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未知の共同作業 ④

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 全てを終えた二人は互いに背を向け、ベッドに横たわっていた。疲れを感じているはずなのに眠れぬエリィは、ぼんやりと窓の外に浮かぶ月を眺めていた。

「おい、起きてるか」

 とっくに眠りについていると思ったフランツに声をかけられ、エリィはビクリと肩を震わす。その反応を面白がったのか、くっと笑いを堪える声が響いた。その声色はいつものように嫌味を感じさせぬ柔らかいもので、エリィはどくりと心臓を跳ねさせた。

「……はい、まだ起きてます」

「知ってる」

 彼は今、機嫌がいいのだろうか。普段と違う態度に混乱を覚えながらも、意識は背中に集中させる。フランツは言葉を続けた。

「お前、腹のところにタトゥーみたいなのあるよな。それ、どうしたんだ」

 確かにエリィのへその右横には、タトゥーのようなものがあった。白い肌に映えるそれはら黒い髑髏のような形でいかにも異質な存在感を放っていた。エリィの風呂を手伝った使用人たちは誰も口にすることはしなかったが、一同皆驚いただろう。そして恐れたはずだ。その禍々しさに。

 ――ただ、これは生まれつきあるものだ。そして恐らく、呪いと関係している。

 確証はないが、人工的に掘られたものでもないように見えるのだ。産まれたばかりのエリィに刻まれたものではないだろう。かと言って、自然に出来たものにしてはいささか違和感を覚えるものだった。

「これは生まれつきここにあるものです」

「……生まれつき?」

 フランツは不審そうな声色で答える。エリィはあくまで冷静に言葉を続けた。

「恐らく、呪いに関係するものではないかと」

「呪いって《不幸の呪い》か?」

 背中を向けているため分からないだろうが、コクリと首を縦に振った。そのあとはなにも答えなかった。フランツはその沈黙である程度察したのだろう。その後に言葉を続けることはなかった。
 そしてしばらくすると彼の寝息が聞こえ始めた。

 エリィは眠気の来ないままぼんやりと目を開け、問題となったタトゥーのような髑髏を摩る。そしてふと、自らの目で確認しようと視線を腹へと向けた。

「あ、れ?」

 思わず小さく声を上げる。
 勢いのままベッドから体を起こし、もう一度自らの腹を確認した。



 ――――薄くなっている。



 髑髏の印は灰色まではいかないものの以前よりも微かに薄らいでいるのだ。月光のみが部屋を照らす中確認しているが、それでも分かった。漆黒の闇のような髑髏でなくなっており、強い威圧感も多少なりとも和らいでいた。エリィは思わず目を剥いた。

 何故、今になって。生まれた時からずっとともに過ごしてきており、それが薄まることなど今までに一度もなかったはずなのに。

 エリィはこくりと唾を飲み込む。心臓は早鐘を打ち、頭は混乱していた。右耳を触り、心を落ち着かせる。いつも通りの癖だ。
 肩の力を抜き、深呼吸をするといつも通りの調子が戻ってきたように感じた。



 そう、冷静に考えれば答えはただ一つだった。


 ――――フランツと共にいることで呪いが解呪されつつある。


 更に言えば、密接に触れ合うことでそのスピードは早まるのではないだろうかと予測された。なぜなら初夜の前、風呂に入ったときは生まれつきの真っ黒な髑髏のままだったのだから。この数時間で色が変わったのだ。

 この髑髏が呪いに関係するのか素人判断で断定することはいささか不安とも言える。
 明日、フランツに相談してみたほうがいいだろう。エリィはそう思い至ると、疲れ切った体をばたりとベッドに沈めた。

 全ては明日、考えよう。

 色々な考えに蓋を閉じるようにして、エリィはぎゅっと目を瞑った。


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