ワールドマテリアルズ~転生先は、自分が原作者の異世界でした。

依槻

文字の大きさ
35 / 69
第一部

34:本当の悪人とは

しおりを挟む
 先に証拠を提示されてしまい、その疑いを晴らす手段がないという圧倒的不利な状況で進んでいたリューンベルでの裁判。
 もう間もなく判決が言い渡されようとしていたが、ギリギリセーフというタイミングで疑いを晴らせる本人であるシノが、法廷へと到着した。
 これは、役所から全速力で走っていなければ間に合わなかったかもしれない。普段からそれなりに鍛えておいて本当によかったと思う。


「この裁判は無効です! ローレル・グラッド氏には何の罪も疑いもなく、彼を陥れるように仕向けた人物が他にいます!」


 全員の注目が集まる中、シノは精一杯の声を張り上げてみせた。
 突然現れた彼女もそうだが「陥れた」という言葉が出てきたことによって、法廷内のざわめきがより一層強まる。


「裁判は無効だと……!? 貴様、誰の許可を得てそんなことを言っている! ここは厳正なる司法の場だぞ! 貴様のような小娘が口を挟んでいいものではない!!!」


 当然のごとくラウスは激昂し、場所が場所ならシノに殴りかからんとする勢いだ。というか小娘とは言うものの、年齢的には彼の方が圧倒的に下だと思うのだがまぁそれはさておいて。
 それに対してシノは一つも怯むことなく、逆にラウスを睨みつけた後に言い返してみせる。

「それは貴方も同じことです! 人の上に立つ役人が人を陥れるなんて……恥を知りなさい!!!」

「な、何ぃ……? 私が人を陥れただと……!?」

 普段は温厚な性格のシノからは想像もできないほどの語気の鋭さと剣幕である。勢いに若干押されたのか、さすがのラウスも少しだけ身震いしているようだ。
 ざわつく法廷内をシノは真っ直ぐ歩いてゆき、法廷の中央で止まると一同をぐるりと見渡した後に口を開いた。


「私はシノ・ミナカワ。クラド村から参りました、ローレル・グラッド医師に魔法の技術提供をした者です」


 自己紹介を聞いた裁判長はなるほどといった風に大きく頷く。
 弁護人の男性も、裁判の結果を左右するにあたって最も重要な証人の到着を喜んでいるようにも見えた。

「……事情は分かった、シノ殿。しかし、裁判が無効というのはどういうことだね?」

「この裁判自体が、第三者の介入によって無理やり起こされたものだということです。これを見てください」

 シノはそう言うと、役所の執務室で見つけた例の手紙を取り出して裁判長へと渡す。
 周囲の人はそれが何かわからず首を傾げていたが、ラウスだけは手紙を見た途端に表情が変わった。

「なっ! 貴様、その手紙をどこから……!?」

「ノワルド殿、これは証拠品だ。いくら貴殿であろうと手を出すことは許されぬよ」

 反射的に身体が動いてそれを取り上げようとしたラウスだったが即座に裁判長から言葉が飛んで踏みとどまる。
 そしてシノが彼の執務室にて見つけた二通の手紙には、このようなやり取りが記されていた。



『ローレルが、数年振りの新しい魔法研究に着手し始めたそうだ。これでまた手柄を立てられたら、同業者として私の立つ瀬がない! 金は払うから、貴殿の力でなんとかしてもらえないか? リヒター・ルインズ』

『分かった、私に任せておくといい。奴は私も気に入らない存在だからな。不審な研究として罪状を出してやることとしよう。上手いこと現場写真でも提示してやれば何も反論できまい。結果を楽しみにしておくがいい。 ラウス・ノワルド』



 それはまさに、業界の裏を体現したかのような内容であった。他者の成長を妬んで潰しにかかる。これは執務室でこの手紙の内容を見たシノが怒ったのも納得だ。
 裁判長によって二通の手紙が読み上げられた直後、法廷内はざわめきは先ほどよりも更に強くなる。

「静粛に! ……この内容が真実であれば、我々司法側の人間も見事に踊らされていたということか」

 裁判長は一旦場を鎮めた後に、自分が情けないといわんばかりに大きくため息をついた。
 手紙自体が偽物だという反論が飛んでくるかと思われたが、二通どちらにも正式な届け印があるのでその可能性はありえない。確実にこれは、ローレルを陥れるための謀略だ。
 そして恐らくリヒターというのは、以前シノが来訪した際に声をかけてきたあの男性のことだろう。どことなく嫌な感じだとは思ったがまさかクロだったとは。
 続けてシノは再び皆を振り返ると、ラウスの方へと顔を向ける。

「そしてノワルドさん。先ほど外から聞こえましたが、貴方は怪しい虹色の光だと言っていましたね」

「そ、そうだ! 今までに見たこともない怪しい魔法など、不審かつ危険にしか思えぬだろう!」

「……なら、実際にこの場でお見せしましょう」

 この期に及んでもまだ食い下がろうとする彼に対して小さくため息をつくと、シノは片手をあげてみせた。
 短く詠唱した後、彼女の手から綺麗な虹色の光が生まれて周囲を少しだけ照らし、それに対して周囲は「おおっ」と驚きの声をあげて注目する。

「これが、私からローレル・グラッド医師に技術提供した魔法です。発動しても周囲に危害など加えませんし、お望みならクラド村の全員が証人になりえます」

 ラウス的には暴発でもしてこの場に被害を及ぼすぐらいになって欲しかったのかもしれないが、そんなことは決して起こりはしない。シノが開いた手を握ると、虹色の光はすぐに掻き消えた。
 この魔法が子どもを助けた光景は村の大多数が見ているし、その全員が証人ともなれば十分過ぎるだろう。
 一連のやり取りを見守っていた裁判長は長く息を吐くと、ラウスをじっと見据えて言葉をかけた。

「ノワルド殿よ。貴殿はローレル・グラッド医師に対して訴えを起こした裏で、別の者とやり取りをして陥れるための謀略を企てていた。以上のことに間違いはあるか?」

 裁判長の声が法廷に響いた後、全員の視線がラウスへと集まると、彼はまさに重い口を開けて、

「ぐっ……! 何も、ありません……」

 悔しさを隠しきれない声で絞り出すように、ただ一言だけ言ってみせたのであった。
 それを聞いた裁判長は無言で大きく頷くと改めて法廷内を見回し、言葉を続ける。


「では改めて、判決を言い渡す。起訴内容の全てを撤回し、ローレル・グラッドを無罪放免とする!」


 法廷内に再び声が大きく響き渡ると、続けて何故か拍手が巻き起こった。それはローレルの無罪を喜ぶものと、弁護人やシノを称えるものなのだろうか。シノは傍聴席を振り返ると、見守ってくれた全員に対して何度もお辞儀をする。
 その中に、傍聴席へ回っていたリエルとファルマが手を取り合って喜んでいるのが見えた。
 リエルの笑顔はいつものことだが、ファルマがあんなに嬉しそうに喜ぶ顔はなんだか新鮮だ。普段はクールだけれど、やっぱり普通の人みたいに慌てたり喜んだりするんだなぁとシノは改めて思っていた。
 検察側の席を見ると完全に項垂れているラウスの姿があったが、彼は完全に自業自得だろう。

(謀略にしてはちょっと詰めが甘かったね。悪代官さん)

 もし彼が手紙をさっさと処分してしまっていたら証拠など残らなかっただろう。この勝利はラウスの慢心が生んだ結果ともいえるかもしれない。
 法廷内の拍手も鳴りやんだ頃、シノは何か思い出したのか、裁判長へと顔を向ける。

「ところで、裁判長。私はこの証拠を得るために役所の執務室へと忍び込みました。これはさすがに罰せられるべきだと思うんですが……」

 毒を以て毒を制すというわけではないが、よからぬ行動をしたのは事実だ。ローレルの疑いを晴らしたからといって自分がやったことを隠すわけにはいかない。
 この裁判自体は無効となるが、不法侵入まがいのことをした事実が消えるわけではないのだから。それで自分が別の罪に問われても構わないとすら、シノは考えていた。
 だが裁判長はそんな彼女の言葉を受けて何かの罪状を言い渡すどころか、

「そのことならば不問に付す。貴女が証拠を持ち帰らなければ、彼は無実の罪となっていたことだろう。その勇気ある行動が彼を救ったのだ。逆に称えられるべきだと私は思う」

 と言ってのけたのだ。これにはさすがにシノも驚きを隠せなかった。

「いいんですか……?」

「うむ。我々としても、もう少し此度の件について考慮すべきだったと反省しているぐらいだよ。私からは以上だ」

 これ以上何か言っても自分が恥ずかしくなるだけだなと思い、シノは無言で深く頭を下げる。
 ローレルもそうだったが、この裁判長もかなり人道的かつ心の広い人物だったようだ。先ほどからラウスの方を睨んでいる辺り、真の悪人に対しては容赦がないと見えるが。


「――――――それでは、これにて閉廷とする!」


 木槌を鳴らした裁判長の言葉が法廷内に大きく響き渡り、裁判の終了が告げられた。傍聴者や関係者が次々と場を後にし、シノも続いて法廷を出ようとする。
 その時、悔しそうに項垂れたままのラウスが目についた彼女はそっと彼へ歩み寄ると、


「……権力を持ったからといって、好き勝手に振るうものではありませんよ。何故貴方がその地位にいたのかを、忘れないでくださいね」


 静かにそう告げ、今度こそ法廷を後にしたのであった。
 その際、項垂れたままのラウスが僅かに頷いたように見える。悪代官のまま終わるのか、まっとうな役人として再起するかは彼次第だろう。

 こうして謀略によって始まったリューンベルでの裁判は、罪人の逆転で終わりを迎えたのであった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~

きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。 前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

現代知識と木魔法で辺境貴族が成り上がる! ~もふもふ相棒と最強開拓スローライフ~

はぶさん
ファンタジー
木造建築の設計士だった主人公は、不慮の事故で異世界のド貧乏男爵家の次男アークに転生する。「自然と共生する持続可能な生活圏を自らの手で築きたい」という前世の夢を胸に、彼は規格外の「木魔法」と現代知識を駆使して、貧しい村の開拓を始める。 病に倒れた最愛の母を救うため、彼は建築・農業の知識で生活環境を改善し、やがて森で出会ったもふもふの相棒ウルと共に、村を、そして辺境を豊かにしていく。 これは、温かい家族と仲間に支えられ、無自覚なチート能力で無理解な世界を見返していく、一人の青年の最強開拓物語である。 別作品も掲載してます!よかったら応援してください。 おっさん転生、相棒はもふもふ白熊。100均キャンプでスローライフはじめました。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます

天田れおぽん
ファンタジー
 ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。  ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。  サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める―――― ※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。

処理中です...