澄清の翼

幸桜

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1章 サバイバル

爆発の生むもの

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 獣が解き放たれた30分後、その時は訪れる。

「撤退!」

 磯崎 昂の声が村の入口で響いた。ここまで第四小隊のうけた被害は3番機への左手の軽傷のみ。 それに対し、敵の被害は更に脱落者1名を出しており第四小隊の戦果は上々といえた。

「敵の突入を確認! その数9!」

 第四小隊の撤退を好機とみた敵は一斉攻撃を開始する。
 今までの足止めで溜まったストレスにより、その勢いは牛のように力強く……そして単純であった。
 こちらが応戦しないためその勢いはますます大胆になり、彼らのあげる砂煙は若干視界を曇らせるほどである。

「ケイリー、タイミングを教えて貰ってもいい?」
「了解」

 だが、そんな牛たちを前に隼人の声は至って冷静である。
 隼人の瞳に複数の〝箱〟が映る。零と一緒に配置したそれらは獲物がかかるのをじっと待っている。

 敵集団が村に入り、その先頭が進む道を迷いその足を緩める。その一瞬────

「今!」

 その一瞬を逃さず、ケイリーの指示が入る。
 パンッという音が3つ村に響いた。それからジュッと何かが燃えるような音が鳴り、そして村を揺らす爆発音が3つ上がった。

 隼人の放った弾が火薬の入った箱にあたり、火が導火線を駆け抜け、手榴弾に引火したのだった。
 先ほどまで敵のいた位置はもくもくと土煙が上がっている。

 風が吹き、それが晴れると、そこにはペイントまみれの〝何か〟が折り重なるようにして倒れていた。

「戦果、敵9人の死亡判定を確認……作戦成功よ」

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3日目 11時 会議室(作戦本部)

 部屋には5人の人影があった。ちなみにこの場にいない2人は第九小隊の男たちである。
 室内の面子の顔色は明るい。戦闘終了直後こそ皆疲れた様子であったが、少し時間が経ち、状況を再認識した頃には皆この顔であった。

「取り敢えず……お疲れ様。敵もさっきの犠牲で慎重になっているから今のうちに休んでいてね」

 夜空の言葉に一際顔を輝かせるのは第四小隊の面子だ。彼らは今回の作戦で常に最前線で戦っていたのだ。
 その喜びはまさに疲れに比例していたようで、彼らはすぐに部屋に戻っていった。
 会議室を出る時、磯崎が発した「俺たちも案外やるだろ」という言葉には戦闘の興奮が冷めきれていないのを感じさせられた。

 今、会議室にいるのは夜空とケイリーのみ。そこに来てようやく夜空は肩の力を抜いた。
 少し小さくなった夜空はどこか儚く感じさせる。
 ケイリーは何も言わず、夜空の後ろに周り、その手を夜空の肩に置いた。

ふぁ~

 ケイリーの手は夜空の肩の上でゆっくりと動かされ、夜空の肌に沈んでいく。
 その無言の心遣いは夜空にとって、とてもありがたかった。

 ありがとう

 その言葉はあえて口にすることはしない。それをしてしまうことは折角の彼女の好意を半分無駄にさせてしまう。

 お日様の光がその2人を優しく照らす。

 あれ……、なんだか……

 その暖かさに包まれ、夜空の意識は遠のいていく。


「ただいま~」
 男たち2人が戻ってきたのは午後6時、彼らは警戒と兼ねて罠の再設置を行っていた。
 零もいつの間にか隼人と合流しており、その気配から〝獣〟は消えていた。

 外は夕日が綺麗であったが、その光は視覚を惑わし、見張りを困難にしていた。

「しっ! 静かに」
 部屋の状況にいち早く気づいたのは隼人だった。
 彼らの目に机に仲良く寄りかかる彼女たちの姿が映った。

 無防備に晒されたその寝顔は見栄を張った小隊長ではなく、年相当の幼い顔であった。

「夕食までは俺たちが見張りを続けようか」
「そうだな」

 2人の背中は再び戦場へと消えた。
 彼らはまだ知らなかった、この優しさが生み出した歯車の狂いを。
 


 扉の閉まる音がした。控えめに閉められたであろうその音はとても小さかったのであろうが、何かふとした違和感が彼女の意識を起こさせた。

 肩から何が落ちた。寝ている間に誰かがかけてくれたのであろうか、背後の床に薄い毛布が落ちていた。

〝寝ていた?〟

 覚醒し始めた意識の中で自分の思考に疑問が生まれた。

……っ!?

 慌てて時計を見るとその針は6時30分を指している。
 隣を見るとそこには腕を枕にして机に寝ている金髪の少女の姿があった。

 夜空がその肩を揺すろうとした、その時────

 腹の内に響く音と共に拠点が揺れた。
 聞き覚えのあるその音は無理矢理に夜空の思考を停止させようとする。

 認識したくない。人の精神を守るために行われる抵抗は時に肉体的な代償を求める。

 窓の外に夕焼けより紅く、はっきりとしたものが映っていた。

 振動は続く、初めのもの程の大きさでは無いものの、脅威である事に違いはない。

「全員、戦闘準備……っ!」
 
 やっとの事で絞り出したその声は沈黙を保つ無線機へと呼びかけられた。
 
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 時間は爆発より少し遡り、6時20分
 零と隼人は拠点を後にし、村の入口へと歩き出そうとしていた。

 2人の影は入口にかけて長く伸びている。風はなく、目の前の景色が額縁の中の世界に思えた。 

 だからであろうか、彼らは〝それ〟に気づくことはできなかった。
 2人の警戒は無意識のうちに薄いものとなっていた。
 それは、疲れであったり、この時間特有の視界の悪さであったりが影響していたのであろうか。

 最初に聞こえたのは何かが空気を割く音であった。それも複数で、ある程度のものが動く音。
 そのどこかのんびりと聞こえる音に合わせるように2人は上を見上げた。

 6時30分、村の入口付近で十数個の手榴弾が投げ込まれた。

 ────2つの影が煙とペイントに包まれた。

 
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