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第一部 第三章 夢の灯火─レイナス団編─
策士 1
しおりを挟む──翌朝
「ちっ……うるせぇなぁ……もう少し寝かせろよ……」
昨夜ジェシカが見張塔を去った後、ノヒンはそのままその場で眠りについた。夢の中でヨーコに会った気がするが、決まってそんな日は心がもやもやする。
夢の中でだけでもヨーコに会えて嬉しいと思う反面、起きた後、ヨーコがいない現実に打ちのめされるからだ。
「なんだってこんな朝から騒いでやがんだ……っと」
ノヒンが起き上がり、見張塔から下を見る。城内が騒がしいのは分かるが、なぜ騒いでいるのかまでは分からない。だが城壁内に見覚えのある馬が繋がれていた。銀灰色の周りよりも一回り大きい軍馬である。
「スレイプニルッ!? なんでラグナスの馬がいんだぁ? あいつぁ今はイデラバードに……。もしかしてラグナスに何か……」
ノヒンが見張塔の階段を転がるように駆け下り、騒がしい声の聞こえる方へと向かう。おそらく食堂の方だ。
「おいっ! ラグナスになんかあったんじゃねぇだろうな!!」
バンッ! と、扉を開け放ち、ノヒンが食堂の中へと転がり込む。
「ああおはようノヒン。昨日はゆっくり眠れたのかい? ……っとすまない。食べながらなんて行儀が悪かったかな?」
そこには優雅に朝食を取るラグナスの姿。隣には笑顔のジェシカが座っていた。ラグナスは口元をナプキンで拭くと、ノヒンの前まで歩み寄る。
「なんでお前がここに? イデラバードはどうした? どういうことだ?」
「イデラバードなら昨日のうちに落としたよ。ある程度やることはやったのでな。後はパランに任せてこっちに来た。ジェシカのことが心配だったのもあるが……」
「はぁ? イデラバードを一日でぇ? そんな訳! ……あるよな。そうだな……お前はなんたってラグナスだ。さすがだよ」
「そういう君も単騎で城壁を落としたらしいな? 相変わらずの脳筋プレイで感心するよ」
「おいおい、そりゃ褒めてんのかぁ?」
「ああ褒めているさ。私には出来ないことだからな」
「そういうお前はどうやってイデラバードを?」
「まあ立ち話もなんだ。一緒に食事しながらでも話そうじゃないか。焼きたてのパンもあるぞ?」
「俺は干し肉と酒がありゃあいい」
そう言ってノヒンがテーブルの上の干し肉を手に取り、がぶりと噛み付く。それを見たラグナスが「相変わらずだな」と柔らかく微笑む。
「……みんな聞いてくれ! ノヒンと今後の話がある! 申し訳ないが少し席を外してくれないか!」
ラグナスの掛け声と共に団員達が食堂の外へと出ていき、ジェシカがラグナスの元へと来る。
「ラグナス……私……は?」
「すまないジェシカ。ノヒンと二人だけで話したいんだ」
「そう……か。分かった……」
ジェシカが恨めしそうにノヒンを睨みつけ、食堂の外へと出ていった。
「うへぇ、昨日はあんなに落ち込んでやがったのによぉ。ラグナスが来た途端にこれだよ。ってか今後の話ならジェシカもいた方がよかったんじゃねぇのか?」
「ラルバとレグリオのことなのでな」
「あぁ……そりゃ聞かせらんねぇな。今のあいつなら『私がやる!』とか言い出しそうだ」
「すまないな。汚れ仕事ばかり頼んで」
「気にすんな。お前が目指す『弱き者が蹂躙されない世界』のためだ。俺ぁなんだってやるぜ?」
「頼もしいな。君が味方で本当によかったと思うよ。まあとにかく座ろうか?」
ラグナスに促され、二人が並んで座る。
席に着いたラグナスが、食べかけのスープをスプーンを使って飲む。その横顔にノヒンが思わず見とれてしまう。ただスープを飲んでいるだけなのだが、それが恐ろしく絵になる。
前にトマンズの女給が『ラグナス様のスプーンになりたい』と言っていたな──と、ノヒンが思い出す。ラグナスはそう思わせる程の神秘性を纏っている。自分がスープを飲むのならスプーンなど使わず皿ごといくので、『ノヒン様は獣よねぇ』と言われていたなと思い出し、少し恥ずかしくなる。
「それで? レグリオの方はどこにいるか分かったのか?」
レグリオはラルバの弟。つまりラグナスを面白く思っていない王子の一人。
「ああ、パランに探らせていたのだが……私達が攻め落としたイデラバードから南東、オーシュ連邦の港町マドラスに、バルドル騎士団を伴って隠れている。マドラスから南西に行けばオーシュ連邦重要貿易都市イルネルベリだ。動きやすい位置にいることになるな」
「イルネルベリはなんとなく分かるが……マドラス? 悪ぃが地理に疎くてよ。なんでそんなとこにいんだ? 確か事前情報じゃぁ……なんだっけ? トマンズから南東のなんちゃら半島の……クラン? だかにいるんじゃなかったのか?」
「マレー半島のクランだ。ソールの貿易都市だな。以前からレグリオは、クランとイルネルベリの海路での密輸を影で取り仕切っている。実はイルネルベリはすでにレグリオに買収されていたんだ。イデラバードもな」
「めんどくせぇ話だな。それとそのレグリオが今いるっつぅマドラスは何が関係してんだ?」
「そうだな。流れとしてはこうだ。まずユーデリーはジェシカ率いるレイナス団が失敗し、その代わりにラーダーバードで待機中のトール騎士団がユーデリーを制圧。一方イデラバードでは、戦力を分散されたことで苦戦している私達に向け、買収済みのイルネルベリが援軍という形で北上して参戦」
「まあなんとなく流れは分かるが……ラグナスが苦戦するって思ってんならイルネルベリ軍が参戦する意味はあんのか?」
「レグリオはラルバよりも狡猾だからな。ラルバすらも利用しようとしていたんだ」
「どういうことだ?」
「ラルバはトール騎士団をユーデリー兵に見せかけ、イデラバードで戦っている私達の背後を襲うつもりでいた。レグリオは事前にその情報を得てそれを利用し、イデラバードで挟撃される私達をトール騎士団ごと殲滅しようと企んだ」
「はぁ? トール騎士団たってユーデリー兵に扮してんだろ? 買収済みとはいえ、イルネルベリ軍がユーデリー兵を攻撃するのはおかしくねぇか?」
「そんなのは簡単だよ。イルネルベリ軍が『ユーデリー兵に扮したトール騎士団がいるぞ! 情報通りだ! ソールのラルバは権力欲しさに卑劣な手を使っている!』とでも言えばいいのさ。その上レグリオはトール騎士団の中にも間者を仕込んでいたようだからな。その間者に『ちっ! バレたらしょうがねぇ!』とでも叫ばせておけばいい。そうすれば戦場は大混乱だ。潰し合う私達とトール騎士団を、イデラバードとイルネルベリの合同軍が潰せばそれで終わりだ」
「悪ぃラグナス。めんどくさ過ぎてよく分かんねぇ。それで結局マドラスにいるレグリオは? ただ眺めてるだけか?」
「レグリオは狡猾だと言っただろう? この状況全てがレグリオにいいように作用する。つまり……トール騎士団は卑劣な手でレイナス団を潰そうとしていただろう?」
「そうだな」
「イデラバードにイルネルベリ軍が参戦することで、私達とトール騎士団は潰される予定だっただろう?」
「まあそうなっちゃいねぇが、そうなる予定だったんだろうな」
「そのタイミングでレグリオのバルドル騎士団がイデラバードに進軍。買収済みのイデラバードを茶番を演じて制圧。そのまま南下し、これもまた買収済みのイルネルベリを茶番を演じて制圧。そうするとどうなる?」
「だめだ……もったいぶらずに教えてくれ」
「レグリオ率いるバルドル騎士団は、卑劣なトール騎士団を粛清。卑劣なトール騎士団によって潰されたレイナス団の仇を討つ形で、イデラバードを制圧。そのまま南下し、オーシュ連邦重要貿易都市イルネルベリを制圧。まあつまり……英雄の誕生だな?」
「ちっ、レグリオが糞だってのはよく分かった。だがめちゃくちゃ腹は立つけどよ……全然上手く行ってねぇじゃねぇか」
「まあ一番狡猾だったのは私ということになるのかな?」
「おめぇも何かしてたのか?」
ノヒンの問いにラグナスが微笑む。まるで少年のような無邪気な微笑みに魅了されると共に、底の知れない恐ろしさをも感じてしまう。
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