クスノキとアベリア

蒼空 結舞(あおぞら むすぶ)

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《クスノキ》

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 阿部 稔という名前を授けられ、戸惑うように白い瞳を深く青くさせたり白色にしたりの繰り返しをすれば、楠は悪戯に笑う。
「言っただろう? この日本という世界ではAB77-2005なんていう呼称は通用しない。お前、見た目は人間なんだから人間の名前をしておかないと怪しまれる。――それとも、改名でもするか?」
「それは……別に。大丈夫ですけど」
「じゃあ、ウツギだ。それで決定だな。……なかなか凝った名前が付けられて俺は嬉しいぜ」
「は……はぁ」
 嬉々として語る楠の心情が読めない。どういったニュアンスで名付けたのかと尋ねても、清々しい顔と香りで「植物に興味を持ったらわかるさ」の言葉で片付けられた。……意味がわからない。
(この人は、いったい……?)
 だがその前にも、自分の存在がなんなのかもわからない。
 自分の両手を伝って両脚を順次に見てから、自身の手に触れる。――冷たい。だがなにかが流れるような脈立つ音が聞こえてくる。
 余計に混乱してしまった。自分は機械ではないのだろうか。
 胸に手を当てるが人間ならあるはずの心臓の音が聴こえない。……濃淡な青は紺色に変わっていく。
「ウツギ、――不安なのか?」
 楠がコーヒーを飲みながらなにげなく呟いた言葉に、ウツギははっとした。紺色の色調がだんだんと薄くなっていき、「そうかもしれません……」情けない声を上げてしまう。すると楠はマグカップを置いてはウツギの右手を取って立たせた。
 がっしりしているががさついていて、でも男らしいごつごつした手に目を見張るウツギに楠は笑う。
「ちょっと来い」
 寄り添うように連れられて、二人は研究室から抜け出す。抜け出した先から数分歩いたところで、外に出て――ウツギはさらに白い瞳を薄い青い色に染めて「うわぁ」なんて言った。
 ビル街の合間にはたくさんの木々が垣間見えた。芝生ももちろんあるが、花を咲かせている高い木や、鋭い枝を持つ低い木。また見上げてしまうほどの巨木に目を見張り、すぅと匂いを嗅いでみる。
「草の自然な香りと、花の甘い香りがします。……心が穏やかな気持ちになります」
 心が穏やかなんて言ったが、自分のこの気持ちが合っているのかはわからない。ウツギは自分の気持ちにも自信がないそうだ。
 目を閉じては開いて、白色と青のコントラストを見届けた楠は――どうしてだが頭を撫でたのだ。すると逆にまた混乱に陥って今度は顔が熱くなる気がした。
「なに自分の気持ちに自信が持てねぇんだ。大丈夫。感じ取った気持ちこそ、お前の本来の気持ちだ」
 もっと自分に自信出せと言ってごつごつしていて、でも太陽のように温かい手のひらに身を委ねてしまう。「……気持ちいいです」少し呟けば、楠は少し驚いてにたりと笑んだ。
「なんだよ、せっかくいい場所に連れて行こうとしたのにさ~。……お前がそんな甘えた声で言うから、検診したくなっちまう」
「検診……ですか? でも俺、病気じゃないだろうし……」
「お前自身が自分を知らないんだから、俺が調べるんだ。なにせ俺は植物の医者でもあるんだぞ?」
 植物と関係性のあるお前に興味があるなんて告げられれば、ウツギは控えめにはぁ……と首を傾けた。
(この楠……さんって人は良い人なんだろうけれど、どうしてだが不思議だな)
 もっと見せたいところがあると手を引かれてついて行った先にウツギはふと感じたのだ。
 木々が生い茂っているところを順に周り、日本庭園を見て感激のあまり目を輝かせたどり着いた先は……ひときわ大きな木であった。
 地面に根を張っているのがわかるぐらいごつごつとしているが、その下は落ち葉がたくさん落ちている。隣で楠が「また掃除だわ……」と嘆いていた。
 そして香りでピンときた。――この香りは楠から香る香りだ。ツンとしていて、でも穏やかで清々したとても良い香り……その巨木に触れてみた。力強さと芯の強さ、――魂も感じられる。俺はここにいるぞと言っているようであった。
「すげぇだろ、この木。俺と漢字は違うが、くすのきって言うんだ。もう二千年以上もここに立って根を生やす……力強くて、頼りがいのある木だ。俺はそいつの面倒も見させてもらっている」
 楠もざらついた手で隆起したクスノキに手を触れる。すると余計にクスノキの匂いを感じられて、痺れるような感覚にウツギは陥った。
「おっと、……平気か?」
「あ、はい……」
 上体を仰け反らせ、崩れて落ちそうになったウツギの身体を支えた楠へ礼をしつつも、どうしても顔を凝視してしまう。 
 焼けた肌に少し糸目の瞳に片目が隠れていて、黒髪で硬質な髪色に……触れてみたいと願う。だから手を伸ばして、肌に触れてみた。肌はきめ細やかで触り心地が良い。
「おい?」
「……」
 そのまま髪にも触れた。髪はツンツンしていて硬めで、でもコシのある黒髪だ。だが無言で戯れているがゆえに、ウツギは瞳を水色にして丸くして「不思議……」なんて告げる。楠の方が不思議でならなかった。
「だって、こんなにも植物のことを考えてくれる人がこんな顔で髪をしているのだな、なんて思ったら……。なんだが急にこの木のお世話をしている楠さんっていいなって思っちゃったんです」
 正直な言葉で少し笑って言うと、楠はきょとんとした顔をしては恥ずかしそうに顔をすぼめ「検査するからな」そう告げたのであった。
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