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第一部 第六章 夢の残火─継承編─

十二の咎 4

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「ムスペルの軍勢? 軍隊みたいなものか?」

 ランドの問いかけに「そうですね」とセリシアが答え、NACMOナクモ端末の「ムスペルの軍勢」と書かれた項目を指差す。

「ムスペルはそれこそ無限と言えるほどの軍勢を生み出します。一説によれば、ムスペルとはそういった軍勢全てを含めた集合体の名称だとも言われていますね。ですが幸いなことに、生み出される軍勢は火や炎は使用しません。なので通常の半魔や魔女でも対処出来るとは思うのですが……いかんせん、昔に比べて魔女や半魔の力は劣化しています。カグツチ家は特別なのでほとんど劣化はしていませんが、その辺はなんとも言えないですね」
「それであれば僕だって昔の半魔に比べたら弱いんじゃないのか?」
「それは違います。代を重ねて劣化した魔女や半魔と違い、魔素災害によって誕生した魔女や半魔は力が強いんです。おそらく魔素災害によって流れ込んでくる魔素の質が違うのでしょう。現状で強さに優劣を付けるのであれば……」

 言いながらセリシアがNACMO端末を操作する。そうしてしばらく操作し、ランドにNACMO端末を見せる。そこには──


---

・魔女や半魔の強さ(降順)

1、因子の目覚めた三英雄の血族
  多重半魔(魔獣の種類や数による)  

2、因子の目覚めていない三英雄の血族
  魔素災害によって誕生した魔女や半魔
  十二の咎の血族
  多重半魔(魔獣の種類や数による)
  
3、代を重ねて誕生した魔女や半魔


---


 ──と表示されていた。

「ここアフ……いえ、フリッカー大陸ではカグツチ家以外は代を重ねた魔女や半魔しかいません。既に全員魔女や半魔なので、仮に魔素災害が起きたとしても、これ以上強い個体が生まれることがないんです。モザンビーク港建設のために、フリッカー大陸に留まっていた普通の人間もいますが……そもそも魔素災害や魔素溜りによって誕生するのは殆どが降魔ですしね」
「つまり魔素災害によって生まれた僕だからこそってことか。だけど……そもそもの話をしていいか?」
「はい、なんでしょうか?」
「なんでムスペルを倒そうとしてるんだ? 喫緊の問題は次元崩壊だろ? ムスペルを倒すことで次元崩壊が止まるわけじゃないだろうし」
「ムスペル本体に用はありません。ムスペルを封じている神器、天岩戸あめのいわとに用があるんです」

 ランドが「また知らない単語が出てきたよ……」と、頭を抱える。

「ああすまない、話の腰を折ったな。天岩戸っていうのはなんだ?」
「言ってしまえばユグドラシルや天之尾羽張あめのおはばりと同じ、次元に干渉する神器です。ユグドラシルは大規模次元干渉、天之尾羽張は小規模次元干渉。天岩戸は中規模次元干渉です」
「……中規模次元干渉?」
「そうです。ユグドラシル程の次元干渉は出来ませんが、おそらくフリッカー大陸南部ぐらいの範囲であれば、別次元へと移すことが出来ます」
「ってことはつまり……?」
「天岩戸を使用してフリッカー大陸南部を隔離し、次元崩壊から逃れることが可能になる……と、このNACMO端末には出ています」
「そういうことか。でもそれならわざわざムスペルの封印を解かずに、天岩戸を使えばいいんじゃないのか?」
「天岩戸が干渉して作り出せる次元は一つ。新たに干渉したいのであれば、封印を解かなければ使用出来ないんです。そもそもユグドラシルの次元干渉が無制限なだけで、他の神器の作用は限定的です」
「なんだかとんでもない事になってきたな……」

 ここまで話を聞いたランドが、改めてこの世界が瀬戸際なのだということを再認識させられた。

「まあなんにせよ、天岩戸を使用するにはムスペルを倒さなければ……ってことだよな」
「やってくれますか?」
「そう……だな。色々ぐちぐちと悩んでしまったけど、やるしかない……か」
「ありがとうございますランド様!」
「や、やめろよセリシア!」

 セリシアに抱きしめられ、ランドが焦る。香油だろうか──

 セリシアからは華やかな香りが漂う。

「そ、そういうのよくないって!」
「そういうの? 私はただ感謝の気持ちを……」
「ぐぅ……本当に魔性だな。そういえば姉のセティーナも魅惑の調べが使えるのか? 」
「セティーナにも縦縞の痣がありますからね」
「よくイルネルベリで捕らえられている間にバレなかったな。縦縞の魔女は存在しているかも分からない最大限の畏怖の対象だ。バレたら即処刑だろうに……」
「セティーナの縦縞の痣は女陰の内側にありますからね。開いてしっかり見たとしても分かりづらいんです。セティーナ自身も何度説明してあげても理解していなかったですし、自分が縦縞の魔女だと思っていないです。セティーナの痣でしたらNACMO端末に記録して保存してあるので見ますか?」

 「じょ、女陰!?」と驚くランドを後目に、セリシアがNACMO端末上に保存されたセティーナの画像を表示させるが……

 ランドが「ぼ、僕は見なくていいから!」と目を背け、見ないようにする。

「そ、それより魅惑の調べってのは常に発動してるのか? セリシアの声を聞いていると頭がぼーっとしてくる」
「魅惑の調べは『常時展開』と『任意展開』に分けられるんです。任意展開は痣に魔素を通すことで発動する強力な力。常時展開は常に発動してはいますが、発動者が魅力的に見えたり、言葉を信じやすくなる程度の力ですね」
「魔性過ぎるだろ……。ファムにもあるのか?」
「ファムは半魔なので縦縞の痣はありませんよ。ですが縦縞の痣から生まれた半魔ですので、通常の半魔よりもかなり強力です。と言ってもファムは幻術などが得意なだけで、直接的な攻撃手段は少ないです。だからこそ魔素災害によって誕生した人狼ワーウルフであり、かつノヒンさんの想い魔素を引き継いだランド様が必要なんです」
「わ、分かった! 分かったから! そんな絡みついて耳元で話さないでくれ! 頭がおかしくなりそうだ!」

 気付けばセリシアがランドに絡みつき、耳元で囁くように話していた。

「ふふっ、やっぱりランド様はかなり耐性がありますね。実はさっきから少し魅惑の調べを発動してるんです」
「な、何してるんだよ! からかうなって!」
「それにしても素晴らしい耐性ですね。もしかしてこれは……ヨーコさんへの一途な想いがあるからなんでしょうか?」
「あ、当たり前だ! 僕はヨーコだけを愛してる! これは何があっても変わら……なぶぅっ!!」

 バンッと寝室のドアが勢いよく開かれ、この数刻でお決まりの光景となったファムの全力の拳が、ランドの左頬に炸裂。

「嘘つけランド! セリシアを見て興奮してたくせにっ! このむっつり童貞気障野郎!『セ、セリシアたん(ハァハァ)』ってきもっ! きっもきも!!」
「う、うるさいなぁ! ……まあでも、元気になったか?」
「はぁ? ランドごときが私の心配!?」
「心配しちゃ悪いか?」
「きゅん……」

 ファムがうるうるとした目でランドを見つめる。

「……ってなるわけないでしょ! とりあえず作戦は分かった!? ランドがいないとどうにもならないんだからしっかりしてよね!」
「い、いや。やることは分かったけど作戦はまだ……」
「はあ!? わたしが寝てる間に何してたのよ! エッチでしょ! エッチなことしてたんでしょ!」
「ああもう! 元気になったら元気になったでうるさいよ! それにしょうがないだろ? 知らないことが多すぎて、状況を整理するだけでいっぱいいっぱいなんだって」

 とりあえずの状況を把握したランドではあるが、「頭が痛くなるよ」とため息をく。

「……そういえば僕がぐだぐだしてる四ヶ月の間、ファムを見かけなかったけど……どこにいたんだ?」
「私はモザンビーク港にいる人達のために、新しい集落を作ってたの。ムスペルとの戦闘に参加させるわけにもいかないしね」

 ファムが「ふふん」と言いながら腕を組み、偉そうにしている。

「ファムが言い出したんですよ? ムスペルを倒して天岩戸を利用することは決まったのですが、魔女や半魔ではない人達をどうしようとなった時に『私がモザンビーク港の責任者なんだからなんとかする』と」
「へぇー、ファムもただ騒いでるだけじゃないん……だはっ! だからいちいち殴るなよ! 褒めてるんだって!」
「うるっさい! うるさいうるさいうるさぁぁぁぁいっ!!」
「ははっ! 照れてるのかぁ? なんだかんだ可愛いな……あぐぅっ!」
「ちょっと黙っててよ! と、とりあえず作戦! 作戦会議だよ! セリシア! 次にこのヘタレ童貞気障狼が騒いだら、魅惑の調べで童貞奪って大人にしてあげて!」
「お、おいファム! 何を言ってるんだ! そんなのセリシアが嫌……」

 言いながらランドがセリシアを見る。するとセリシアはそのとても美しい女神のような顔で──

 「ふふっ」と微笑んだ。
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