転生しました、脳筋聖女です

香月航

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19章-04

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「……確認するけど、わたしのアンジェラももちろん一緒にいていいのだよね?」

「当たり前じゃない。その聖女サマこそ貴方の良心だもの。泥と影の魔物を使ったネットワークは、情報収集に超最適だろうしね」

 今更なことを確認してきたサイファは、私が当然のように肯定すればまたゆったりと笑みを浮かべた。
 サイファを殺さないと決めたのだから、一セット扱いの聖女だって当然殺すつもりはない。……まあ、この体を取り返そうとしてくるなら話は違うけど、今日の聖女は全くその素ぶりも見せなかったからね。

「ああ、でも確実にやって欲しいことはあったわ。貴方たちにトドメは刺さないけど、【混沌の下僕】は回収して欲しいのよ。あれが野放しのままだと、彼女が望まない結果を招くこともあるでしょうから」

「あ、そういえばそうだね。了解したよ」

 うっかり言い忘れていた重要なことを頼めば、聖女ではなくサイファが頷いた。泥の魔物だから直接繋がっているのは聖女だろうけど、魔物の王の彼なら回収ぐらいできると思われる。
 これで阿呆な人間が魔物を増やすリスクもなくせるので、本格的に『魔物の大量発生』は解決するはず。私たちの旅の目的も完遂。めでたしめでたし、ね!

「…………貴女、本気で言っているの?」

 近付くハッピーエンドの足音にわくわくしていれば、ぽつりと聖女が呟いた。
 白い額には深い皺が刻まれ、私と同じ青眼は怪訝そうにこちらを睨んでいる。
 くっついていたジュードが、警戒するようにそっと曲剣の柄に手をかけた。

「全部本気だけど、信じられないの?」

「だって、殺し合いをしていたのよ? 私は貴女を殺そうとしたし、この体はヒトの世にはほとんど情報がない異形のものよ。もっと恐れるべきだわ。なのに、私を『良心』だなんて……軽々しく信用しすぎじゃないの?」

 軽い調子で話していた私たちとは真逆の、低くて重い声の問いかけ。
 ……しかも内容は、聞きようによっては私を案じるようなものだ。

(……こういうところが、この子は信用できるなーって思う理由なんだけどねぇ)

 きっと聖女サマは本心で言っているのだろう。かつての仲間たちとは上手くいかなかったようだけど、『正しい生き方を通す』ところは魔物になっても変わらないようだ。根っからの善人とも言う。

(これ言ったら、また皆にドン引きされちゃうかなぁ)

 実は、少し前から思っていたことがあるのよね。彼女に自身の善良さを自覚してもらうにはうってつけだと思うのだけど。

「ま、引かれてもいいか。私以外の人でも思いつくでしょうしね」

「アンジェラ?」

 そろそろ私の前に立とうとしていたジュードを、ぽんと叩いてどいてもらう。同じ顔立ちなのに、私よりはるかに女性らしい仕草で、聖女が少しだけ肩を震わせた。


「あのね、聖女サマ。私が貴女の立場だったら――真っ先に国王陛下を暗殺したわよ?」

「は…………はああッ!?」


 私の発言に、実験場の件を考えていた王子様がぐるんと顔をこちらに向けてきた。
 王家に仕えるディアナ様とダレンも驚き顔で私を見ている。

「なっなんで私が国王陛下を殺さなければならないのよ!?」

「うん、だからね。それを〝思いつかない〟辺りが、貴女が善良で良心たりえる証なのよねぇ」

 視線を横へずらせば、サイファも私に同意するようにくすくすと笑っている。
 ねえ聖女サマよ、貴女は神と世界に絶望したんじゃなかったのかね?

 彼女はそういう使い方をしなかったけど、【誘う影】と戦ったジュードなどはわかるだろう。
 【誘う影】というか、正しくは【混沌の下僕】だけど。ヤツと初めて戦った時、あの魔物は元脂身さんの影に隠れていた。
 ――の影に隠れていたのだ。当時はすでに王城にいたノアにも気付かれずにね。

 つまり、誰にも気付かれずに王城への侵入が可能だということ。加えて、泥と影の独自ネットワークを持っている彼女は、やろうと思えばもっと深い部分にまで楽々侵入ができてしまう。
 どこにでもいる最弱の泥の魔物を出入口に、明かりがあればすぐにできる影が移動先。……改めて恐ろしい存在だ。国王とその家族たちを殺すことなんて、やる気を出したら朝飯前でしょうね。
 多少痕跡が残ったとしても、泥の魔物の残骸を見つけたところで何になる? そこから『聖女アンジェラ』には絶対に結び付かないだろう。
 聖女こと【無形の悪夢】は、たった一体で国を傾けることが可能なのだ。

「それを、貴女がやらなかっただけでね」

 ということを淡々と説明してあげると、聖女は白い顔からますます血色をなくして俯いた。
 ……気付かなかったことに悔しがるならわかるけど、この子ったらこの反応だもの。王族を殺して国を混乱させるなんて、思いもしなかったのでしょうね。

「……敵になったのが、お嬢様のほうでよかった」

「いや、私だってやらないわよ? ただ、『できるよ』って教えただけ。というか、ジュードも気付いてなかったの?」

「甘いのかな、とは疑ってたけど」

 脳筋の私ですら気付いたのに、彼らはそろいもそろって甘すぎるんじゃないのかしら。
 清く正しく生きることをモットーにしていた聖女はまだしも、他の皆はその可能性に気付いて、国王陛下の守りを固めるべきだろうに。

「……まあ多分、貴女が人間を辞める決心をした理由は『サイファと共に生きること』だけなんでしょうね。他の何ものにも興味がないから、クロヴィスを殺すこともなかった。甘いというか、すごい一途な愛だわ」

「それは……」

 素直に褒めれば、青かった聖女の顔に少しだけ血の気が戻った。
 聖女はやり方さえ間違えなければ、本当に『聖女』だ。だからこそ、きっと良い関係を築けると信じている。
 何せ、同じ体で生きている者同士なんだからね。

「ね、この国を滅ぼす気がないのなら、協力してよ聖女サマ。サイファと一緒に、世界平和に付き合ってよ」

「覚醒体の魔物に世界平和だなんて……少し、考えさせて」

 ふん、とわざとらしく鼻を鳴らした聖女は、彼女の最愛の人にぴったりと寄り添った。
 ――どうなるかは今はわからないけど、きっとこの人なら大丈夫でしょう。きっとね。
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