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7.作戦決行
しおりを挟む婚約破棄をされ、弟に告白されるという怒涛の出来事があった数日後。
ディアナはとある作戦を決行しようとしていた。
その作戦とは【下町に繰り出し、運命の人を探そう】というものだった。
これは、以前から密かに練っていた思惑の一つである。運命の人を見つけるというからには一人で行くべきだろうと考え、協力者などは勿論いない。ゆえに、弟には秘密ということになるのだ。彼に知られれば、作戦の決行自体を止められるに違いないからだ。
(見つかったら、絶対に大変なことになるわね)
ディアナは、監禁騒ぎのあった日からのナインの様子を思い浮かべる。すると喉が引きつるのを感じた。義弟はここ数日、恐ろしいほどに目を光らせているのだ。
あの会話の後、ディアナはナインの圧力に負け、旅には出ないことを約束してしまった。不甲斐ないとは思ったが、監禁されるという事態に陥るよりは幾分マシだ。
ふっと溜息を吐き、ディアナは数日前の会話に思いを馳せた。
*
「監禁しなきゃ、姉様は運命の人とやらを探しに家を出ていってしまうんですよね。もしかすれば、国まで捨てる気もあるんじゃ?」
ナインは穏やかな笑顔で言葉を紡ぐ。言っている内容と表情がちぐはぐで噛み合っておらず、ディアナは密かに冷や汗をかいた。
(私、監禁対策用に工具とか買ってきた方が良さそうね。って、今監禁されたら買いに行けないじゃない!)
ディアナ自身も冷静な体を装ってはいるものの、監禁対策などと言っている時点で思考のどこかに不具合が発生しているのは間違いない。
家を出ていくことや、国を捨てる可能性もあるという事はおおよそ当たっていた。だが、義弟の無言の圧力に恐怖を覚えたディアナは曖昧に答えを濁した。
「ど、どうかしらね」
「……………………はぁ、分かりました。閉じ込めましょう」
曖昧な返事をした途端、ナインは『よし、来た』とばかりに彼女を拘束しようとロープを取り出した。
(待って、今どこからそのロープ取り出したの!?)
まるで手品のようにロープを隠し持っていた義弟を見て、驚愕する。可愛い弟がそんな物騒なもの持ち歩いているという事態に頭が追いつかなかった。
だが、縛られていく自分の手首を見てから、ふと我に帰った。
(このままじゃ、ほんとに監禁されちゃうじゃない!)
全くもって喜ばしくない事態に、頭を振って動揺を打ち消す。どうすれば、この予想だにしない事態を変えられるだろう。その答えは一つしか見つからなかった。
「や、やっぱ嘘よ!旅に出るなんて、そんな事……するはずないじゃない」
ディアナは全力で自らの言葉を撤回した。いや、撤回せざるを得なかった。彼奴は本気の目をしているのだから。
(監禁だけは御免被りたいのよ!)
訝しげな視線を送り続けていたナインだったが、ディアナの縋り付くなような瞳を探るように見つめる。ディアナは実験動物のような気分を味わった。
そしてしばらくすると、彼は先程とは打って変わり満面の笑みを浮かべた。
「あはは、姉様。嘘に決まってるでしょ」
柔らかな声色で言葉を告げ、ディアナの手首を拘束していたロープを解いた。実に白々しい。
(いや、絶対本気だったでしょ……)
ディアナは心の中で盛大に溜息をついた。
*
こうして運命の人を探すたびに出るというのは一旦保留となった。思い余った義弟に監禁されてはたまらないからだ。
あの目は本気だった。仮に、ディアナが旅に出たいのだと意見を曲げなければ、本当に監禁するつもりだったに違いない。
意見を曲げたのは言わば、戦略的撤退とも言えるのだ。
そして本日。
旅に出る事は叶わなかったが、下町に繰り出すチャンスが巡ってきた。ナインには外せない用事があるらしく、屋敷にいるのは使用人と見張りの兵数名のみ。
(見張りの兵がいるってのも、可笑しな話だけれど)
ナインはそこまでするのかと思うほど用心深かった。兵を追加し、ディアナをひっそりと監視しているのだ。本当に抜け目ない弟だ。
だが、この程度の監視ならば屋敷を抜けることも容易かった。外を好んでいたディアナは、屋敷をうまく抜け出す方法を子供の頃に編み出していたのだ。
(屋敷をこっそり抜けるのはお手の物なのよ)
心の中で胸を張る。
それならば、このまま運命の人を探す旅へと出発することも出来るだろう。だがそうしたところで恐らく、ナインはどこまでも追ってくるのだ。例え、地獄の果てまでだろうとも。
ディアナは、ナインが諦めの悪い子だと知っているのだ。常に側にいたからこそ、その本質はよく分かっていた。
「でも……監禁しようとするほど、私に執着していただなん気付かなかったわ」
思わず口に出す。
ディアナの観察眼は、恋愛関係において酷く鈍るのだそうだ。以前、友人にそう告げられた事があった。
そんなことを考えているうちに、決行時刻はやってきた。
策略通り見張りの兵を煙に巻き、無事屋敷を出る事は叶ったのだった。
こうしてディアナは夜の下町へと繰り出した。
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