名の無い魔術師の報復戦線 ~魔法の天才が剣の名家で産まれましたが、剣の才能がなくて追放されたので、名前を捨てて報復します~

トンボ

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98 アルトの用事⑧

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 無事に『オボロアカネ』を採取できたウィズは草むらの向こうで苦しんでいたアルトと合流した。それから二人は下山すると、待機していた馬車へ乗り込む。

 足元の封印氷塊ががたんがたんと揺れていた。背もたれに体重を任せ、両腕を頭の後ろに回したアルトは言う。

「……どうだ、ちょっとした息抜きにはなったかい?」

「……はい?」

 ぐらりと景色が揺れた。それをバックに斜め上に目を閉じて告げたアルトに、ウィズは訝し気な視線を向ける。

 『息抜き』と彼は言ったようだが、何を指して『息抜き』と評したのか分からない。断れない立場のウィズを連れ出し、着いてから影の化け物の話をしてはそれを撃退し、果てには主となる目的の『オボロアカネ』の採取をウィズに一任したというサマを、アルトは『息抜き』といったのだろうか。

 理解しがたい表情のウィズをアルトは薄目を開けて覗くと、次の瞬間にクスリと笑う。そして続けた。

「ソニアが言ってたぞ。この屋敷に来てから……いや、姉様の合流していた辺りから、ちょっと様子がおかしいってね。気を張りすぎて疲れてるように見えるってよ。全く、本当に良い娘だよソニアは」

「……」

 からかうようなアルトの口調にウィズは口をぎゅっと閉じざるを得なかった。

 確かに、ソニアの言う通りだったかもしれない。『怒りの森』でフィリアと合流した時から、ウィズの脳内には『報復』の文字が台頭し始め、以降は事あるごとにあらゆる思考が『報復』に取りつかれていた。

 "こう"すれば『報復』につながる。
 "ああ"反応すれば『報復』の真意を隠せる。
 "その"思考を見せておけば『報復』を疑われない。

 そんな事ばかりを考えては、誰のものか分からない笑顔を見せてきた。

 心の奥底で企んではそれをひた隠しにしてきたはずであるが、ソニアには若干ながら伝わっていたらしい。なんというか、ウィズは気づかれていることに全く気付いていなかった。しかし案外そういうものなのかもしれない。

 ウィズは久しぶりに柔らかい笑みを浮かべる。

「それは……あとでソニアにお礼をしておかなきゃね」

 まさかそこまで見られているとは思っていなかった。結構盲目的かと思っていたが、その実しっかりと見えるものは見ていたようだ。

(厄介なんだか……まったく……)

 見られること自体はあまりよろしくないのだけれど、悪い気はしない。ウィズは馬車の箱のフチにひじをつけると、アルトからそっぽを向いてその手の甲に頬をつけて外を見る。

 遠くないうちに離れ離れになるであろう存在。

 ウィズは『セリドア聖騎士団』の総長選定式で騒ぎを起こす。それまでの間までの関係となるであろう。期限付きの間柄だ。花がいつしか枯れて誰にも見向きされなくなるように、ウィズがウィズとして親しまれるのもそれまでだ。

(……そう、なんだよな)

 ウィズは片手で胸ポケットに触れる。中には花畑で見つけた『ユガミアソウ』が入っていた。

 ウィズは目を閉じて、その『ユガミアソウ』に『不動なる或りし刻クロノ・ツダルハルヅ』の魔法をかける。それは対象の腐敗を防ぐ魔法であり、装飾用の花などのナマモノに使われる錬金魔法であった。『ユガミアソウ』も花であるため、使うまで生かしておく必要がある。かといって『ユガミアソウ』は所持していると法にふれる恐れがあるため、目立つ場所で保存ではできない。

 だから少し魔力の消費はデカいが、『不動なる或りし刻クロノ・ツダルハルヅ』で保存することにしたのだった。魔力の消費といっても、どうせ『緋閃零式タイプ『イグネート』』でほぼ無限に魔力を生産できるので、実質ローリスクだ。

(……まだ時間はあるんだ)

 ふと、ウィズの瞳が緩んだ。

("始まる"まではゆっくりしてみるか)

 ――考えてみると、ずっとウィズは一人で生きてきた。生活はずっと一人で、今のように誰かと過ごす時間はごくわずかであった。

 店を開いていた時で他人と過ごした時間というのを思い返してみても、たまにソニアやらお得意さんと数時間一緒にいるだけで、ともに過ごすといったことはしたことがなかった。

 朝起きて適当にブラつけば、自分ではない誰かと出会う。そんな生活は初めて、それに対する困惑もあったのかもしれない。

 そしてウィズは馬車のフチから手をどけると、姿勢を戻した。

「そういえば、これはアルトさんからの仕事……ってことでよかったんですよね?」

「……ん? まあ、言い方によってはそうだな」

 口元をニヤリとさせて、ウィズはアルトへいかがわしい視線を向ける。アルトはピクリと肩を震わせて、ウィズを見返した。

 ウィズは続ける。

「ってことは仕事も成功させたことですし……報酬をしっかりといただきましょうか」

「……え?」

 きょとんとした表情になるアルト。しかしウィズの真剣な顔が自分に向いたことにより、ウィズの瞳からそこそこ真剣な申し出であることに気づいたのであろう。アルトは前に手を持ってくると、手の平をウィズの方に広げてブンブンと振った。

「いやいやいや! 待ってくれ! そりゃ、俺らの雑用あっての基本給だし……」

「僕はもともとフィリア様の護衛として雇われたわけで、アルトさんたちの雑用は業務内容に入ってないですけど? それは別契約では?」

「んーーーーー? そういえば今日の夕飯は料理長が張り切ってたような気がするなぁ」

「まあいいです。ツケときますね。帰ったら台帳に書いておかないと……あ、あとでサイン貰いに行きますね。魔力の跡もちゃんとつけてもらいます」

「……」

 平常顔でどんどん話をつけていくウィズに、アルトは頬に汗を流したのだった。
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