海のモグラ

蒼空 結舞(あおぞら むすぶ)

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《さようなら》

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 モグラの言葉を聞いてから海月は顔を一層険しくさせていた。だがモグラの言っていることは仕方がないのかもしれないということも承知していた。
 海月はなんとなく感じていたのだ。永遠などない、ということを。――必ず終わりは来る、と。それは良い意味でも悪い意味でも。
 それでも海月はモグラと離れることを恐れた。恐れたからこそ告げてしまう。
「モグラさん、そしたら俺。本当に死んじゃいますよ? 俺は感情を思い出したんですから」
「うん。広大な海からでしょ? 俺と最初に出会った広い広いあの海で」
 なんとなく意味ありげな雰囲気で話していくモグラに海月は涙が込み上げそうになる。モグラと過ごした楽しい日々を、自分を救って神たちから守ってくれた日々を。――すべてモグラから教わった楽しいという感情を。
 海月の両目から涙が溢れて落ちる。本当は別れたくない。別れてしまえば、モグラとは一生会えない、そんな気がしてならない。
 金の神に再びなって欲しいと告げたのは海月自身だ。でも、大切な人が離れ離れになるのなら、こんな感情など捨ててしまえば、戻さなければ良かったとさえ思う。
「俺は、いやっ、ですっ……、やっぱり、あのっ、嫌、です……――!」
 海月が嗚咽しながら涙を流した。するとモグラは悲壮な顔で、でも元気づけるように海月に寄り添う。
「なぁ海月、俺の言葉を聞いてくれ。いや、みんなに聞いて欲しい」
 火実や楓、そして海竜が察したように真剣な顔つきになった。それに合わせて三重や甲斐がどうしたのだろうかと皆を見る。モグラは言葉を続けた。
「海は広くて大きいでしょ? 俺はちゃ~んとそこに、いや、金の神に着任出来るかわからないけど、みんなそれぞれ海を経て、空の上から海月も三重も甲斐もみんなのこともちゃんと見ているよ」
「モグラ……さんっ!」
 だが次第にモグラが負けたように泣き出しそうな顔になってしまう。そして負けを認めた。
「あはっ、ごめん。本当はね、仁田さんたちにもちゃんと挨拶して天界に帰りたかったけどっ……、ごめん、やっぱり、無理だぁ……」
 モグラもとめどなく涙を流した。やはりそれぐらい人間界が惜しいのだろう。そして海月と別れるのが辛いのだろう。しかし、モグラが再び金の神になれば海の供物という制度などなくなるかもしれない。
 海月のように苦しむ人間が居なくなるかもしれない。だから海月は海の神である、海竜に視線を向けた。「海竜、――人間の姿になって」
 海竜は人間の姿になる。それはモグラと瓜二つの青年であった。三重や甲斐が驚いていると海月は泣きながらこのように告げた。
「俺は諦めませんっ! また、またっ、モグラさんや火実さん、楓たちのような神々や神々の隷属の方々と分け隔てなく仲良くなれるようなっ、海の供物なんて悲しい存在が出ないようにっ、……俺は、諦めませんっ!」
 太陽は西に傾いた。かと思えば、海月たちが居る部屋だけ眩い光へと包まれる。海月は感じ取った。これがお別れなのだと。しかしそれは三重や甲斐にもわかったようだ。
「どうしてなんだよっ! せめて、せめてっ親父たちにも会ってくれよっ!」
「帰るのなんてズルいですっ! お願いだから、せめて父さんたちに――」
「駄目だ、三重に甲斐」
 火実は鳴いたかと思えば海月は首肯した。「火実、――人間の姿に」火実は人間の姿となって三重や甲斐に近寄って抱き締めた。三重や甲斐は大男に抱かれているというのに、号泣するように泣き出す。火実は双子を名残惜しむかのように離したかと思えば、双子の頭に手を乗せた。
「俺たちはまた来る。いや、必ず来る。でも寂しくなったら海を見ろ。海は俺たちを繫げてくれるからな」
 その瞬間、海月の胸の中から金の輪っかが解き放たれた。輪っかになった光輪は宙へと彷徨わず、モグラの元へと宿り、――モグラの瞳が金色に輝く。それからモグラは呆然としている三人に向けて泣きながら笑うのだ。
「俺は海のモグラだ。海を見れば必ず会える。だからまた、また会おうっ!」
 その瞬間、人間の姿になっていた四人は光の輪に包まれて、――消失した。呆気ないほど眩い光に包まれて消えた四人に海月も三重も甲斐も言葉が出ずにいた。
 電話の着信音が鳴った。数コール鳴った後、留守番電話に移り変わる。仁田からだった。
『モグラから頼まれたけど、メシの用意できたぞ~。あと、ニワトリ……じゃなかった、火実と楓も――』
 最後の言葉まで聞けずに三人はなす術もなく泣き崩れていたのだ。
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