クスノキとアベリア

蒼空 結舞(あおぞら むすぶ)

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《嫌だ》

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 百日紅と和解をして帰ってくる頃には、目木と黒鉄が数冊の本を開きながらも二人に目が行ってニヤついていた。……特に百日紅に。
「さっちゃん、また告白して振られたの~? その割には晴れ晴れとしているじゃん」
 目木がニヤつきながら飲み物を飲んでいた。ふわりと香るジャスミンの香りに「ジャスミンティーですね!」少しウツギが興奮気味な顔をしている。
 しょげている百日紅をよそに黒鉄に冷たいジャスミンティーを要求する、あっけらかんとしたウツギへ目木も黒鉄も笑っていたのだ。
「なんだよ~。うーちゃんが人に頓着しないから、さっちゃんも諦めたんだ」
「まぁそういうわけよ。でも姫とは呼ばせてもらうし、友人で仲間だからな。……それだけでも幸せだ」
「さっちゃん、……マジでイイ男だな。――あっ、うーちゃん! 紙パックから一気飲みすんな! はしたない!」
 黒鉄が子供をあやすように紙パックに口を付けて飲んでいるウツギを叱り、マグカップに注いだ。「……姫との間接チュー」ふと顔を蒸気させる百日紅に、目木は気づかないふりをしたのだ。
「さて、仲間も団結したことだし……。やっていくよ! チューリップの謎を」
 拳を上げた色男こと、目木が皆に指令を下す。
「俺とクロは引き続き本の解析……ってしたいけれど、ありとあらゆる手段で球根を観察するよ。さっちゃんとうーちゃんが本で調べてまとめておいて。俺たちは観察し終わったら手伝うから。――異論は認めない」
 指揮をする目木はかっこよさもありウツギはジャスミンティーを飲みながら「お~!」と拳を掲げた。子供のようなウツギは可愛らしいのか、黒鉄が頭を撫で百日紅は頬を赤く染めている。――果たして百日紅がウツギを諦めているのか、目木は心配にはなるが、それよりも謎の解明だ。
 しかしここでウツギがぷはっと飲み干してから首を傾げた。
「でも、どうしてネットとかスマホ使わないんですか? そっちの方が早そうだし……」
 アジサイの謎の時から思っていたこと。――それは本などの資料を使って調べるというものだ。どうしてそんな面倒なことをするのかがウツギにはわからない。
 そんな彼の質問を待っていましたかのように、目木は自信ありげな顔をした。
「本だけじゃなくて聞き込みだってするよ。もちろんネットを使うこともあるけれど、探偵は自分の力で調べるじゃん」
 ――自分の力で調査をするからかっこいいんだよ。
 その顔立ちは自身に満ち溢れ爽快な様子であった。

「えっと、チューリップは別名……う、うつ?」
鬱金香うこんこうだぜ、姫。ちなみにユリ目ユリ科チューリップ属だな」
「ありがとう、さっちゃん。――でも、ユリ目とかユリ科とかその時点でわからないな~。調べておかないと……」
「俺を使っても良いのに」
「メギ君が自分の力で見つけた方がかっこいいって言うからさ。――俺も見習わないと」
「そっか……」
 寂しげな様子の百日紅に構わず、ウツギは調べていく。
 目や科というのは植物や生物の分類らしい。つまり属もだ。そのなかでユリと酷似しているのだが、属でチューリップと断言しているので、だからチューリップなのだと判明した。
 また多年草という種類で一年が咲いてもまた生えてくる種類らしい。
 ……だったら余計に不思議だ。一年咲いてもまた生えるというのならば、絶対に花が咲くに決まっている。
「じゃあ、どうして咲かないのかな?」
「日当たりも良かったらしいしな。水をあげすぎたり、逆にやらなかったり、肥料の問題もあるのか?」
 水や肥料という言葉にウツギは惹かれたのでどういうことだと尋ねれば「草木は三要素の肥料や水によっても変わるんだよ」少し自慢げな顔をした。
「植物には三大栄要素があってな。それが窒素とリンとカリっていう三要素なんだ。でも花にはリンを多めに入れておかないと咲きづらいし、大根なんかの根がある奴にリンを多めに入れても育たない。植物の種類によって分けるんだぜ」
 すらすらと言い放つ百日紅に「さっちゃんすごいね~」とウツギが拍手をすれば、頬を染めて頭を掻いていた。ついでに鼻の下も伸ばしている。
「いや~こんなの植物学を専攻していたら序の口だぜ……って、先生は姫には教えないのか?」
「う、うん。植物園の雑草抜きとか落ち葉拾いはやっているけれど」
「ふ~ん……、じゃあ先生が講師の傍らで庭師として働いているのも知らないか?」
 驚愕であった。まさか植物園の職員かつ講師で庭師まで兼任していたとは思わなかった。
(どうして……?)
 だが百日紅は思い出したように顔を上に向ける。
「しかも最近の庭師は自宅にあがって茶でも出されない世の中なのに、先生はいつも室内で茶でも啜ってまどろんでいるな~。教授がぼやいていたよ『楠は顔が良いし優しいから誰にでも好かれるんだ。羨ましい』ってさ」
「そっ、そっか……、ふ~ん……」
 じくりとなにかが痛む。あるはずのない心臓ができたかのように、なにかが突き刺さる。
(なんか、嫌……。楠さんは俺にしか優しくしないのに)
 だが百日紅は実直さゆえに鋭利な刃物で突き刺した。
「そういえば今日は噂で言っている豪邸の庭の手入れだったな~。――そこのお嬢様、先生のこと狙っているんだろうな」
 まぁ俺には関係ないけどよ、そう言ってチューリップについて調べていく百日紅にウツギは嫌な予感がした。
 ……楠さんが奪われたらどうしよう。
 ……楠さんに診てもらえなくなったらどうしよう。
 ――楠さんにキスされなくなったらどうしよう。
 居ても立っても居られなかった。
「さっちゃん、その豪邸ってどこ? ――俺行ってくる!」
「姫? あぁ、それは無理だな。だって車で三時間のド田舎だしさ」
「それでも行く。……すごく心配だから」
 今にも乗り込んで駆けだそうとしているウツギに、百日紅は心配の念を抱いて「待ちなよ、姫!」腕を強く掴まれた。
「あ~、成果なし~ってあれ? なんか喧嘩してんの?」
「してねぇわっ!!!」
 目木と黒鉄が参入したことでウツギは暗い顔色のまま、チューリップの謎を解明していくのだ。
 深い青に苛まれたウツギは楠に会いたくて仕方がないのだ。
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