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18.弟の側は安寧の場所…?
(どうして…………もうこれ以上ないくらいに傷ついてきたじゃない。それなのに……どうしてこんなに胸がいたいの……)
ディアナは王城の廊下を足早に歩く。
ダニエルの自室から逃げるようにして出てきてしまった。問題は何も解決していないのに。
彼女の胸はひどく痛んでいた。もう何度も繰り返されてきた痛みであるのに、じくじくと体を蝕んでいく。
『異端のもの』
分かっていたことだった。
彼が心の底でそう思っていることは。
この国では外国に関するものはいまだ歓迎されず、排他され続けているという事実があった。国を重んじるあまり異端を受け入れない、殻に閉じこもった自由がない。それが当たり前なのだ。
ディアナはそんな考えが正直好きではなかった。それは父の仕事の影響を受けたとも言えるし、幼い頃から外国の文化にも接してきたからだ。なによりも、実母が異国から来た人間なのが大きい。
だからこそ自由になれるのならば、自国から飛び出し、世界中を旅してみたい。そう夢見続けていたのである。
(ダニエル様の言葉に傷つくなんて……悔しい! あの男の顔なんて、もう見たくない!)
王が婚約破棄の破棄を認め、正式にディアナを婚約者として再度認めてしまったら。ーー自分には最悪な未来しかないのだ。
そう考えるとディアナはゾッとした。
ダニエルに言った「あなたと結婚するなら処刑された方がマシ」だということはあながち間違っていない。あんな男に嫁がなければならなくなってしまったら、地獄に落ちるも同然。一寸先は闇とは、今のディアナの状態に完璧当てはまっていた。
そんなことを考えていると、バルザレッティ家の家紋の描かれた馬車の前まで辿り着いた。
この先自分はどうすべきなのか、冷静に見極めねばならない。
ディアナは馬車へと乗り込んだ。
◇
自宅の屋敷に着く矢先、不安な面持ちをしている弟の姿があった。
「姉様!」
ナインはディアナに駆け寄る。
彼は、義姉が王城へ行くと言ってから「僕も行く」と言って聞かなかった。非常に心配していたのだろう。
だが、わざわざ王の住う城にまでついて来てもらうのも悪いと考え、断固拒否していたのだ。
「ナイン、出迎えてくれたのね。ありがとう!」
ディアナはなるべく明朗な声を出した。たとえ空元気だとバレたとしても、誰にも自分が落ち込んでいるのだと気を遣われたくなかったのだ。
ナインもそんな義姉の心情を理解したのか、必要以上に声をかけてくることはなかった。義弟は、傷ついている時に深く絡まれるのをディアナが嫌っているとよく知っているのだ。
ナインはただ何も言わず、ディアナに寄り添ってくれた。
(さすがに、弱っているところを付け込もうとは思わないのね)
彼は意外と直情型ではあるが、ディアナが本当に望んでいないことを見極めるのが上手かった。ーーつい最近の出来事からは、少しばかり歯車が狂っているように思われるが。
(監禁…………ね。ナインは本当にそんなことを望んでいるのかしら?)
王子との今後のことを考えねばならないはずなのに、義弟の心情が気になってしまうのはどうしてなのだろう。
隣に寄り添うナインの横顔を見つめる。彼は読書をしているため、真剣な眼差しで文字を追っていた。
あの時の狂気じみた顔つきとは全く異なり、穏やかな面持ちをしている。内心、どう思っているのかは分からないが。
(ダニエル様に何かしら言われたって、分かってるでしょうね)
あまりにもまじまじと見つめていたせいか。ナインは本から顔を上げた。
「姉様、そんなにじっくりと僕を観察しないでくれますか? 正直……照れます」
「あら、ごめんなさい。ナインがどんな書物を読んでいるのか気になって!」
ディアナは本心を述べるのをなぜか憚り、小さく誤魔化して笑った。
だが、彼がなにをそこまで真剣に読み込んでいるのかは気になることだ。完全に嘘をついているわけでもない。
「ああ、この本ですか?」
ナインは微笑んだ。……何故かその笑みに邪悪なものを感じ取り、ディアナは思わず頰をひきつらせる。嫌な予感がする。
「えーっと……やっぱり答えなくていいわ」
「どうして? 別にいかがわしい本を読んでるわけじゃありませんよ」
ははっと声をあげて笑い、義弟はディアナの制止も聞かず、言葉を口にした。
「これは、世界の暗殺方法大辞典ですよ」
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