4 / 12
2-2.
しおりを挟む
顔を上げると、開け放たれた窓からの風が、景宵の首筋を静かに抜けていった。
外の気配は変わらず穏やかで、鳥の声さえ聞こえてくる。その穏やかさが、かえって胸の奥をざわつかせた。
そんな時、ふと、扉の外に人の気配が立つ。
周安が先にそれに気づき、低く声をかけた。
「……何用だ」
ほどなくして、扉越しに控えめな声が返る。
「失礼いたします。殿下。見張りの者にございます。お取り込み中かと存じましたので、頃合いを見計らってお声がけしようかと控えておりました」
言葉を選びながらの報告だった。
周安は一度口を閉じ、確認するように景宵へ視線を送る。
景宵は何も言わず、短く目を伏せるようにして頷いた。
それを合図に、周安が身を翻し、几案の正面に設えられた両開きの扉へと歩み寄る。
静かに閂が外され、軋みを立てぬよう慎重に扉が開かれた。
外の廊下から、ひんやりとした空気が一筋、室内へと流れ込んでくる。
開かれた扉の前では簡素な濃色の装束に身を包んだ離宮の警備に就く見張りの男が、畏まった仕草で深く頭を下げていた。
「殿下。邵寧珀様が、お目通りを願っておられます」
話題に上ったばかりの名に、今度はすぐに顔が浮かんだ。
最初の謁見以来、直接顔を合わせてはいない。
周安の言う通り、自分との縁を望んでいるのだとすれば、正直、厄介だ。
ここで曖昧な対応をすれば、余計な期待を持たせるだけになる。
ならば、最初から距離を示すべきだ。
「今は手が離せん。時間は作れない」
景宵は案牘へと視線を落としたまま、淡々と言った。
「用向きがあるなら、周安が聞け」
「い、いえ……それが……」
歯切れの悪い見張りの声に、景宵は再び顔を上げる。
「何だ」
「すでに……こちらへ来られておりまして」
「……は?」
間の抜けた音が、思わず口から漏れた。
その瞬間――
「景宵さま!」
弾んだ声とともに、扉の影から、ひょこりと白いものが覗く。
邵寧珀だった。
淡い色合いの衣は、離宮に合わせて整えられているものの、どこか素朴さが残っている。
白に近い色の肩にかからない態度の長さの髪は、きちんと整えられてはいるが、動いた拍子に少しだけ乱れた。
両手には小ぶりの盆を抱えている。
それがなければ、今にもこちらへ駆け寄ってきそうな勢いだった。
謁見の折は、過剰なほど慎重で、緊張に張りつめた印象だった。
だが今目の前にいる姿は、落ち着きがなく、表情もずいぶん柔らかい。
――こちらが、本来の姿なのかもしれない。
そう思った途端、年若く、少し幼くさえ見えてしまった。
そうなると、冷たくするのがやや心苦しい。だが、景宵は表情を崩さなかった。
「邵寧珀。私は今、執務中だ。それに、用があるなら側近を通せと――」
「――ゴホンッ!」
言葉を遮ったのは、周安の咳払いだった。
ちらりと、意味ありげな視線が向けられる。
「……なんだ」
戸惑いを隠せないまま、景宵は周安を見る。
つい先ほど、白嶺山陵を守る『神聖な民族』の出である寧珀に、あまりに素っ気ない態度を取るのは好ましくないと釘を刺されたばかりだ。
会わないままでいれば、配慮も何もない。
だが、こうして目の前に立たれてしまうと、否応なく対応を迫られる。
景宵は小さく息を吐いた。
「……どうしたんだ、寧珀」
声をかけると、寧珀はぱっと表情を明るくし、手にした盆を胸の前に抱えるように差し出した。
「景宵さま……もし、お時間がありましたら。ご一緒に、少し甘いものを召し上がりませんか」
「甘いもの?」
「はい! 蜜柑餅(みつかんべい)を用意しました!
ぼ、僕……あ、えっと、私は食べたことがないのですが、阿蘭がとても美味しいと教えてくれて……!」
阿蘭とは誰だ。そう一瞬思ったが、問い返すことはしなかった。
寧珀の口ぶりからして、離宮で身の回りを世話している侍女の名なのだろう。
「悪いが、甘いものはあまり――」
「ゴホンッ――!」
周安の咳払いが、再び景宵の言葉を遮った。
「殿下、ちょうど集中力を欠いていたところですし、
少しお休みになっては。内侍(ないじ)に茶を持ってこさせましょう」
離宮付きの内侍に目配せしながら、周安は淡々と言う。
「………………わかった」
短く息を吐き、景宵は渋々頷いた。
視線を戻すと、寧珀は自分から誘ってきたくせに、盆を抱えたまま耳まで赤くして、そわそわと落ち着かない様子をしている。
――なんとも、忙しない。
そう思いながらも、景宵はそれ以上、追い返す言葉を口にしなかった。
執務机を離れ、室内の壁際に設えられた小さな卓と、向かい合う椅子に腰を下ろす。周安に軽く促され、寧珀も正面の席へと収まった。背筋を伸ばし、視線だけが忙しく彷徨っている。
ほどなくして内侍が静かに入室し、無駄のない所作で茶を淹れる。
白磁の茶碗に注がれたのは、淡い黄金色の菊花茶だった。湯気とともに、ほのかに甘く澄んだ香りが立ちのぼる。卓の中央には、寧珀が持参した蜜柑餅も並べられた。薄く透ける餅皮の中に、蜜煮された柑橘の餡が覗き、表面には細かな砂糖がきらりと光る。橙の色味が、室内の静かな光に柔らかく映えた。
内侍は一礼すると、物音ひとつ立てずに退いた。
そのまま傍には周安が、まるで壁の一部であるかのように気配を殺して佇んでいる。
室内に残されたのは、立ちのぼる湯気と甘い香り、そして、言葉にしがたい、妙に張り詰めた空気だけだった。
だが、張り詰めていると思っていたのは、どうやらこちらだけだったらしい。
寧珀は卓の上に並べられた菓子と、茶器の中で花弁を揺らす菊花茶に、交互に顔を近づけては、目を輝かせている。
白嶺山陵が厳しい土地柄であることは承知している。
食の事情も、都のそれとは比べようもないだろう。
蜜柑餅を食べたことがないと言っていたことを思えば、この場に並ぶものすべてが、物珍しく映っているのかもしれない。
ごくり、と寧珀の喉が上下した。
その様子に、思わず「ふっ」と息が漏れる。景宵はすぐに、喉がいがらっぽいふりをして誤魔化した。
その気配に、寧珀が顔を上げる。
白い髪に、澄んだ青の瞳。
この国では異端とされかねない容姿だが、それこそが邵族の特徴でもある。
白虎の毛並みと瞳に重ねられ、これこそが彼らが「白虎の宿る神聖な山陵地帯を守る民」と語られてきた所以なのだろう。
――と、そこまで考えてから、うっかり視線を合わせてしまっていることに気づいた。
数拍遅れての自覚だった。
慌てて逸らすのも不自然だが、かといって、じっと見続ける理由もない。
そう思う間にも、寧珀は目を逸らすことなく、こちらを見つめたまま動かない。
まるで、何かを待っているように。
体感としては、随分と長い沈黙だった。
だが実際には、それほどの時間は経っていなかったのかもしれない。
「殿下、お召し上がりになってみては?」
周安の控えめな口添えで、ようやく気づく。
寧珀はこちらが先に手をつけるのを、待っているのだ。
景宵は瞬きのついでに視線を逸らし、菊花茶で唇を軽く濡らしてから、蜜柑餅に手を伸ばした。
指先に伝わる感触は、思ったよりも柔らかい。
一口、噛む。
薄く焼かれた皮が歯に触れた瞬間、ほろりと崩れ、中から蜜漬けの柑橘の香りがふわりと広がった。
甘さは強すぎず、舌に残らない。
わずかな酸味が後を引き、茶の渋みとよく合っている。
――なるほど。
「……美味しい、ですか?」
すぐ近くから、遠慮がちに声がかかる。
あまりに熱心な視線を感じて、景宵はわずかに居心地の悪さを覚えた。
蜜柑餅を飲み下してから、「ああ」とだけ短く頷く。
それでも、寧珀はまだ手をつけない。
おそらく、侍女から「勧められるまで待て」とでも言い含められていたのだろう。
「……気にするな。食べていい」
そう告げると、寧珀の表情が一気に明るくなる。
「……はい!」
抑えていたものがほどけたように、蜜柑餅にかぶりついた。
頬が緩み、目を細める様子は、感想を言うよりも雄弁だった。
考えてみれば、催事以外で誰かと顔を突き合わせて食事をするのは久しぶりだ。
普段の淡々とした食事に不満があるわけではない。だが、目の前でこうして無心に、美味そうに口を動かす姿があるのは悪くない。
「これは……なんだ?」
皿の上、蜜柑餅の傍らに置かれていた細長いものへと視線を向ける。
淡い琥珀色の蜜に沈み、半透明に艶めく根。節の浮いた形がそのまま残り、甘い香りの奥に、わずかに薬草めいた匂いが混じっている。
「そちらも僕が用意しました!」
頬を蜜柑餅で膨らませたまま、寧珀が答えた。
「ほぉ……」
深く考えることもなく、景宵はそれを口に含む。
まず広がったのは、濃い甘み。舌に絡む蜜の重さのあと、じわりと苦みと土のような香りが追いかけてきた。噛むほどに歯応えがあり、身体の奥に熱が落ちていくような感覚が残る。
「高麗人参の蜜漬けです! 精力増強に効果があるそうですよっ」
「ぐっ――!」
思わぬ言葉に、景宵は息を詰まらせた。
慌てて茶を口に含み、無理やり喉の奥へと流し込む。
咳き込むほどではなかったが、喉の奥がひりつく。
視界の端で、周安が一瞬だけ目を見開き、言葉を失ったような、なんとも形容しがたい表情をしていた。
一方で寧珀だけが、まるで何も起きていないかのような顔をしている。
茶器を両手で持ち上げ、立ちのぼる湯気に顔を近づけては、花の香りを胸いっぱいに吸い込み、「ほぅ……」と、どこか惚けたような吐息を漏らしていた。
外の気配は変わらず穏やかで、鳥の声さえ聞こえてくる。その穏やかさが、かえって胸の奥をざわつかせた。
そんな時、ふと、扉の外に人の気配が立つ。
周安が先にそれに気づき、低く声をかけた。
「……何用だ」
ほどなくして、扉越しに控えめな声が返る。
「失礼いたします。殿下。見張りの者にございます。お取り込み中かと存じましたので、頃合いを見計らってお声がけしようかと控えておりました」
言葉を選びながらの報告だった。
周安は一度口を閉じ、確認するように景宵へ視線を送る。
景宵は何も言わず、短く目を伏せるようにして頷いた。
それを合図に、周安が身を翻し、几案の正面に設えられた両開きの扉へと歩み寄る。
静かに閂が外され、軋みを立てぬよう慎重に扉が開かれた。
外の廊下から、ひんやりとした空気が一筋、室内へと流れ込んでくる。
開かれた扉の前では簡素な濃色の装束に身を包んだ離宮の警備に就く見張りの男が、畏まった仕草で深く頭を下げていた。
「殿下。邵寧珀様が、お目通りを願っておられます」
話題に上ったばかりの名に、今度はすぐに顔が浮かんだ。
最初の謁見以来、直接顔を合わせてはいない。
周安の言う通り、自分との縁を望んでいるのだとすれば、正直、厄介だ。
ここで曖昧な対応をすれば、余計な期待を持たせるだけになる。
ならば、最初から距離を示すべきだ。
「今は手が離せん。時間は作れない」
景宵は案牘へと視線を落としたまま、淡々と言った。
「用向きがあるなら、周安が聞け」
「い、いえ……それが……」
歯切れの悪い見張りの声に、景宵は再び顔を上げる。
「何だ」
「すでに……こちらへ来られておりまして」
「……は?」
間の抜けた音が、思わず口から漏れた。
その瞬間――
「景宵さま!」
弾んだ声とともに、扉の影から、ひょこりと白いものが覗く。
邵寧珀だった。
淡い色合いの衣は、離宮に合わせて整えられているものの、どこか素朴さが残っている。
白に近い色の肩にかからない態度の長さの髪は、きちんと整えられてはいるが、動いた拍子に少しだけ乱れた。
両手には小ぶりの盆を抱えている。
それがなければ、今にもこちらへ駆け寄ってきそうな勢いだった。
謁見の折は、過剰なほど慎重で、緊張に張りつめた印象だった。
だが今目の前にいる姿は、落ち着きがなく、表情もずいぶん柔らかい。
――こちらが、本来の姿なのかもしれない。
そう思った途端、年若く、少し幼くさえ見えてしまった。
そうなると、冷たくするのがやや心苦しい。だが、景宵は表情を崩さなかった。
「邵寧珀。私は今、執務中だ。それに、用があるなら側近を通せと――」
「――ゴホンッ!」
言葉を遮ったのは、周安の咳払いだった。
ちらりと、意味ありげな視線が向けられる。
「……なんだ」
戸惑いを隠せないまま、景宵は周安を見る。
つい先ほど、白嶺山陵を守る『神聖な民族』の出である寧珀に、あまりに素っ気ない態度を取るのは好ましくないと釘を刺されたばかりだ。
会わないままでいれば、配慮も何もない。
だが、こうして目の前に立たれてしまうと、否応なく対応を迫られる。
景宵は小さく息を吐いた。
「……どうしたんだ、寧珀」
声をかけると、寧珀はぱっと表情を明るくし、手にした盆を胸の前に抱えるように差し出した。
「景宵さま……もし、お時間がありましたら。ご一緒に、少し甘いものを召し上がりませんか」
「甘いもの?」
「はい! 蜜柑餅(みつかんべい)を用意しました!
ぼ、僕……あ、えっと、私は食べたことがないのですが、阿蘭がとても美味しいと教えてくれて……!」
阿蘭とは誰だ。そう一瞬思ったが、問い返すことはしなかった。
寧珀の口ぶりからして、離宮で身の回りを世話している侍女の名なのだろう。
「悪いが、甘いものはあまり――」
「ゴホンッ――!」
周安の咳払いが、再び景宵の言葉を遮った。
「殿下、ちょうど集中力を欠いていたところですし、
少しお休みになっては。内侍(ないじ)に茶を持ってこさせましょう」
離宮付きの内侍に目配せしながら、周安は淡々と言う。
「………………わかった」
短く息を吐き、景宵は渋々頷いた。
視線を戻すと、寧珀は自分から誘ってきたくせに、盆を抱えたまま耳まで赤くして、そわそわと落ち着かない様子をしている。
――なんとも、忙しない。
そう思いながらも、景宵はそれ以上、追い返す言葉を口にしなかった。
執務机を離れ、室内の壁際に設えられた小さな卓と、向かい合う椅子に腰を下ろす。周安に軽く促され、寧珀も正面の席へと収まった。背筋を伸ばし、視線だけが忙しく彷徨っている。
ほどなくして内侍が静かに入室し、無駄のない所作で茶を淹れる。
白磁の茶碗に注がれたのは、淡い黄金色の菊花茶だった。湯気とともに、ほのかに甘く澄んだ香りが立ちのぼる。卓の中央には、寧珀が持参した蜜柑餅も並べられた。薄く透ける餅皮の中に、蜜煮された柑橘の餡が覗き、表面には細かな砂糖がきらりと光る。橙の色味が、室内の静かな光に柔らかく映えた。
内侍は一礼すると、物音ひとつ立てずに退いた。
そのまま傍には周安が、まるで壁の一部であるかのように気配を殺して佇んでいる。
室内に残されたのは、立ちのぼる湯気と甘い香り、そして、言葉にしがたい、妙に張り詰めた空気だけだった。
だが、張り詰めていると思っていたのは、どうやらこちらだけだったらしい。
寧珀は卓の上に並べられた菓子と、茶器の中で花弁を揺らす菊花茶に、交互に顔を近づけては、目を輝かせている。
白嶺山陵が厳しい土地柄であることは承知している。
食の事情も、都のそれとは比べようもないだろう。
蜜柑餅を食べたことがないと言っていたことを思えば、この場に並ぶものすべてが、物珍しく映っているのかもしれない。
ごくり、と寧珀の喉が上下した。
その様子に、思わず「ふっ」と息が漏れる。景宵はすぐに、喉がいがらっぽいふりをして誤魔化した。
その気配に、寧珀が顔を上げる。
白い髪に、澄んだ青の瞳。
この国では異端とされかねない容姿だが、それこそが邵族の特徴でもある。
白虎の毛並みと瞳に重ねられ、これこそが彼らが「白虎の宿る神聖な山陵地帯を守る民」と語られてきた所以なのだろう。
――と、そこまで考えてから、うっかり視線を合わせてしまっていることに気づいた。
数拍遅れての自覚だった。
慌てて逸らすのも不自然だが、かといって、じっと見続ける理由もない。
そう思う間にも、寧珀は目を逸らすことなく、こちらを見つめたまま動かない。
まるで、何かを待っているように。
体感としては、随分と長い沈黙だった。
だが実際には、それほどの時間は経っていなかったのかもしれない。
「殿下、お召し上がりになってみては?」
周安の控えめな口添えで、ようやく気づく。
寧珀はこちらが先に手をつけるのを、待っているのだ。
景宵は瞬きのついでに視線を逸らし、菊花茶で唇を軽く濡らしてから、蜜柑餅に手を伸ばした。
指先に伝わる感触は、思ったよりも柔らかい。
一口、噛む。
薄く焼かれた皮が歯に触れた瞬間、ほろりと崩れ、中から蜜漬けの柑橘の香りがふわりと広がった。
甘さは強すぎず、舌に残らない。
わずかな酸味が後を引き、茶の渋みとよく合っている。
――なるほど。
「……美味しい、ですか?」
すぐ近くから、遠慮がちに声がかかる。
あまりに熱心な視線を感じて、景宵はわずかに居心地の悪さを覚えた。
蜜柑餅を飲み下してから、「ああ」とだけ短く頷く。
それでも、寧珀はまだ手をつけない。
おそらく、侍女から「勧められるまで待て」とでも言い含められていたのだろう。
「……気にするな。食べていい」
そう告げると、寧珀の表情が一気に明るくなる。
「……はい!」
抑えていたものがほどけたように、蜜柑餅にかぶりついた。
頬が緩み、目を細める様子は、感想を言うよりも雄弁だった。
考えてみれば、催事以外で誰かと顔を突き合わせて食事をするのは久しぶりだ。
普段の淡々とした食事に不満があるわけではない。だが、目の前でこうして無心に、美味そうに口を動かす姿があるのは悪くない。
「これは……なんだ?」
皿の上、蜜柑餅の傍らに置かれていた細長いものへと視線を向ける。
淡い琥珀色の蜜に沈み、半透明に艶めく根。節の浮いた形がそのまま残り、甘い香りの奥に、わずかに薬草めいた匂いが混じっている。
「そちらも僕が用意しました!」
頬を蜜柑餅で膨らませたまま、寧珀が答えた。
「ほぉ……」
深く考えることもなく、景宵はそれを口に含む。
まず広がったのは、濃い甘み。舌に絡む蜜の重さのあと、じわりと苦みと土のような香りが追いかけてきた。噛むほどに歯応えがあり、身体の奥に熱が落ちていくような感覚が残る。
「高麗人参の蜜漬けです! 精力増強に効果があるそうですよっ」
「ぐっ――!」
思わぬ言葉に、景宵は息を詰まらせた。
慌てて茶を口に含み、無理やり喉の奥へと流し込む。
咳き込むほどではなかったが、喉の奥がひりつく。
視界の端で、周安が一瞬だけ目を見開き、言葉を失ったような、なんとも形容しがたい表情をしていた。
一方で寧珀だけが、まるで何も起きていないかのような顔をしている。
茶器を両手で持ち上げ、立ちのぼる湯気に顔を近づけては、花の香りを胸いっぱいに吸い込み、「ほぅ……」と、どこか惚けたような吐息を漏らしていた。
0
あなたにおすすめの小説
落としたのは化粧じゃなく、みんなの心でした
444
BL
『醜い顔…汚らしい』
幼い頃、実母が病気によって早くに亡くなった数年後に新しい義母からそう言われたシリルは、その言葉が耳に残って16歳となった今も引きずっていた。
だが、義母のその言葉は真っ赤な嘘でシリルはとても美しかった。ただ前妻の息子であるシリルに嫉妬した結果こぼした八つ当たりの言葉であったのをシリルは知らずに、義母のいう醜い顔を隠すために化粧をする。
その結果、彼は化粧によって本当に醜い顔になってしまった。そんな彼が虐げられながらも徐々に周囲を絆す話
暴力表現があるところには※をつけております
台風の目はどこだ
あこ
BL
とある学園で生徒会会長を務める本多政輝は、数年に一度起きる原因不明の体調不良により入院をする事に。
政輝の恋人が入院先に居座るのもいつものこと。
そんな入院生活中、二人がいない学園では嵐が吹き荒れていた。
✔︎ いわゆる全寮制王道学園が舞台
✔︎ 私の見果てぬ夢である『王道脇』を書こうとしたら、こうなりました(2019/05/11に書きました)
✔︎ 風紀委員会委員長×生徒会会長様
✔︎ 恋人がいないと充電切れする委員長様
✔︎ 時々原因不明の体調不良で入院する会長様
✔︎ 会長様を見守るオカン気味な副会長様
✔︎ アンチくんや他の役員はかけらほども出てきません。
✔︎ ギャクになるといいなと思って書きました(目標にしましたが、叶いませんでした)
妖精です、囲われてます
うあゆ
BL
僕は妖精
森で気ままに暮らしていました。
ふと気づいたら人間に囲まれてました。
でもこの人間のそばはとても心地いいし、森に帰るタイミング見つからないなぁ、なんて思いながらダラダラ暮らしてます。
__________
妖精の前だけはドロ甘の冷徹公爵×引きこもり妖精
なんやかんやお互い幸せに暮らします。
黒獅子の愛でる花
なこ
BL
レノアール伯爵家次男のサフィアは、伯爵家の中でもとりわけ浮いた存在だ。
中性的で神秘的なその美しさには、誰しもが息を呑んだ。
深い碧眼はどこか憂いを帯びており、見る者を惑わすと言う。
サフィアは密かに、幼馴染の侯爵家三男リヒトと将来を誓い合っていた。
しかし、その誓いを信じて疑うこともなかったサフィアとは裏腹に、リヒトは公爵家へ婿入りしてしまう。
毎日のように愛を囁き続けてきたリヒトの裏切り行為に、サフィアは困惑する。
そんなある日、複雑な想いを抱えて過ごすサフィアの元に、幼い王太子の世話係を打診する知らせが届く。
王太子は、黒獅子と呼ばれ、前国王を王座から引きずり降ろした現王と、その幼馴染である王妃との一人息子だ。
王妃は現在、病で療養中だという。
幼い王太子と、黒獅子の王、王妃の住まう王城で、サフィアはこれまで知ることのなかった様々な感情と直面する。
サフィアと黒獅子の王ライは、二人を取り巻く愛憎の渦に巻き込まれながらも、密かにゆっくりと心を通わせていくが…
俺は夜、社長の猫になる
衣草 薫
BL
冤罪で職を追われた葵は、若き社長・鷹宮に拾われる。
ただし条件は――夜は“猫”として過ごすこと。
言葉を話さず、ただ撫でられるだけの奇妙な同居生活。
タワマン高層階の部屋で、葵は距離を崩さない鷹宮に少しずつ惹かれていく。
けれど葵はまだ知らない。自分が拾われた本当の理由を。
寂しいを分け与えた
こじらせた処女
BL
いつものように家に帰ったら、母さんが居なかった。最初は何か厄介ごとに巻き込まれたのかと思ったが、部屋が荒れた形跡もないからそうではないらしい。米も、味噌も、指輪も着物も全部が綺麗になくなっていて、代わりに手紙が置いてあった。
昔の恋人が帰ってきた、だからその人の故郷に行く、と。いくらガキの俺でも分かる。俺は捨てられたってことだ。
交際0日婚の溺愛事情
江多之折(エタノール)
BL
死にたくはない。でも、生きたくもない。ふらふらと彷徨う根無し草は、世界の怖さを知っている。救いの手は、選ばれた者にだけ差し伸べられることも知っている。
だから緩やかに終わりを探して生きていた。
──たった数回の鬼ごっこを経験するまでは。
誠実すぎて怖い人は、4回目の顔合わせで僕の夫となる。
そんな怖がりな男と誠実な男の、結婚生活の始まり。
■現実だけど現実じゃない、そんな気持ちで読んでください。
■家庭に関してトラウマを抱えている方は読まない方が良いと思います。
余命半年の俺を、手酷く振ったはずの元カレ二人が手を組んで逃がしてくれません
ユッキー
BL
半年以内に俺は一人寂しく死ぬ。そんな未来を視た。きっと誰も悲しむ人は居ないだろう。そう思っていたから何も怖くなかった。なのにそんな俺の元に過去手酷く振り、今では世界的スターとなった元カレ二人がやってきた。彼らは全てを知っていた。俺がどうして彼らを振ったのか、そして俺の余命も。
全てを諦めた主人公と、主人公を諦めきれないイケメンサッカー選手とシンガーソングライターの再会が導く未来は?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる