【完結】クローゼットの向こう側〜パートタイムで聖女職します〜

里見知美

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第1章:東の魔の森編

第21話:裏庭の行方

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「このピースリリー、どうしましょうね」

 室内に広がって花畑を作るピースリリーに困惑するミヤコだったが、クルトは両手を腰に乗せてのんきに笑った。

「どうしてこうなっちゃったんですか」
「すごい勢いだったんだよ」

 クルトが回想して朝の事件の詳細を説明した。

「いつも通りに起きて、朝練を済ませたんだ。それで今日はミヤが来る日ではないから瘴気を浄化するのに魔法を使おうと思ったのだけど、そこで地震が起きてね。どうやらそれは東の魔の森イーストウッドでビャッカランが大量発生したせいじゃないかと思うんだけど…ともかくすごい爆音が起こって、大地が揺れた。
 何事かと思って外に出ようとしたら、ピースリリーが突然狂ったように根を張り出して、あれよあれよと言う間に生い茂ってドアを封じてしまった。精霊の姿が見えたから魔性植物に変化したわけじゃないことは気がついたんだけど。窓から外を見たら、森近くの結界が破られてビャッカランが押し寄せてきていた」

 クルトがそこで息を吐き、ぶるっと身を揺する。以前、死にそうな目にあったのがこの植物のせいなのだから、その気持ちもわかる。

「今まで見たこともない量の瘴気を持ち込んだ上、毒も撒き散らしていたからね。日曜日で店が休みで本当によかった。だけど…ビャッカランが暴走したのは何かに恐れていたからのようなんだ。通常ビャッカランは強いテリトリー意識を持つ植物で、群れをなす。それがこんな風に結界を破るというのがそもそもおかしいんだよ。何か新種の魔物か植物か、とにかく森に何かがあったんだと思う」

 ふわりふわりと漂う精霊がミヤコの周りに集う。ふふっと微笑んだクルトが、話を続けた。

「精霊がひどく興奮して、この植物をドンドン成長させて瘴気や毒を吸い取っていった。吸い取った後浄化した空気を部屋に流してくれて、外の瘴気に対抗してくれていたんだ。だけど、今度はその浄化の空気で僕が過呼吸になってしまった。その花から魔力が感じられたんだ。呼吸をすることで魔力が体に溜まって、魔力酔いを起こしてしまったらしい。まるで猫にマタタビ状態だった」
「そこへわたしが入ってきた、と」
「まあね。でも、ミヤ。君、こっちでは精霊が扱えるんだね」

 そういえば、とミヤコも気がつく。

「実家の方では全然見えもしないんだけど。あ、そうだ。それでわたしクルトさんを呼びに来たんだった」
「何かあったのか?」
「うん、こっちと似たような状況になってね。来てくれる?こっちは後で手伝うから」

 無理はしないでね、と念を押しながらまだフラフラするクルトを支えながら、ミヤコは裏庭へ先導した。


「これはまた…」
「でしょう」

 裏庭でひどく自己主張をする畑とハーブ園にクルトも絶句した。ジャングルとまでは行かずとも、そこは小さな森状態だった。

「なんとかなる?」
「…やってみよう」

 クルトは畑の真ん中に立ち両手のひらを上に向け何かを呟く。精霊が彼の周りにやってくるのがミヤコの目にも見えて、まるでクルトの赤毛が朝露に濡れた一輪の赤い花のようで、綺麗だ。

 すごいなあ。半端なくファンタジーだわ。 夜にこの光景を見るのも幻想的で素敵なのだけど。

 昼間に見ても、やっぱりイケメンはイケメン。素敵なものは素敵だった。

 ミヤコが眺めていると、精霊たちはワキワキと集まり畑の野菜が小さく縮こまっていき、やがて普通サイズまで変化した。実った野菜も数はそのまま、食べれるサイズに戻って精霊たちはようやくハーブ園へ移っていった。クルトが笑いながら何かを話しハーブ園へと指差すと、幾つかの光の粒がキュウリを一本取ってクルトに渡した。

 食べろと言っているらしい。

 クルトはミヤコに振り返り、食べてもいいかと仕草で示す。こてんと首を傾けて、食べる仕草をするクルトが可愛い。

「どうぞ、食べて」

 と笑いながらミヤコが促すと、クルトは豪快にキュウリにかじりついた。パキンと瑞々しい音がしてキュウリが割れ、口元で弾け飛んだキュウリの汁を手の甲で拭う。ごくりと喉元が上下してキュウリを飲み下すと、眩しいほどの笑顔でミヤコを見る。

「うまいな」

 それをスローモーションのように一部始終見ていたミヤコはクルトから目が離せなくなり、こくりと喉を鳴らし、はっとした。

「うわああああ!」

 欲情してしまった。きゅうりを食べるイケメンに。

 ミヤコはかっと熱くなる顔を押さえて無理やり目をそらし、くるりと身体を回してハーブ園の方へ逃げるように走った。こんな気持ちは見せられない、気付かれてはいけないと思いながら。いきなり叫び声を上げたミヤコにクルトは驚いて周りを警戒するが、危険なものはないと理解する。

「ミヤ?」

 やばい、やばい、やばい!バカミヤコ!落ち着け。

「どうした?」
「いや、別に!何も」
「って、顔赤いけど。もしかしてミヤも魔力酔いか?見てるだけでも精霊の力は侮れないから」
「う、ううん。魔力ないから!大丈夫、大丈夫!」

 パタパタと顔を煽るように手を振るミヤコを、不思議そうに眺めるクルト。

「この、きゅうり?これ魔力酔いの中和剤になったよ。精霊が教えてくれた」
「そ、そうなんだ。すごいね」

 照れ隠しにミヤコがヘラッと笑いクルトに振り向いたところで、クルトの視線がミヤコを通り抜け玄関の方へ釘付けになっているのに気がついた。

「おい、ミヤコ!」

 不意に現実に引き戻されて、振り返るとそこには俊則が立っていた。眉間にしわを寄せて睨んでいる。

 ミヤコ?

 今まで「真木村」と呼んでいた俊則が突然名前を呼び捨てにしたのに対して怪訝な顔をする。

「鈴木君!どうしたの?っていうか、なに呼び捨て…」

 俊則は大股でミヤコに近づくと、肩に手を回して自分の方へ引き寄せ、クルトとの距離を開けようとした。ミヤコはバランスを失って俊則の胸に頭を落とす形になり、俊則の両の腕にすっぽりと収まってしまった。

「ちょ、ちょっと、何?」

 ミヤコは慌てて体制を整えようと体を離すが、俊則は腕に力を入れてかばうように抱きしめる。

「こいつ、誰?」

 俊則は忌々しそうにクルトの方へ顎をしゃくると、その威嚇にそれまでキョトンとしていたクルトも顰め面をし、一歩ミヤコたちに近づいた。精霊たちは俊則の登場と共に一斉に隠れてしまったのか、どこにも見当たらない。

「何馴れ馴れしくしてんの?」
「え、え?馴れ馴れしくって…そんなんじゃ」

 俊則は体を反転しミヤコをその場所から連れ出そうとするが、クルトが俊則の腕を掴んでそれを阻止した。俊則はきっとクルトを睨みつける。

 クルトは俊則よりも長身で、近くで立つとその差がわかる。もともと討伐隊の隊長だったこともあるから、体格もいい。だが俊則も腕力では負けておらず、クルトに掴まれた腕はそれでもそう簡単にミヤコを離さなかった。ミヤコの腕に巻かれた俊則の腕は、クルトに反発して痛いほど強くミヤコを抱きしめている。

「君の方こそ、嫌がる女性を無理やり連れ去ろうなんて、紳士らしくないんじゃないのか」
「ミヤコと俺はそういう仲だからいいんだよ。なんだよ、お前」
「そういう仲って、ちょっと待って!」

 ひえええ~。いきなりなんなのこのシチュエーション!次から次へと今日は厄日!?

「クルトさん、これは鈴木俊則くん。中学の時の同級生」
「これじゃない!恋人候補!」
「話がややこしくなるから鈴木君は黙ってて」

 二人には縁側に座ってもらい、お茶を出す。

 クルトはにこやかに「ありがとう」と言ってお茶を受け取り、またしかめ面で俊則を睨む。俊則は俊則で腕を組みブスッとしたままクルトを睨んでいるので、氷点下の居心地の悪さ。

 とにかく和解を、とミヤコはミヤコで必死でなだめようとするのだが、どうもこの二人はタイプが似ているらしい。ビクともしない。

「で、鈴木君。こちらはクルトさん。クルトさんは、ええと」

 さて。

 どう説明しようか。ここで、異世界人ですとは言えまい。叔父夫婦のようにすんなり信じてもらえる方がおかしいのだ。

「ええと、わ、わたしがクルトさんの食堂の掃除婦をしてる関係で、庭の手入れを手伝ってもらってるの」
「食堂?」
「そう。クルトさんは食堂の経営者で、週3回わたしがパートで掃除してるの」
「掃除婦…。お前、養護施設の厨房にも入ってるんだろ?そんなに働かなきゃいけないのか」
「え、いや。ぼ、ボランティアっていうか」
「言いたくないものを無理やり言わせて、今度は糾弾か」

 ミヤコが汗ダラダラになってきたところで、クルトが助け舟を…出そうとして火に油を注いだ。ミヤコが恨めしそうにクルトを見ると、クルトは眉をはの字にして口を尖らせた。過ちに気付いたらしい。クルトが拗ねたような顔は初めて見る。

 うっ。可愛いんだけど。ああ、鈴木君がますます氷河期に…。

「ミヤの作る洗剤と消臭スプレーがいい品物だから直接卸してもらっている。そのお礼に時々庭の手入れを手伝ってる、それだけだ」

 そう言って、お茶をぐいっと飲み干した。

「…それだけか」
「…それだけだ。……今は、な」

 えっ?

 ミヤコがえっと顔を上げてクルトを見上げたのを、俊則は見逃さなかった。チッと舌を打って立ち上がると、クルトに向かって指をさした。

「俺は、ミヤコに惚れている。本気で手に入れるつもりだから覚えておけ」
「…ふん。望むところだ」
「ミヤコ、また連絡する」

 バチバチと音がするほど視線を絡ませて、俊則は来た時と同じように大股で去っていった。


「………何しにきたのよ…!?」





==========

読んでいただきありがとうございました。
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