笑うように、右側の口角だけが冷たく動く。
人間、最後は結局自分だけが可愛いとはよく言うが、まさにその通りだ。
ここまできても私はまだ、あの幸せな日々を取り戻したいと思ってしまっている。もう一度、兄と一緒にやり直したいと願ってしまっている。
傲慢、恥知らず、人でなし―――
全くその通りだ。
どれも理解し、認めよう。
しかし、わかってはいても、胸のあたりがどうしようもなく痛くなって言うことを聞いてくれない。諦めることを赦してくれない。
身体に熱が戻ってくる。抑えきれない想いが込み上げてくる。
なんて我儘なのだろう。なんて都合が良いのだろう。きっと死んだら、私は真っ直ぐに地獄へと落ちていくのだろう。
本当にどうしようもなく愚かで、救いようのない人間だ、私は……。
……しかし、それでも―――
ぐっと身体に力を込める。
最後に、この我儘だけは通したい。
目を開け、現実と向かい合う。
これが最後。本当に、最後の戦いだ。
覚悟を決める。
今度こそ、終わらせよう。
目を開けると、炭をこぼしたような暗闇が目の前に広がっていた。
背中が痛い。堅い物が背骨に当たっている。
どうやら私は、仰向けの状態で地面に倒れているようだった。
ここは……?
身体を起こそうとしたが、手と足が動かなかった。両手両足首をがっちりと固定されており、動かすことができない。感触から判断して、何か紐のようなもので縛られているようだった。
ぶるりと私は身体を震わせる。
寒い。吐く息が白くなるのが闇の中でもわかる。
ここは一体―――
顔を巡らし、闇の中に目を凝らす。徐々にだが目が慣れてきて、周囲の輪郭がぼんやりとだが見えてきた。
太い柱のようなものが見える。
外ではない。建物の中だ。
身体の前で縛られた両手を何とか動かして地面を触ってみると、ざらざらと脆くなった木の触感があった。
古くなった板張りの床。
更に鼻を動かすと、ツンと鼻孔を刺激する異臭があった。
顔をしかめたくなるようなカビの匂い。
もしかして……?
じっと目を凝らすと、ご神体を安置している祭壇の輪郭が現れてきた。
やはりそうだ。間違いない。ここはうちの神社の本殿だ。
私は確信した。
しばらく掃除していなかったせいか、すっかり埃っぽい空気が充満してしまっている。
……しかし、何故こんなところに―――
私はここに至るまでの記憶を辿っていく。ズキリと頭の奥が痛んだが、それと同時に、私は鮮明な記憶を取り戻した。
……そうか、私は彼の家で―――
口の中に苦い味が広がる。
兄に敗れたのだ……成す術なく―――
ごとんと頭を床に落とした。
無機質な空間に、重たい音が響く。
はぁと深い溜息を吐いた。
無様だ。情けない。私はこれまで何をやってきたのか。
凍てついた空気が、身体の芯にまでじわじわと浸透してくる。
六年経った今でも、兄にはまるで歯が立たなかった。私の言葉なんて届かなかった。圧倒的な力と想いの差を突き付けられただけだった。
説得しようなんて甘かった。力づくで連れ戻せると思っていた自分が愚かしい。私はこれまで、本当に何をやってきたのか。
この六年間、私は兄を連れ戻すことだけを考えて生きてきた。他のことなどどうでも良かった。兄との生活を取り戻せるのなら、他の人なんて死んでも構わないとすら思っていた。
しかし、それは間違いだった。彼らの件で、それは痛いほどに私の心に刻まれた。
利用しようなんて考えるべきではなかった。彼女たちを泳がせて、兄を見つけだそうなんて企むべきではなかった。彼女たちを、助けてあげるべきだった。負の連鎖は、間違いなくあそこで断ち切っておくべきだったのだ。それなのに私は―――
ぎりっと奥歯を噛み締める。
自らの愚行が何よりも腹立たしい。過去に戻れるのなら自分を殺してやりたい。兄が言うように、私には彼らを止める権利など無いのだろう。
私は、彼らの大切な人たちを奪ってしまった。初めてできた友達も殺してしまった。
殺人者だ。
本来ならば、こうして生きていることすら赦されない。殺されても文句は言えない。
それなのに、私はまだ生きている。死んでいない。
何故なのか……?
誰かが私に命令しているのか。死ぬなと、生きるべきだと、誰かが私に命じているのだろうか。
生きる? 何のために……?
苦しむため? 罪を背負っていくため? それとも彼らを止めるため―――?
「…………」
そこまで考えて、私はゆっくりと目を閉じた。
馬鹿馬鹿しい。
これ以上、私が彼らに介入していくべきではない。彼らの意志に土足で割り込んでいくべきではない。
次に目を開けた時に、例えどんな結末になっていたとしても、私はその現実を受け入れなければならない。それが私の義務なのだ……。
どろりと濃い闇に、私は身を委ねる。
身体から熱が抜けていく。カビの匂いが遠くなっていく。
冷気が私の身体を包み込み、深い闇へと誘っていく。
……しかし―――
ああ、本当に、私はどうしようもない愚か者だ。
意識を失いかける度に瞼の裏に浮かび上がってくるのは、かつてのあの眩しかった日々。兄がいて、美鈴さんがいて、そして私がいる。幸せだった、あの空間。
私にリボンをプレゼントしてくれた兄の照れくさそうな表情。私を可愛い可愛いと褒めちぎってくれた彼女の優しい笑顔。目を開ければすぐそこに、あの心地よかった日々が広がっているような気がした。
自らを嘲笑うように、右側の口角だけが冷たく動く。
人間、最後は結局自分だけが可愛いとはよく言うが、まさにその通りだ。
ここまできても私はまだ、あの幸せな日々を取り戻したいと思ってしまっている。もう一度、兄と一緒にやり直したいと願ってしまっている。
傲慢、恥知らず、人でなし―――
全くその通りだ。
どれも理解し、認めよう。
しかし、わかってはいても、胸のあたりがどうしようもなく痛くなって言うことを聞いてくれない。諦めることを赦してくれない。
身体に熱が戻ってくる。抑えきれない想いが込み上げてくる。
なんて我儘なのだろう。なんて都合が良いのだろう。きっと死んだら、私は真っ直ぐに地獄へと落ちていくのだろう。
本当にどうしようもなく愚かで、救いようのない人間だ、私は……。
……しかし、それでも―――
ぐっと身体に力を込める。
最後に、この我儘だけは通したい。
目を開け、現実と向かい合う。
これが最後。本当に、最後の戦いだ。
覚悟を決める。
今度こそ、終わらせよう。
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