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彼の奥様 ③
しおりを挟む部屋に着くとエリィは勢いよく豪華なベッドに倒れこんだ。後ろに付いてきたイリーナは、エリィの奇行にぎょっとしたような表情を浮かべる。
「お嬢様!? だ、大丈夫ですか!?」
イリーナは、エリィが倒れたのは体調が悪かったからなのではないかと不安げな声で気遣う。もちろん体が悪かったからではなく、ただそういう気持ちになったからだったのだが。
「大丈夫大丈夫……」
エリィは髪が乱れることも厭わず、ごろりと仰向けに寝返りを打った。仮にも貴族の令嬢がはしたないだろうか。
エリィは幼少期、勉強や人間関係など常に気を張っていた反動によってここ三年、令嬢らしからぬ行動をとるようになっていた。それはなんとも解放的で、癖になってしまったのだ。
「ベッドにダイビングしたくなるような気分のときってあるじゃない? それよ、それ」
「あー! 分かりますっ。私もついついよくやってしまうんですよね」
貴族の令嬢が何をしているのかと軽蔑されるかと思ったが、予想に反してイリーナは全力で同感していた。腕を組み、ふむふむといったような表情は本当に愛らしい。
つい笑いがこぼれてしまったエリィに気がついたイリーナは、ようやく自分の行動を振り返り、顔を真っ赤にして「す、すみません……」と謝った。
「こっちこそ、ベッドに飛び込むだなんてはしたなかったよね」
そう言って笑う。
「そんなことありません! お嬢様は……なんだかそばにいると気が抜けてしまうというかなんというか……えっと、あっ! 悪い意味じゃないんです。すごく落ち着くんですよ!」
「あはは。ありがとう」
エリィはイリーナの素直な態度に好感を覚えていた。落ち着くと言われるだなんて、非常に喜ばしいとさえ思った。
これまで同年代の女の子と仲良くなることなど人生で一度もなかった。孤児院の子供たちとは呪いのため距離を置いていたし、幼少期の頃は大人しかいなかったのだ。故に、彼女と友達というものになってみたいと思った。口に出すことは憚られたのだけれど。
「イリーナ」
「はい?」
「って呼んでも……いいかしら……?」
エリィは頰を真っ赤に染めながら、期待のこもった瞳で見つめる。するとイリーナは鼻息を荒くして、前のめりになりながら興奮を隠せない口調で言った。
「は、はいっ!! 是非、呼んでくださいっ。…………あぁ、神様! お人形のように美しいお嬢様に名前を呼んでいただけるだなんて、こんな贅沢なことがあってもいいことなのでしょうか」
――後半は何を言っているのかよく分からなかったエリィだが、彼女が承諾してくれたことに安堵の息をついていた。
「私のことはエリィって呼んでくれたらいいから」
その言葉を口にすると、イリーナは頭がもげそうなほど全力でくびを横に振った。そして「様付けしないだなんて、恐れ多すぎます。エリィ奥様と呼ばせて頂きますっ」と息継ぎなしに答えた。
――奥様。
そうなのだ。3日後に結婚式が行われ、エリィは正式な奥様となる。現実味がなさ過ぎで、心も追いついていない。
「うーん……ならせめて、エリィ様って呼ばれるほうがまだいいかな」
エリィはつい、そう呟く。イリーナは不思議そうな表情でこちらを見つめ、最終的には納得を覚えたのか「分かりました」と頷いた。
「奥様って呼ばれるのはなんていうか……くすぐったくて」
正直くすぐったいというよりも、奥様と呼ばれることに違和感を感じるので呼ばれたくないと思った。だが、素直に言葉にすることは早く憚られると感じたために曖昧に微笑む。エリィは、我ながらなんて言い訳じみているのだろうと思った。イリーナは額面通りに受け取ったのか、やはり興奮を隠せない口調で言葉を紡いだ。
「フランツ様がご結婚なされると聞いて、使用人一みんな仰天したんですよ。あの方が結婚だなんて、誰も想像できる人なんていないと思いますよ……なにせ、女性を見下していらっしゃいますから」
やはりそうなのか、とひとりでに納得した。だが、イリーナは自分が口を滑らせたことに気がついたのか「こんなこと、奥様に言うべきじゃなかったわ」と大慌てしている。そんな素直な様子にも好感が募っていった。おそらく彼女は嘘のつかない性格なのだろう。まるで向日葵の花のようで、エリィは眩しさを感じた。
「いいえ、もし良かったらなんだけど……私にフランツ様のこと、教えてくれないかな」
ここで暮らす上で重要なことだと思う。さらにエリィの夫になる男だ。フランツに関する情報は少しでも欲しいところだった。イリーナはしばらく目を瞬かせたあと「エリィ様がそうおっしゃるのならば!」と意気込んだ様子で語った。
フランツはレヴィアン家の嫡男で、25歳。エリィとは6歳離れている。さらに軍に所属していることだけは院長の手紙によって知らされている。
彼は軍に所属しているとは言っても実際に戦うわけではなく、どちらかといえば作戦を考える参謀のような立場であるらしい。若いのに優秀で、将来を嘱望さている。故に社交界でその美貌も相まって大層人気だそうだが、実は女性を見下しているため数々の縁談も断ってきたと言う。
「それなのにこんなに早く、結婚してしまうなんて本当に驚きましたよ。それもこれも、エリィ様にぞっこんだからなんですよね」
「……え」
彼女は一体何を言っているのだろうか。
エリィは疑問を抱いたのだが、すぐに答えに行き当たる。――おそらく呪いについて知っているのはほとんどいないのだろう。そんな物騒なものが周りにあると知られれば、周囲の人間にいたずらに混乱を招く。そう思っての決断だったのだろう。
期待の目に満ち溢れるイリーナに若干罪悪感を抱くが、結局苦笑いでごまかすほかなかった。
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