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第一部 第二章 夢の灯火─少年、青年期篇─

戦鬼 1

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 中央大陸ミズガルズ──

 ミズガルズ東の中ほどには、見渡す限りの荒野が広がる。

 荒れた大地に草木はなく、そこかしこに腐乱した死体が放置されている。荒野の北部にはヘンティー山脈が横たわり、冬になると極寒の地となる。

 この荒れ果てた大地はランバートルと呼ばれる東西に細長い土地。東と南にソール聖王国、北にシア・ツァーリ大帝国、西にオーシュ連邦と囲まれる。

 地中深くがミズガルズを囲む大海である大外洋だいがいようと繋がり、いずれ世界蛇ヨルムンガンドがランバートルの大地を喰い破り、世界を滅ぼすと言い伝えられている。それ故にどこの国にも属さない無法地帯だ。

 ランバートルから南西にはオーシュ連邦の貿易都市イルネルベリ。北西にはシア・ツァーリ大帝国の交易都市シビルスクがあり、ランバートル経由での密輸が盛んに行われていた。

 そういった背景もあり、ランバートルには密輸品や奴隷商を狙った山賊がひしめき合っている。また、その山賊から身を守る為の傭兵団も数多くいた。

 死と欲望の渦巻く荒野ランバートル。

 聖王国ではランバートルに男が近付けば骨も残らず、女が近付けば死ぬまで性奴にされると言われ恐れられていた。(実際過去にランバートルから聖王国へ逃げてきた女性は歯を全て抜かれ、廃人同然の様であった)


---

 ──ランバートル東部

「ほわぁぁぁぁぁぁっ! ほあぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「ちっ! うるっせぇんだよ! 酒が不味くなるだろうがっ! ぶっ殺すぞ!!」

 ランバートル東部のヘンティー山脈の麓の小屋で、酒に酔った大柄の男が叫ぶ。どうやら生後一年程の赤ん坊の泣き声に苛立っているようだ。

「くそっ! 毎日毎日泣きやがってよぉ……頭がおかしくなりそうだ! 黙れってんだよ! くそっ! くそぉっ! もう半年だぞ! どこ行きやがったんだレイラァァァァァァァァァァァァァ!!」

 レイラとはこの酒に酔って喚き散らしている男──ゴルゲンが荒野で拉致し、犯して妊娠させた女だ。

 レイラはゴルゲンがこれまで出会った女の中で、他と比べるのがおこがましい程に美しかった。レイラを拉致監禁し、一年後に子供が生まれる。それが先程から泣いている赤ん坊──

 ノヒンだ。

 ノヒンという名前はレイラが付けた名で、レイラの出身国に関係があるらしいのだが……

 ゴルゲンはノヒンという名前の響きに聞き覚えはなかった。

 レイラはノヒンが生まれて半年後、外出した際に失踪している。外に出たそうにしていたので、「日没までに戻らなければノヒンを殺す」と脅して外出を許したのだが……

「ちっ! あんないい女ぁ二度と味わえねぇってのによ! くそっ! それもこれもてめぇのせいだ! てめぇが呪われてっからだ! その呪われた目ん玉ぶっ潰してやるよ!!」

 ノヒンの左の白目には縦縞の痣があった。

 ──魔女の刻印。

 ──呪われし業の烙印。

 ──神話時代に行われた大戦の宿因。

 この世界には魔女が存在し、恐れられている。魔女は迫害され、捕縛され、拷問され……

 殺される。

 ただどういったわけか魔女には美しい者が多く、ひっそりと性奴とされている場合もあった。魔女の中でも特に恐れられていたのが、体のどこかに縦縞の痣がある魔女。縦縞の魔女は他の魔女よりも強い力があると信じられていた。

 実はレイラにも左肩甲骨に縦縞の痣があったが、前から犯すことしか脳のないゴルゲンは気付きもしない。

「ほあぁぁぁぁぁぁっ! ほわぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「てめぇが! てめぇがてめぇがてめぇがてめぇが!! てめぇが呪われたからレイラがいなくなりやがったんだ! まだまだやり足りねぇのによぉ! その目だ! その目さえなけりゃあ……」

 魔女は基本的に血筋なのだが謎が多く、ある日突然魔女(男の場合は魔人)になるという噂もある。ゴルゲンはレイラが魔女なのではなく、ノヒンが呪われて魔人になったと思っていた。

 そうしてその思いがゴルゲンを凶行に走らせる。

 ゴルゲンはナイフを手に取ると、ノヒンの左目にゆっくりと差し込んだ──


---


 ──七年後

「おい親父! そろそろ俺も仕事に連れてけよ! ヒマでヒマでしょうがねぇ」
「ちっ、うるっせぇんだよノヒン。てめぇを連れてったところで足手まといだ。家の便所でも掃除してやがれ!」
「俺だってやれる! 見ろよ! ロングソードだって振れるんだぜ!」

 ノヒンがロングソードを手に取って振る。八歳が振れるような重さではないのだが……

 ゴルゲンが驚いた顔をした後で、ノヒンを思い切り蹴りつけた。

「ぐうっ! な、何すんだよ!」
「俺に剣を向けてんじゃねぇ! ぶっ殺すぞ!!」
「わ、悪かったよ剣なんて向けて……。ただ親父には感謝してんだ。何か恩返ししたくてよ」
「気持ちわりぃこと言ってんじゃねぇぞ!!」

 ノヒンは生後一年でゴルゲンに左目を潰されたのだが、その後治療を受け、左目が見えない以外は問題なく育った。

 本来であれば魔女や魔人は傷が勝手に再生し、目も見えるようになるはずなのだが──

 あまりにも幼い時分に負った傷は再生しないことが多い。

 ノヒンはゴルゲンに似たのか同世代よりも筋肉質で、ただ似たのは筋肉質なところだけ。ゴルゲンは浅黒い肌にゴワゴワの白髪混じりで、分厚い唇に潰れた鼻。目はぎょろぎょろと血走っているのだが──

 ノヒンはとても整った容姿をしていた。

 肌は透けるように白く、さらさらの黒髪に高い鼻と薄い唇。目は切れ長で涼やか。このまま成長すれば、美しい顔の精悍な青年になるだろうことは誰が見ても間違いない。

 そんな似ても似つかないゴルゲンをノヒンは親父と呼んでいるが……

 ノヒンがゴルゲンから受けた説明では、荒野で母親の死体に抱かれたノヒンをゴルゲンが助けたことになっている。左目も元々潰されていて、ゴルゲンが治療して育てたと。
 
「ちっ、まあ今日は簡単なヤマだからな。連れてってやってもいいが……邪魔だけはするんじゃねぇぞ!!」
「えっ? 本当か!? いぃぃぃぃぃ……よっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「相変わらずうるっせぇガキだ。簡単つっても人を殺すぞ? 覚悟はあんのか?」
「俺だってランバートルの鬼畜集団! ゴルゲン一家の端くれだぁっ! やってやるよ!! って言いたいところだけど……何をするんだ?」
「ちっ、ここから南西、イルネルベリとの間にトマンズって街があんのは分かるか? 聖王都ソールの貴族様の別荘がある町だ」
「あぁ知ってるよ。なんだっけ? グレイスとかいう女好きの下衆だろう? だけどあいつは王族じゃなかったか……? 確か第一王子……」
「貴族も王族もランバートルじゃあただの獲物だ。対した差はねぇよ。そんでその貴族様がシア・ツァーリから奴隷の女を買い付けたって情報が入った。今回はその奴隷商を狙う」
「全然簡単じゃねぇじゃねぇかよ……。王族が買い付けた奴隷だろ? 警護もすげぇんじゃねぇのか?」
「ちっ、てめぇは何年ここで暮らしてんだぁ? ランバートル経由での取引は表沙汰に出来ねぇヤマだ。毎度警護が少ねぇのは知ってんだろ?」
「……ってもその王族様がランバートルの他の一家に護衛を頼んでるかもしれねぇだろ?」
「……その辺はナシがついてんだ。だから死ぬんじゃねぇぞ?」
「……ん? 死ぬんじゃねぇぞってどういう意味だ?」

 違和感のある言い回しに思わずノヒンが聞き返す。

「ちっ、心配しちゃあ悪いのか?」
「う、嘘だろ……? 地獄の鬼もその所業に若干引いちまうって噂のゴルゲンが心配なんて……って痛てぇじゃねぇか! すぐ殴んじゃねぇよ!」
「……とりあえず準備しておけ。武器は……」
「俺はこのロングソードで行く! 本当は親父と同じ大戦斧がいいんだけど……そこに飾ってある大戦斧は使わねぇのか?」
「そいつぁやめとけ、昔奪った戦利品だがよぉ……呪われてやがんだ。使ってると気が狂う。っつーか大戦斧はてめぇにゃ無理だろうが! てめぇの身の丈よりでけぇんだ!」
「でけぇからかっこいいんじゃねぇか!」
「黙ってその剣にしとけや。ちっ、ロングソードだってまだ早ぇってのによぉ」
「はんっ! すぐに大戦斧持てるようになってやるよ! ……んで? 奴隷商が通る場所はどこなんだ?」
「こっから西のルタイ平野だ。馬で飛ばしゃあ一日ぐれぇだな」
「ルタイ平野ってことは……ザザン一家の縄張りじゃねぇかよ! 本当に大丈夫なんだろうな?」

 ザザン一家とは、ゴルゲン一家とは別の意味で危ない集団だ。中でも家長のザザンは反吐が出るほどの変態で有名。拷問が趣味で、特に親の目の前で子供を拷問しながら犯すのがたまらなく好きだと豪語している。犯す相手は男でも女でも……それこそ獣ですら相手にする。

「だからナシはついたって言ってんだろうが! ごちゃごちゃ言ってやがんなら置いてっちまうぞ!!」
「わ、分かったよ! まぁ俺に任せとけ! 全員俺がぶった斬ってやるぜ!」
「奴隷には手を出すんじゃねぇぞ! 今回は特別な女だって話だからなぁ……。ばははっ! 早く味わいてぇぜ」
「女には興味ねぇよ。とにかく早く戦ってみてぇ」
「ちっ、てめぇは気性が荒すぎんだ!」
「はぁ? 親父にだけは言われたくねぇよ」

 ノヒンがそう言ったところで──

 ゴルゲンに思い切り頭を殴られた。
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