転生しました、脳筋聖女です

香月航

文字の大きさ
104 / 113
連載

18章-11

しおりを挟む
「アンジェラ殿!!」

 ディアナ様の焦った声が、騒音に遮られて遠ざかっていく。
 未完成な魔物の群れは、まるで私たちを区切る壁のようだ。――私たち〝アンジェラ同士〟と、ジュードとサイファの戦いを区切る境界。

「……最後の最後に一騎打ちをさせてくれるなんて、なかなか洒落しゃれた演出ね」

「全くだわ。貴女なんて、もっと早くに殺してしまえばよかった」

 なんとか体勢を立て直した聖女が、眉間に皺を刻みながら息をつく。
 確かに、私がアンジェラになったばかりの頃に狙っていれば、容易に殺せたことだろう。何せ【無形の悪夢】は覚醒体の魔物だ。この付加魔法が使えない時に手を下していれば、ここまで追い込まれることもなかっただろうに。

「慢心した貴女の負けよ。ざまーみろ」

「そういう台詞は、私を殺してから言いなさい。この偽者が」

 あえて煽るように言い放てば、聖女の周囲の影がより激しく蠢き始める。最初よりは弱くなったとはいえ、まだ倒れてくれるほどではなさそうだ。

(そうこなくっちゃ、張り合いがないものね)

 ただでさえ、聖女は儚げな美少女なのだ。……まあ、私も同じ顔だけど。これで容姿そのままに弱々しい態度などとられたら、戦いにくくてしょうがない。
 怒気と殺気のぶつかり合いこそ、決戦に相応しいわ。

「私は確かに偽者だけど、貴女とは違う。ずっと最前線で戦ってきた人間を甘くみないでくれる?」

 魔法の宿ったメイスを突き出せば、聖女はぐっと唇を噛んだ。
 ……もしかしたら、彼女もかつて戦えなかった自分を悔いているのかもしれない。

(そりゃ、普通は思いつかないわよね。サポート特化の人間が前線に立つ方法なんて)

 私だって先人の知恵を思い出せたからこその『殴り聖職者』だもの。この体は筋肉もつきにくいし、聖女は戦いたくても戦えなかったのかもしれない。
 ――ま、全ては過去の話。〝もしかしたら〟の話だ。

「くっ!」

 コールタールでできた管が、構えたメイスに叩きつけられる。今の聖女は魔物。同情などしなくても、充分な戦力を持つ敵だ。ならば私も、全力で応えるのみよ!!
 二度、三度と続く攻撃をいなしながら、少しずつ聖女と間合いをつめていく。
 人の形をした部分が人間のままなら急所はいくらでもあるし、中身が影に変わっているのなら手当たり次第に殴ってやればいい。
 メイスの攻撃が届く距離まで近付いた時が、聖女の最期だ!

けがらわしい……こっちに来ないで!」

「汚らわしいのはどっちよ、聖女様。魔物に堕ちた貴女が言えた台詞?」

 相変わらず目で追うのもやっとな攻撃を繰り出す影に、対応できないものはかわしながら距離をつめる。
 ……そういえば、この教会で戦い始めてからは体を聖女に取られていないわね。
 オリジナルに近付いても大丈夫なのは、神様が何かしてくれたのかしら。それとも、私が『負けたくない』と強く思っているから?

(どっちでもいいわ。今はこいつに絶対負けたくないもの!)

 たとえ偽者でも、私はジュードのアンジェラ。この体は渡してたまるものですか!
 ガッと掴みかかってきた影の腕を、思い切りふり払う。
 所詮は後方支援しかしたことのない聖女様。いつまでもワンパターンな攻撃など、脳筋の私にも通用しないわよ!

「さあ、覚悟なさい!」

「この……ッ!」

 攻撃が届くまで、残りあと三歩。ここは一気につめて、殴り飛ばしてやろう――――と構えた瞬間、

「ッ!!」

 私の視界の端に、確かな赤がちらついた。

「なに……」

 私は怪我をしていない。聖女も血は出ていない。
 なら、この赤は一体誰のものか。

「ジュード!!」

 ――そんなの、考えるまでもない。
 慌てて視線を巡らせれば、左腕を大きく負傷した彼が、なんとか踏み留まる姿が飛び込んできた。

(そんな!! サイファのほうが、ジュードより強いっていうの!?)

 聖女の攻撃を無理矢理はね返して、彼ら二人のほうに体を向ける。
 ……違う、ジュードが弱いわけじゃない。黒い鎧姿のサイファもまた、防具が半壊するまで攻撃を受けている。
 【無垢なる王】たるヤツは、血を流さないだけだ。

(ダメージにはなってるみたいだけど、表情が変わらないからわからないわ)

 ……強いて言うなら、互角だろうか。
 しかし、苦痛に顔を歪めたジュードのほうが、傍目はためには押されているように見える。

「くっ!」

 ぱたぱたと地面に染みを作る血の跡。
 致命傷ではないけど、剣士が腕を負傷するなど平気なわけがない。

「ちょっと偽者、よそ見をするなんて余裕じゃない」

「うるさい!!」

 嘲笑うような聖女の声を一蹴して、つめた距離を再びひき離す。
 「ちょっと!」と咎めるような声が聞こえたけど、知るものか!

「ジュード!!」

「えっ……アンジェラ!?」

 襲いくる影に思い切り背中を向けて、一直線に駆ける。
 ああ、よく見たら左腕以外も負傷してるじゃない! 早く治さないと!!

「馬鹿、来るな!!」

「うっさいわね! 貴方は戦ってなさい!!」

 怒鳴ったジュードの声も無視して、回復魔法発動。
 ……私の背中のほうが熱い気がするけど、そんなものどうでもいい!

「よしオーケー! いってこい!!」

「……ッ、くそ!!」

 血の止まった腕に笑みを返せば、ジュードは亀裂だらけの顔を歪めて、サイファのもとへ斬りこんでいった。
 危ない危ない。思ったよりも怪我をしていたから、回復魔法が間に合わなくなるところだったわ。

「…………貴女、馬鹿なの?」

 ほっと一息ついたのも束の間、離れたところから聖女の呆れた声が聞こえる。
 ……ほんとにうるさいわね。知ってるわよ。

 ――自分の背中が、めちゃくちゃ痛いもの。

「貴女だって同じでしょ? ……魔物になる時、少しでも躊躇ためらった?」

「…………いいえ」

「そういうことよ」

 口端を吊り上げて、下ろしたメイスを構え直す。
 ……ああ、痛いなあもう。手加減なしに攻撃してくれたわね、この女。
 まあ、当然か。仮にもラスボス戦だというのに、戦ってた相手がいきなり背中を向けたりしたらね。
 むしろ、仕留められたのにそうしなかったあたり、やっぱり甘いわね聖女様。

「貴女にとってのサイファが、私にとってのジュードだということよ。中断して悪かったわね。さ、殴りとばしてあげるわ」

「……貴女を見ていると腹が立つわ。自分を見てるみたいで」

「当たり前でしょ。コレ、貴女の体だもの」

「……中身の話よ。アンジェラ・ローズヴェルト」

 それは貴女の名前だろうに。
 無言で首を傾げて返せば、聖女は再び影をふり上げた。
 ……ほんの少しだけ、その唇に笑みを浮かべながら。
しおりを挟む
感想 26

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつもりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。