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なぜ私を婚約者に? 不貞を起こした婚約者の姉を婚約者に?
わけが分かりません。
戸惑う私を前に殿下は苦笑なさいました
「実はああは言ったが、彼らの処分に困っていた。まず私には爵位を取り上げて家を取り潰す権限はないし、国王陛下といえども渋るだろう」
「え?」
王族の面子を潰されたのに渋る? 反逆行為、少なくとも不敬罪と取られて処分されることは間違いないと思っていましたが。
殿下はさらに続けます。
「王家が数ある貴族の一つぐらい潰すのは訳無いと思うかもしれないが、強硬的な圧政を見せつけることは別の貴族の反発を生みかねない。それに廃絶させた貴族の領地の分配などのことを考えると、また別のいざこざが生まれることはまず間違いない。面倒だ」
うちは広い豊かな土地と鉱山を持っていて、皆、喉から手が出るほど欲しがる地域です。廃絶したとなれば、貴族間で諍いが起こるのは火を見るよりも明らかなのでしょう。
「だからできればこちらとしても廃絶させる方向は避けたい。だが、当の二人は厳罰を下すにしても、君が私の婚約者となるのならば、婚約者の実家を残してやったという名目が立つだろう。君の元婚約者の侯爵家に関しても、君が泣いて私に縋ったとでも言えば温情をかけることができる」
元婚約者のために泣いて縋りたくないのですが。
私の嫌そうな表情を読み取られたようで、殿下はまた苦笑いなさいました。
「泣いて縋るという案は仮だ。別の理由を考えてもいい。それはひとまず置いて、この条件はどうだ? 私も助かり、君も助かる。互いに利益を享受できるだろう?」
殿下側とすれば、うちと婚約者の家の廃絶を回避することで、両家だけではなくその親戚筋にまで恩を売ることができ、かつ、他の貴族に対しても王家の温情というものを見せることができるということ。
私が想像しうるより、きっとその方が利益ははるかに大きいのでしょう。
「殿下のおっしゃることは分かりました。ですが、もう一つ問題があります」
「問題?」
「はい。わたくしは……あのアリーナの姉です。彼女の言う通り、私は嘘つき女で性悪の上を行く、したたかな悪女かもしれません」
「ほう? と言うと?」
殿下はぴくりと片眉を上げました。
「この度のこと、殿下と妹の婚約破棄までの流れのこと。もしかしたらわたくしが密かに企てたことかもしれませんよ」
家や家族のことなど本当はどうでもよくて、自分がどうなろうともよくて、後先考えぬまま、ただ長年の憎しみを晴らすために復讐を決行した。
真実はそうかもしれません。意図してやったわけではなくても、意識下で着々と進めていたのかもしれません。殿下の近くでわざとアリーナを探す素振りをしてみせたのかもしれません。
「なるほど。そうか。だとしたら――頼もしいな」
「は?」
不敵に笑う殿下に私は気抜けた返事をしてしまいました。
「陰謀渦巻く王宮だ。君の手腕がこれから役に立つだろう。悪女? 大いに結構。せいぜい私の役に立ってもらおうか」
「で、ですが、そんな思惑だけではのちのち後悔されることになりますよ。今回のように度々、婚約破棄や離婚騒動を起こしてしまえば、殿下の信用に関わります。もっとしっかりお考えになった方がよろしいかと」
「私の心配までしてくれるとはありがたいね」
一時の気の迷いだけで婚約者を決めようとなさっている殿下に危うさを感じて私は真剣に助言しているのですが、何だか茶化されていませんか?
「まあ、私としては君が悪女でもそうでなくてもいい。だが、私も君も元婚約者に報復することができるんだ。ここは一つ双方の利益のためにも手を組まないか?」
先ほどは婚約者になれと半強制的に命じたはずなのに、意外にも私の意思を尊重してくれる方のようです。
「分かりました」
「まあそういうわけで――よろしく」
「はい。何とぞよろしくお願いいたします」
手を差し伸べてくる殿下へ、私はスカートを広げて丁重に礼を取りました。
わけが分かりません。
戸惑う私を前に殿下は苦笑なさいました
「実はああは言ったが、彼らの処分に困っていた。まず私には爵位を取り上げて家を取り潰す権限はないし、国王陛下といえども渋るだろう」
「え?」
王族の面子を潰されたのに渋る? 反逆行為、少なくとも不敬罪と取られて処分されることは間違いないと思っていましたが。
殿下はさらに続けます。
「王家が数ある貴族の一つぐらい潰すのは訳無いと思うかもしれないが、強硬的な圧政を見せつけることは別の貴族の反発を生みかねない。それに廃絶させた貴族の領地の分配などのことを考えると、また別のいざこざが生まれることはまず間違いない。面倒だ」
うちは広い豊かな土地と鉱山を持っていて、皆、喉から手が出るほど欲しがる地域です。廃絶したとなれば、貴族間で諍いが起こるのは火を見るよりも明らかなのでしょう。
「だからできればこちらとしても廃絶させる方向は避けたい。だが、当の二人は厳罰を下すにしても、君が私の婚約者となるのならば、婚約者の実家を残してやったという名目が立つだろう。君の元婚約者の侯爵家に関しても、君が泣いて私に縋ったとでも言えば温情をかけることができる」
元婚約者のために泣いて縋りたくないのですが。
私の嫌そうな表情を読み取られたようで、殿下はまた苦笑いなさいました。
「泣いて縋るという案は仮だ。別の理由を考えてもいい。それはひとまず置いて、この条件はどうだ? 私も助かり、君も助かる。互いに利益を享受できるだろう?」
殿下側とすれば、うちと婚約者の家の廃絶を回避することで、両家だけではなくその親戚筋にまで恩を売ることができ、かつ、他の貴族に対しても王家の温情というものを見せることができるということ。
私が想像しうるより、きっとその方が利益ははるかに大きいのでしょう。
「殿下のおっしゃることは分かりました。ですが、もう一つ問題があります」
「問題?」
「はい。わたくしは……あのアリーナの姉です。彼女の言う通り、私は嘘つき女で性悪の上を行く、したたかな悪女かもしれません」
「ほう? と言うと?」
殿下はぴくりと片眉を上げました。
「この度のこと、殿下と妹の婚約破棄までの流れのこと。もしかしたらわたくしが密かに企てたことかもしれませんよ」
家や家族のことなど本当はどうでもよくて、自分がどうなろうともよくて、後先考えぬまま、ただ長年の憎しみを晴らすために復讐を決行した。
真実はそうかもしれません。意図してやったわけではなくても、意識下で着々と進めていたのかもしれません。殿下の近くでわざとアリーナを探す素振りをしてみせたのかもしれません。
「なるほど。そうか。だとしたら――頼もしいな」
「は?」
不敵に笑う殿下に私は気抜けた返事をしてしまいました。
「陰謀渦巻く王宮だ。君の手腕がこれから役に立つだろう。悪女? 大いに結構。せいぜい私の役に立ってもらおうか」
「で、ですが、そんな思惑だけではのちのち後悔されることになりますよ。今回のように度々、婚約破棄や離婚騒動を起こしてしまえば、殿下の信用に関わります。もっとしっかりお考えになった方がよろしいかと」
「私の心配までしてくれるとはありがたいね」
一時の気の迷いだけで婚約者を決めようとなさっている殿下に危うさを感じて私は真剣に助言しているのですが、何だか茶化されていませんか?
「まあ、私としては君が悪女でもそうでなくてもいい。だが、私も君も元婚約者に報復することができるんだ。ここは一つ双方の利益のためにも手を組まないか?」
先ほどは婚約者になれと半強制的に命じたはずなのに、意外にも私の意思を尊重してくれる方のようです。
「分かりました」
「まあそういうわけで――よろしく」
「はい。何とぞよろしくお願いいたします」
手を差し伸べてくる殿下へ、私はスカートを広げて丁重に礼を取りました。
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