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第14話 ※ティアナ視点(1):生まれと育ち
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私はティアナ・ルージュ。
平民でも下層の生まれだったが、働き者の父と優しい母、そして間もなく生まれてくる私のきょうだいの四人で慎ましくも穏やかな生活を送っていた。
その生活が一変したのは、山林で木を伐採中に事故で父が亡くなってしまったことがきっかけだ。妹の出産後、体調の優れない日々が続く母だったが、それでも私たちのためにと無理を押して働きに出た。
二年後、母は私とまだ甘えたい盛りの妹を残して逝ってしまった。……神様。どうかティアナとマリーをお守りくださいと、最期まで私たちを思う言葉を残して。
母は最期に祈ってくれたが、当然ながら神は私たちに生活できるだけのお金を与えてはくれなかった。
九歳に成長していた私は何とか雇ってくれる所を探し出し、その商家へと住み込みの奉公に出ることになる。しかし二歳の妹を抱えて仕事するわけにいかず、親戚に何度も頭を下げて懇願する。そこでお給金の九割以上を送ることを約束してようやく承諾してもらえた。
自分の村よりも生活基盤が発展した町にある奉公先の商家では、旦那様も奥様も従業者も良い方ばかりだった。仕送りしていることを知っている旦那様や奥様が親戚には内緒だよと、お給金とは別にお駄賃をもらったこともあった。
嬉しくなって、ついそのお駄賃で妹のおもちゃを買って送ったが、おもちゃを送るくらいなら金を送れと手紙が来たので、妹に何かを買ってあげられたのはその一度だけだ。
親戚に疎まれながらも時々お暇をもらっては帰郷しつつ、三年ほど経ったある日のこと。
「――えっ!?」
親戚から手紙が届いたのだが、そこには妹が難治性の病気にかかったと書かれてあった。治療費が必要だから、もっとお金を増やすようにとのことだ。
一方で金にうるさい親戚だ。もしかしたら増額させるための嘘ではないかと疑いを抱き、旦那様にお願いして急遽、故郷に戻ったことがある。しかし実際、黄ばんだシーツに寝かされていた妹は具合が悪そうだった。それでも私を見ると痩せこけた頬を緩ませて嬉しそうにする。
妹の手には、すっかり手垢で薄汚れてしまった私が送ったおもちゃが握られていた。
「叔母さん。妹をよろしくお願いいたします。お金はすぐに送りますので」
「まさかアンタ、あたしたちが嘘をついて金を送れと言ったとでも思って帰ってきたんじゃないだろうね。ふざけんじゃないよっ! こっちは親切に面倒を見てやっているというのに! 言っておくが病気の幼子は金がかかるんだ。足りない分はこっちが負担してやっているんだからね!」
家が以前より小綺麗になっていたような気がするが、叔母さんからきつく投げかけられた言葉に何も言い返せず、持っている全てのお金を送るので妹をよろしくお願いいたしますと頭を下げた。
幸い商家では一日二回まかないを食べさせてもらっている。自分の自由にできるお金はなくなってしまったが、苦しい思いをしている妹の治療のためならばと自分のことはつらいとは思わなかった。
そして一生懸命働けばお給金が上がることを知っていた私は、休みも惜しんでお仕えした。
しばらくそのままの生活が続くかと思われたが、ふた月程して親戚からまた手紙が届く。
親戚からの手紙で良いことが書かれていた試しがない。覚悟をしながら開けてみると、妹の病状が悪化したとある。治療費には今の倍の金額が必要だと。
三年お仕えしてお給金もそれなりに上がったが、今の倍など到底出してもらえるはずもない。でも送金できなければ妹は……。
私は商家を辞め、高級取りの職に就くことを決意する。
心配をかけるので、親戚が養ってくれることになったのだと言って私はそこを後にした。その足で向かって叩いた扉は――娼館だった。
私は十二歳だったが、男性のみに仕える職があることを知っていた。なぜなら母がその職に従事していたから。私たち子供のためにと必死でお務めしてくれていたから。今度は私が妹を守るために務める。
仕事場を移してからはお給金が大きく跳ね上がったが、それを知った親戚はわざわざ出向いてご主人様に直接徴収に来た。果てには前借りしに来ることもあった。
ご主人様も、私に自由な金を持たせなければ逃げられないだろうと考えていたのかもしれない。妹の様子を見たいので暇を欲しいと願い出ても、前借り分があるからと許可してくれず、むしろ途切れさせないように客を取らせ続けた。
「お、義叔父さん! 妹は、マリーはどうしていますか」
お給金日に、出入り口先でお金をもらいに来た義叔父さんを見つけ、慌てて駆け寄って捕まえると尋ねる。
「ああ!? 家にいるに決まっているだろうがよ。適切な医療を受けさせてやっているさ。何か文句でもあるのか」
「いえ。治療を受けているのならばいいんです」
「ああ。面倒を見てやっている俺たちのためにもせいぜい客にご奉仕しろよ。――あん? ふんっ。なかなか良いように育ってるじゃねえか」
客を取って久しい私だったが、私の腰へと腕を伸ばして手を這いずり、目を細めて舌なめずりする義叔父さんにぞっとして、ではよろしくと足早に奥へと戻った。
妹に会いたい。治療を頑張っている妹に会って励ましたい。
その思いだけが私を奮い立たせる。
けれどいつまでこの生活を続ければいいのだろう。
義叔父さんが前借りして借金が増え続けるばかりで私はこの館に囚われ続ける。
私はもう十六歳になっていた。
平民でも下層の生まれだったが、働き者の父と優しい母、そして間もなく生まれてくる私のきょうだいの四人で慎ましくも穏やかな生活を送っていた。
その生活が一変したのは、山林で木を伐採中に事故で父が亡くなってしまったことがきっかけだ。妹の出産後、体調の優れない日々が続く母だったが、それでも私たちのためにと無理を押して働きに出た。
二年後、母は私とまだ甘えたい盛りの妹を残して逝ってしまった。……神様。どうかティアナとマリーをお守りくださいと、最期まで私たちを思う言葉を残して。
母は最期に祈ってくれたが、当然ながら神は私たちに生活できるだけのお金を与えてはくれなかった。
九歳に成長していた私は何とか雇ってくれる所を探し出し、その商家へと住み込みの奉公に出ることになる。しかし二歳の妹を抱えて仕事するわけにいかず、親戚に何度も頭を下げて懇願する。そこでお給金の九割以上を送ることを約束してようやく承諾してもらえた。
自分の村よりも生活基盤が発展した町にある奉公先の商家では、旦那様も奥様も従業者も良い方ばかりだった。仕送りしていることを知っている旦那様や奥様が親戚には内緒だよと、お給金とは別にお駄賃をもらったこともあった。
嬉しくなって、ついそのお駄賃で妹のおもちゃを買って送ったが、おもちゃを送るくらいなら金を送れと手紙が来たので、妹に何かを買ってあげられたのはその一度だけだ。
親戚に疎まれながらも時々お暇をもらっては帰郷しつつ、三年ほど経ったある日のこと。
「――えっ!?」
親戚から手紙が届いたのだが、そこには妹が難治性の病気にかかったと書かれてあった。治療費が必要だから、もっとお金を増やすようにとのことだ。
一方で金にうるさい親戚だ。もしかしたら増額させるための嘘ではないかと疑いを抱き、旦那様にお願いして急遽、故郷に戻ったことがある。しかし実際、黄ばんだシーツに寝かされていた妹は具合が悪そうだった。それでも私を見ると痩せこけた頬を緩ませて嬉しそうにする。
妹の手には、すっかり手垢で薄汚れてしまった私が送ったおもちゃが握られていた。
「叔母さん。妹をよろしくお願いいたします。お金はすぐに送りますので」
「まさかアンタ、あたしたちが嘘をついて金を送れと言ったとでも思って帰ってきたんじゃないだろうね。ふざけんじゃないよっ! こっちは親切に面倒を見てやっているというのに! 言っておくが病気の幼子は金がかかるんだ。足りない分はこっちが負担してやっているんだからね!」
家が以前より小綺麗になっていたような気がするが、叔母さんからきつく投げかけられた言葉に何も言い返せず、持っている全てのお金を送るので妹をよろしくお願いいたしますと頭を下げた。
幸い商家では一日二回まかないを食べさせてもらっている。自分の自由にできるお金はなくなってしまったが、苦しい思いをしている妹の治療のためならばと自分のことはつらいとは思わなかった。
そして一生懸命働けばお給金が上がることを知っていた私は、休みも惜しんでお仕えした。
しばらくそのままの生活が続くかと思われたが、ふた月程して親戚からまた手紙が届く。
親戚からの手紙で良いことが書かれていた試しがない。覚悟をしながら開けてみると、妹の病状が悪化したとある。治療費には今の倍の金額が必要だと。
三年お仕えしてお給金もそれなりに上がったが、今の倍など到底出してもらえるはずもない。でも送金できなければ妹は……。
私は商家を辞め、高級取りの職に就くことを決意する。
心配をかけるので、親戚が養ってくれることになったのだと言って私はそこを後にした。その足で向かって叩いた扉は――娼館だった。
私は十二歳だったが、男性のみに仕える職があることを知っていた。なぜなら母がその職に従事していたから。私たち子供のためにと必死でお務めしてくれていたから。今度は私が妹を守るために務める。
仕事場を移してからはお給金が大きく跳ね上がったが、それを知った親戚はわざわざ出向いてご主人様に直接徴収に来た。果てには前借りしに来ることもあった。
ご主人様も、私に自由な金を持たせなければ逃げられないだろうと考えていたのかもしれない。妹の様子を見たいので暇を欲しいと願い出ても、前借り分があるからと許可してくれず、むしろ途切れさせないように客を取らせ続けた。
「お、義叔父さん! 妹は、マリーはどうしていますか」
お給金日に、出入り口先でお金をもらいに来た義叔父さんを見つけ、慌てて駆け寄って捕まえると尋ねる。
「ああ!? 家にいるに決まっているだろうがよ。適切な医療を受けさせてやっているさ。何か文句でもあるのか」
「いえ。治療を受けているのならばいいんです」
「ああ。面倒を見てやっている俺たちのためにもせいぜい客にご奉仕しろよ。――あん? ふんっ。なかなか良いように育ってるじゃねえか」
客を取って久しい私だったが、私の腰へと腕を伸ばして手を這いずり、目を細めて舌なめずりする義叔父さんにぞっとして、ではよろしくと足早に奥へと戻った。
妹に会いたい。治療を頑張っている妹に会って励ましたい。
その思いだけが私を奮い立たせる。
けれどいつまでこの生活を続ければいいのだろう。
義叔父さんが前借りして借金が増え続けるばかりで私はこの館に囚われ続ける。
私はもう十六歳になっていた。
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