転生しました、脳筋聖女です

香月航

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18章-04

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「下がれ!!」

「はっ!?」

 ――場の空気が変わったのは、本当に一瞬だった。
 力ずくで私を引き下げたノアと、直後に視界を覆った白光。
 ガンッと響いた耳障りな音が、彼が張ってくれた防壁魔術だったと瞬いてから気付いた。

「ッ、攻撃魔術!? いつの間に……」

 よろめきつつも何とか堪えれば、頭上のノアから舌打ちが聞こえる。
 この短時間で一体何をされたのか。光が落ち着くのを待ってみれば、対峙していたのはあまりにも見慣れた人物だった。

「……カール?」

 私より背の低い少年が、腕を掲げて立っている。しかし、目の焦点が合っておらず、どこかうつろな様子だ。
 ――そりゃそうか。だって、本物のカールは私の背後にいるものね。

「あの人形っぽいの、動くのか……」

「そうだよ。ごめんね、異世界の君。人形遊びをしていたのは、アンジェラじゃなくてわたしなんだよ」

 私の呟きに、いまだ玉座に座ったままのサイファが楽しそうに答える。
 ああ、そうだった。【無垢なる王】は他人の姿を模すのがとても上手い存在だったわね。
 通路に並んでいた等身大人形は、やつが作ったものだったと。

「アンジェラだけ二人いるのは不公平かと思って、わたしが知る君たちを再現してみたんだ。君たちはアンジェラのことを覚えていないらしいし、しょっく療法?とやらにはちょうどいいと思わないかい?」

「違う!!」

 淡々と語るサイファに、強い否定の叫び。声をあげたのは本物のカールだ。そのまま私の前に出ると、ギッと檀上を睨みつけた。

「違う。俺はアンジェラを忘れたことなんてない! お前を救えなかったことをずっと悔いて、今度こそ助けるつもりだった!!」

「…………」

 声を張り上げるカールに、聖女は少しだけ視線を向けてから、寂しそうにまぶたを閉じた。
 ゆらゆらと蠢く彼女の影は、動じているのか否定しているのか。サイファも微笑んだままカールの言葉を待っている。

 ――――そんな、〝隙〟を作ってもらえたので、

「ていッ!!」

 私のやるべきことは一つ。
 すなわち、素早く駆け寄って、人形のほうのカールをメイスでぶん殴る!!

「…………は?」

 ごきん、と人体から鳴ってはいけない音が聞こえると同時に、人形カールはゴロゴロと壁に向かって転がっていき……そのまま動かなくなった。
 あれ? 導師とか名乗ってるくせに、体は意外と弱いのねカール。

「……おい……このっ偽聖女おおッ!! お前は俺に恨みでもあんのかッ!?」

 直後に響くのは、シリアスを台無しにされた本物のカールの怒声。
 聖女とサイファはぽかんと口を開けて、仲間たちはそろって噴き出している。
 よし、大成功。さすが私ね、いい仕事した!

「むしろ恨みがないとでも思ってたの、この外見詐欺師」

「人が大事な話をしてるってのに、なんてことしやがる!? しかもお前、全く躊躇ためらいなく殴ったな!?」

「人形って明言されたのに躊躇ってどうすんのよ」

 まあ、殴った感触は無機物より人体に近かった気がしたけど、そういうのも肉っぽい魔物で慣れたしね。本物が目の前にいるんだから、作り物に遠慮するわけないじゃない。
 開き直る私に、カールは一人でぷりぷり怒っている。
 全く、ここはもう戦場で相手は敵だってのに、過去にこだわる男は困るわ。

「……なるほど。確かに、作り物に遠慮する必要はないな」

 そんな私とカールのやりとりを眺めていたディアナ様が、スラリと斧を構えた。
 視線を向ければ、彼女へ向かってディアナ人形が動きだしている。……このディアナ様とは似ても似つかぬ、ごく普通の女騎士の人形だ。
 虚ろな目の彼女が、腰に提げた剣に手をかけて――

「ぬん!!」

 ――引き抜く前に、巨大な斧の刃が人形のてっぺんから足の間まで、縦に両断していた。
 二つに裂けた体から、赤い液体がばしゃっと溢れ出る。

「うわっ、血!?」

 生々しい光景に少しだけダレンが引いたけれど、すぐに気付いたようだ。
 人の体を縦に裂いて、出るものが血のはずがない。しかし、人形から出ているのは赤い液体のみ。
 ……ようはただの演出だ。

「へえ、凝っているね」

 ダレンと違って動じないどころか、むしろ興味深そうに眺めていた王子様は、続けて動き出した自分の人形の首を突き刺している。
 貫通した刃先からは、また血のような液体が滴っているけれど、「よくできているね」と異様に軽い感想だ。
 ……肝の据わった方なのは知っていたけど、絵面が絵面なだけにちょっと怖いわ。

 そんな上司に感化されたのか、気を取り直したダレンも自分の人形を斬っているし、魔術師組もつまらなそうに自分と同じ姿のソレを退しりぞけている。
 人形のいないジュードは、残っていたクロヴィスとハルトの人形をそれぞれ一太刀で斬り捨てたようだ。
 サイファがせっかく用意した人形たちは、あっという間に全てもの言わぬ塊へと変わり果ててしまった。

「……すごいね君たち。ヒトの形をしたものを、そんなに簡単に壊せるなんて」

 本当に驚いた様子で、仕掛け人のほうは感心している。
 そりゃあ、普通の人なら人間……しかも、仲間と同じ姿をしたものを壊すのは躊躇うでしょうよ。
 だからこそ、私が真っ先に動いたのだ。〝恐れる必要などない〟と示すために。そしてそれを、ちゃんと汲んでくれた。……やっぱりいい仲間だ。私は偽者だけど、誇らしいと思うわ。
 反対に、そんな彼らと絆を結べなかった聖女は、不機嫌具合を増しているようだけど。

「精神攻撃が効かないのかー強いね、君たちは」

「強くあろうと努力しているだけよ」

「そっか、いいね。ヒトの負以外の感情を見るのは、なかなか興味深いよ」

 まっすぐに言い返せば、サイファは楽しそうに笑って、玉座から立ち上がった。
 次いで、まるで指揮者のようにユラリと手を広げて――それに応えるように、彼の両側の壁が弾けとんだ。

「なっ!?」

「アンジェラ!!」

 前に出ていたカールと私が慌てて下がれば、砕けた壁の向こう側から大きな影が動き出す。
 右側からは黒、左側からは赤。いずれも玉座の位置よりはるかに背が高く、前進する度に礼拝堂の景色をガラガラと抉り壊していく。
 目測で多分十メートルは下らないだろう。割れた天井のステンドグラスを反射するのは、異様に硬そうな〝甲殻〟だ。……いや、やつの場合はもう装甲と呼んだほうが相応しいか。

「【アラクネ】……!!」

 ズシンと地面を大きく震わせて突き出た節足に、ウィリアムが呟く。
 この部隊が初めての出陣で戦った、凶悪な虫型のボス――あの巨大な蜘蛛が、また私たちを見下ろしている。

 そして、その反対側からは、真っ赤な長い顔が覗いている。ガチガチと鳴らす独特の音に、ジュードが思い切り眉をひそめた。
 やつと戦ったのは私とジュード、そしてウィリアムだけだ。ただし、ここまで進化したものは初見である。

「あれが【あぎとの女王】……!!」

 ぱっと浮かんだ敵ネームに、背筋を怖気おぞけが走る。
 蟻の魔物【アスカトル】の第三進化体……コロニーの主〝女王蟻〟の魔物だ。その体は異様に大きく、【アラクネ】とほぼ互角。背には透き通った羽があり、女王の威厳を表している。
 一体でも凶悪なボス魔物が、二体同時に顕現とは。
 ――ああ、しかも。

「……アンジェラ」

 カールの細い声を無視して、聖女の形がドロリと溶けた。その身を覆っていくように、砕けた天井からコールタールが流れ落ちていく。
 虫型のボス二体に加えて、覚醒体【無形の悪夢】まで動き出しちゃうのか。ははっ、ゲームの廃人向けモードでもお目にかかれないほどの殺意の高い布陣ね!

「精神攻撃が効かないなら仕方ないよね。正攻法で、お相手をしよう」

 虫二体にすっかり壊された玉座を気にもとめず、サイファはニコニコとこちらを見下ろす。
 私が答える前に、耳をつんざくような激しい咆哮が響き渡った。
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