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第一部 第三章 夢の灯火─レイナス団編─

策士 2

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「いずれこういうことがあると思っていたのでな。前に言わなかったか? 『訳あってそこまで強力な導術だということは隠している』と。私は私の能力を低く見せていた。ソールの中で私の導術は、少し強力くらいの認識だ。君に使った容姿を変える導術に関しても知る者は……ルイスくらいだな」
「なんでそこでルイスが出てくるんだよ」
「ルイスは寡黙だろう? ついな」
「ついっておいおい……おめぇは時折ゆるいんだよ! っつーかその話を俺にしたのは二年くらい前だよな? そんな前から今回のことが分かってたって言うのか?」
「さすがにあの段階で、この形になるとは思ってはいないさ。ただ確実にラルバとレグリオが私を潰しに来ると考えていたからな。実際全て上手く行っただろう? 君だって私がイデラバードに苦戦すると思っていなかったか? だが実際は出し惜しみなく導術を使い、一日で終わらせた」
「相変わらず恐ろしい男だな、おめぇは」
「いやいや、恐ろしいのは君の方だよ。今回の件で重要な意味を持っていたのはノヒン、君だ」
「あぁん? 俺がかぁ?」
「そうだ。私の導術に関しては隠すことが出来ていたが、君の武勇に関しては無理だったからな。君がレイナス団にいたままではレグリオはマドラスまで来なかっただろうね。それほど君の武力は恐れられている」
「……ってぇことは、あの殺し合い演じたのはレグリオに向けてだったのか?」
「そういうことになるな。ラルバからイデラバードとユーデリー攻略を命じられたのは二週間前。そこから私と君が言い争い、君がレイナス団を出て行くまで二日。その話がクランのレグリオに伝わるまで二日。そこからレグリオが準備をし、海路でクランからマドラスまで来るのに、十分な日数が残っている」
「すげぇな……」
「パランのおかげもあるぞ? 君はパランを嫌悪しているようだが、あれは情報網が凄まじい。今回のラルバやレグリオの動きを知れたのは、パランがいたからこそだ」
「まあそう言われりゃそうなんだけどよ……どぉもあの成金趣味が肌に合わねぇ。奴隷の扱いも最悪だって聞いたぞ?」
「まあその辺は任せておけ。ここだけの話だが……私もパランは嫌いなんでな。あれは上昇志向が異常だ。確か元は平民のはずだが、その情報網と商才で貴族まで上り詰めた男だ。まだまだ上に行きたいのだろうことは見て取れる。その上昇志向を私が利用し、資金と情報を得ている。全てが終わったら私から引導を渡すさ」
「分かっちゃいるがよ……糞だと分かってて放っておくのがどうしてもな」
「君はどこまでも真っ直ぐだからな。まぁだからこそ、信頼している」
「ははっ、そりゃどうも。んで? この後の流れは?」
「レグリオは焦っているだろうな。まさか私達が一日でイデラバードを落とすなど、思ってもいなかっただろうさ。こうなるとイルネルベリからイデラバードに援軍は来ない。レグリオもイデラバードには攻めてこない。困ったレグリオは一旦クランに戻るという流れだな。もちろんレグリオにとって不測の事態なので、クランに戻るまで後一日から二日はあるだろう。ここまで言えば分かるか?」
「ああ。俺がマドラスまで行ってレグリオを殺しゃあいいんだろ?」
「そういうことだ。レイナス団はこのままユーデリーとイデラバードに滞在する。君には私の導術でトール騎士団の生き残りの姿になってもらうよ。ここまで来たらイデラバードでレグリオの策略の証言も取れるだろうし、普通にレグリオを殺してもいいのだろうが、まあ念には念を入れたいんでな。今回のことにレイナス団は一切関わっていないことにしたいのでね。頼めるかい?」
「はんっ! 色々ともやもやしてたんだ! 糞を殺せるってんなら喜んでやらせて貰うぜ!」
「本当に頼もしいな。だがバルドル騎士団は厄介だぞ? 一騎当千のトール騎士団とは違い、連携が上手い」
「関係ねぇよ! 連携? そんなもん突っ込んで掻き回しゃあ一発だ!」
「君に作戦などは必要ないみたいだな」

 そう言ってラグナスが笑う。

 ノヒンはここまでの話を聞いて全てを理解した訳では無い。それでもラグナスがかなりの窮地にいた事は分かっている。

 だがラグナスはそれら全てを裏から操ってみせ、目の前で少年のように純粋な笑顔を見せている。この二年間でノヒンは、心の底からラグナスのことを信頼した。だがそれと同時、得体の知れない寒気を感じることもある。

 ラグナスにとっては全てが駒。

 ノヒンは「自分ですらもただの駒なのではないか」と思ってしまうことがある。

「ここまで話したが……そろそろ君との約束を果たさなければな」
「……いいのか?」
「ああ、そういう約束だろう?」
「んじゃあ遠慮なく……」

 ノヒンがラグナスの胸ぐらを掴み、拳を構える。

「歯ぁ食いしばれよラグナス」
「了解した」

 ノヒンの握られた拳がギチギチと音を立て、腕の筋肉が隆起する。

「行くぞっ!」
「ああっ! ………………っとノヒン? どういうつもりだ?」

 ノヒンの握った拳が、ラグナスの額にコツンと当たる。

「あぁん? どういうつもりも何も……今回のことは俺が時間かかったせいでもあるからな」

 実はこの二人、今回の作戦前にある約束を交わしていた。それは次に二人が会った際、思い切りラグナスを殴らせろというものだ。

 今回の作戦前にラグナスは、「この作戦で少なからず団員に死者が出る」とハッキリ言っていた。ノヒンはその事に対して分かってはいるが、承服できない部分があった。だからこそ「次に会う時、思い切り殴らせろ」と、ラグナスに条件を出していたのだ。

 もちろん元より殴ろうなどとは思っていない。ラグナスは「死者が出る」と行った後で、「君の頑張り次第では死者が出ない可能性もある」とも言っていた。

 つまり今回のことは、自分がトール騎士団殲滅に時間がかかってしまったことが大きい──と、ノヒンは思っている。ラグナスもそれは分かっているが、それを責めずにノヒンに殴られようとしていた。

「おめぇは悪くねぇだろ?」
「作戦を立案したのは私だ。何より団員である君の責任は私の責任。君は私の所有物だぞ?」
「ちっ、本気で言ってそうで怖ぇよ」
「本気だが? どうする? 逃げてみるか?」
「おめぇから逃げられる気がしねぇよ。実際どんなもんなんだ? おめぇの強さってのはよ」
「どうだろうな? 現時点では君に分があるような気はするが……」
「現時点ではってのが怖ぇよ。まだ何か隠してんのか?」
「何も隠してはいないよ。ただ私の力がまだ完全ではないということだ。私はオーディンと同じ領域に達するつもりなのでな」
「そうなったら……戦ってみてぇな」
「そうだな。その時は君が味方でいることを願うよ」
「どういう意味だ? 俺が敵になるとでも言いてぇのか?」
「結局君はどこまでも真っ直ぐだろう? 私も私の道を曲げるつもりはないのでな。本気で衝突する時もあるのだろうな──とは思っている」
「おめぇが『弱き者が蹂躙されない世界』を目指してる限り、敵にはなんねぇよ。目指してる限りはな」
「その点は大丈夫だ。私は徹頭徹尾、『弱き者が蹂躙されない世界』を目指している」
「ならさっさとその世界実現するために、レグリオぶっ殺して来ねぇとな。さくっと終わらせて来る」
「レグリオ暗殺が成れば、おそらく私は王都に迎え入れられる。私の父……グレイスがそうするだろうからな」
「おめぇの親父ってよぉ……糞だろ?」
「そうだな。あれは女にしか興味がない。だからこそ操りやすい。今回のことも、私の父が政治に興味がないからこそ起きたことだ。まぁまだしばらくは道化になって貰うさ」
「そんな使えねぇやつなのに王位継承権一位ねぇ。ソールってのは腐ってやがんな」
「私も同感だ。まあ今後のことについてはレグリオの件が終わってから話そう」
「俺が失敗するかもしれねぇしな?」
「ははっ、君が失敗するなら誰にも成し得ないだろうね」
「期待には応えるさ。……んじゃまぁちょっくら害虫駆除に行ってくらぁ! 直ぐに終わらして戻るからよ、上等な干し肉用意しとけっ!!」

 その後ノヒンはマドラスに単騎で攻め込み、宣言通り僅か数刻でレグリオ率いるバルドル騎士団を殲滅。トール騎士団の姿で派手に暴れ回ったことにより、ラルバとレグリオの権力争いの末の醜い争いとして、後世に語り継がれることとなる。

 これによりグレイスはなんの憂いもなくラグナスを第一子として迎え入れ、ラグナスは近く王都へと召還されることとなる。
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