名の無い魔術師の報復戦線 ~魔法の天才が剣の名家で産まれましたが、剣の才能がなくて追放されたので、名前を捨てて報復します~

トンボ

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99 闇夜の侵入者

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 月が雲に隠れては光が淡く差し込む深夜。

 『ガーデリー』役所は静けさに包まれていた。

「……はぁ」

 『魔光石』――魔力を与えることによって発行する石――で作られたライトがおかれたテーブルに、ハサーマは肘をつきため息をついた。

 テーブルの上にはライトの他にいくつかの書類が散りばめられていた。シボシボする瞳をこすって、ハサーマは椅子の腰掛に体重をかける。

「……」

 ハサーマは暗い天井を見上げた。

 ハサーマがこんなに遅くまで役所に残っていたのには理由があった。――先日、『ガーデリー』内でとある誘拐事件が起こったのだ。それは『アーク領』の外から来た山賊たちの仕業であり、狙いは『商売許可証』であったと聞いている。

 その事件は誘拐があった当日に解決され、首謀者と思われる傀儡と山賊頭は死亡。その部下たちは逮捕に至った。そこまでは良かったのだ。

 しかしその夜から明朝にかけて、捕らえた山賊たちが獄中で惨殺されていた。まるで体内から理不尽極まる力で肉体をねじ切られたように、"それ"は赤黒い液体を巻き飛ばしながら床へと散乱していた。

 もし山賊たちが生存していたら、そこから山賊たちに誘拐を依頼した者への手がかりを得られたというのに。このことから、山賊たちを殺害したのは首謀者の『傀儡』の術者か、その仲間だと思われた。けれど、ハサーマはその意見にどこか違和感を得ていた。

(……あの禍々しい『死因』は……)

 そう、山賊に対する口止め。そのやり方というべきか。どうしてあそこまで凄惨に行う必要があったのだろうか。あれでは顔や髪の色、果てには昨日食した物さえ調べることはできない。

 こういうのも変ないいようだが、とても"周到"な死因であった。捕らえた山賊からは"絶対に"情報を引き出させないという、確固たる思念を感じる。ハーネスは手に顎を当て、テーブルの上の資料を見つめた。

 それらの資料はどうにか山賊たちの情報を得ようと、この事件を任されている役員たちが集めた記録や聞き取りの成果である。関係ありそうな情報だけを抜き取り、ハサーマはそれらをまとめている最中であったのだ。

 この『誘拐事件』の解明を望み、役員たちに事件の調査を託したのはこの領地を治めている『アーク家』の方々だ。いつも高圧的に物事を押しつけては屋敷でふんぞり返っているような方々で、ハサーマは子供のころ彼らが嫌いであった。

 しかし今は違う。大人になるにつれ、『アーク家』の統治能力というべき治安維持力が素晴らしいものであると実感してきたからだ。

 領民に対する福利厚生に加え、権利の尊重はまず前提として取り組まれている。そこから就労や子供の就学の手引き、さらには病院の開設とその援助など、真っ当に生活するには困らないほどに『アーク家』が隅々まで手をまわしているのだ。

 『アーク領』の特産である『秋涼小麦』と『東出魔牛』の生産に携わる領民に対しては、かなりの援助が行われる。同時に収穫量や売り上げの多くは『アーク家』に吸い取られるものの、それでも生活するには困らない。『アーク家』が税として巻き上げたそれらや、領地の外へと輸出されて、それが利益となって返ってくる。その利益でまた『アーク領』へ投資して、という循環が行われているようだ。

 ハサーマを含め、領民が無事に生活できていけるのは『アーク家』の影響が大きかった。いつもは謁見さえできない身であるからして、こういう機会でないと彼らに恩返しもできない。

 ハサーマは再びテーブルに向かって、羽ペンでそれぞれの資料に黒を入れていく。それからは資料を動かしては書き込みを繰り返し、静寂なる部屋に文字を書く音が静かにとどろいた。

「とりあえず……関連が深そうな情報同士はまとめてみたが……」

 ハサーマは腕を組んで悩まし気な顔をする。どうにも、それらは断片的すぎて核心には迫れない。

「やっぱり情報が足りないな……。捕らえた山賊たちがいなくなってしまったのが大き――ッ!」

 ハサーマの体が震えあがった。呼吸は細くなり、肩から全身を包むような悪寒が彼を刺激する。

 動悸が早くなる――手足が震えて酸欠に似たものを感じ取ったハサーマは椅子から転げ落ちた。

「な……なんだ……これ……」

 グルグルと倦怠感が吐き気を催して体中を走り回る。その不快感にうなされながらも、ハサーマの頭は違うものを感知していた。

 震えた唇で、ハサーマは息を吐いた。

「やばい……"何か"が……来る……! 来るんだ……!」

 とてつもなく危険なものが"来る"。そんな奇妙な予感が脳から全身へ危険信号を送っていた。まるでそれは揺るぎない真実のように、ハサーマの危機管理能力を働きかけていた。ハサーマは必死で床をはいずり、壁際にある空きロッカーを目指す。

 ロッカーのもとへ近づくや否や、体にムチ打ってそのロッカーの中へ隠れた。激しい息切れをしながら、ハサーマは穴の隙間から暗い部屋を見つめる。

 キ、キィー……。

 そんな中、部屋のドアがゆっくりと開かれた。直後、廊下からフードを深く被った人物が部屋の中へのっそりと入ってきた。

 それを目撃した瞬間、ハサーマは胃液を逆流しそうになって口を押さえた。――あのフードはやばい。ハサーマは直感しながらも、汗でずぶぬれになったまつげを上げては大きく開けた瞳はそのフードからそらすことはできない。

「……」

 フードはテーブルの上にあるついたままのランプをおかしく思ったのか、周囲を見渡した。しかし部屋の中に人影がないと知るや、懐から何かを取り出した。

 ――石だ。何かの石であった。フードはその石をテーブルの上にバラまいた。

(何を……?)

 ハサーマはその光景を不審に思いながら、ロッカーの中で震えていた。何をするのか、見当もつかない。

 そしてフードはマッチを取り出すと、その場で火を灯す。数本を一気にこすり、ボウっと数本の棒の先に火がついた。フードはそのまま火のついたマッチをテーブルの上に置いた。

「……!」

 テーブルに置かれたマッチの火は紙を伝う。ゆっくりと燃え広がると、その火はバラまかれた石へと向かっていく。

「っ」

 そこでフードは勢いよく踵をかえした。その瞬間をハサーマはしっかりとみていた。マッチとライトの明かりに照らされ、フードの中から赤い髪がフードから出て、少しだけ揺れていたのを。

 そのフードはすぐに部屋の外へ出る。そいつが外へ出てハサーマが安堵するのも束の間、部屋の外から何かが投げ込まれたのだ。そしてそれはバラまかれた石の一つへ命中し、それを弾き飛ばす。

「え――」

 弾き飛ばされた石が発光し始め、ハサーマは思わず声を漏らした。

 フードがバラまいた石――それは『閻魔石デビルズ・ストーン』だった。『閻魔石デビルズ・ストーン』は高熱と衝撃によって爆破する石であり、『アーク領』へ入る前にウィズが体験していたものである。

「――」

 ハサーマが息をのむ。そして何かを叫ぼうとするが、すべてが遅い。


 ――静寂の『ガーデリー』の町で、大きな爆発音がつんざいたのだった。
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