2 / 3
百年戦争とニーズヘッグ
大龍
しおりを挟む20時間前。
かつて聖戦で刃を交えた大魔術師マーリンから連絡を受け、グランツ=レーベルは城に向けて王都の騒がしい道を歩いていた。
早朝にも関わらず活気に満ちた市場は故郷のものとは大違いで、カラスのように真っ黒なローブを纏った彼は酷く浮いている。それでも果物売りから小ぶりの林檎を投げて寄越されたり、女主人から挨拶される程度には受け入れられていた。
城門でローブを脱いで守衛に訳を話すと、すぐにマーリンに取り次がれた。よくもまあこんなに警戒せずに入れてしまうな、と内心呆れ返る。マーリンと同じく不老不死であるグランツからしてみれば、聖戦終結後の100年間など吹けば飛ぶような時間だった。たったそれだけの間隔を空けただけで、どうして相手が敵でないと思えるのか。あの女の考えることは分からない。女....の筈だがたまに男だったりするあたり、本当に理解に苦しむ。アーサーとかいう側近は心労が絶えないことだろう。
悶々と考えを巡らせるうち、気付けば目的地に着いていた。ノックもせずに重い扉を開くと、広い部屋の最奥の玉座に大魔術師が座っている。
「遅かったね。待ちくたびれたぞー?」
「その割に上機嫌だな」
くすくすと笑う彼女を一瞥し、腰の剣の柄を軽く撫でてグランツは短く訊いた。
「何の用だ」
マーリンが軽い笑い声をぴたりと止める。
「戦が終わって100年....厳密には103年と少しだけど、何か心当たりは?」
「ねえよ。俺の故郷じゃ大龍ニーズヘッグが目を覚ますって伝説があるが、所詮噂話だ」
玉座から返事はない。気味の悪い沈黙。冬の冷えた空気が嫌な予感を掻き立てる。
「........おい、まさか」
「そのまさかだよ。ニーズヘッグが昨日の深夜に覚醒した。恐らく正午には外に出てくる。うちからは既に聖騎士団の分隊を各地に送ったけど、間に合うかどうか」
「並み居る騎士でアレに太刀打ちできるわけねぇだろ。無駄な犠牲を出すのはお前が一番嫌がるだろうが」
「だからキミを呼んだ」
じろりと睨まれても動じずにマーリンは続ける。
──龍が王都上空を通る前にキミとこちらの部隊で可能な限り弱らせる。その間に私が奴の神経系に干渉して完全に動きを封じるから、あとは動力源になっている心臓を壊せば暫くは安心だよ、と。
思っていた以上に単純で無謀な作戦だ。グランツは大きな溜息をつき、再び玉座へ抗議の視線を向けた。
「何だいグランツ?私を疑ってる?聖戦でキミに同じようにしたこと、忘れたの?」
「忘れるかよ、あれは二度とごめんだ........。問題なのはその前だろ」
そう。弱らせると一言で言っても、異常な大きさに成長したニーズヘッグの体力がどれほどかも全くわからないのだ。相手の戦力も判らないうちから兵をがむしゃらに投入するのは賢いとは言い難い。そしてマーリン自身もそれを理解しているはず。更に以前の敵であった自分が先導するともなれば、滞りなく作戦が進むわけがないのに。
「まぁ....なんだ、その辺りはほら、私と互角に渡り合ったキミのことだからね?信頼の証というやつだよ」
ああ、わかってる。グランツは自分の足元に向けてそう呟くと、踵を返して扉を開けた。
「治世者のお前が死にでもしたら俺の故郷まで駄目になるんだ。それだけは避けないとな」
マーリンは満足気に微笑み、彼の姿が見えなくなると目を瞑った。
「さて。“遺産”の方はどうなるかな.......」
0
あなたにおすすめの小説
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
【完結】精霊に選ばれなかった私は…
まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。
しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。
選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。
選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。
貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…?
☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ちゃんと忠告をしましたよ?
柚木ゆず
ファンタジー
ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私フィーナは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢アゼット様に呼び出されました。
「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」
アゼット様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は最愛の方に護っていただいているので、貴方様に悪意があると気付けるのですよ。
アゼット様。まだ間に合います。
今なら、引き返せますよ?
※現在体調の影響により、感想欄を一時的に閉じさせていただいております。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
