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物語の開幕 ①
しおりを挟むエリィの呪いは急性的なものではない。毒で言えば遅効性に近い気もするが、それともまた少し違う。彼女の体は世の不幸というものを少しずつ溜め込んで、あるとき突然に爆発するらしい。それはなんの前兆もなく、突発的なのだ。
なんて、おかしな体がなのだろう。いや、こういうときはおかしな呪いと言ったほうがいいか。
幼い頃、エリィが産まれ、妹の母が亡くなるまでの間は5年である。この間、これといった大きな不幸は起こっていなかった。誘拐されるなどの小さな不幸はあったが、どれも命に関わるものではなかった。
孤児院の話で言えば、エリィと妹が孤児院にいた期間はたったの2ヶ月程であった。その短期間に悲劇は起こったのだ。ある意味では運のようなもので、特に周期的なものではないのだとエリィは結論づけている。
とまぁ、ここまでの持論はさておき。
エリィは現在、麗しい令嬢らしくフリルをふんだんにあしらった桃色のドレスに袖を通している。伯爵令嬢だったときでさえ着ることのなかったような最高級品のものだ。普段はほとんどしない化粧をばっちりとし、蜂蜜色の艶のある髪は美しく結い上げられている。
どこからどう見でも一級品の女で、高貴な生まれ育ちをしている令嬢であった。
それもそのはず、これからエリィと結婚予定の婚約者、フランツと顔合わせをする予定であるからだ。
プロマイア公爵家からの迎えが来てからというものの、エリィは心と体を休める時間はなかった。馬車に乗せられプロマイア公爵邸へと向かい、着いた途端にバスルームへと連れてかれ隅から隅まで磨かれた。
いかに元伯爵令嬢であったとしても、使用人に体を洗ってもらった経験のないエリィは存分に抵抗した。が、やはり公爵家の使用人を務める方々。鋭い視線を向けられ、猛獣の檻に入れられた小動物のように震え上がった。もう観念して身をまかせる他、彼女が生き残る道はないと思えた。「仕事人根性は尊敬するけど、私に向けなくても……」という呟きは、結局声に出すことはできず、あれよあれよという間に、入浴タイムは終了。おめかしタイムへと移る。
トントン拍子に事は進んでいき、そして現在。
エリィは婚約相手のであるフランツの実家、レヴィアン子爵邸の応接室にて彼を待っている。
だが、かれこれ1時間以上経とうとしていた。
いくらなんでも遅すぎる。大遅刻とも言っても過言ではないレベルだ。
エリィは森の外れで手紙を目に通してからというもの、すぐさま公爵邸に連れてこられ、そしていまは子爵邸である。たらい回しというものは今の状況こそ、ぴったりの言葉であるに違いないと思っていた。
24時間も経たぬうちに、彼女を取り巻く環境は大きく変化した。その流れに心はついていけているかと言えば、答えは確実にノーである。だが、そんなエリィが心を落ち着かせ、暇だなと感じてしまうほど子爵邸に着いてからは時間が経過していた。
普通の貴族令嬢であれば、ここまで待たされる前に怒って帰ってしまうだろう。
だが、エリィはそんなことはしなかった。することが出来なかったとも言える。なにせ、自身は雇われ令嬢なのだから。
ちなみに雇われ令嬢という名称は、エリィが心の中で勝手につけた自分の役職名である。
待たされているとはいえ、わざわざ怒るほどの事でもないとエリィ考えている。
救世主は、彼女を待たせているフランツしかいないのだ。どんなに時間にルーズな男でも、彼女にとっては絶対的に必要な人間。寛大な心で受け止めることは難しくない。
その上、これまでの波乱万丈な人生経験を経て、エリィは大局的に物事を見るということに長けていた。貴族の令息ともなれば気位も高い事だろう。相手の意見を尊重できない結婚生活はさぞかし息苦しいに違いない。下手に出る訳ではないが、まずは色々と冷静な見極めが大事だろう。
エリィはまだ見ぬ未来の夫を想像し、少しばかり楽しさを見出してもいた。
レヴィアン家の使用人の女は、こちらの様子を気まずげに伺っている。この空間にいなければならないなんて、非常に可哀想ともいえる。
婚約者との顔合わせに来ないというのは大変困るけれど、それはさすがにないだろう。何故ならそんならことをすれば公爵家の面子を潰すこととなり、レヴィアン子爵家は全面的に怒りを買うこととなるはずだから。
ふと、窓の外を見るとそろそろ陽も沈み始めているようだ。夕日で全てが赤く染まっているように感じる。
そんなことを考えていると、応接室の外が少々騒がしくなった。男が何か強い口調で訴えているようだった。エリィの勘では扉の外にいる男こそ自分の待ち人なのではないかと思い、一瞬身を固くする。
外の騒がしさが収まるとガチャリ、と応接室の扉が開いた。エリィは唾を飲み込み、入って来た人物を見つめる。
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