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私たちオーブリット家はフォレックス殿下お立ち会いの下、国王陛下による喚問を受けることになり、王宮を訪れました。
事情を知った両親は顔色を、青を取り越して真っ白にし、身を小さくしています。母は特に小刻みに震え、今にも倒れんばかりです。妹に至ってはただ立ち尽くしていました。
一方、王都へ急遽呼び戻された弟は、寄宿学校で心身共に鍛えられたのでしょうか。少し見ない内に立派な姿になっていました。突然の出来事で混乱に陥っている家族の中で唯一、動揺せずに落ち着いている彼は、こんな時まで私に穏やかに微笑みかけます。
常日頃から妹の性癖を懸念していた聡明な弟のことです。いずれ何か大きなことが起こるであろうことを悟っていたのかもしれません。そしてたとえ何かが起こっても私の味方でいようと思ってくれていたのかもしれません。
姉さんを守れるような男になって帰ってくるからと出て行った弟の言葉を思い出して、しんみりとしてしまいました。これまで何とか耐えることができたのは、弟の言葉があったからなのだと今になって思います。彼には感謝の気持ちしかありません。
「此度のこと、誠に遺憾に思う」
陛下は玉座の上からあらためて重く言葉を出されました。
「申し訳ございません。誠に申し訳ございません! 娘にはきつく、きつく言い聞かせますので、ど、どうか今一度、婚約破棄について再考願えないでしょうか」
「ならん」
頭を深く垂れる父に、陛下は静かに、けれど威厳を持って一言だけ述べられます。
陛下の横に座する殿下は呆れた表情を浮かべられており、恥ずかしい気持ちになりました。
「王家の顔に泥を塗ったこの娘をまだなお婚約者に据えろと申すか? 王家の面子を何たると心得る。そもそも此度の件は自ら爵位返上を申し出るに値する不敬行為ぞ」
「ま、誠に申し訳ありません!」
陛下のお言葉に父は驚きおののき、身を竦めます。
私の知っている父はこんなに小さなお方だったのでしょうか。
「だがオーブリット伯爵家は長き年月に渡り、王家に忠誠を誓い、尽くしてきた家系だと思っている。そしてこれから先も変わらぬと信じている」
「も、もちろんでございます、陛下!」
「一方で厳しい処分を下さんと王家の顔が立たぬ。それも分かるな?」
陛下が妹に視線を流されると、彼女はびくりと肩を震わせました。
片や父はお家断絶からは逃れられそうだと考えたのでしょう。顔をぱっと明るくします。
「は、はい! 陛下のおっしゃる通りにございます! どのような処分も受けさせていただきます!」
それは喜んで全ての責任を妹に取らせるということでしょうか。もちろん彼女が引き起こしたことではありますが、父は家の足を引っ張る彼女を……切り捨てるということでしょうか。
「そうか。では、アリーナ・オーブリットが二度と不貞行為を起こせぬよう、戒律が特に厳しい修道院で生涯過ごすことを命じる」
「承知いたしました」
「――なっ。お父様!」
「お前は黙っていなさい」
一にも二にもなく了承した父に妹は反論しようとしましたが、逆に彼女をたしなめます。
「次に。長女であるナタリア・オーブリットを、息子のフォレックスの婚約者とする」
「……は。ナ、タリアをでしょうか?」
陛下からの驚きのお言葉に、父はぽかんとしながら私と殿下を交互にご覧になります。
「ああ。婚約者に裏切られた同じ境遇の者同士が慰め支え合い、惹かれ合ったという筋書きだ。まあ、それでも不名誉だがな。そなたの長女は品行方正で聡明な女性らしいな。王家に迎えるにあたって品格もふさわしい。それに王太子の婚約者とすれば、オーブリットの名も保たれる。違うか?」
「そ、そうですが。……いえ。その通りでございます。光栄に存じます」
父が陛下のお言葉に深く感謝して礼を取った後、私には見せたことがないような満面の笑みを私に向けた時、うつむいて沈黙していた妹がぶつぶつと何かを小さく呟きました。そして不意にがばりと顔を上げると。
「っけないで。――ふざけないで! こっ、の泥棒女がぁぁああっ! 舞台で輝けるほどの華やかさもない女のくせに!」
腕を伸ばして私につかみかかって来ようとしました。
私はとっさに反応できませんでしたが、上座におられたはずの殿下が素早く駆け付けて私の前に立ちはだかり、同時に弟が妹の腕をつかみます。
「止めろ、アリーナ姉さん!」
「離しなさいよ! 姉さまの忠犬ごときが私に逆らうんじゃないわよ! 私は、姉さまが大切にしているものを全部奪って踏みにじっていい立場の人間なのよ!」
「なっ」
「だから、姉さまが私から私のものを奪うなんて許せるわけな――」
その瞬間。
この部屋に平手打ちの高い音が響いたのです。
事情を知った両親は顔色を、青を取り越して真っ白にし、身を小さくしています。母は特に小刻みに震え、今にも倒れんばかりです。妹に至ってはただ立ち尽くしていました。
一方、王都へ急遽呼び戻された弟は、寄宿学校で心身共に鍛えられたのでしょうか。少し見ない内に立派な姿になっていました。突然の出来事で混乱に陥っている家族の中で唯一、動揺せずに落ち着いている彼は、こんな時まで私に穏やかに微笑みかけます。
常日頃から妹の性癖を懸念していた聡明な弟のことです。いずれ何か大きなことが起こるであろうことを悟っていたのかもしれません。そしてたとえ何かが起こっても私の味方でいようと思ってくれていたのかもしれません。
姉さんを守れるような男になって帰ってくるからと出て行った弟の言葉を思い出して、しんみりとしてしまいました。これまで何とか耐えることができたのは、弟の言葉があったからなのだと今になって思います。彼には感謝の気持ちしかありません。
「此度のこと、誠に遺憾に思う」
陛下は玉座の上からあらためて重く言葉を出されました。
「申し訳ございません。誠に申し訳ございません! 娘にはきつく、きつく言い聞かせますので、ど、どうか今一度、婚約破棄について再考願えないでしょうか」
「ならん」
頭を深く垂れる父に、陛下は静かに、けれど威厳を持って一言だけ述べられます。
陛下の横に座する殿下は呆れた表情を浮かべられており、恥ずかしい気持ちになりました。
「王家の顔に泥を塗ったこの娘をまだなお婚約者に据えろと申すか? 王家の面子を何たると心得る。そもそも此度の件は自ら爵位返上を申し出るに値する不敬行為ぞ」
「ま、誠に申し訳ありません!」
陛下のお言葉に父は驚きおののき、身を竦めます。
私の知っている父はこんなに小さなお方だったのでしょうか。
「だがオーブリット伯爵家は長き年月に渡り、王家に忠誠を誓い、尽くしてきた家系だと思っている。そしてこれから先も変わらぬと信じている」
「も、もちろんでございます、陛下!」
「一方で厳しい処分を下さんと王家の顔が立たぬ。それも分かるな?」
陛下が妹に視線を流されると、彼女はびくりと肩を震わせました。
片や父はお家断絶からは逃れられそうだと考えたのでしょう。顔をぱっと明るくします。
「は、はい! 陛下のおっしゃる通りにございます! どのような処分も受けさせていただきます!」
それは喜んで全ての責任を妹に取らせるということでしょうか。もちろん彼女が引き起こしたことではありますが、父は家の足を引っ張る彼女を……切り捨てるということでしょうか。
「そうか。では、アリーナ・オーブリットが二度と不貞行為を起こせぬよう、戒律が特に厳しい修道院で生涯過ごすことを命じる」
「承知いたしました」
「――なっ。お父様!」
「お前は黙っていなさい」
一にも二にもなく了承した父に妹は反論しようとしましたが、逆に彼女をたしなめます。
「次に。長女であるナタリア・オーブリットを、息子のフォレックスの婚約者とする」
「……は。ナ、タリアをでしょうか?」
陛下からの驚きのお言葉に、父はぽかんとしながら私と殿下を交互にご覧になります。
「ああ。婚約者に裏切られた同じ境遇の者同士が慰め支え合い、惹かれ合ったという筋書きだ。まあ、それでも不名誉だがな。そなたの長女は品行方正で聡明な女性らしいな。王家に迎えるにあたって品格もふさわしい。それに王太子の婚約者とすれば、オーブリットの名も保たれる。違うか?」
「そ、そうですが。……いえ。その通りでございます。光栄に存じます」
父が陛下のお言葉に深く感謝して礼を取った後、私には見せたことがないような満面の笑みを私に向けた時、うつむいて沈黙していた妹がぶつぶつと何かを小さく呟きました。そして不意にがばりと顔を上げると。
「っけないで。――ふざけないで! こっ、の泥棒女がぁぁああっ! 舞台で輝けるほどの華やかさもない女のくせに!」
腕を伸ばして私につかみかかって来ようとしました。
私はとっさに反応できませんでしたが、上座におられたはずの殿下が素早く駆け付けて私の前に立ちはだかり、同時に弟が妹の腕をつかみます。
「止めろ、アリーナ姉さん!」
「離しなさいよ! 姉さまの忠犬ごときが私に逆らうんじゃないわよ! 私は、姉さまが大切にしているものを全部奪って踏みにじっていい立場の人間なのよ!」
「なっ」
「だから、姉さまが私から私のものを奪うなんて許せるわけな――」
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この部屋に平手打ちの高い音が響いたのです。
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