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エピローグ【完】
しおりを挟む白い建物の周りには幸福の鳩が舞い踊り、太陽は十字架を照らしている。鐘の音が乾いた空気によく響き、青空へと溶けんでいる。
その建物の一室には、白いウエディングドレスを着た新婦が緊張した面持ちで、鏡を眺めていた。
「ルーシア様の花嫁姿を拝めるなんて、本当に眼福でございます」
「……ありがと」
「もしかして緊張、してます?」
ハイリは、思案顔で尋ねた。
「ええ……身内だけの小さな結婚式とは言っても大切な行事ですし……」
「そうですか」
「やっぱりまだ実感が湧かないもの」
「そりゃそうですよね。だって、大舞踏会でプロポーズされてからまだ一週間ですし」
そうなのだ。まだ、一週間しか経っていないのである。それなのに何故、王族でもあるルーシアが既にウエディングドレスを着ているのか。王族の結婚式とならば、国民から祝福され、派手に行うはずなのだ。
(全ての原因は、アレックスと父様よね)
ルーシアは溜息を吐きながら、二人の男の顔を思い出す。彼らがニヤリと笑っているような気がして、背中をぶるりと震わせた。
「こんな急いだって、何の意味もない気がするわ」
「多分、アレですよ。アレックス様は早くルーシアを自分のものだとする証明が欲しかったんではないでしょうか」
「……はぁ。私は逃げないのに」
「今は逃げたい気持ちになっていますでしょう?」
「まあね」
アレックスの愛情は増大するばかりだ。あのプロポーズを受けた日から、毎日のように様々な種類の花束が贈られ、手紙で大量の「愛してる」の言葉だ。少しでも時間があればルーシアに会いに来て、
自分がそばにいない時には信頼しているものを彼女の側に置き、定期的に連絡を報告させているようだった。
正直、愛が重い。四六時中、監視されている気分だ。息がつまる。
(マイク様が言っていたのはこのことだったのね)
そう言ってルーシアは深く深く溜息をついた。そしてアレックスの顔を思い浮かべた。
でも、こんなにも束縛されても嫌だとは思えないのよね。愛されてるって実感できるからかしら。
「王様は、恐らく娘のウエディングドレス姿を早く見たくてたまらなかったんでしょうね」
「ありえるわね」
呆れた声で述べる。その表情は、少し疲れているようにも見えた。
「本当、大丈夫ですか」
ハイリが不安を含んだ面持ちで尋ねた。
「……えぇ!こうなっては、もうやるしかないのね」
「そのいきですよ、ルーシア様!」
純白のフリルのふんだんについたドレスを腕で軽く整え、いつもより濃い化粧を施した顔で全体の姿を眺めた。
胸元にはブルーサファイアのネックレスが輝いており、ルーシアの胸元にはぴったりだった。それを見ると、口元を緩める。
その時。
ーーーーガチャッ
「きゃっ」
「誰ですか!?ノックもせずに!!!」
ルーシアは驚き短く悲鳴を上げ、ハイリは突然の訪問に眉を潜めて声を荒げる。だがその後、呆れたような表情に変わり、ルーシアに向かって目を合わせた。
「アレク……」
彼はその美貌に汗を垂らしながら、部屋へと入ってきたのだ。ルーシアの表情もハイリと同様に呆れたものへと変わる。
「ルーシア!!」
「いきなりどうしたのですか」
「君の晴れ姿を早く眺めたくて仕方なかったんだ。でも待てども待てども全然俺の前に現れなくて、逃げてしまったかと心配になったよ」
「……」
ルーシアは沈黙した。
本当に彼は……と呆れる気持ちと、そこまでして自分に早く会いたかったのかと嬉しく思う気持ちがないまぜとなり、反応が出来ながったのだ。
「どうしたんだいルーシア?もしかして……図星だったのかい!」
「横から突然の無礼、失礼致します」
ハイリが大声で話す。
「アレックス様はルーシア様のことを信頼していないのですか?」
「そ、そんなこと」
「でしたら!もう少し相手のことを信頼なさってはいかがかと」
ハイリが強い口調で目を釣り上げながら述べた。
ルーシアはそれに深く頷きながら、アレックスの方を眺める。そしてゆっくりと口を開いた。
「私はどこにも逃げないですわ。……仮にもし逃げたいと思ったのなら、ちゃんと自らの口で言わせてもらいますから」
「あぁそうだったね。君はそういう女性だった」
アレックスは翠目を細めながら、眩しそうにルーシアを見つめた。
「それにしてもアレク、一つ忘れていることがありませんか?」
「あ、あぁ」
しまった、という表情から忘れていたのだと伺える。
「ルーシア。本当に……本当に綺麗だよ」
「ふふっ。ありがとうございます」
「君は世界で一番の花嫁だ」
そう言って、その両腕で優しくルーシアを包み込んだ。
私も、「あなたは世界で一番の花婿だ」って思ってるわ。
声には出さなかったが、目線でそれを伝えた。
ハイリはその甘い空気に耐えられないとばかりに、そそくさと部屋から出て行った。
このあと二人、仲良く睦み合ったのは言うまでもない。
*
親族や親しい友人のみで行われる結婚式は小さな町外れの教会にてひっそりと行なわれた。
勿論、あとから盛大で派手な結婚式を国民を交えて行うのだが、本日は急遽身内内だけで開かれたものだった。皆、予定を詰め込み駆けつけてくれたのだ。
教会のオルガンが優しい音を響かせ、花嫁を待ち受ける。すでに祭壇に立っているアレックスは浮き足立った様子でそわそわしていた。
ーーーーガチャリ
教会の扉が開いて、純白のウエディングドレス姿に身を包んだ新婦と、その父が身廊をゆっくりと歩いてくる。
そして祭壇への立ち、新郎の横へと並ぶと、神父の声が響き渡る。
「アレックス・バード。貴方はルーシア・ライオネルを妻とし、生涯に渡って愛を貫き通すことを誓いますか」
「はい、誓います」
優しくもあり、強くもある声がルーシアの胸に刺さった。
「ルーシア・ライオネル。貴女はアレックス・バードを夫とし、生涯に渡って愛を貫き通すことを、誓いますか」
「……はい、誓います」
ルーシアはしっかりと心に刻みながら言葉を述べた。
「それでは指輪の交換を」
二人は持っている、アレックスが急遽作らせた結婚指輪を互いの指にはめた。シンプルで普段使いもしやすく、ルーシアもお気に入り一品であった。
神父は二人が無事、指輪を交換したのを見届けるとおもむろに口を開いた。
「それでは、近いの口づけを」
ルーシアの心臓がとくり、と鳴った。
キスはアレックスと幾度もしているのであるが、なかなか慣れない。互いの唇を合わせ、体温を分け与える行為は神聖であり、背徳的であり、どこかルーシアの心は落ち着かなくなるのだ。
(キスは嫌いじゃないの。むしろ好き……なのだけれど)
今回は場所が悪い。
何せ、大勢の人が見ている前でしなければならないのだ。
そわそわとするルーシアを尻目に、アレックスは彼女のウエディングヴェールに手を伸ばす。
ルーシアの鼓動はますます高鳴るばかりだ。
そしてとうとうウエディングヴェールを上げた。ルーシアのブルーサファイアの瞳が晒され、まるで教会のステンドグラスのようにキラキラと輝いた。
それを見たアレックスは、彼女をようやく自分のものにできる喜びと、目の前の彼女のあまりの美しさに息を飲んだ。
結婚式前にウエディングドレス姿は1度見たはずであったのに、やはり教会の祭壇という場所で見るとその美しさがさらに際立っている。
二人の晴れ姿を見にきた人達も、その美しさに目を奪われた。
「アレク?」
ルーシアが聞こえるか分からないほど小さな声で、アレックスの名前を呼ぶ。それにハッと気づいた彼は、ゆっくりと彼女の唇に近づいた。
それとともにルーシアのブルーサファイアの瞳はゆっくりと閉じられ、そしてついに。
触れ合った。
*
結婚式が終わり、もうすぐ二人のための宴会が始まる。二人はもう一度、教会の祭壇にいた。
「アレックス、一体こんなところでどうしたのかしら?」
「……君の一番美しい姿をこの目に焼き付けたかったんだ。あとは……」
アレックスは言い澱みながらも、ルーシアの瞳からは目を離さない。そしてゆっくりと口を開いた。
「一つ、約束をしたい。……永遠の」
「永遠の……約束」
ルーシアは反復するように呟く。
「俺は君をこれまで、深く傷つけた。だから、これからは君が傷つかないように守っていくつもりだ」
「…………」
「だから、俺に誓わせてほしい。もう、二度と裏切らないと」
「……!」
彼は強い瞳でルーシアに言う。紳士的でありながら、絶対に譲らないという心が表情に現れているようだった。
「……誓わせて、くれるかい?」
「ええ、もちろん。……それなら私も、貴方を絶対に裏切らないわ」
ルーシアは微笑む。
舞踏会で初めてのワルツを踊った頃ならば考えつかない、愛するものに向ける柔らかな微笑みを。
「君はもう、俺のものだ」
「……ええ、そうですわね。私はもう、あなたのもの。……そして貴方ももう、私のものですわ」
「ああ。そうだね」
二人は口元に弧を浮かべ合う。
「愛していますわ。永遠に」
「俺も愛しているよ。死ぬまで、いや死んでからもずっと」
二人の愛の言葉は、互いの心に刻まれる。そしてそれは、未来永劫消えることはないだろう。
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みんなの感想(3件)
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すごく良かったけど、一人娘なんだよね?次の国王とかどうなるわけなの?か気になった。
ルーシアはアレックスの手に肩を添え
↓
ルーシアはアレックスの肩に手を添え
?
ご指摘ありがとうございます。修正させて頂きました!!
『彼の兄』でお兄さんの公爵のセリフが日本語としてちょっとおかしいので僭越ながら改訂をお奨めします。
『弟の不祥事』→『弟の不始末』、『何かに軽蔑』→『何かに失望』が適切かと思います。
ご指摘ありがとうございます!勉強になりました。
訂正させて頂きます!!