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第13話 勝利に酔いしれる
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「この場で彼女と、ヴィオレーヌ・ランバルト公爵令嬢と正式に婚姻を結びたいと思います」
アルバート様は国王陛下と王妃殿下に宣言する。
「――お、おぉ! そうかそうか。それは喜ばしいことだ。……一瞬びっくりしたぞ。婚約解消などと言うから」
「申し訳ありません。久々のヴィオレーヌを前に緊張して」
「あらあら。格好がつかないこと。でもようやくね。おめでとう」
苦笑する陛下と喜色で祝福される王妃殿下を前に、アルバート様は私を見つめた。
「ずいぶんと待たせてしまい、本当に申し訳なかった。不安もいっぱいあっただろう。よく私を信じて待っていてくれた。ヴィオレーヌ、私と結婚してくれるね?」
笑顔でこちらへと手を差し出すアルバート様の手を私は。
「――はい」
取った。
「アルバート殿下、謹んでお受けいたします。この時を長く、とても長くお待ちしておりました」
「ありがとう、ヴィオレーヌ。愛している」
アルバート様はそう言って私を強く抱きしめた。
周りからは祝福の声と拍手が上がり始める。一方で私はティアナさんへと視線をやった。
彼女は何が起こったのかと茫然とした様子で突っ立ったままだ。
そうでしょうね。さぞかし驚かれたことでしょう。私も彼から話を聞かされた時は本当に驚いたのだから。
我知らず口角が上がる。
「ところで兄上のご様子は?」
アルバート様は私にだけ聞こえるように囁いた。
「はい。アルバート様のご指示通り、献身的にお仕えさせていただきました」
「そうか。ありがとう」
「ええ。アルバート様からお預かりしたお薬を、毎日ご服用されるところをきちんと見届けましたわ。ですからストラウス殿下はアルバート様をお出迎えに」
私はそこで言葉を切ってくすりと小さく笑いを落とす。
「――なっていないでしょう?」
「そうだな」
私たちはくすくすと小さく笑い合う。
アルバート様から渡された薬というのは、死に至らせるまでではないが紛れもない毒物である。薬として日常的に飲まされている物で、これまではアルバート様が手渡ししていたらしい。
ストラウス殿下が元気そうに見えるだなんて、全くのでまかせ。アルバート様が第一王位継承者の座を確実に手に入れるためには、ストラウス殿下に元気になってもらっては困るのだ。
……私が王太子妃に、ひいては王妃になるためにも、ね。
いくら策略だったとしてもアルバート様には頭にも来たし、おそらく彼女と体の関係も持ったとは思うが、王太子妃の座を確実に手に入れる方法を提示されてしまっては許すしかない。彼は本当に私の心を読んでいる。
静かに、けれど確かにふつふつとたぎる欲望を。頂点から人を見下ろしたいという野心を。
これから先も多少の邪な考えも、不埒な行為も目をつぶってもいい。
ただし、ティアナさんを側に置くことは許容できない。彼女は駄目だ。アルバート様は芝居だと言ったが、体は囚われていたと思う。いずれ心まで囚われかねない。
ゆえに真実を告白されたからと言っても、全面的に彼を信頼するのが怖かった部分はある。最終的に全ての罪を私にかぶせ、ティアナさんと一緒になるかもしれないという懸念は拭いきれなかったからだ。
そんな私の不安は彼も見抜いていた。だから運命共同体という愛の証として、彼は自分の部屋の鍵を私に渡した。
出立後、預かった毒物の一つを彼の部屋へ私自身に忍ばさせるためだ。もしアルバート様が裏切ったら、彼に命じられたと告白すれば王子とは言え、部屋を捜索されるだろう。
しかしそうはならなかった。
――私の勝ちよ、ティアナさん。
私はアルバート様から離れると、少し足を進めて彼女の前に立った。
彼女は青白い表情で見上げるので私は恭しく礼を取る。
「聖女ティアナ様。国をお救いいただいたこと、アルバート殿下をご無事に連れお戻りいただいたこと、わたくしからもお礼申し上げます」
本当に心よりお礼申し上げるわ。私のためにありがとう。
まあ、もしお二人が戦死されたとの報告があったら、私が取り寄せた解毒薬と回復薬に切り変えてストラウス殿下のご快復のお力添えをし、婚約者の座を射止めるつもりだったけれど。
……こんなことを私が考えるようになったのはあなたのせいよ、アルバート様。大いに反省してちょうだい。
「あ……」
「屈強な男性と混じり、女性単身でさぞかし過酷な日々をお過ごしのことだったでしょう。同じ女の身として心より敬服いたしますわ」
私も動いてこの手を汚した身だけれど、あなたはただの戦いの駒に過ぎなかった。使い道がなくなれば捨て置かれるだけのちっぽけな存在だったのよ。
そもそも啓示を受けた聖女とは言え、礼儀も口の聞き方一つ知らない無教養の愚民ごときがこの神聖なる王宮に足を踏み入れること自体、私は最初から疎ましく思っていた。
まして王室から厚くもてなされ、やんごとなきアルバート様からご寵愛を与えられるなど、私には到底受け入れ難かった。
たとえ王宮で入念に手入れされて美しく磨かれたとしても、体からにじみ出る卑しい身分の臭いは隠しきれなかった。どんな高級な香りを身にまとおうとも、卑俗さがそれを上回って私に移りそうな気がして、同じ空気を吸うのでさえ不愉快極まりなかった。息が詰まりそうで苦しかった。
「わたくしごときが戦場を語るなどおこがましくは存じますが、ティアナ様のご様子から戦況の激しさの一端が窺い知れます。今は上質な湯にごゆるりと浸り、しっかりお体をお休みいただければと存じます」
それに加えてまさか春までひさいでいたとは。いくら王宮の上質の湯と石鹸でもその汚れは落としきれないでしょうね。
ああ、おぞましいったら! 吐き気がするわ。
この事情を先に知っていたら、高貴なアルバート様の婚約者などなりえないと分かりきっていたのに彼は意地悪ね。
いえ。敵を騙すにはまず味方からっていうものだったのかしら。だとしたらアルバート様は怜悧狡猾ね。そんなあなたを愛しているわ、アルバート様。
何にせよ、卑しいあなたが王宮に入って国の大義ために仕えることができ、叶うはずもない壮大な夢をひとときだけでも見られたことをありがたく思うことね。
「そうだわ。アルバート殿下とわたくしが並ぶと絵になると、嬉しいことをおっしゃってくださったことがありましたわね。わたくしたちの結婚式にはぜひティアナ様もご参加いただきたいわ」
「……あ、あ、あ」
とどめの台詞を放つと、ようやく思考が追いついたティアナさんはつうと涙を頬に伝わせた。
身の程を知ったようね。
ざまあみなさい。下賤の身に似つかわしい絶望の淵に堕ちるその顔が見たかったのよ。
ずっとずっとこの時を待っていた。
――ああ、やっと気分がすっきりしたわ!
アルバート様は国王陛下と王妃殿下に宣言する。
「――お、おぉ! そうかそうか。それは喜ばしいことだ。……一瞬びっくりしたぞ。婚約解消などと言うから」
「申し訳ありません。久々のヴィオレーヌを前に緊張して」
「あらあら。格好がつかないこと。でもようやくね。おめでとう」
苦笑する陛下と喜色で祝福される王妃殿下を前に、アルバート様は私を見つめた。
「ずいぶんと待たせてしまい、本当に申し訳なかった。不安もいっぱいあっただろう。よく私を信じて待っていてくれた。ヴィオレーヌ、私と結婚してくれるね?」
笑顔でこちらへと手を差し出すアルバート様の手を私は。
「――はい」
取った。
「アルバート殿下、謹んでお受けいたします。この時を長く、とても長くお待ちしておりました」
「ありがとう、ヴィオレーヌ。愛している」
アルバート様はそう言って私を強く抱きしめた。
周りからは祝福の声と拍手が上がり始める。一方で私はティアナさんへと視線をやった。
彼女は何が起こったのかと茫然とした様子で突っ立ったままだ。
そうでしょうね。さぞかし驚かれたことでしょう。私も彼から話を聞かされた時は本当に驚いたのだから。
我知らず口角が上がる。
「ところで兄上のご様子は?」
アルバート様は私にだけ聞こえるように囁いた。
「はい。アルバート様のご指示通り、献身的にお仕えさせていただきました」
「そうか。ありがとう」
「ええ。アルバート様からお預かりしたお薬を、毎日ご服用されるところをきちんと見届けましたわ。ですからストラウス殿下はアルバート様をお出迎えに」
私はそこで言葉を切ってくすりと小さく笑いを落とす。
「――なっていないでしょう?」
「そうだな」
私たちはくすくすと小さく笑い合う。
アルバート様から渡された薬というのは、死に至らせるまでではないが紛れもない毒物である。薬として日常的に飲まされている物で、これまではアルバート様が手渡ししていたらしい。
ストラウス殿下が元気そうに見えるだなんて、全くのでまかせ。アルバート様が第一王位継承者の座を確実に手に入れるためには、ストラウス殿下に元気になってもらっては困るのだ。
……私が王太子妃に、ひいては王妃になるためにも、ね。
いくら策略だったとしてもアルバート様には頭にも来たし、おそらく彼女と体の関係も持ったとは思うが、王太子妃の座を確実に手に入れる方法を提示されてしまっては許すしかない。彼は本当に私の心を読んでいる。
静かに、けれど確かにふつふつとたぎる欲望を。頂点から人を見下ろしたいという野心を。
これから先も多少の邪な考えも、不埒な行為も目をつぶってもいい。
ただし、ティアナさんを側に置くことは許容できない。彼女は駄目だ。アルバート様は芝居だと言ったが、体は囚われていたと思う。いずれ心まで囚われかねない。
ゆえに真実を告白されたからと言っても、全面的に彼を信頼するのが怖かった部分はある。最終的に全ての罪を私にかぶせ、ティアナさんと一緒になるかもしれないという懸念は拭いきれなかったからだ。
そんな私の不安は彼も見抜いていた。だから運命共同体という愛の証として、彼は自分の部屋の鍵を私に渡した。
出立後、預かった毒物の一つを彼の部屋へ私自身に忍ばさせるためだ。もしアルバート様が裏切ったら、彼に命じられたと告白すれば王子とは言え、部屋を捜索されるだろう。
しかしそうはならなかった。
――私の勝ちよ、ティアナさん。
私はアルバート様から離れると、少し足を進めて彼女の前に立った。
彼女は青白い表情で見上げるので私は恭しく礼を取る。
「聖女ティアナ様。国をお救いいただいたこと、アルバート殿下をご無事に連れお戻りいただいたこと、わたくしからもお礼申し上げます」
本当に心よりお礼申し上げるわ。私のためにありがとう。
まあ、もしお二人が戦死されたとの報告があったら、私が取り寄せた解毒薬と回復薬に切り変えてストラウス殿下のご快復のお力添えをし、婚約者の座を射止めるつもりだったけれど。
……こんなことを私が考えるようになったのはあなたのせいよ、アルバート様。大いに反省してちょうだい。
「あ……」
「屈強な男性と混じり、女性単身でさぞかし過酷な日々をお過ごしのことだったでしょう。同じ女の身として心より敬服いたしますわ」
私も動いてこの手を汚した身だけれど、あなたはただの戦いの駒に過ぎなかった。使い道がなくなれば捨て置かれるだけのちっぽけな存在だったのよ。
そもそも啓示を受けた聖女とは言え、礼儀も口の聞き方一つ知らない無教養の愚民ごときがこの神聖なる王宮に足を踏み入れること自体、私は最初から疎ましく思っていた。
まして王室から厚くもてなされ、やんごとなきアルバート様からご寵愛を与えられるなど、私には到底受け入れ難かった。
たとえ王宮で入念に手入れされて美しく磨かれたとしても、体からにじみ出る卑しい身分の臭いは隠しきれなかった。どんな高級な香りを身にまとおうとも、卑俗さがそれを上回って私に移りそうな気がして、同じ空気を吸うのでさえ不愉快極まりなかった。息が詰まりそうで苦しかった。
「わたくしごときが戦場を語るなどおこがましくは存じますが、ティアナ様のご様子から戦況の激しさの一端が窺い知れます。今は上質な湯にごゆるりと浸り、しっかりお体をお休みいただければと存じます」
それに加えてまさか春までひさいでいたとは。いくら王宮の上質の湯と石鹸でもその汚れは落としきれないでしょうね。
ああ、おぞましいったら! 吐き気がするわ。
この事情を先に知っていたら、高貴なアルバート様の婚約者などなりえないと分かりきっていたのに彼は意地悪ね。
いえ。敵を騙すにはまず味方からっていうものだったのかしら。だとしたらアルバート様は怜悧狡猾ね。そんなあなたを愛しているわ、アルバート様。
何にせよ、卑しいあなたが王宮に入って国の大義ために仕えることができ、叶うはずもない壮大な夢をひとときだけでも見られたことをありがたく思うことね。
「そうだわ。アルバート殿下とわたくしが並ぶと絵になると、嬉しいことをおっしゃってくださったことがありましたわね。わたくしたちの結婚式にはぜひティアナ様もご参加いただきたいわ」
「……あ、あ、あ」
とどめの台詞を放つと、ようやく思考が追いついたティアナさんはつうと涙を頬に伝わせた。
身の程を知ったようね。
ざまあみなさい。下賤の身に似つかわしい絶望の淵に堕ちるその顔が見たかったのよ。
ずっとずっとこの時を待っていた。
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