【完結】クローゼットの向こう側〜パートタイムで聖女職します〜

里見知美

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第1章:東の魔の森編

第22話:緑の砦改革 1

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「…えーと。どうしてこうなったんですかね」

 ミヤコが口を切った。

 朝から裏庭が森になっていたのに、クルトの食堂もジャングルになっていた。ビャッカランの始末をしてピースリリーもとりあえず膝下サイズに戻したものの、食堂の床に広がりっぱなしだ。それだけでもすでに体力を消耗したというのに、今度は『喧嘩をやめて~、私のために~』的な妙な三角関係に精神的打撃を受けて、ミヤコのライフはゼロに近かった。

「売り言葉に買い言葉で…すまない」
「いや、もう…いいんですけどね。あれは鈴木君が変な誤解をしたのが始まりですし」

 はあ、とお茶を下げながらミヤコは今朝からの出来事を回想していた。

「とりあえず、何か食べましょうか。腹が減っては戦も出来ぬと言いますから」
「いや、僕は店に帰って…」
「ダメですよクルトさん。お店があんな状態じゃ調理も出来ないでしょう。それにお腹が空いてるから、あんな些細なことで心にもないこと言ってしまうんですから」

 本当にもう。わたしの方が誤解しそうですよ、とミヤコは口の中で愚痴る。

「…些細なことなら腹も立たないんだがな…」

 ぼそりと呟いたクルトの言葉は、使った湯飲みを持ってキッチンに向かったミヤコの耳には届かなかった。

 手軽に食べられるものをと思い、ミヤコは簡単にスモークサーモンのサンドウィッチを作ることにした。スライスしたパンにクリームチーズを塗り、レタス、トマト、キュウリを重ね、スモークサーモンをその上に乗せる。
 マヨネーズに少しだけからしを混ぜ他ものをサーモンの上にかけて黒胡椒で仕上げたサンドウィッチは見た目もボリュームも満点だった。

「これはうまい」

 一口食べて、クルトが唸った。

「すごい付与効果がある。体力回復、魔力回復…状態異常も…」
「わあ、てんこ盛りですね。全回復しましたか?」
「うん、バッチリだ。疲れも取れた」

 ミヤコが作る食事は大抵何かしらの効果がクルトに現れた。肉類は体力回復になり、野菜は魔力回復だ。キュウリは魔力中和剤、トマトは魔力増強。スモークサーモンもきっと何かしらの回復になっているのだろう。

 桃のチューハイはいわば、万能薬だろうか。お酒は飲みすぎると良くないから食べ物で取れる万能薬を見つけたいところだ。このスモークサーモンサンドはそれに近いかもしれない。

「桃のチューハイとこのサンドウィッチ、どっちが効果高いですか?」
「うーん。即効性の面で言えば飲み物の方か。食べる体力がなければ、これは難しいだろう。だが、効力、持続性でいえばこちらの方が…」

 そうか。死にそうになっていたら食べろとは言えないよね。

「このサーモンは耐久力効果にも使える気がする」
「サーモン、クルトさんの方でありますか?」
「いや…でも似たような素材は、ある」

 クルトはしばらく考え込んで、ブツブツ呟いていたがミヤに向き直ると真面目な顔をして言った。

「僕の店で、働いてくれないか?」
「…え?」

 ここ数日、クルトはミヤコが作ったものを再現して店に出そうと試みていた。もちろん材料はクルトの世界にあるもので代用し、野菜はミヤコからもらったものと、自分の店で用意できるものを使った。味も見た目も悪くない出来上がりなのだが、付与効果が全く違うというのだ。材料が違うから効果も違うのだろうか。

 あるいはミヤだから違うのか、こちらの世界のものを使うと違うのか、調べるべき要素はたくさんある。もしもこの世界のものにしか効果が出ないというのであれば、ミヤコと本格的に取引をするか、諦めるかも決めなければならないし、調理方法が違うから効果も違うのかもしれない。一つづつ、虱潰ししらみつぶしに調べていくしかないのだ。

「ミヤも知っての通り、僕の世界では結界が既に脆くなって討伐隊だけでなく、国民にも危険が迫ってきた。討伐隊や冒険者がこぞって魔物を倒してはいるが、問題は瘴気なんだ。瘴気が濃くなって、魔物がそれを吸い込めば凶暴化するのはわかっているから、それをまず食い止めなくてはならない。僕はこの3年間薬草について調べてきたが、効果は遅々として上がらない。このままでは緑の砦も長く持たないだろう。最悪の事態、僕も討伐隊に戻らなければならないんだが…」

 そこまで言って、クルトはミヤコの心情を探るかのように目を見つめた。

「その前に、できる限りの手を打ちたい。討伐隊員の、戦士たちの命を救いたい。君の手を借りれば、もしかしたらーー」

 それは切実な願いだった。

 ミヤコの料理が、食材とハーブがクルトを救ったのは本当だ。目まぐるしい1週間ほどの間にどれだけその効果を見たことか。クルトが見せてくれた精霊の力もまた、普通では考えられない。

 ミヤコはふと、自分がすでにクルトの世界に深く関わっているのだということを実感した。ここでクルトを見捨てるほど薄情でもない。国を守って戦い、失ってしまうかもしれない人々をクルトは守ろうとしているのだ。

「わかりました。できるだけお手伝いします。でも、まずは緑の砦を守りましょう」

 クルトは大きく目を開き、ミヤコを覗き見た。

「本当に?」
「はい」
「頼んでおいてなんだけど、君にはこっちになんの義理もないし、僕から君には何もお返しができない。せいぜい精霊に頼んで野菜とハーブの管理をするくらいで…」
「今はそれで十分です。問題をクリアしたらまた考えましょ?」

 ミヤコがにっこり笑って、小首を傾げるとクルトはぐっと泣きそうな顔になり、口を一文字に結んでぎゅっとミヤコを抱きしめた。

「うわ」
「……ありがとう!」

 抱きしめられたクルトの背中に軽く手を回し、真っ赤になりつつもポンポンとなだめるように叩きながらミヤコは考えた。

 最近イケメン耐性がついてきてる気がする…。

 *****



「ごめんくださーい。宅配でーす。真木村さん、見えますかあ!」

 玄関から宅配業者の声が響いた。

「あ、そういえば!」

 ミヤコが慌てて玄関に行くと、前日購入した植物を持ってきたようだ。
 これはほとんど全部クルトの店に置く予定のものだ。
 ちょうどよかったと受け取って、玄関先に入れてもらった。

「クルトさん、これ全部お店に運びますよ!早速緑の砦改革です」
「これを全部?わかった。手伝おう」

 まずは放置してあったピースリリーをなんとかしなければならないね、とクルトが先導してダンボールに入った苗と鉢植えを抱え、階下の食堂へ向かっていった。

「考えがあります。一度試してみたいんですが…」

 ミヤコは朝のことを考えていた。
 ピースリリーは精霊が育成を促していて、クルトを自主的に助けようと動いていたが、ミヤコが部屋に入った途端ミヤコの指示に従った。
 もしかしたら、ミヤコがお願いすれば精霊が動くかもしれない。

「駄目もとだから、やってみよう」

 うんうん、と力強く頷くミヤコをクルトは小首をかしげながらも、黙って見てくれるようだ。食堂に入ると、精霊たちはふよふよとピースリリーの上を漂いながら、受粉の手伝いをしているようだった。

「精霊さん!」

 ミヤコが声をかけると、精霊たちは一斉にミヤコを見た……ような気がした。

「今朝はクルトさんを助けてくれてありがとう!それで、一つお願いがあります。ピースリリーを結界の周りに植えたいと思います。それを手伝ってもらえますか?」

 嬉々として飛び跳ねる精霊を横目に、クルトが待ったをかける。

「ミヤ、それは危険だと思うんだけど…」
「大丈夫です、とはきっぱり言えないけどやってみる価値はあります。クルトさんは危険なので、店内にいてもらってもいいですが」
「危険って…君が危険にさらされるのに僕が店内にいられるわけがなだろう」
「いえ、危険なのはクルトさんだけです。魔力酔いしますから」

 ミヤコは床に這っているピースリリーの数株を取り上げて、店のドアを開けた。壊れた結界の隙間からすでに瘴気が侵入してきてはいるが、魔性植物は入ってきていないようだ。

「ミヤ、やはり僕も行く」

 クルトは暖炉の上に飾りかけてあった剣を持ち出して、片手でヒュンヒュンと回した。
 さすがに討伐隊隊長だっただけあり、まだ剣さばきの腕は落ちていないようだ。

「おお、すごい…かっこいいですねえ」

 ひどく様になるクルトを横目で見ながら、ミヤコはうっかり見惚れない様に結界のほころびに集中した。

「あそこから結界に沿ってピースリリーを育てます。精霊さん、わたしがコレを植えるので、大きく成長させてもらえるかな?クルトさんはピースリリーの近くにいるか、浄化魔法で瘴気を制御してくださいね」
「了解した」

 ミヤコはそういうと匂いに眉を顰めつつ、ちょっと息を止めて結界の穴に近づき、少し手前にピースリリーを植えた。それからまた10メートルほど結界に沿って歩き、もう一つの株も植える。

 それを繰り返し、店の中から少しずつピースリリーの株を移動させて、全てのピースリリーを店の中から運び出した。

「よし、じゃあお願いします。大きくなあれ!」

 ミヤコのその合図から精霊たちは一斉にピースリリーを成長させ、軽い地響きを起こしながらピースリリーは2メートルくらいの高さまで成長し、ぐるりと結界に沿って緑の砦を取り囲んだ。ピースリリーはあっという間に瘴気を吸い取り浄化していく。


 クルトは目も口も全開し、その場に凍りついていた。


==========

読んでいただきありがとうございました。
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