リコリス・ラジアータの庭

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「────────ッ」

 手に握ったナイフを投げる。目の前には敵。それは世界。

 右眼の赤色と首元にある赤色の宝石が共鳴する。背に焔の翼を負い、全身には傷。

 この呪われた力を求めて、「彼」は狙われていた。

 彼がこの力を手に入れたのは、幼少期の頃だった。




 光に当たると紫色が浮かぶ黒髪に隠れた鮮やかな紫の目をした少年 「零」は、昔から孤独だった。
 遊び相手がいないため、よく散歩をしている。
 郊外に行ってみたり、山に昇ったり、散歩というよりも、一人旅。

 ある日、森の深くまで行って迷子になってしまった。
「……困ったな…これじゃ…帰れない……」

 目の前には新緑。そして地面から突出した赤く光る鉱石……鉱石?
「…なにこれ」
 森の中にぽつんと、植物が一切生えていない裸地に存在している。
 熱気を帯びたその鉱石は、零の肌を温かく濡らす。
「暖かいな……」
 零はしばらくそれを眺めていたが、好奇心に負け、その鉱石に手を伸ばした。

 触れた途端、痛みが走った。
「!?」
 焼かれた石みたいに熱い。右手は酷い火傷を負った。
「う……」
 右手を押さえながら、怖くなってその場を離れようとすると、獣道があったはずの場所が、変に背の高い樹木で塞がれている。
「なんで……!?」
 木が燃える音がして慌てて振り返ると、その鉱石から炎が出ていた。その炎はやがて高く登り、火柱になる。
「……!」
 火柱の先が鋭くなり、それは急にこちらを向く。
「!?」
 鋭くなった先端が、零に向かって勢いよく突進してくる。
「わっ、わああ!?」
 逃げようとするも間に合わず───それは零の喉を貫き、更にきつく絞め上げた。

「か……ッ、は、離せッ!!」
 首を絞められたまま宙ぶらりんになる。振り払おうにも熱い。絞められている首が火傷を負っていく。いつの間にか零の全身は力が抜け、だんだんと意識を失いそうになっていく。喉元を執拗に攻撃される。絞め上げられ、何度も何度もその炎の先端は喉を貫く。
「……もう…駄目か……」
 そう思って目を閉じた途端、重力によって地面に叩きつけられた。
「ッ!?」
 全身に力が入らない、と思ったのも束の間、何故か体力は回復していた。
「……?」

 首に違和感を覚えて、恐る恐る手を伸ばす。
 硬い石の感触。

「え……」
 自分の目では見えないため、急いで池がある方へ走った。
 なかなか見つからない。零は必死で走り回る。しかし、何故か全然疲れないのだ。このまま永遠に走れそうな気がする。

 ようやく池を見つけた零は、早速そこに自分の姿を写してみる。
「……なに、これ…」
 首元には、知らぬ間にチョーカーが取り付けられていた。そのチョーカーには、先程見たような鉱石の一部がある。更に、零の右眼は鉱石と同じ赤色に鈍く輝いていた。
「うわあああ!?」
 思わずそこに倒れ込んでしまった。
「これ……なん…」


 理解が出来ないまま、いつの間にかまた獣道が再生していた道を辿って、零は故郷へ帰った。




 その力が呪われているものだと知り、零は更に孤独となってしまった。更に、その力を忌み嫌う人間、また器である零を殺して、力を手に入れようとする人間が現れたのである。零はそれらから逃げ、力を求める人間と戦い、首元の赤色を守ってきた。
 火傷を負った右腕は指貫の手袋で隠し、その手の指を鳴らせば炎が現れ、左手の指を鳴らすと、投げナイフが現れる。これは赤色の鉱石の力であり、鉱石と右眼の赤が共鳴して発生する、言わば魔法である。

 この魔法によって体力は底なしとなり、幼少期は病弱だった零はある意味、元気になったと言えよう。



 ただ、その魔法を失えば、昔の零のように、弱くなる。首元のチョーカーが破壊されれば、零は意識を失ってしまう。

 その恐怖が、今まさに起きてしまったのである。

「!!」

 首元で輝いていた赤色が粉々になった。右眼の赤色もだんだん色を失い、昔みたいな紫色に戻ってしまった。
 粉末状になった鉱石は塵になって消えていった。選ばれた人間──零以外の手には渡らないようだ。

「……そん、な…」
 そこで、零の意識は消えた。



 目を覚ますと、そこは屋敷の玄関だった。
「!?」
 傷だらけだったはずの体は完璧に回復している。それに、チョーカーはまだある。
 さっきのは夢だったのか? と思ったが、違和感を感じた。

「……俺は…屋敷の人間じゃない……なんでここに…というか、どこだここ?」
 辺りを見回してみる。新しく出来た屋敷では無さそうだ。蜘蛛の巣が所々に張り巡らされている。古くなっている。それなのに…何故、ここにいるのだろう。

「あ!」
 聞きなれない少女の声が聞こえた。
「っ、誰だ!!」
 零は反射的に指を鳴らし、ナイフを構えた。また力を狙う人間がいるのだと思った。
「わわっ、待って! 私は敵じゃないわ」
「……?」
 少女はこの古臭い屋敷に合わない美しいドレスを着て、階段を駆け下りてくる。その少女は、金と銀の瞳をしていた。
「……お前…一人なのか」
「お嬢様に向かって『お前』は失礼じゃないかしら!?」
「…すま……ん、いや…申し訳ありません、か」
「出来るじゃない」
 少女は威張るように、ふふん、と言って見せた。零は呆れた。

「私はリツ。この屋敷の主よ」
「……リツ、か…俺はレイ。よろしく」
「ふふ…私たち、そっくりなのね」
「え?」
「だってそれ、チョーカーが私とお揃いなの。不思議…」
「……ほんとだ」

「…律は…ずっとここで、一人で?」
「ううん、妹がいるの……今は寝ちゃってるけどね、もう朝なのに…」
「──いや…お嬢様って言うくらいだから、執事でもいるのかなって」
「ああ…カフカは…まだ帰ってきてないわね…」
「カフカ?」
 零は首を傾げた。
「ええ。あの人は…私のことを守ると言って屋敷を出て行ったきり……何日も戻ってきてないの」
「…それは……」
「私の大好きだった人…妹も、カフカのことを兄のように好いていたわ。全然帰ってこないから……心配してるの」
 零は、命を落としたんじゃないのか、と予測した。ただ──それを伝えたことで、律を悲しませるわけにもいけない、そう思って口を噤んだ。
「ねえ、零。貴方…私の、私たちの執事になってみない?」
「え?」
「なんだか…カフカと零、少し雰囲気が似ているのよ。物静かなところとか、目付きとか……」
「……」
「それにしても、零はどうしてここに?」

 どうしてここに? と聞きたいのはこちらの方である。何故チョーカーが壊されて気絶したあと、この屋敷に立っていたのか、未だに理由が分からないのである。

「……なんだろう…迷い込んで、気づいたらここに……なんて」
 思わず適当に答えてしまった。まるで迷子の子供を見るような目でこちらを見る律は、思い出したかのように手を合わせて言った。
「そうだ! 私の妹に会わせてあげる。きっと気に入ってくれるわ」
「……妹に?」
コトワリ! 起きなさい!」
 律は階段を駆け上がり、奥の部屋の扉を開け、妹であるらしい名を呼んだ。
「んー…眠いよ……お姉様…」
「もう朝よ! それに今日…お客さんが来てるんだから」
「お客さん、って…俺のことか」
「お客さん…? どんな人……?」
「カフカにそっくりよ」
「カフカお兄様に!?」
 急に妹の声が明るくなった。その「カフカ」という執事を、本当に妹は気に入っていたらしい。
「少し似てるのよ。だからほら、起きてご挨拶しなさい」
「カフカお兄様が帰ってきたわけじゃないの?」
「……きっと帰ってくるわ。ほら…早く」
 まだ眠そうに階段を下りてくる。零の顔をちらちらと見ながら、律の後ろに隠れている。人見知りなのだろうか。
「え、えっと…コトワリです…よろしく……」
「この人は零。訳あってここに来たのよ」
「といっても迷い込んだだけだがな」
「わあ…カフカお兄様に似てる…」
「でしょ? ふふ」
「カフカお兄様っ!」
「えぇっ!?」
「こらこら、困ってるでしょ、そろそろ離れなさい」
「いやーー!! カフカお兄様にそっくりなの…大好き!」
「えぇ?」

 零に抱きついたまま離れない理をなんとか引き剥がそうと、ぐぬぬぬと呻きながら引っ張る律に、零は吹き出してしまった。

「あははは、本当に仲良しな姉妹だな」
「…ふふ、なんだか見苦しいところを見せてしまったわね」
「そんなことない」
「さて、お茶を出すわ。ずっとここに居ても悪いし」
「…すまないな、執事が居てくれたのに、なんだか」
「いいのよ。もしその気があるなら、カフカの代わりになってくれるかしら?」
「あ、いいのか…? 俺なんかで」
 それを聞いた理はすぐに反応して、期待した視線で零を見つめた。
「カフカお兄様の代わり?」
「そうよ」
「わーい! 楽しみ!」
「はは、本当に妹さんはカフカさんのことが好きなんだな」
「うんっ」
「そうか…じゃあ、やってみるか───いや、任せてください」

 そして律に案内されるまま、大きなリビングへ向かった。高い天井には硝子で作られたシャンデリアが零たちを見下ろしている。光を屈折し、壁や床を照らしている。

「見た目とは裏腹に……中は随分綺麗なんですね」
 執事、が何かいまいちわからなかったが、取り敢えずと思って、敬語を意識してみる。零は今まで一人で過ごしてきたから、人と接するのは不慣れだった。
「そうでしょ? カフカがすごく綺麗好きだから、毎日欠かさず掃除をしていたの」
「一人で、この屋敷全部を?」
「ええ……この屋敷の執事は、カフカだけ」
「カフカお兄様、屋敷の掃除だけじゃなくて、わたしたちのご飯とか作ったり、私と遊んだりしてくれた。いつ休んでるのかわからなくて……ずっと心配だった」
「そうね……料理や妹の世話をしている以外は、ずっと掃除してたような気がするわ」
「そんなに……」

 そんな会話をしながら律の後をついていくと、本棚の中に分厚いアルバムがあるのを見つけた。

「これは?」
「ああ…私たちの小さい頃にカフカが撮ってくれた写真ね。カフカは写真を撮るのが好きだったから、よくいろんな景色にカメラを向けていた…懐かしいわね」
 律はアルバムの隣に置かれていたインスタントカメラを手に取った。
「これが、カフカが使っていたカメラ。だいぶ年季が入ってるから、もう写真を撮るのは難しいかも」
 律の言った通り、シャッターボタンを押しても何も反応がない。
「でも…カフカが帰ってきたときにこのカメラがなかったらきっと怒るから、大切に取ってある」
「……」

 それから律は奥から紅茶の入ったカップを三つ持ってきて、随分と長いことアルバムの写真について語りかけた。
「この写真は…なんだったかしらね。カフカは色んなところをほっつき歩いて写真を撮ってたから……私たちの知らないところをたくさん撮ってくれる。私たちはずっとこの屋敷にいたから、外の世界はあんまり知らないの」
「それで…カフカさんは…律たちに外の世界を見せてあげようと?」
「きっとそうね。実際……カフカはああして私たちの執事をしてくれたけど…私たちが誰から生まれたのか、からこの屋敷に来たカフカはどこから来たのか……結局何も教えてくれなかったな」
「……執事とて 秘密にしたいこともあるんじゃないでしょうかね」
「そうかもしれないわね」
 律はクスクスと笑って、アルバムを閉じた。


「お姉様…お腹空いた」
「そうね…そろそろ夕食の時間だわ。今日も私が──」
「……俺が、作りましょうか」
「あら! いいの?」
「だって…やっとの執事が現れたっていうのに、主人に作らせるなんて」
「……ふふ、悪いわね」
「いいんです」
 そう言うと零は食堂の方へ走った。律はそれを見送ると、
「……本当に、カフカにそっくりな人…」
と零した。


「……そうだな、ああは言ったものの……何を作ればいいのか…」
 1人で暮らしていた頃は、空き家に潜り込んで盗んだ食べ物などを調理して何とか生き延びていた。チョーカーの魔力の影響か飛躍的に伸びた学習能力によって数多のレシピを脳に叩き込んだおかげで、案外良い食生活を送ってきた。
 だが──他人に作ったことは無かった。二人の好みは? 聞くのを忘れてしまった。もし彼女らに苦手なものがあったら…執事として失格! もし…嫌われてしまったら──
「……ッ やめだ! こんなことを考えてちゃ…確かに俺は……嫌われ続けてきたけど…少なくとも あの二人は……」
「零?」
「うわぁぁっ!!」
 扉から律が心配そうに顔を覗かせた。
「何か悩み事? 聞いてあげるわよ」
「あぁ…いや……勢いでああは言ったけど 二人の好き嫌いとか聞くのを忘れてて……」
「なぁんだ、そんなこと? ふふっ、良いわよ。私たちは特に嫌いなものは無いわ。だから気にせず作って頂戴」
「ああ、よかった……」
 零が大きな安堵の息をつくと、律はぷっと笑った。
「なっ」
「そんな大袈裟にならなくても! 仮に苦手なもの入ってたって嫌ったりはしないわ」
「き、聞こえてたんですか」
「んー? 内緒。そんなことよりも早く作っちゃいなさい、理がお腹を空かせてグズってるから」
「あっ、そう…ですね」
 そう言うと律はスキップしながら厨房を後にした。

「よし…好き嫌いが特になけりゃ、大丈夫だな。執事としての初仕事だ……!」
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