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《検診》
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再び研究室へと戻り、ウツギは楠に検診をされる羽目になった。カットソーの服を脱いで半裸の上体で楠に聴診器を当てられる。
だが案の定、胸の音は聞こえないようだ。しかし、さらさらと流水音のような心地の良い音が聴こえてくる。――それは、大学の講師かつ樹木医などで培われている楠には聞き馴染みのある音であるようで。
「血液か水が流れているのか……。まぁ、お前が覚えていなくとも、俺はお前が草木で捨てられていたからな。しかもその草木から、身体を修復させていた光景は目に焼き付いているぜ」
「俺が、――植物にですか?」
「あぁ。つまりお前はただの機械ではない可能性が高い。語弊が産まれるとまずいから”ネイチャードール”と俺が勝手に命名しよう。……植物人間なんて言ったら、教育委員会に怒られそうだし、植物や人間への冒涜だからな」
硬質な髪をガシガシと掻いてカルテに書き込んでいく楠に、ウツギは”ネイチャードール”という自分の存在の理解に苦しんだ。
おそらく人間のように心臓の音がないから人間にはできなかったのだろう。機械の割には匂いなどに敏感だからできなかったのだろう。――でも、人形もそうではないのだろうか。
「あの、楠さん」
「なんだ、急に。あとお前、舌出してみろ。さっき熱いコーヒーを一気飲みしたから火傷しただろう」
「痛くありませんから大丈夫です」
「そんなこと言うな。火傷もひどい場合は化膿するんだから、舌出せ」
楠がしつこく言うものなので、ウツギが口を開いて出してみた。――楠の瞳が丸くなる。ウツギの薄ピンクの舌は腫脹もせず、赤みも伴うこともないからだ。
さすがに驚いたので楠は手元にあるスプーンを使って調べながら質問していく。
「痛くはないか?」「気持ち悪さはないか?」「スプーンの感触はあるか?」
ウツギはそれらの問いかけに答えていくが、初めの痛みに関してのものは「わかりません」なんて告げたのだ。
痛みがないというのは人間として生きていくためには必要な感覚だ。危険を察するために重要なのだから。
しかしウツギは自分が命名した”ネイチャードール”。植物はストレスには弱いが――痛みを逃れる術ができない。
楠はどうにかして痛みという実感をウツギに湧いて欲しかった。ウツギの見た目は人間なのだから人間として生きていく道もある。
ただ、痛みという危険察知能力にも長けなければ、この人間界に居るのはかなり難しい。
楠は考える。長考する。――ウツギがぼんやりと無垢な表情で見つめる姿を逸らして思考に励む。
指を紙で切るというのも試してはみたいが、彼は正体不明の”ネイチャードール”。指で紙を切る行為に痛みを発するというのも、それはそれで違うような気がする。
そういえば――楠はウツギの白い左目を見てやってみたいことが決まった。
そしたら即行動だ。
「ウツギ、今から俺はお前に混乱させて屈辱的な気持ちにさせる。それはお前に知って欲しい痛みとは違うが、痛みと共に起こる気持ちだ」
ウツギの目の前に端正な顔立ちの男が立ちはだかり、顎をすくい上げ――唇に触れた。ウツギの白い左目が青くなったかと思えば水色になる。ただ、それだけではない。わざと音を鳴らし、呼吸を乱れさせ、口内を蹂躙していく。
ウツギの口の中は普通の人間よりも程よく冷たかった。――唇をゆっくりと離し、銀糸を垂らして目を充血させるウツギへ楠は自嘲気味に笑う。
「これが痛みに関係する反応の種類だ。苦しい、疲れるし……気持ちが悪いだろう。覚えておけ。もう、お前にそういうのしないから安心しろ」
楠にとっては手慣れたキスではあったがこの青年には早すぎたのかもしれない。目頭を熱くさせて左目も困惑をするように白と青のコントラストを描いていく。
……申し訳なかったなと思って、口直しにコーヒーではなくて冷たいココアでも淹れようとした時「わからない」ウツギはそう言った。
「楠さんにさっきの行為をされたとき、驚いたしよくわからなかったし、びっくりしたし、苦しかったし。変な気持ちになったし、頭が破壊されそうなほど衝撃は受けたし――」
「わかった、お前が動揺しているのはよくわかった。だからもうしないって」
「それは嫌です」
「……は?」
なに言っていんの? という楠へウツギは瞳を白から水色に変えて、爛々にしていたのだ。
「ああいう行為をすれば、俺は自分自身がわかるような気がします。だからもっと教えてください! 俺、自分がどういう存在なのか。――ネイチャードールがなんなのかを知りたいんです」
違った意味で勉強熱心すぎるウツギに楠は予想だにしていないので頭を抱えた。ドン引きの覚悟でキスを奪ってしまったのだが、このネイチャードールには通用せず逆に勉学だと思ったようだ。
そういえば植物はメスオスもあるが、メスがオスにもオスがメスにも……つまり、同性婚でも種子を作り出せる。
楠は頭で否定をした。研究者として興味はあるが、さすがにそういった感情でウツギが動くはずはないと。
だがウツギや自分の勉強のためにも、いや、ウツギのこれからのためにも色んなことに触れさせてやりたいな、と親心のように思う自分がそこに居たのだ。
「じゃあさウツギ。俺はお前にそういった教育もしてやる。でもそれだけじゃお前のネイチャードールとして、人間として人生を歩めない」
だからと言って楠はウツギの額に手を添え、笑いかけたのだ。
「お前は俺の助手としてここで働くんだ。自分の未来のために。――生きるために」
白い眼をさらに白くさせ、頬を赤らめて首肯した。
ウツギの人間として学ぶ生活が始まるのだ。
だが案の定、胸の音は聞こえないようだ。しかし、さらさらと流水音のような心地の良い音が聴こえてくる。――それは、大学の講師かつ樹木医などで培われている楠には聞き馴染みのある音であるようで。
「血液か水が流れているのか……。まぁ、お前が覚えていなくとも、俺はお前が草木で捨てられていたからな。しかもその草木から、身体を修復させていた光景は目に焼き付いているぜ」
「俺が、――植物にですか?」
「あぁ。つまりお前はただの機械ではない可能性が高い。語弊が産まれるとまずいから”ネイチャードール”と俺が勝手に命名しよう。……植物人間なんて言ったら、教育委員会に怒られそうだし、植物や人間への冒涜だからな」
硬質な髪をガシガシと掻いてカルテに書き込んでいく楠に、ウツギは”ネイチャードール”という自分の存在の理解に苦しんだ。
おそらく人間のように心臓の音がないから人間にはできなかったのだろう。機械の割には匂いなどに敏感だからできなかったのだろう。――でも、人形もそうではないのだろうか。
「あの、楠さん」
「なんだ、急に。あとお前、舌出してみろ。さっき熱いコーヒーを一気飲みしたから火傷しただろう」
「痛くありませんから大丈夫です」
「そんなこと言うな。火傷もひどい場合は化膿するんだから、舌出せ」
楠がしつこく言うものなので、ウツギが口を開いて出してみた。――楠の瞳が丸くなる。ウツギの薄ピンクの舌は腫脹もせず、赤みも伴うこともないからだ。
さすがに驚いたので楠は手元にあるスプーンを使って調べながら質問していく。
「痛くはないか?」「気持ち悪さはないか?」「スプーンの感触はあるか?」
ウツギはそれらの問いかけに答えていくが、初めの痛みに関してのものは「わかりません」なんて告げたのだ。
痛みがないというのは人間として生きていくためには必要な感覚だ。危険を察するために重要なのだから。
しかしウツギは自分が命名した”ネイチャードール”。植物はストレスには弱いが――痛みを逃れる術ができない。
楠はどうにかして痛みという実感をウツギに湧いて欲しかった。ウツギの見た目は人間なのだから人間として生きていく道もある。
ただ、痛みという危険察知能力にも長けなければ、この人間界に居るのはかなり難しい。
楠は考える。長考する。――ウツギがぼんやりと無垢な表情で見つめる姿を逸らして思考に励む。
指を紙で切るというのも試してはみたいが、彼は正体不明の”ネイチャードール”。指で紙を切る行為に痛みを発するというのも、それはそれで違うような気がする。
そういえば――楠はウツギの白い左目を見てやってみたいことが決まった。
そしたら即行動だ。
「ウツギ、今から俺はお前に混乱させて屈辱的な気持ちにさせる。それはお前に知って欲しい痛みとは違うが、痛みと共に起こる気持ちだ」
ウツギの目の前に端正な顔立ちの男が立ちはだかり、顎をすくい上げ――唇に触れた。ウツギの白い左目が青くなったかと思えば水色になる。ただ、それだけではない。わざと音を鳴らし、呼吸を乱れさせ、口内を蹂躙していく。
ウツギの口の中は普通の人間よりも程よく冷たかった。――唇をゆっくりと離し、銀糸を垂らして目を充血させるウツギへ楠は自嘲気味に笑う。
「これが痛みに関係する反応の種類だ。苦しい、疲れるし……気持ちが悪いだろう。覚えておけ。もう、お前にそういうのしないから安心しろ」
楠にとっては手慣れたキスではあったがこの青年には早すぎたのかもしれない。目頭を熱くさせて左目も困惑をするように白と青のコントラストを描いていく。
……申し訳なかったなと思って、口直しにコーヒーではなくて冷たいココアでも淹れようとした時「わからない」ウツギはそう言った。
「楠さんにさっきの行為をされたとき、驚いたしよくわからなかったし、びっくりしたし、苦しかったし。変な気持ちになったし、頭が破壊されそうなほど衝撃は受けたし――」
「わかった、お前が動揺しているのはよくわかった。だからもうしないって」
「それは嫌です」
「……は?」
なに言っていんの? という楠へウツギは瞳を白から水色に変えて、爛々にしていたのだ。
「ああいう行為をすれば、俺は自分自身がわかるような気がします。だからもっと教えてください! 俺、自分がどういう存在なのか。――ネイチャードールがなんなのかを知りたいんです」
違った意味で勉強熱心すぎるウツギに楠は予想だにしていないので頭を抱えた。ドン引きの覚悟でキスを奪ってしまったのだが、このネイチャードールには通用せず逆に勉学だと思ったようだ。
そういえば植物はメスオスもあるが、メスがオスにもオスがメスにも……つまり、同性婚でも種子を作り出せる。
楠は頭で否定をした。研究者として興味はあるが、さすがにそういった感情でウツギが動くはずはないと。
だがウツギや自分の勉強のためにも、いや、ウツギのこれからのためにも色んなことに触れさせてやりたいな、と親心のように思う自分がそこに居たのだ。
「じゃあさウツギ。俺はお前にそういった教育もしてやる。でもそれだけじゃお前のネイチャードールとして、人間として人生を歩めない」
だからと言って楠はウツギの額に手を添え、笑いかけたのだ。
「お前は俺の助手としてここで働くんだ。自分の未来のために。――生きるために」
白い眼をさらに白くさせ、頬を赤らめて首肯した。
ウツギの人間として学ぶ生活が始まるのだ。
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