転生しました、脳筋聖女です

香月航

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1巻

1-3

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「ねえ、せめて半分渡してくれない? 別にアンジェラが頼りなく見えるわけじゃないけど、使用人の僕が手ぶらなのが申し訳ないんだ」
「ダメよ! これは私のための訓練なの。もし我慢できなくなったらお願いするから、それまでは見守ってて!」
「……なんの訓練なのかは知らないけど、あんまり無茶しないでよ?」

 心配そうに見守りつつも、彼は昔から私の邪魔はしない。でも、何かあったらすぐに駆けつけられる距離にはいてくれる。こうしたさりげない優しさも、さすが乙女ゲームの攻略対象と言うべきかしらね。……攻略する気はないけど。
 そんなやりとりをしていた時だ。廊下の向こう側から使用人の集団が歩いてくるのが目に入った。

「……あら?」

 先頭を歩くのは、私も付き合いの長い年配のメイド長だけど……その後ろをついてくるのは、真新しいお仕着せに身を包んだ若い女性たちだ。

「新人さんかしら?」
「ああ、つい最近やとわれた人たちだね」

 私のつぶやきにジュードが答えてくれる。我が家は貴族社会でも結構上位のほうらしく、他家と比べて使用人は多いはずなんだけど。さらに増やす必要があったとは知らなかったわ。

(こういう日常のイベントって、ゲームではなかったものね)

 ぼんやりと眺めていれば、こちらに気付いたメイド長が慣れた動作で道を空けてくれた。あとに続く女性たちも慌てて頭を下げ、端に寄ってくれる。

「お疲れ様」

 私は軽く挨拶あいさつの声をかけてから、ゆっくりと彼女たちに近付いていく。穏やかに微笑むメイド長と比べて、まだまだ新人さんたちの表情は硬い。
 きっとそのうち紹介されるんだろうなと、特に何も考えずに通りすぎようとして……

(――――……うん?)

 そのうちの一人に、妙な違和感を覚えた。
 歳は二十に届くか届かないかくらいだろうか。お辞儀じぎの動作自体におかしな点はなかったのだけど……なんだか妙に〝無駄がない〟ように見えた。

「……アンジェラ?」

 足を止めてしまった私に、ジュードが不思議そうに首をかしげる。
『頭を下げる』という相手に弱点をさらけだすポーズをしているはずなのに、その女性には隙がないように見えるのだ。
 やとい主の娘たる私が止まったことで、他の女性たちに明らかな緊張が走る。だが、くだんの女性だけは妙に落ち着いたまま微動びどうだにしない。
 そうして様子をうかがっていたら、女性の頭上にぼんやりと『何か』が浮かんできた。

「……お嬢様? どうかなさいましたか?」

 ジュードに続いてメイド長も質問してきたけど、私の目は女性の頭上に釘付けだ。髪を押さえるホワイトブリムの上に、何かが〝浮いている〟のだ。
 赤い色の――これは文字だろうか。

(人の頭上に文字なんて……他の人には見えていないのかしら?)

 いぶかしむ彼らを無視して、さらにじっと目をこらす。文字は文字でも、この世界の文字ではない。見なくなって久しいこれは、もしかして『日本語』か。

(……うん、これ漢字だわ。なんでそんなものが見えるの?)

 女性の頭上に浮かぶ、赤い色の日本語。そういえば、同じものをゲームでも見たわね。
 パズルのピースが急速に繋がっていって――目の前のそれが、私の中で意味を成す。


【暗殺者】と。


「敵じゃないの!!」

 反射的に叫んだ瞬間、私は手に持っていた分厚ぶあつい魔法書を彼女に投げつけていたのだった。


   * * *


 その後、私が本をぶつけたメイドを調べてもらったところ、小型武器や怪しげな薬などが出てくる出てくる。脊髄せきずい反射で倒してしまった彼女は、本当に暗殺者だったようだ。
 うちは勤続年数の長い使用人ばかりだったせいか、新人に対する警戒心が薄れていたらしい。それにしてもずさんすぎるわ。今後は身体検査を強化してもらわないとね。
 反省して深く頭を下げる使用人たちをなぐさめつつ、国の公安機関にしょっぴかれていくメイド……もとい暗殺者をジュードと並んで見送る。
 あの暗殺者も、まさかよわい七つの小娘に負けるとは思わなかっただろう。それも、ノックダウンさせられた武器は本である。

(……敵の情報が見えるなんて、さすがに思わなかったわね)

 敵キャラクターの名前は赤い文字で頭上に表示される。これはあのゲームの仕様だ。さすがに体力ゲージはなかったけど、パッと見で相手が敵だとわかるなんてとても便利だ。わざわざ敵かどうか探る手間がはぶける。それに、敵ではない人を疑う必要もなくなるからね。
 これも神様からの加護なのだとしたら、全力で感謝したいわ!

「……ねえアンジェラ。まさかこのために分厚ぶあつい本を持っていたわけじゃないよね?」

 こっそり神様へ感謝を送っていれば、ジュードがいぶかしげにつぶやいた。

「まさか! 本を持っていたのは本当に偶然よ」

 いくら転生者の私でも、今回のことは想定外だ。だいたい、こうした分厚ぶあつい本は投げるものではなく〝殴るもの〟だろう。今回は慌てて投げつけてしまったけど、打撃武器として角を上手く使えば、もっとダメージを与えられたはずだわ。

「……そう、か。そうだね。変なことを聞いてごめん。君に怪我がなくてよかったよ」

 ジュードの言葉はどこか歯切れが悪い。表情も少し落ち込んだ様子で、よかったと言っている割には暗い雰囲気だ。誰も怪我をしていないし、落ち込む理由はないはずなんだけど。

(まさか、これはイベントで、本当はジュードが倒すはずだったとか? アンジェラ編は全く知らないから、普通に倒しちゃったわ。……恋愛イベントならのがしても別に困らないけど)

 ジュードのことは嫌いじゃないけど、彼と恋愛をするのはまた別の話だ。それに暗殺者なんて危険な人物を早めに追い出せたのだから、結果としては良いはずよね。

「ジュード? 何か気になるの?」
「ああ、ごめん。なんでもないんだ」

 一応確認をしてみたものの、彼は曖昧あいまいな笑みを浮かべるだけだ。
 結局この日は『危ないから自室へ戻れ』という両親からの指示で、魔法の訓練を切り上げて部屋に戻るのだった。


   * * *


 翌日、母の部屋へ招かれた私は、まさかの吉報に喜びの声を上げた。

「えっ、私にきょうだいですか!?」

 私によく似た伯爵夫人は、とても子どもがいるようには見えない若くてきれいな女性だ。体つきも華奢きゃしゃで、今日も深緑色の普段着ドレスがよく似合っているのだけど、その細いお腹に赤ちゃんが入っているとは思いもしなかった。

(そっか、それで新しい使用人をやとっていたのね)

 かつて私がいた日本とは違い、この世界は医療環境がそれほど整っているわけではない。回復魔法で怪我は治せるものの、出産となれば命がけの一大行事だ。
 信頼できる古参の使用人は、これから母と赤ちゃんにつきっきりになるだろう。新人をやとうことになったのも納得だわ。おかげでうっかり暗殺者を呼び込んでしまったけど、被害はなかったし。何より家族が増えるのはめでたい話だ。

「弟でしょうか? 妹でしょうか?」
「ふふ、さあどっちかしらね。きっと、どっちでも可愛いわ」

 わくわくしながら身を乗り出す私に、ソファに腰かけた母は嬉しそうにお腹をでさせてくれた。まだなんにも感じないけど、この中に弟か妹がいるらしい。ゲームでは見たことがなかったアンジェラの家族は、今の私にとっては守りたいと願う大切な人たちだ。

(もっと強くならなくちゃね! 生まれてくる赤ちゃんは、お姉ちゃんの私が守らないと。よし、今度の訓練は魔法書十冊に挑戦しようかな)

 ますます輝きを増していく転生人生に、強くなるための新たな目標が追加された。もし次に暗殺者なんかが来ても、今度は屋敷の敷地に入る前に撃退してやるわ。
 戦う力も敵を見つける目も手に入れた。あとは私が頑張ればいいだけだ。

(そうと決まれば訓練訓練! 今日は足の筋力を強化して、屋敷の外周をジョギングしようかな。一人だと怒られるから、ジュードを巻き込んで……)
「失礼します。お嬢様はこちらにいますか?」

 うきうきしながら筋トレメニューを考えていれば、呼びに行く前にジュードのほうから来てくれたみたいだ。心を弾ませる私と微笑む母を見て、彼はきれいな礼の姿勢をとる。

「ジュード、ちょうどよかったわ! お母様から良いお話を聞けたから、清々すがすがしい気持ちで外を歩きたい気分だったの! 手が空いているなら、付き合ってくれないかしら?」
「……僕は構わないけど」

 どこか硬い表情を浮かべる彼は、ちら、と母の様子をうかがう。
 母は気にした様子もなく笑ったまま、行ってらっしゃいと手をふって送り出してくれた。


「びっくりよね。あんなに細いお母様のお腹に赤ちゃんがいるなんて! ジュードは知ってた?」
「え、赤ちゃん……? いや、初耳だよ。そうか、それで最近騒がしかったのか」

 のんびりと歩み出た中庭は、今日も敏腕びんわん庭師によって整えられている。昨日よりも美しく見えるのは、良いニュースを聞いたからかもしれない。
 うきうきと弾んだ気分で歩く私だけど、ジュードはどこか困惑した様子だ。

「なんだかジュードは元気がないわね。何かあったの?」
「何かあったというわけではないよ。それに、これは僕が口を出してはいけないことだろうし」

 一応たずねてみたものの、ジュードからは曖昧あいまいな答えしか返ってこない。先の暗殺者退治から、どうにも彼は落ち込んだままだ。あれ、やっぱり重要なイベントだったのかしら。

「ねえ、私が何かしちゃったんじゃないの? それなら遠慮なく言ってよ?」
「アンジェラに何をされても、僕は平気だよ。そうじゃなくて……」

 年の割に妙につやめいた表情を浮かべる彼は、何かを言いかけて、また口をつぐむ。
 一体なんなんだ。うじうじするなんて男らしくないぞ!

「何よ、家族が増えるのは良いことじゃない?」
「それはそうだけど……君は女の子だからね」

 なんとなくじめっとしたジュードの雰囲気に、返す声がついキツくなってしまう。私が不機嫌になってきたとわかったのか、彼は黒い瞳を少しだけ揺らしてから、寂しそうに微笑んだ。

「何があっても、僕はアンジェラの味方だよ。これから先もずっと、ずっと」
(そりゃ、敵にはならないでしょうけど)

 ずっと味方でいると先に言ったのは私だし、その気持ちを返してくれるのは嬉しい。けど、子ども同士の会話にしては雰囲気が重すぎるわ。彼は何が言いたいの?

「あー……もうっ!」

 これ以上暗い雰囲気でいたくなくて、彼を突き放すように走り出す。まあ、私が走ったところで、すぐに追いつかれてしまうんだけど。


 彼のこの日の態度は、その後もしこりのように私の胸に残り続けることになる。
 ――そして、それから数ヶ月後。
 生まれた第二子は『弟』で、家督を継ぐべき『男』で、私は大事な一人娘ではなくなる。
 家族を愛し、守ると決めて、類稀たぐいまれな才能を見せてしまった私は、弟の誕生によって、人生の大きな転機を迎えることになるのだった。


   * * *


『聖女』とは、誰が決めるものなのだろうか。私にとってはゲームのアンジェラを指す代名詞だけど、本来は宗教などにおいて重要な役目を果たした女性を賞賛する呼称だ。
 ゲームのアンジェラ・ローズヴェルトは、スタートの時点ですでに『聖女』と呼ばれていた。
 対して今の私は、まだそう呼ばれてはいない。神聖魔術を使いこなし、神様から多くの加護をもらっている私には、あと何が足りないのだろう。
 ――その答えを知ったのは、八歳の誕生日を間近に控えたある日のことだった。


「ここは、ずいぶん大きな教会ですね」

 両親に行き先を告げずに連れてこられたのは、我がハイクラウズ伯爵領内で一番大きな神聖教会の施設。しかし、黒い修道服の男性二人に案内された場所は、礼拝堂のほうではなく、彼らの宿舎だった。
 清貧せいひんを良しとする聖職者らしい、華やかさとは縁のないくすんだ木造の建物。造りだけはしっかりしている宿舎の三階には――何故か私の部屋が用意されていた。

「私の部屋? それは、一体どういう……」
「可愛いアンジェラ。貴女はね、今日から『神様の子』になるのよ」

 両親からほこらしげに告げられたその言葉で、幼い私は気付いてしまった。
 ――ああ、私は両親に〝捨てられた〟のだと。


(……こうなることは、頭のどこかでわかっていたはずなのにね)

 木目のある大きなベッドにごろんと横になる。今まで住んでいた屋敷と比べれば質は劣るけど、こうした宿舎で用意されるものの中では最上級の部屋だろう。
 広さも体感で十畳近くあり、幼い少女に与えられた個室にしては大きすぎる。今までの寄付の額も相当だったのだろうけど、それにしたって破格の待遇だ。
 ……両親は、私をこの広い部屋に置いて帰ってしまった。
 つまり私は、『伯爵家よりも教会にいることが相応ふさわしい』と思われ、教会側にもそう認められたということ。
 ――神聖教会の広告塔たる『聖女』となるために。

(私に足りなかったものは、これだったのね)

 ただの伯爵令嬢が聖女なんて呼ばれるわけがない。屋敷から出て教会で暮らすことが鍵だったのだ。
 ここで修練にはげみ、聖女として認められてこそ、アンジェラはあの部隊に選ばれる。もしゲームと同じなら、近い将来魔物によって危機を迎える世界を救うために。
 そうだ、両親は正しい選択をしてくれたのだ。おかげで私は、お嬢様としての教養などをかなぐり捨てて、ただ強くなることだけに集中できる。
 ――――そう、わかっているのに。

「……っ!」

 ぼろぼろと目からこぼれる涙が止まらない。自分で思っていたよりも、私の心は七歳という体の年齢に引っ張られていたらしい。
 敬虔けいけんすぎる両親にちょっと思うところはあった。過保護な使用人を面倒くさいとも思っていた。それでも私は、彼らが嫌いではなかった。毎日顔を合わせることが当たり前の、幸せな生活だった。
 生まれたばかりの弟のことも、もちろん嫌いではない。赤ちゃんの小ささと柔らかさに感動したし、いとしかった。彼らを守るために、これから強くなりたかったのに。

「……覚悟が、甘かったかしらね」

 ゲームの主人公は悲惨な過去を背負っていることが多い。家族との死別などは、もうお約束みたいなものだ。屋敷から離れただけの私なんて、ずいぶん甘いほうだろう。たとえ、もう家族のもとへ帰れないとしても、彼らは生きていてくれるのだから。
 それでもやはり、涙は後から後からあふれてくる。私は、彼らと離れたくなんかなかったのだ。
 止まらないそれを、無理矢理手のひらで押さえつけようとして――

「……こすったら駄目だよ、傷になるから」
「――……ぅえ?」

 ここで聞くはずのない声に、固まってしまった。

「ジュード……?」

 いつの間にか橙色だいだいいろに染まった陽光を受けて微笑んでいるのは、もはや見慣れた私の幼馴染おさななじみ。いつも着ていた使用人服よりもいくらかラフなシャツとパンツ姿の彼は、相変わらず年齢には不相応に落ち着いた様子で私の頭をでてくれる。
 その温かさも、私のより少しだけ大きな手も、間違いなく彼のものだ。寂しさが見せた幻じゃない。

「なんで、ジュードがここにいるの?」
「言ったよね、僕。必ずアンジェラの味方でいるって。ずっとそばにいるって」
「それは、聞いたけど……」

 実際にそんなことができるのだろうか? 確かに彼はゲームでは攻略対象だけど、現実での立場は使用人だ。私だってもう伯爵令嬢じゃないし、そもそも彼のやとい主でもない。それなのにどうやって?

「誤解してるみたいだから、一つずつ話すね。まず、君はこの教会に預けられただけで、貴族をやめたわけじゃないからね」
「ど、どういうこと?」

 家に帰ることは難しいだろうけど、と一言添えてから、私が転がるベッドの端に腰かけるジュード。彼の言うことを信じるならば、今の私は極めてイレギュラーな状態らしい。
 普通、貴族の娘が教会や修道院に預けられる理由は、大半が醜聞しゅうぶんとして隠されるようなことだ。しかし、私の場合は生まれつき膨大な魔力を持ち、しかも神様から祝福を受けている。
 その上、『世界のために戦え』という天啓を受けており、実際に屋敷に現れた暗殺者の正体を見破って撃退した。たった七歳の少女がだ。
 その結果『この子は普通じゃない』と思った両親が神聖教会に相談したところ、教会だけではなく、なんと魔術師協会でも同じ意見になったらしい。
 そして話し合いの末、適性の高い神聖魔法をさらに学べるようにと、教会が私を預かることになったようだ。そこには私を保護する意味も含まれており、魔術師協会も協力しているという。
 これは醜聞しゅうぶんどころか、家にとっても名誉なこと。ゆえに、私は出家しゅっけしたわけではなく、ローズヴェルト家の娘のままなのだそうだ。屋敷には戻れないけど。

「だから君はお嬢様のままだし、使用人を連れていてもおかしくはないってことだよ」
「それじゃあ、ジュードは私のためにわざわざ来てくれたの?」
「うん。ただ、教会も君が特別だからこそ、僕に生易なまやさしい対応はしてくれないと思う。それに、僕は〝コレ〟だから、ここには住まわせてもらえないだろうけどね」

 予想外の話にすっかり涙も乾いた私を見て、ジュードは嬉しそうに、しかしどこか困ったように微笑む。彼の言うコレとは、外見のことだろう。

(例の悪魔の童話か……)

 あの忌々いまいましい童話は、神聖教会の経典きょうてんが元になっている。当然教会関係者なら、童話よりも過激な元の話も知っているだろうし、ジュードを見れば悪魔だと思うだろう。

「……一緒に暮らせないってわかっているのに、私についてきてくれたの? どうして? ジュードはどこで寝るの?」
「この町には僕の叔父が住んでいるから、そこに泊めてもらうよ。心配しないで。僕がアンジェラと離れたくないから、ここに来ると決めた。ただ、それだけだよ」

 さすがに不安を覚えて聞いてみれば、さらっと恥ずかしい台詞せりふが返ってきた。そんな台詞せりふを言ったのが十歳になったばかりの少年とか、末恐ろしい話だわ。
 どうやら彼は、本当に私を大事に思ってくれているらしい。叔父さんの件は初耳だけど、血縁者なら外見のことは心配いらないだろう。
 私が安堵あんどの息をこぼせば、彼はそっと頬をでてくれた。

「……本当はね、僕が君を止めればよかったんだ。神のいとし子なんて呼ばれるアンジェラが神聖魔法を使いこなしたら、注目されるのはわかっていたのに。でも、あんまりにも君が楽しそうだったから、止められなくて。そのせいで、たった七歳の君をお屋敷から出すことになってしまった。君を泣かせてしまった責任はとるよ」
「そんな、勝手に魔法を勉強したのは私じゃない。ジュードはなんにも悪くないわよ!」

 私が慌てて体を起こせば、彼は屋敷で見たあの寂しそうな笑みを浮かべていた。
 ……そうか、彼は気付いていたんだ。弟が生まれれば、女の私はいずれ家を出ることが決まってしまう。その上、私が強くなればなるほど、こうして教会へ預けられる可能性も高まる。それは同時に、彼も親元から離れなければならないことを意味していた。

(せめて、私のために来てくれたジュードが、嫌な思いをしなければいいんだけど)

 この無駄に広い部屋で一緒に暮らせればいいのに、きっと教会が許してくれないのが悔しい。

(髪や肌の色が何よ。ジュードは本当に善良な人なのに)

 彼はのちに、乙女ゲームの攻略対象になるぐらいの超優良物件に育つのだ。イケメンで仲間思いの、とても強い剣士に。たかが外見の色合いで差別されるかもしれないなんて許しがたい!

(神様、貴方の信徒が彼を嫌うなんておかしいです。ジュードは私の大事な幼馴染おさななじみで、いずれ魔物から世界を救う仲間なんです。どうか、どうか力を貸して下さい!)

 話を終えて、彼の手をぎゅっとつかんだ私に、ジュードは首をかしげる。

「……アンジェラ?」

 明日から始まる日々は、屋敷での温かなものとは違う。それを覚悟した上で彼は来てくれた。筋肉も考えも足りない私なんかを頼りにしてくれた大事な仲間。

「……ジュード、私もここに来た以上、貴族の娘としての甘い考えは捨てようと思う。だから貴方にも、私の使用人という考えは捨てて欲しい」

 少しだけ考えてから、強い決意を彼に伝えた。大事な彼だからこそ、今の私の気持ちはちゃんと伝えておきたい。

「……それはつまり、僕はいらないってこと?」
「違うわよ! 使用人じゃなくて、私と対等の立場で支えて欲しいの。私も精一杯頑張るけど、今回みたいに突っ走ってジュードを巻き込んでしまうかもしれない。だから、後ろじゃなくて私の隣で見ていて欲しい。ダメかな?」

 一言一言しっかりと告げれば、彼は目を見開いてぽかんとした表情になる。今まで落ち着いた顔ばかり見てきたから、なんだか新鮮だ。
 少し経って、ジュードはゆっくりうなずいた。……とろけるような笑みを浮かべて。

「僕でいいなら、喜んで。……やっぱり、強引に君のところへ来て良かった」
「ありがとう。これからもよろしくね」

 私の手の上に、彼のもう片方の手が重なる。強く繋がる、小さな子ども同士の手。これからしばらくは、私にとって唯一となる大切な繋がり。
 その体温をとうといものだと噛み締めて――――直後、暗くなり始めた空に一筋の光が差した。

「うわっ!? な、何これ!?」

 もう太陽はほとんど沈んでしまった後だ。にもかかわらず、窓の外から差し込んだまぶしい光は、ジュードの体へまっすぐ届いている。
 突然のことに驚いたのか、教会の人たちが部屋へ駆けつけてきたけど――その目に映ったのは、悪魔の色をまといながらも、神聖な光に〝選ばれた〟少年の姿だ。

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