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第五章

□豊穣の巫女の護衛7

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 魔力をブーツに、グローブに、服に流す。
 魔力の枯渇は気にしない、目の前に、魔力の源が居るのだから。

 魔力吸収ドレイン

 私に魔力を吸い取られているのに気付いたのか、魔物が距離を取ろうとする。
 ――させるわけがないだろう。



 あとになって、『黄金の流星』という二つ名を付けられることとなるなど知る由もなく。私は機動力を頼りに魔獣を翻弄し、そして倒した。

 事切れた魔獣の首に刺した剣を引き抜き、刃についた血を拭い顔を上げる。そして事切れた魔獣に片足を乗せ、呆然としている第一騎士団の面々を侮蔑するように見渡して口の端をあげた。

「第五でもこれだけやれるというのに、ご立派な第一の皆様は随分とおっとりとしていらっしゃる。一兵卒からやり直したほうがよいのではございませんか?」
「なっ、なにをっ! き、貴様っ、我らを第一騎士団と知ってのその言かっ!」

 気色ばむ年かさの騎士に、微笑みを向ける。

「先程、ご立派な第一と申し上げたでしょう? もちろんわかっておりますよ。わかっていないのは、貴殿らのほうだろう!」

 怒気に魔力を乗せて放つ。

 魔獣の使う威圧だが、コツを掴めば人の身でも容易くできる。吸い取りすぎた魔力を発散するのに丁度いいので、威圧を放ったまま騎士たちを睨め付ける。

 覿面に顔を引きつらせて後退りする騎士のだらしなさに、絶望感を感じる。

「まぁそう怒るな、アーバイツ」

 威圧をものともせずに私に近づいてきたジェンド団長が、親しげに私の名を呼び肩に手を置く。そして、呆然とする騎士たちを見回して人好きのする笑みを浮かべた。

「貴殿らの体たらく、しかと見せてもらった。兵卒まで落とすことはないが、血を吐く程度の訓練は課すことに決めたから、楽しみにしているといい。アーバイツ、君は目の毒だから、いい加減服を着なさい」
「お言葉ですが、服は着ております」
「いいから、着なさい」

 ちゃんとシャツは着ているというのに、頭から黒い巫女の長衣を被せられたので、諦めて動きにくいその服をもう一度着ようとしたとき、魔獣に片足を乗せていた不安定さからよろめいてしまった。

「う、わ……っ」
「おっと!」

 強い力で腰を引き寄せられ、かえって体勢を崩してしまい咄嗟に彼にしがみつく。そのせいで、彼諸共、転んでしまった。

「……っ!」

 目前に彼の顔があり、口の端同士が掠ってしまった。だが、まぁ事実は異なれど一応は男同士だ口付けしたわけでなし、なにも問題はあるまい。

「失礼致しました、いますぐ退きます」
「いや、こちらこそ、失礼した」

 お互い慌てることなく冷静に離れ、私は巫女の衣装を着て、彼は部下を指示して魔獣を片づける作業に入る。

 服を着付けて、ふと、どこからか不穏な気配がすることに気付いて視線を巡らせれば――居た。
 恨みがましい目でこちらを見る、シュラを発見した。彼のことだから、大人しく訓練をしているとは思わなかったが、まさか本当にまた私の仕事ぶりを見に来るとは思わなかった。

 そんなに私が信用ならないのか。

 腹の底から怒りがわき上がる。


 巫女がまだ目を覚ましていないのを確認し、近くにいたジェンド団長に断ってから、大股で真っ直ぐシュラへと向かう。

 木の陰の裏にしゃがみ込んでこちらを見ていた彼が、一瞬嬉しそうな顔をし、それから顔を引きつらせた。

 木の裏まで回り込んで正面からシュラを見下ろし、その顔の横に魔力で強度をあげた拳をたたき込む。


 ドゴッ……

「ひぃっ、壁ドンっ、いや立木ドンだドーン」

 鈍い音と共に木の幹が揺れる。たたき込んだ拳をシュラの顔の横に置いたまま、顔を寄せて微笑んだ。彼の顔が、引き攣ったまま赤くなる。

「私は君に命じたはずだな? 私が居なくても、訓練をしておきなさいと」
「あの、バルザクト様、えっと、そのっ」
「なぜここに居るんだ? ん?」

 彼の顎を指先ですくいあげ、反らそうとする視線を捕らえる。

 彼の顔がますます赤くなるが、逃がさない。

「そんなに私が頼りないか?」

 優しい声音で彼を追い詰めると、彼は赤い顔のままキッと私を睨んできた。

「注意したのに。ハプニングチューをしたのは、バルザクト様ではないですかっ」
「はぷにんぐちゅー? なんのことだ? う、わっ」

 木についていた手を取られ、一瞬で立場が入れ替わる。
 彼に覆い被さるように見下ろされる。その目は真剣で、男の顔をしていた。

「さっき、ジェンド団長と、転んだ拍子に口付けしたじゃないですか」
「口付けなどしていない。口の端はすこし当たったかもしれんが」

 説明した私に、彼の目が眇められ、彼の指先が私の唇を撫でる。

 ゾクリと背筋が震え、彼から目が離せなくなる。

「ここに、俺以外の唇が触れたんですか?」

 指が、すりっと口の端を擦る。

「本来なら、巫女と護衛騎士……そうか、いまのバルザクト様が巫女の格好で、ジェンド団長が護衛騎士だから、か? くそっ、強制力でもあるのか――」

 難しい顔をしながら独りごち、手慰みのように私の唇をなぞる彼の指に、隙を見て噛みついた。

「い……っ」
「いい加減にせんか」

 ついでに拳骨を彼の頭にくれてやると、彼はいつものように目に見えて大人しくなった。再度殴ろうと思っていた拳は下ろし、彼を押しのけて木の幹から体を離す。

「それで、お前はどうしてここに居るんだ。訓練はどうした」

 さすがに、訓練を抜けてきたのだとは思っていない、ここに来るということは何らかの理由があるのだろう。

「今回の魔獣の襲撃が、人為的なものである証拠を得たので、ジェンド団長へ報告――いてっ!」
「そんな重要事項があるならば、さっさと言わんか! 馬鹿者がっ!」

 頭を押さえるシュラの首根っこをひっつかみ、引きずってジェンド団長のもとまで連れて行く。
 こちらを見た彼が意味ありげに口の端をあげた。

「シュラじゃないか、どうした。捜し物は見つかったのか?」

 捜し物というのは一体……?

「はい、見つけて参りました。ですから約束の件、よろしくお願いいたします」

 見たことのない透明な袋に入ったなにかをジェンド団長に渡したシュラは、真面目な顔で深く頭を下げた。

 袋の中には、なにか固いものが入っているようだ。

「これがそうか」

 しげしげとそれを眺めて、袋の口を開けようとしたジェンド団長を、シュラが止める。

「一応ここでは開けないで下さい、壊れてはいないので、魔物を寄せてしまいますから」
「魔物を、寄せる?」

 そんな聞いたこともない。そんなものがあったら……大変じゃないか、下手をすれば戦争に利用することだってできると、深く考えずとも理解でき、背筋がゾッとした。

「大丈夫ですよ、バルザクト様。単品での威力ならたいしたことはありませんから、精々近くにいる魔獣を活性化させるくらいで」
「どこがたいしたことがないだ! そんな危険なものを、いったいどこで見つけてきた」

 私の言葉に、彼は何でもないことのように、近くにいた男からだと言った。

「大丈夫です、ボルテス団長がもうしょっ引いていきましたから。ジェンド団長、今回の件、ご配慮ありがとうございました。少々、予定と違うようでしたが」

 意味深なシュラの言葉に、ジェンド団長は人好きのする笑顔で肩を竦めた。

「臨機応変に対応した結果だと思って欲しい。昨日の今日で、第五に警備を任せたことを、褒めてくれてもいいのだぞ?」
「それは、感謝しています、けれどもっ」
「それよりも問題は、こんな町中に魔獣が出たことだ。幸い、人を寄せぬよう警備を敷いていたから、民への影響は少ないだろうが。二度とこのようなことがないように、元を潰さねばならん」

 潰す、に強い思いを込めて言うジェンド団長の意思に強さに、並々ならぬ決意を感じる。そして、第一騎士団の威信をかけて、今回の黒幕を掴んでみせると宣言した。

 先入観を持つのはよくないと思うが、豊穣の巫女の控え室に押し入ってきたあのご令嬢が怪しいと思えてしまう。先入観はよくないのだがな、どうしたって印象がよくない。

「合同演習の件だが、早い時期に予定を組もう。楽しみにしているといい」
「ありがとうございます」

 合同演習?

 さっきシュラが言っていた、ジェンド団長との約束というのがそれなのだろうか。
 二人の間で交わされる言葉に入らず、静かに控えている私に、ジェンド団長が意味深に視線を投げて、一癖ある笑みを浮かべた。

 これはやはり、第一と我が第五騎士団との合同演習なのだろうな。冷や汗が背筋を伝う。

「第一の団員も、今回の件でかなり奮起したのでな。手を抜かず、やらせてもらうぞ」

 奮起させてしまった自覚はあるが、精鋭部隊である第一に本気でかかられると、最底辺である我が第五は瞬殺されてしまうに違いないだろう……。

 遠い目をしている私に気付いているのかいないのか、シュラは長居するわけにもいかないからと、後ろ髪を引かれながら詰め所の方へと去った。

「君の従騎士は、中々面白いな」
「面識がおありだったのですね」


 私の質問に、彼はニヤリと笑って答えないまま、私に意識を失っている巫女エルティナの護衛を指示して、魔獣の処理に離れてしまった。
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