LiSa -調合士と龍の呼び声-

望月師走

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百年戦争とニーズヘッグ

大龍

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20時間前。


かつて聖戦で刃を交えた大魔術師マーリンから連絡を受け、グランツ=レーベルは城に向けて王都の騒がしい道を歩いていた。
早朝にも関わらず活気に満ちた市場は故郷のものとは大違いで、カラスのように真っ黒なローブを纏った彼は酷く浮いている。それでも果物売りから小ぶりの林檎を投げて寄越されたり、女主人から挨拶される程度には受け入れられていた。

城門でローブを脱いで守衛に訳を話すと、すぐにマーリンに取り次がれた。よくもまあこんなに警戒せずに入れてしまうな、と内心呆れ返る。マーリンと同じく不老不死・・・・であるグランツからしてみれば、聖戦終結後の100年間など吹けば飛ぶような時間だった。たったそれだけの間隔を空けただけで、どうして相手が敵でないと思えるのか。あの女の考えることは分からない。女....の筈だがたまに男だったりするあたり、本当に理解に苦しむ。アーサーとかいう側近は心労が絶えないことだろう。
悶々と考えを巡らせるうち、気付けば目的地に着いていた。ノックもせずに重い扉を開くと、広い部屋の最奥の玉座に大魔術師が座っている。
「遅かったね。待ちくたびれたぞー?」
「その割に上機嫌だな」
くすくすと笑う彼女を一瞥し、腰の剣の柄を軽く撫でてグランツは短く訊いた。
「何の用だ」
マーリンが軽い笑い声をぴたりと止める。
「戦が終わって100年....厳密には103年と少しだけど、何か心当たりは?」
「ねえよ。俺の故郷じゃ大龍ニーズヘッグが目を覚ますって伝説があるが、所詮噂話だ」
玉座から返事はない。気味の悪い沈黙。冬の冷えた空気が嫌な予感を掻き立てる。
「........おい、まさか」
「そのまさかだよ。ニーズヘッグが昨日の深夜に覚醒した。恐らく正午には外に出てくる。うちからは既に聖騎士団の分隊を各地に送ったけど、間に合うかどうか」
「並み居る騎士でアレに太刀打ちできるわけねぇだろ。無駄な犠牲を出すのはお前が一番嫌がるだろうが」
「だからキミを呼んだ」
じろりと睨まれても動じずにマーリンは続ける。
──龍が王都上空を通る前にキミとこちらの部隊で可能な限り弱らせる。その間に私が奴の神経系に干渉して完全に動きを封じるから、あとは動力源になっている心臓を壊せば暫くは安心だよ、と。
思っていた以上に単純で無謀な作戦だ。グランツは大きな溜息をつき、再び玉座へ抗議の視線を向けた。
「何だいグランツ?私を疑ってる?聖戦でキミに同じようにしたこと、忘れたの?」
「忘れるかよ、あれは二度とごめんだ........。問題なのはその前だろ」
そう。弱らせると一言で言っても、異常な大きさに成長したニーズヘッグの体力がどれほどかも全くわからないのだ。相手の戦力も判らないうちから兵をがむしゃらに投入するのは賢いとは言い難い。そしてマーリン自身もそれを理解しているはず。更に以前の敵であった自分が先導するともなれば、滞りなく作戦が進むわけがないのに。

「まぁ....なんだ、その辺りはほら、私と互角に渡り合ったキミのことだからね?信頼の証というやつだよ」
ああ、わかってる。グランツは自分の足元に向けてそう呟くと、踵を返して扉を開けた。
「治世者のお前が死にでもしたら俺の故郷まで駄目になるんだ。それだけは避けないとな」
マーリンは満足気に微笑み、彼の姿が見えなくなると目を瞑った。
「さて。“遺産”の方はどうなるかな.......」
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