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連載
-------アンジェラ・ローズヴェルト
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「……どういう、こと?」
自分の目で見ている現実だというのに、私はそこにある名前の意味が理解できなかった。
いや、違う。片方――【無形の悪夢】のほうはわかる。むしろ、泥と影の魔物を自在に操れる『泥女』の正体としては、納得した。
泥の魔物の最終進化体。四度目の進化を遂げたそれは“覚醒体”とも呼ばれ、滅多に現れない。
その能力は極めて高いが謎が多く、いうなれば『都市伝説』のようなものとして扱われている。
私がゲームの情報から知っている特性は、“物理攻撃の完全無効化”だ。
ラスボスでなかったのは少し驚いたけど、この窮地に登場する魔物としては申し分ない敵だろう。容姿が仲間と同じ、しかも華奢な女というのも、ホラーとしてはなかなか良い線をいっていると思う。……ここフィクションじゃなくて現実だけど。
とにかく、問題はもう一つ名前。この魔物が【聖女アンジェラ】を名乗っているところだ。
神様がくれた私の敵ネームを見る目は、嘘をつかない。なので、あの泥女は本当にアンジェラという名前なのだと思われる。
……私と同じ顔をした女が、私と同じ名前なんて。これが偶然なわけはないわよね。
「…………」
あいつは依然、にこにこしながらジュードに話しかけている。
「私と一緒にいた頃は、顔を隠したがっていたものね。そんなにきれいな顔をしていたのなら、隠す必要なんてなかったのに。どうして?」
楽しそうに語りかける声すらも、私にそっくりだ。
他者にそっくりに化けられる【無垢なる王】ならまだしも、【無形の悪夢】がどうしてこんなに私とそっくりな姿をしているのか。泥や影の魔物は形を自由に変えられるけど、『誰かに化ける』なんて能力は聞いたことがない。……覚醒体なら、こんなこともできるとか?
「ああもう、考えても埒があかないわ! ねえ貴女、一体何なの!? 魔物のくせに自我があるみたいだし、顔は私に瓜二つで、名前もアンジェラだなんておかしいわよ!! 魔物なの? 人間なの? ……貴女は誰!?」
「ちょっと、人の顔でせっかちなことを言うのはやめてくれないかしら?」
思わずありったけの質問をぶつけてみれば、あちらの青い目がスッと細められた。
自分の知らない自分の表情に、少し背筋が寒くなる。
「まあ、問われたからにはお答えするわ。私の名前は“アンジェラ・ローズヴェルト”。かつては神の愛し子ともてはやされ、神聖教会に祭り上げられた聖女よ」
「……ふざけないでよ」
なんてことないように告げられた返事に、怒りで視界が歪んだ。
それは私だ。アンジェラ・ローズヴェルトは私だ。こいつは、何を当たり前のように嘘をついているのか。
「貴女は【無形の悪夢】でしょう? さっさと擬態を解いて、泥と影の姿に戻りなさいよ!」
「残念だけど、どれだけ形を溶かしても、“この姿”が必ずどこかに残るのよ。これが、私の魂の姿だからね」
「魂? 魔物が何を言って……」
「貴女こそ、何を焦っているのかしら?」
白いドレスのアンジェラの顔から、表情がドンドンなくなっていく。
まるで虫でも見るような、冷たくて、感情ののっていない顔。……何故? どうして魔物のほうが、私をそんな目で見るのよ。
「前にも……そうだ、クロヴィスのところで貴女に聞いたわね。もう一度、改めて質問するわ。――〝貴女こそ、誰?〟」
「私はアンジェラ・ローズヴェルトよ」
「本当に? だったら何故、カールハインツは貴女を『偽聖女』と呼ぶのかしら?」
冷たい視線がつい、と示した先は、珍しく困ったような表情を浮かべているカールだ。
白のアンジェラを見て、それから私を見て、彼はグッと眉をひそめてから――ぽつりと、呟いた。
「アンジェラ……もう、やめてくれ」
「貴方、名前を……!?」
いつもは人のことを決して呼ばないカールが、確かに『アンジェラ』と口にした。そして、その対象は……私ではない。
「今の私を見て、何をやめろと言うの? カールハインツ」
「そうか……そうだな。もう、止まりようがないか」
「ちょ、ちょっと待ってよ導師サマ! 貴方にとっては、あっちがアンジェラで私が偽聖女なの!? あれ、泥の魔物の覚醒体よ!?」
「わかってる! それでも俺にとっては、あいつがアンジェラなんだよ! お前のほうが、よほど相応しいとわかっていてもな!!」
まさかの発言にツッコめば、まるで悲鳴のような答えが返ってきた。少年の顔は歪み、泣くのを堪えているようにも見える。
カールがどんな予知を見たのか知らないけど、魔物だとわかっているのに『聖女』としてあっちを選ぶなんて。
……わけがわからない。もう、何が何やら。
「……そうね、逆に考えましょうか。貴女が『自分こそがアンジェラ』だと思う根拠は何?」
「根拠も何も、私はここまで十六年ずーっとこの体でアンジェラ・ローズヴェルトとして生きてきたのよ! 私がアンジェラじゃなかったら、何だって言うの?」
「十六年? それはおかしいわ。貴女がアンジェラであったのは、“十一年”でしょう? だって、私がその体を捨てたのは五歳の時だもの」
「――――――は?」
一瞬、世界から音が消えたのかと思った。
この女の言葉を、脳が拒絶している。体を捨てたって……一体、なんだ?
(でも……まちがって、ない)
私が前世の記憶を取り戻し、『今の私』になったのは五歳の時から。だから、正しい転生人生はあいつの言う通り十一年だ。
でもなんで、そんなことを魔物が知っているのか。
さっきまでは怒りで暑いぐらいだったのに、今はなんだかとても寒い。
「捨てたって何かって? ええ、捨てたのよ。私も一度は頑張って聖女様をやってみたんだけど、上手くいかなくてね。だから、神の加護も何もかも消したくて、人間の私を捨てたの。……ああ、さっきの質問の答えはこれね。私は元は人間で、今は魔物よ」
「もとは……人間?」
「そう。魔物になっても、根底に魂がこびりついてしまったの。まあ、これはこれで使えたからいいのだけど、問題は貴女よ。せっかく私が聖女を捨てたっていうのに、貴女がその『アンジェラの体』を動かして救世主ごっこを始めるから、またこの部隊がそろってしまった。……何人か欠けたのはディアナさんの仕業かしらね? 何にしても不快だわ。殺したいぐらい」
「アンジェラの、体……」
おもむろに手を伸ばしてみれば、それはちゃんと私の意思通りに動く。
頭も、足も、繋がっているところは全部、動かせる。
これは、私が育てた体。私と一緒に生きてきた体。私の――――
「聖女の体を乗っ取って、救世主ごっこをして、楽しかったでしょう? でも、そろそろ辞めてくれないかしら?」
「のっと……ち、違うわよ!!」
違う。違う、違う、違う!!
私は、私らしいアンジェラとして一生懸命生きてきた。
魔法を学んで、筋肉がつかないなりに少しずつ鍛えて。
ジュードや皆と一緒に精一杯戦って、やっとここまで辿りついたんだ。
私はアンジェラ・ローズヴェルト。他の誰でもない。他の名前なんて持っていない。
(なのに……なんでよ。どうして、私……また)
――どうして、力が入らないのだろう。
どうして、視界が暗くなっていくんだろう。あの女を、今すぐ一発ぶん殴ってやりたいのに。
立ち向かおうと思う度に、その意思が塗りつぶされてしまう。なんで? どうして? やっと世界の敵を見つけたのに……!
「……あの神から聞かなかった? 私の近くにいると、貴女は長くはもたないって」
「かみ、さま……?」
[くれぐれも気を付けてね。彼女に会うと、君の体はどうしても長くはもたないから]
「どうしても体が“本物の持ち主の魂”に引っ張られてしまうのよ。だから貴女は長くはもたない。貴女を気絶させることで、神が介入して体を持っていかれないようにしていたけれど……ここまでかしらね。他人の魂でどこまでやれるのか、面白そうだから泳がせていたのだけど……もう邪魔だから殺すわね」
「私を気絶させていたのは、貴女じゃなかったの……?」
「違うわ。私なら、そんな優しいことはしない。貴女ごと、その体を壊すわ。今度こそ」
――ああ、私のメイスはどこに置いたっけ。
早く殴らなきゃ。あの魔物を止めなくちゃ。
……ねえ皆、あの魔物を足止めしてよ。物理攻撃は効かなくても、魔術なら効果があるはずだから。
お願い。お願い、ねえ。助けて。助けて。助けて。助けて。
――それとも、私がアンジェラじゃないなら、仲間じゃないの?
「ジュード……」
「……だから、後悔するって言っただろう? 真実なんて、大抵ロクなものじゃない」
腰を支えてくれていた彼の腕に、ぐっと力がこもった。
視界がぼやけてしまっていて、よく見えないけど……それでも、彼は私のほうを見て、穏やかに笑ってくれている。
いつもと変わらない。私の、誰よりも信頼する、幼馴染の彼。
「あの人の言ったことは本当だよ。それでも、僕が言ったことも本心だ。――僕のアンジェラは、君だけだ」
低くて、温かい声が心の深いところに染み込んでいく。
ああ、ああ。貴方のその言葉さえあれば、私はきっと――――
* * *
「ジュード……?」
訝しげに首をかしげた彼女に、まっすぐ視線を向ける。
大丈夫だ。腕の中の彼女は、まだ彼女のまま。神がきっと守ってくれるはずだ。
ならば僕が今すべきことは、この体を壊させないことと――かつての彼女と、ちゃんと別れること。
「ねえ、それを返して。それは私の体よ」
「できません、お嬢様。貴女の従者だった『私』は、貴女が捨てた時に死にました。そもそも、この体を捨てたのは貴女でしょう?」
僕が口答えをするとは思わなかったのか、彼女の白い顔が不快そうに歪んだ。
……おかしな方だ。そもそも『私』だった頃も、彼女の望む通りに動いたことなんてないのに。
「勝手に使われるなら、話は別よ。それは、持ち主の私が壊すわ」
「させません。これはもう、『僕』のアンジェラです。僕は導師とは違うので、“かつて”なんて喜んで捨てますよ!!」
僕のアンジェラが傷付かないように抱き直して、思いっきり剣をふり抜く。
周囲になみなみと溢れていた黒い泥が、まるで波のように大きく跳ね上がり、彼女に覆いかぶさった。
「ジュード、貴方……ッ!!」
「さようなら、お嬢様。アンジェラは、貴女にも絶対に渡さない」
どぷん、と。鈍い水音と共に彼女が泥に呑まれる。
とは言え、こんな対処ではもって数秒だ。
「導師カールハインツ! 首が惜しければツィーラーへの転送を! 急げ!!」
「ッ!? 首なんぞ落ちても死なねえが、今はお前に乗ってやる!!」
自分の目で見ている現実だというのに、私はそこにある名前の意味が理解できなかった。
いや、違う。片方――【無形の悪夢】のほうはわかる。むしろ、泥と影の魔物を自在に操れる『泥女』の正体としては、納得した。
泥の魔物の最終進化体。四度目の進化を遂げたそれは“覚醒体”とも呼ばれ、滅多に現れない。
その能力は極めて高いが謎が多く、いうなれば『都市伝説』のようなものとして扱われている。
私がゲームの情報から知っている特性は、“物理攻撃の完全無効化”だ。
ラスボスでなかったのは少し驚いたけど、この窮地に登場する魔物としては申し分ない敵だろう。容姿が仲間と同じ、しかも華奢な女というのも、ホラーとしてはなかなか良い線をいっていると思う。……ここフィクションじゃなくて現実だけど。
とにかく、問題はもう一つ名前。この魔物が【聖女アンジェラ】を名乗っているところだ。
神様がくれた私の敵ネームを見る目は、嘘をつかない。なので、あの泥女は本当にアンジェラという名前なのだと思われる。
……私と同じ顔をした女が、私と同じ名前なんて。これが偶然なわけはないわよね。
「…………」
あいつは依然、にこにこしながらジュードに話しかけている。
「私と一緒にいた頃は、顔を隠したがっていたものね。そんなにきれいな顔をしていたのなら、隠す必要なんてなかったのに。どうして?」
楽しそうに語りかける声すらも、私にそっくりだ。
他者にそっくりに化けられる【無垢なる王】ならまだしも、【無形の悪夢】がどうしてこんなに私とそっくりな姿をしているのか。泥や影の魔物は形を自由に変えられるけど、『誰かに化ける』なんて能力は聞いたことがない。……覚醒体なら、こんなこともできるとか?
「ああもう、考えても埒があかないわ! ねえ貴女、一体何なの!? 魔物のくせに自我があるみたいだし、顔は私に瓜二つで、名前もアンジェラだなんておかしいわよ!! 魔物なの? 人間なの? ……貴女は誰!?」
「ちょっと、人の顔でせっかちなことを言うのはやめてくれないかしら?」
思わずありったけの質問をぶつけてみれば、あちらの青い目がスッと細められた。
自分の知らない自分の表情に、少し背筋が寒くなる。
「まあ、問われたからにはお答えするわ。私の名前は“アンジェラ・ローズヴェルト”。かつては神の愛し子ともてはやされ、神聖教会に祭り上げられた聖女よ」
「……ふざけないでよ」
なんてことないように告げられた返事に、怒りで視界が歪んだ。
それは私だ。アンジェラ・ローズヴェルトは私だ。こいつは、何を当たり前のように嘘をついているのか。
「貴女は【無形の悪夢】でしょう? さっさと擬態を解いて、泥と影の姿に戻りなさいよ!」
「残念だけど、どれだけ形を溶かしても、“この姿”が必ずどこかに残るのよ。これが、私の魂の姿だからね」
「魂? 魔物が何を言って……」
「貴女こそ、何を焦っているのかしら?」
白いドレスのアンジェラの顔から、表情がドンドンなくなっていく。
まるで虫でも見るような、冷たくて、感情ののっていない顔。……何故? どうして魔物のほうが、私をそんな目で見るのよ。
「前にも……そうだ、クロヴィスのところで貴女に聞いたわね。もう一度、改めて質問するわ。――〝貴女こそ、誰?〟」
「私はアンジェラ・ローズヴェルトよ」
「本当に? だったら何故、カールハインツは貴女を『偽聖女』と呼ぶのかしら?」
冷たい視線がつい、と示した先は、珍しく困ったような表情を浮かべているカールだ。
白のアンジェラを見て、それから私を見て、彼はグッと眉をひそめてから――ぽつりと、呟いた。
「アンジェラ……もう、やめてくれ」
「貴方、名前を……!?」
いつもは人のことを決して呼ばないカールが、確かに『アンジェラ』と口にした。そして、その対象は……私ではない。
「今の私を見て、何をやめろと言うの? カールハインツ」
「そうか……そうだな。もう、止まりようがないか」
「ちょ、ちょっと待ってよ導師サマ! 貴方にとっては、あっちがアンジェラで私が偽聖女なの!? あれ、泥の魔物の覚醒体よ!?」
「わかってる! それでも俺にとっては、あいつがアンジェラなんだよ! お前のほうが、よほど相応しいとわかっていてもな!!」
まさかの発言にツッコめば、まるで悲鳴のような答えが返ってきた。少年の顔は歪み、泣くのを堪えているようにも見える。
カールがどんな予知を見たのか知らないけど、魔物だとわかっているのに『聖女』としてあっちを選ぶなんて。
……わけがわからない。もう、何が何やら。
「……そうね、逆に考えましょうか。貴女が『自分こそがアンジェラ』だと思う根拠は何?」
「根拠も何も、私はここまで十六年ずーっとこの体でアンジェラ・ローズヴェルトとして生きてきたのよ! 私がアンジェラじゃなかったら、何だって言うの?」
「十六年? それはおかしいわ。貴女がアンジェラであったのは、“十一年”でしょう? だって、私がその体を捨てたのは五歳の時だもの」
「――――――は?」
一瞬、世界から音が消えたのかと思った。
この女の言葉を、脳が拒絶している。体を捨てたって……一体、なんだ?
(でも……まちがって、ない)
私が前世の記憶を取り戻し、『今の私』になったのは五歳の時から。だから、正しい転生人生はあいつの言う通り十一年だ。
でもなんで、そんなことを魔物が知っているのか。
さっきまでは怒りで暑いぐらいだったのに、今はなんだかとても寒い。
「捨てたって何かって? ええ、捨てたのよ。私も一度は頑張って聖女様をやってみたんだけど、上手くいかなくてね。だから、神の加護も何もかも消したくて、人間の私を捨てたの。……ああ、さっきの質問の答えはこれね。私は元は人間で、今は魔物よ」
「もとは……人間?」
「そう。魔物になっても、根底に魂がこびりついてしまったの。まあ、これはこれで使えたからいいのだけど、問題は貴女よ。せっかく私が聖女を捨てたっていうのに、貴女がその『アンジェラの体』を動かして救世主ごっこを始めるから、またこの部隊がそろってしまった。……何人か欠けたのはディアナさんの仕業かしらね? 何にしても不快だわ。殺したいぐらい」
「アンジェラの、体……」
おもむろに手を伸ばしてみれば、それはちゃんと私の意思通りに動く。
頭も、足も、繋がっているところは全部、動かせる。
これは、私が育てた体。私と一緒に生きてきた体。私の――――
「聖女の体を乗っ取って、救世主ごっこをして、楽しかったでしょう? でも、そろそろ辞めてくれないかしら?」
「のっと……ち、違うわよ!!」
違う。違う、違う、違う!!
私は、私らしいアンジェラとして一生懸命生きてきた。
魔法を学んで、筋肉がつかないなりに少しずつ鍛えて。
ジュードや皆と一緒に精一杯戦って、やっとここまで辿りついたんだ。
私はアンジェラ・ローズヴェルト。他の誰でもない。他の名前なんて持っていない。
(なのに……なんでよ。どうして、私……また)
――どうして、力が入らないのだろう。
どうして、視界が暗くなっていくんだろう。あの女を、今すぐ一発ぶん殴ってやりたいのに。
立ち向かおうと思う度に、その意思が塗りつぶされてしまう。なんで? どうして? やっと世界の敵を見つけたのに……!
「……あの神から聞かなかった? 私の近くにいると、貴女は長くはもたないって」
「かみ、さま……?」
[くれぐれも気を付けてね。彼女に会うと、君の体はどうしても長くはもたないから]
「どうしても体が“本物の持ち主の魂”に引っ張られてしまうのよ。だから貴女は長くはもたない。貴女を気絶させることで、神が介入して体を持っていかれないようにしていたけれど……ここまでかしらね。他人の魂でどこまでやれるのか、面白そうだから泳がせていたのだけど……もう邪魔だから殺すわね」
「私を気絶させていたのは、貴女じゃなかったの……?」
「違うわ。私なら、そんな優しいことはしない。貴女ごと、その体を壊すわ。今度こそ」
――ああ、私のメイスはどこに置いたっけ。
早く殴らなきゃ。あの魔物を止めなくちゃ。
……ねえ皆、あの魔物を足止めしてよ。物理攻撃は効かなくても、魔術なら効果があるはずだから。
お願い。お願い、ねえ。助けて。助けて。助けて。助けて。
――それとも、私がアンジェラじゃないなら、仲間じゃないの?
「ジュード……」
「……だから、後悔するって言っただろう? 真実なんて、大抵ロクなものじゃない」
腰を支えてくれていた彼の腕に、ぐっと力がこもった。
視界がぼやけてしまっていて、よく見えないけど……それでも、彼は私のほうを見て、穏やかに笑ってくれている。
いつもと変わらない。私の、誰よりも信頼する、幼馴染の彼。
「あの人の言ったことは本当だよ。それでも、僕が言ったことも本心だ。――僕のアンジェラは、君だけだ」
低くて、温かい声が心の深いところに染み込んでいく。
ああ、ああ。貴方のその言葉さえあれば、私はきっと――――
* * *
「ジュード……?」
訝しげに首をかしげた彼女に、まっすぐ視線を向ける。
大丈夫だ。腕の中の彼女は、まだ彼女のまま。神がきっと守ってくれるはずだ。
ならば僕が今すべきことは、この体を壊させないことと――かつての彼女と、ちゃんと別れること。
「ねえ、それを返して。それは私の体よ」
「できません、お嬢様。貴女の従者だった『私』は、貴女が捨てた時に死にました。そもそも、この体を捨てたのは貴女でしょう?」
僕が口答えをするとは思わなかったのか、彼女の白い顔が不快そうに歪んだ。
……おかしな方だ。そもそも『私』だった頃も、彼女の望む通りに動いたことなんてないのに。
「勝手に使われるなら、話は別よ。それは、持ち主の私が壊すわ」
「させません。これはもう、『僕』のアンジェラです。僕は導師とは違うので、“かつて”なんて喜んで捨てますよ!!」
僕のアンジェラが傷付かないように抱き直して、思いっきり剣をふり抜く。
周囲になみなみと溢れていた黒い泥が、まるで波のように大きく跳ね上がり、彼女に覆いかぶさった。
「ジュード、貴方……ッ!!」
「さようなら、お嬢様。アンジェラは、貴女にも絶対に渡さない」
どぷん、と。鈍い水音と共に彼女が泥に呑まれる。
とは言え、こんな対処ではもって数秒だ。
「導師カールハインツ! 首が惜しければツィーラーへの転送を! 急げ!!」
「ッ!? 首なんぞ落ちても死なねえが、今はお前に乗ってやる!!」
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