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18章-06
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ふざけつつも王子様の悲痛な訴えを聞いてくれたのか、たちまち放たれた三人分の見事な魔術が、ターゲットを【顎の女王】に絞って叩き込まれる。
「うわ……眩しいっ!!」
人外が三人も集まってしまうと、魔術の規模もえげつない。
目を焼くような閃光が瓦礫ごと消し飛ばし、瞬く間に蟻の巨体を火だるまへと変える。
もともとマトモに動けなくなった魔物に逃げる手段などなく、【顎の女王】はあっという間に消し炭になって散っていった。
……かかった時間はほんの数秒。彼らは大事な仲間だけど、本気で敵に回したくないわね。
「と、とりあえず一体撃破だな!」
「そうですね」
顛末を眺めていた他の前衛組も、あまりの光景に頬が引きつっている。がしかし、ここで止まるわけにもいかない。
まだもう一体、一部にはトラウマである【アラクネ】が残っているのだから。
(とは言え、蟻が暴走してくれたおかげで、だいぶ体に傷がついているわね)
装甲と呼ぶべき硬い体には、すでにいくつも亀裂が入っている。前回戦った時はディアナ様と協力してなんとか削ったけれど、今なら私やジュードの攻撃でも普通に効きそうだ。
ただ、弱点である体の部分は、長い節足に持ち上げられているためにはるか頭上だ。やはりまずは、足を削ぎ落してバランスを崩さなければならないだろう。
「ぬん!」
ディアナ様はすでに〝木こり〟スタイルになって斧を構えている。十メートル強の蜘蛛を前に、一切怯むことのないしっかりとした佇まい。この勇ましさ、私たちも見習わなくちゃ!
「確か、あの蜘蛛は足の関節から狙っていくのだったよね?」
「そうよ。ただ、薙ぎ払いの攻撃に気をつけて。範囲がかなり広いから」
「了解」
蜘蛛の足は全部で八本。一人一本は難しいとしても、ディアナ様と私で一本ずつ。技量剣士二人でもう一本やってもらえば三本は削げる。
……いや、蟻がぶつかっていた側の足なら、ダメージが累積しているはず。それなら、片側四本全部いけるかもしれない。
(片側だけでも足を削りきれば、魔術で確実に本体を狙えるわ!)
先ほどの威力が期待できるなら、【アラクネ】も一撃で倒しきれるだろう。
ちらっと窺えば、人外魔術師たちは再度詠唱を始めている。彼らの準備が整うまでに片側の足四本を削いでしまえば、勝利確定だ。
なんだ、ボス魔物といっても、もう大したことはないわね!
「よし、私とディアナ様で前から二本折るから、貴方たちは後ろへ回って足を斬ってくれる?」
「またすごい台詞だな。了解だ、やるだけやってみるよ」
気合いを入れてメイスを構えれば、ダレンも苦笑しながら姿勢を整える。虫が嫌いな彼も、先ほどの派手な結果を見た後なせいか、やる気充分のようだ。
地響きを立てながら迫って来る足に、それぞれ分かれて近付いていく。丸太のような立派なソレも、もはや私たちの敵ではない!
「さあ【アラクネ】、貴方も蟻の後を追わせてあげるわ!!」
ぐっと背後へ下げたメイスに、渾身の力を込める。
強化魔法もばっちり、いざへし折り!と思い切りふり抜いて――
「――ッッ!?」
叩きつけられるはずだった鋼鉄の柄頭が、足にぶつかる直前で止められてしまった。
「なっ……何、この感触」
――私は確かに、渾身の力でメイスを叩きつけた。
しかし、返ってきたのは足の硬い感触ではなく、『ぐにゃり』と歪んだ奇妙な手応え。
見れば、それは攻撃にかかった四人全員がそうだったようだ。
皆自分の武器を何度も確かめながら、微妙に届かない距離に目を見開いている。
「……ッ! 皆、蜘蛛の足から離れて!!」
とっさに叫んだのは、ほぼ勘だった。
……いや、神様がくれた〝第六感〟の力だったのか。
ブンッと重い音を立てて、節足が私たちのいた場所を薙ぎ払う。
その軌跡に続くのは――コールタールのような黒い液体。
「……しまった! そういうことか!!」
張り付いていた私たちをふり払った蜘蛛の影が、ゆらゆらと揺らめいている。
動き出したことは確認していたのに、蟻が簡単に倒せたから見落としてしまっていた。
「お嬢様……!」
ジュードの悔しそうな呼び声に応えるように、蜘蛛の影からずるりと黒い人間が浮き出てくる。
確認するまでもない。私と同じ姿を残す【無形の悪夢】――その特性は、〝物理攻撃の完全無効化〟だ。
(やられた。これじゃあ【アラクネ】の足に攻撃できない!!)
てっきり単体で攻撃してくると思っていた聖女は、【アラクネ】を守るという形で参戦してきたようだ。いつの間に【アラクネ】の影に潜んでいたのだか。
先ほど私たちの攻撃が届かなかったのも、足の周囲に聖女の『影』があったからだろう。
「……まさか貴女が虫をかばうとは思わなかったわよ、聖女様。貴女の博愛精神は、そんな悍ましい姿のものにまで及ぶの?」
あえて嫌味っぽく告げれば、彼女は蜘蛛を一瞥してから、忌々しそうに私を睨みつけた。
「人間だった頃ならともかく、今は手駒を守っているだけよ。第三進化体を、あんなにあっさり屠られてはたまらないもの」
なるほど、別に蜘蛛が好きなわけではないのか。
しかし、〝手駒を守る〟ね。第三進化体の魔物は、彼らにとって貴重な戦力ということなのか。
(……あくまで予想だけど、第三進化体を作るのは、それなりに手間がかかるのかもしれないわね)
現に、創造主であるサイファは、【顎の女王】が倒されたのに補填をしてこない。
もし魔物を作るのが簡単なら、ボスラッシュが起こってもおかしくないもの。いや、されても困るけどさ。
(理由はわかったけど……厄介な事態ね、これ)
魔術師組の準備はまだ終わっていないのに、聖女がいる以上【アラクネ】に全く攻撃ができない。
相手は一度、こちらを壊滅状態にまで追い込んだ凶悪なボスだ。当然ながら、ボーッと眺めていてどうにかできる魔物ではない。今だって、
「アンジェラ殿、避けろ!!」
ディアナ様の声に慌てて体を転がらせる。
やつは足の部分だけでも何メートルもあるのだ。攻撃範囲は相当広いし、一発でも当たってしまったら致命傷になりかねない。
体勢を直すついでに殴ってみるものの、やはり『ぐにゃっ』と変な感触がするだけで、ダメージが入っている様子はなさそうだ。
「【無形の悪夢】……僕とは相性が最悪だね」
魔法・魔術の素養が全くないジュードが、悔しそうに拳を軋ませる。
いくら殺戮兵器のジュードの剣をもってしても、物理法則を外れた存在を斬ることは不可能だ。
そこまで考えてこの魔物になったのだとしたら、聖女は相当いい性格をしているわね。
(ここで時間を稼がれたら、サイファに追加の魔物を投入されてしまうかもしれない)
いやその前に、魔術師組をフォローしている王子様が限界だろうか。
この部隊で最も防御力に優れている彼でも、【アラクネ】の攻撃を何度も防ぐのは厳しいはずだ。
しかし、攻撃ソースが魔術だけになった以上、詠唱を中断させてはならない。
「――――それなら、やっぱり私がやるしかないか」
呟いたつもりだったけど、私の声は妙に響いた気がした。
【無形の悪夢】と戦う以上、きっとそうなるだろうと覚悟はしてきた。だから神様にも許可をもらったのだ。
……できればやりたくはない。
だけど、ここで聖女を倒さなければ、私の生は結局終わってしまうことになる。
(それは嫌だわ)
せっかくジュードが〝戦いが終わった後の人生〟を約束してくれたのだ。聖女ではなく、偽者の私を選んでくれた。
勝ちたい――たとえ、何を犠牲にしても。
「……アンジェラ?」
訝しむ彼に、にっこりと笑って返す。
続けて、役目をなくしていた彼の曲剣に、そっと手をかざした。
≪攻撃付加魔法、発動≫
神様、聖女としての約束を、一つ破ります。
「うわ……眩しいっ!!」
人外が三人も集まってしまうと、魔術の規模もえげつない。
目を焼くような閃光が瓦礫ごと消し飛ばし、瞬く間に蟻の巨体を火だるまへと変える。
もともとマトモに動けなくなった魔物に逃げる手段などなく、【顎の女王】はあっという間に消し炭になって散っていった。
……かかった時間はほんの数秒。彼らは大事な仲間だけど、本気で敵に回したくないわね。
「と、とりあえず一体撃破だな!」
「そうですね」
顛末を眺めていた他の前衛組も、あまりの光景に頬が引きつっている。がしかし、ここで止まるわけにもいかない。
まだもう一体、一部にはトラウマである【アラクネ】が残っているのだから。
(とは言え、蟻が暴走してくれたおかげで、だいぶ体に傷がついているわね)
装甲と呼ぶべき硬い体には、すでにいくつも亀裂が入っている。前回戦った時はディアナ様と協力してなんとか削ったけれど、今なら私やジュードの攻撃でも普通に効きそうだ。
ただ、弱点である体の部分は、長い節足に持ち上げられているためにはるか頭上だ。やはりまずは、足を削ぎ落してバランスを崩さなければならないだろう。
「ぬん!」
ディアナ様はすでに〝木こり〟スタイルになって斧を構えている。十メートル強の蜘蛛を前に、一切怯むことのないしっかりとした佇まい。この勇ましさ、私たちも見習わなくちゃ!
「確か、あの蜘蛛は足の関節から狙っていくのだったよね?」
「そうよ。ただ、薙ぎ払いの攻撃に気をつけて。範囲がかなり広いから」
「了解」
蜘蛛の足は全部で八本。一人一本は難しいとしても、ディアナ様と私で一本ずつ。技量剣士二人でもう一本やってもらえば三本は削げる。
……いや、蟻がぶつかっていた側の足なら、ダメージが累積しているはず。それなら、片側四本全部いけるかもしれない。
(片側だけでも足を削りきれば、魔術で確実に本体を狙えるわ!)
先ほどの威力が期待できるなら、【アラクネ】も一撃で倒しきれるだろう。
ちらっと窺えば、人外魔術師たちは再度詠唱を始めている。彼らの準備が整うまでに片側の足四本を削いでしまえば、勝利確定だ。
なんだ、ボス魔物といっても、もう大したことはないわね!
「よし、私とディアナ様で前から二本折るから、貴方たちは後ろへ回って足を斬ってくれる?」
「またすごい台詞だな。了解だ、やるだけやってみるよ」
気合いを入れてメイスを構えれば、ダレンも苦笑しながら姿勢を整える。虫が嫌いな彼も、先ほどの派手な結果を見た後なせいか、やる気充分のようだ。
地響きを立てながら迫って来る足に、それぞれ分かれて近付いていく。丸太のような立派なソレも、もはや私たちの敵ではない!
「さあ【アラクネ】、貴方も蟻の後を追わせてあげるわ!!」
ぐっと背後へ下げたメイスに、渾身の力を込める。
強化魔法もばっちり、いざへし折り!と思い切りふり抜いて――
「――ッッ!?」
叩きつけられるはずだった鋼鉄の柄頭が、足にぶつかる直前で止められてしまった。
「なっ……何、この感触」
――私は確かに、渾身の力でメイスを叩きつけた。
しかし、返ってきたのは足の硬い感触ではなく、『ぐにゃり』と歪んだ奇妙な手応え。
見れば、それは攻撃にかかった四人全員がそうだったようだ。
皆自分の武器を何度も確かめながら、微妙に届かない距離に目を見開いている。
「……ッ! 皆、蜘蛛の足から離れて!!」
とっさに叫んだのは、ほぼ勘だった。
……いや、神様がくれた〝第六感〟の力だったのか。
ブンッと重い音を立てて、節足が私たちのいた場所を薙ぎ払う。
その軌跡に続くのは――コールタールのような黒い液体。
「……しまった! そういうことか!!」
張り付いていた私たちをふり払った蜘蛛の影が、ゆらゆらと揺らめいている。
動き出したことは確認していたのに、蟻が簡単に倒せたから見落としてしまっていた。
「お嬢様……!」
ジュードの悔しそうな呼び声に応えるように、蜘蛛の影からずるりと黒い人間が浮き出てくる。
確認するまでもない。私と同じ姿を残す【無形の悪夢】――その特性は、〝物理攻撃の完全無効化〟だ。
(やられた。これじゃあ【アラクネ】の足に攻撃できない!!)
てっきり単体で攻撃してくると思っていた聖女は、【アラクネ】を守るという形で参戦してきたようだ。いつの間に【アラクネ】の影に潜んでいたのだか。
先ほど私たちの攻撃が届かなかったのも、足の周囲に聖女の『影』があったからだろう。
「……まさか貴女が虫をかばうとは思わなかったわよ、聖女様。貴女の博愛精神は、そんな悍ましい姿のものにまで及ぶの?」
あえて嫌味っぽく告げれば、彼女は蜘蛛を一瞥してから、忌々しそうに私を睨みつけた。
「人間だった頃ならともかく、今は手駒を守っているだけよ。第三進化体を、あんなにあっさり屠られてはたまらないもの」
なるほど、別に蜘蛛が好きなわけではないのか。
しかし、〝手駒を守る〟ね。第三進化体の魔物は、彼らにとって貴重な戦力ということなのか。
(……あくまで予想だけど、第三進化体を作るのは、それなりに手間がかかるのかもしれないわね)
現に、創造主であるサイファは、【顎の女王】が倒されたのに補填をしてこない。
もし魔物を作るのが簡単なら、ボスラッシュが起こってもおかしくないもの。いや、されても困るけどさ。
(理由はわかったけど……厄介な事態ね、これ)
魔術師組の準備はまだ終わっていないのに、聖女がいる以上【アラクネ】に全く攻撃ができない。
相手は一度、こちらを壊滅状態にまで追い込んだ凶悪なボスだ。当然ながら、ボーッと眺めていてどうにかできる魔物ではない。今だって、
「アンジェラ殿、避けろ!!」
ディアナ様の声に慌てて体を転がらせる。
やつは足の部分だけでも何メートルもあるのだ。攻撃範囲は相当広いし、一発でも当たってしまったら致命傷になりかねない。
体勢を直すついでに殴ってみるものの、やはり『ぐにゃっ』と変な感触がするだけで、ダメージが入っている様子はなさそうだ。
「【無形の悪夢】……僕とは相性が最悪だね」
魔法・魔術の素養が全くないジュードが、悔しそうに拳を軋ませる。
いくら殺戮兵器のジュードの剣をもってしても、物理法則を外れた存在を斬ることは不可能だ。
そこまで考えてこの魔物になったのだとしたら、聖女は相当いい性格をしているわね。
(ここで時間を稼がれたら、サイファに追加の魔物を投入されてしまうかもしれない)
いやその前に、魔術師組をフォローしている王子様が限界だろうか。
この部隊で最も防御力に優れている彼でも、【アラクネ】の攻撃を何度も防ぐのは厳しいはずだ。
しかし、攻撃ソースが魔術だけになった以上、詠唱を中断させてはならない。
「――――それなら、やっぱり私がやるしかないか」
呟いたつもりだったけど、私の声は妙に響いた気がした。
【無形の悪夢】と戦う以上、きっとそうなるだろうと覚悟はしてきた。だから神様にも許可をもらったのだ。
……できればやりたくはない。
だけど、ここで聖女を倒さなければ、私の生は結局終わってしまうことになる。
(それは嫌だわ)
せっかくジュードが〝戦いが終わった後の人生〟を約束してくれたのだ。聖女ではなく、偽者の私を選んでくれた。
勝ちたい――たとえ、何を犠牲にしても。
「……アンジェラ?」
訝しむ彼に、にっこりと笑って返す。
続けて、役目をなくしていた彼の曲剣に、そっと手をかざした。
≪攻撃付加魔法、発動≫
神様、聖女としての約束を、一つ破ります。
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