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第一部 第五章 夢の残火─喪失編─
ヴァンガルム 2
しおりを挟む「聞かれて困るのではなかったのか?」
「ベッドへ寝かせる時の雰囲気でしばらく起きそうにないことは分かったからな。こいつに聞かれないならば普通に話すさ」
「ははっ! 貴様もなかなか面倒くさい性格をしているな?」
「褒め言葉ととっておくよ。それよりおそらくだが、私は魔素に耐性があると思うんだ。その辺は分からないか?」
「魔素に耐性が? どうしてそれが分かる?」
「鍛冶師は魔素を使った呪具を打つ。その場合魔素によっておかしくなってしまうのだが……鍛冶の神に祈りを捧げることで、耐性を得ることが出来る」
「鍛冶の神の耐性? そんなもの聞いた事はないが……まあいい。魔素に耐性があると言うならば、おそらく体内に残留するNACMOに何かしら変化があるのだと思われる。状態を確認することならば出来るだろう。『アクセプト』」
ヴァンガルムの目の前に、『/convert analyze Louis’s NACMO』と白く輝く文字が現れ、ヴァンガルムから発生した黒い霧がルイスを包み込む。
「……ふむ……なるほど……」
そう言ってヴァンガルムが黙りこみ、しばらくして黒い霧が晴れる。
「貴様のNACMOには何故かは知らんがプロテクトがかかっている」
「プロテクト? 防御されているということか?」
「そういうことになるな。ちなみにその鍛冶の神への祈りとはどうやるのだ?」
「鍛冶の神の象徴である円錐形の帽子、武具、金床、金鎚、矢床を火山へと奉納するんだ。三年に一度は行うのがしきたりだな。まあ昨今の鍛冶師は面倒くさがってやらない奴も多い。その場合は呪具が打てないが……そもそも通常の人間には呪具は扱えないのでそれほど問題はない」
それを聞いた子犬姿のヴァンガルムが「なるほど、そういうことなのだな」と、まるで人間のように前足で顎を触り、一人納得していた。
「……円錐形の帽子、武具──などはアースガルズの初期のパスワードだ。責任者が様々な神話が好きでな。なんの神話だったかは忘れたが、鍛冶の神の象徴がそれらなのだ。まあつまり、偶然ということになるのだろう。偶然にもそれらを奉納するという行為がNACMOにバグを起こしたと言っていいだろう。三年に一度というのはバグの作用期限だろうな。まあ数千年かけてNACMOにエラーでも起きたのだろう」
「ちょっと待て……半分ほど理解は出来なかったが……NACMO……魔素とは、誰かが作った物なのか?」
今のヴァンガルムの口ぶりからすると、魔素は作り出されたもののような印象を受ける。
「そこが難しいところだ。実は我はこちらで言うところの神話大戦でコアの魔石が損傷し、記憶領域にエラーが出ている。全てを思い出すことは出来ないのだ。だが情報を整理する限りでは誰かが作ったと言わざるを得ないだろうな。それが人なのか神なのかは分からん……が、アースガルズの責任者はアラハバキという東方の神の名だったのは覚えている。まあつまり、神である可能性は高い」
「東方の神? アラハバキという名に聞き覚えがある気はするが……。ミズガルズで東方の神と言えばソールのオーディンだ」
「……色々と齟齬があるようだな。どれ、貴様のNACMOがプロテクトされているというのであれば、我の魔素で満たしても問題はなかろう。データの共有をしようではないか。『アクセプト』」
ヴァンガルムの目の前に、『/convert fill with Fenrir’s NACMO Louis』と白く輝く文字が現れ、ヴァンガルムから発生した黒い霧がルイスの体内へと侵入する。
続けてヴァンガルムが『アクセプト』と唱え、目の前に『/convert data sharing Fenrir and Louis』と白く輝く文字が現れ、ヴァンガルムとルイスを黒い霧が繋いだ。
「……気持ち悪いなこれは……どんどん頭に知識が叩き込まれていく……。うぅ……吐きそうだ……」
ルイスがうずくまり、苦しそうに悶える。
「データ量が多いのでな。だがこれでお互いに知らないデータはないはずだ。まあ我の記憶領域のエラーのせいで正しく共有出来ていない部分もあるとは思うが……」
「……くぅ……はっ……はぁ……。ありがとうヴァンガルム……これで今の状況は理解した。だが肝心の神話大戦あたりの記憶が穴だらけだな」
データ共有はかなり負担がかかるようで、ルイスが息を切らして苦しそうに話す。
「古い記憶ほど引き出せなくなっているのでな。それにしても素晴らしいな貴様は。データ共有したとてすぐに記憶領域へは馴染まんのだが……。それより……だ。やはりこちらにアースガルズはないのだな?」
「そうだな。こちらで東の果てはソールだ。その先にあるのは大外洋であってアースガルズのある東方の国ではない」
「アースにもミズガルズにもないとなれば……どこか別の次元にアースガルズはあるのだろうな」
ルイスがヴァンガルムと滞りなく会話する。ヴァンガルムが来た世界の名称は「アース」であり、ミズガルズも過去「アース」と呼ばれていたようだ。それが神話大戦でオーディンが使用したユグドラシルにより、二つに分けられた。いや、「アースガルズ」がある「東方の国」を含めれば、三つに分けられたということだろう。
「そう言えば先程アラハバキに聞き覚えがあるようなことを言っていたな? もしかすればだが、貴様の記憶にあったジェシカに聞いたという『ARAHABA development lab』のことではないか? アースガルズの昔の名称がそれだ。詳しくは思い出せんが……」
「どんどん繋がっていくな……」
ヴァンガルムと記憶を共有したことで、世界の輪郭が見えてくる。「ARAHABA development lab」とは、現在のミズガルズ語で「アラハバ開発研究所」という意味になる。つまりアースガルズとは研究機関であり、やはり魔素とは作られたものである可能性が高い。
「色々と分かりはしたが、今後の動きとしては待つしかないということか?」
「そういうことになるな。あの次元崩壊が落ち着くまではやれることはない。落ち着くかどうかも分からんがな」
「……もどかしいな」
ルイスが拳を握り、悔しそうに膝を叩く。
「それにしてもノヒンだ……。何故こいつがここまで過酷な運命を背負わねばならないんだ。ノヒンが起きたとして、どんな言葉をかけてやればいいのかが分からない……」
「黙って体を重ねたらどうだ? 愛しているのだろう?」
「……何を言ってるんだお前は?」
「どんな生物もそんなものだろう? 性交には癒しの効果もある。肉体的な快楽もあるが、脳からも快楽物質が出るからな」
ヴァンガルムがさも当然のように語る。
「……それは気持ちがないな。別に蔑む意味で言う訳じゃないぞ? 作られた存在には人の気持ちが分からないんだろうな」
「これは痛いところを突くな。我は我で生物だと自負してはいるが……なんとも言えんな」
「やはりヴァンガルムもアラハバキに作られたのか?」
「聞くと言うことはデータになかったのだろう? 我も作られたことは知ってはいるが、誰にということまでは分からん。まあ順当にいけばアラハバキなのだろうがな」
そう言いながらヴァンガルムが前足で耳の裏を掻く。ヴァンガルムは自身を作られたと言っているが、どこをどう見ても命ある生物にしか見えない。
「それよりどちらで呼べばいい? ヴァンガルムか? フェンリルか?」
先程のデータ共有で知り得たのだが、ヴァンガルムの正式名称が「フェンリル」だ。
「ヴァンガルムと呼んでくれ」
「……ヴァンのことが好きなんだな?」
「ああ。ヴァンほど正しく真っ直ぐな男には会ったことがない。いや、ノヒンも口は悪いがヴァンと同じ性質を感じる。レイラもそうだな……と、どうしたのだルイスよ?」
見ればルイスが何やら考え込み、「長いな」と呟く。
「長いとはなんのことだ?」
「いや、ヴァンガルムでは長くて呼びにくいと思ってな。……ヴァンでもいいか?」
「それではヴァンと区別がつけられないではないか」
「ではヴァン……君?」
「くく……我を君呼びか。まあ好きに呼ぶがいい」
「ではヴァン君と呼ばせてもらう。それで……ヴァン君はヴァンの血族では、レイラとノヒンにしか会ったことがないということでいいのか?」
「そうなのだが……少し違う。我はコアの魔石が傷付いたことで長い眠りについていたのだが、目を覚まして隣にいたのがレイラだ。あれは優しく美しい聡明な女だった……と、話が逸れたな。サマンサは分かるか?」
「ああ。ジェシカの母だろう?」
「厳密に言えばサマンサもヴァンの血族だ。いや、レイラもサマンサもヴァンとヘルの血族ということだな。長い時間の中でレイラはヴァンの因子が、サマンサはヘルの因子が濃くなった個体だ」
ルイスの脳裏にデータ共有されたレイラとサマンサの姿が浮かぶ。サマンサは髪の長くなったジェシカとでも言えばいいのか、服は黒いロングドレスを着ている。
レイラは艶やかな漆黒の長い髪に、人形のように美しい顔。服装は見た事のないデザインの、露出度の高い服を着ていた。
「どちらも芸術的に美しいな。サマンサはジェシカによく似ている。レイラもノヒンに似ているな。だがよく分からないのがレイラとサマンサがなぜこちらに?」
「今ある情報から考えると、こちらで言うところの魔素災害だろうな」
「あれは次元の裂け目を通ってアースからの魔素が流れこんでいたんだな。魔素災害で大きく次元の裂け目が広がり、レイラとサマンサがこちらに流れ込んで来た──という認識でいいのか?」
「おそらく。申し訳ないのだがレイラやサマンサが行方をくらませた時は、コアの魔石を回復させるために眠りについていたのでな。気付けば二人はいなかった」
「サマンサ……いや、ヘルの兵装? アーマメント? のニヴルヘイムはどこに?」
「ニヴルヘイムはサマンサの体内にあったはずだ。あれは霧状なのでな。こちらにあるはずだが……如何せんヘルの血族にしかニヴルヘイムの所在を確認することは出来ない」
「……だが見つけさえすれば、ジェシカにヘルヘイムを使わせることは出来るんだな?」
「それは可能だろうが……そうか。無理だぞ? あれは魔石の情報を解析して分解、もしくは再構築する。レイナス団の者たちの魔石はもうないはずだ」
「……え……? 無理……なのか……?」
「貴様が我とデータ共有した瞬間に安堵していたのはそういうことなのだな。我の記憶領域がエラーを起こしているせいでぬか喜びをさせたな。すまない」
「……く……そ……大丈夫だ……ヴァン君のせいじゃない……。うぅ……くそ……そうか……みんなはもう……」
ルイスが静かに涙を流す。
ヘルヘイムとはヘルの専用兵装ニヴルヘイムの専用武装であり、死者をも復元する。これによってラグナスは、レイラの遺体にある魔石からレイラを復元しようとしている。
ヴァンガルムの記憶を読んだルイスは、ニヴルヘイムがあれば死んだレイナス団の皆を生き返らせることが出来ると思ったのだが……
魔石がなければ復元出来ないという情報を、正しく共有出来ていなかったのだ。
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