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第2章:西獄谷編
第48話:温泉効果
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「なんて格好で……!」
温泉から戻ってきた女たちの中にミヤを見つけた時、一瞬真顔になった。村の女に借りた服なのだろうが、ミヤが着るにはあまりにも薄い1枚だった。いや、村の女の着る服だ、特に薄いというわけではないのだろうけど。
無防備にその1枚以外何もつけていない体の線が、松明に照らされて浮き上がっていた。細い華奢な肢体なのに緩やかにカーブしたラインや僅かに主張する胸の突起が女性だということを嫌でも意識させる。温泉上がりでほんのり色づいた滑らかな肌に、周りの男たちが一瞬息を飲んだのが耳障りに聞こえた。
ミヤが僕を見つけてフニャリと笑った顔とは対照的に、周りの視線が獰猛にミヤを狙った。
「ショールはちゃんと羽織って」
瞬間移動で駆け寄り、ショールを掴むとミヤの体が硬くなるのがわかった。視線を外して狼狽えたミヤを見て、気がついた。
女の奴らが何か吹き込んだか。
内心ちっと舌を鳴らしたものの、無理やり理由をつけて説明すると納得したようだった。ホッとして、ショールをミヤの体に巻きつけ、周りを見渡した。
指一本触れてみろ。
不満げな村の男と戦士と冒険者を睨みつけると、文句を言う奴はいなかった。戦闘でいつもより気が立っていたのかもしれない。気がついたら抱きしめていた。甘い匂いがする。湯にハンデスの成分が含まれているのか。どうりで女人の聖域な訳だ。ハンデスは媚薬の原料に使われる植物で、男を惹きつける。
「体のラインがわかるから、気をつけて」
まずい。なるべく匂いを吸い込まないようにしなければ。
ようやく落ち着いて明日からの行動について話していたところで、ミヤの様子がおかしいことに気がついた。ろれつが回っていない。なんだ?
「酔っ払ったのか、嬢ちゃん」
アイザックがしまった、という顔をした。
「何を飲ませたんだ!」
「何って、ザクラの酒…にポムの果汁をちょっと」
「ポムの果汁…って魔力増強剤か」
「あ、ああ。今日の戦闘で魔力回復の必要なやつも多かったからな」
「歌います!」
「待て、ミヤ!」
「な、何が起こったんですか、ハルクルト隊長!?」
「魔力酔いだ!ミヤには魔力がない」
「「「エエェ?」」」
ゴゴゴ、という音とともに植物が急成長し始めた。成長の歌を歌ったのか。
「何だ、こりゃあ!?」
アイザックが素っ頓狂な声を出す。
「精霊の数がまともじゃない!めちゃくちゃだ!ここまでくると気持ち悪っ…!」
「これがミヤの力だ!精霊をコントロールできるんだ」
「なにぃ!?ってことは、こいつマジで愛し子か!」
「そう言っただろう!」
「やばいっすよ、隊長!森ができたッス!」
「魔性か!」
「いや、瘴気はない!戦士たちが様子を見に行ったが…」
「果樹園になってるぞ!?」
「畑が豊作に!」
「ハーブが満開だ!」
「み、ミヤさん!?ダメです!隊長!」
アッシュの慌てた言葉に目をやると、ミヤが事もあろうか、燃え盛る炎の中に精霊に引っ張られて足を踏み入れるところだった。
「ミヤ!」
ミヤの羽織っているショールは火炎鼠の毛で織ってあり、魔法効果も付いているため火傷などの心配はないのは判っていたが、それでも自分から火の中に飛び込んで行くという行動に、心臓が止まるかと思った。慌てて引っ張り出すと、今度は僕の手を振り払って逆に僕の両腕を掴んで睨みつけてきた。
何だ、この子猫の威嚇みたいなのは。潤んで焦点が合わないのに一生懸命僕の目を見ようと視線を泳がせている。
「クルトしゃんも!胸のおっきい人が好きなんれすよね!」
「……は?」
「こういう!メロンみたいなのが!」
ミヤはそう言って自分の胸の前で見えない果実を抱えるような仕草をとった。
その場にいた全員の顎が地に落ちた。
「な、何を言って……!」
「わかってるんれすよ!男なんてみんなみんな、」
そういうとミヤはがっくりと肩を落として今にも泣きそうな顔になった。
「わたしらっておっきいのが好き!」
「えっ!?」
数人の男が顔を赤らめて股間を押さえた。お前たち後で殺す!
「ま、待て待て、ミヤ。一体何の話を」
「らって!ヒルダしゃんが、あんな可愛い子がクルトしゃん…うっ、ヒクッ」
「誰か、水を持ってこい!」
誰かが慌てて水を取りに行った。支離滅裂だ。温泉で何か言われたのか。みんなが目を見開いて、呆然とミヤの行動を見守っている。女達が、一人の女を小突いて何やら小言を飛ばしていた。あいつら、ミヤに何を吹き込んだんだ。
「やら~。クルトしゃんはミヤコの…」
うん?
「ミヤ?」
「クルトしゃん…このショールはクルトしゃんの色れしょ」
「うん?」
「れも、わたしはしょーがいの約束もしてない」
「……女たちに何を聞いたんだ?」
「約束…ショール渡すのは…」
ルノーが水の入った筒を僕に手渡した。
「約束が欲しいの?」
僕はミヤの顎を持って水を流し込もうとしたがプイッと横を向かれてしまった。なんて手のかかる。
……だけど。
「…じゃあ、約束をしようか。ミヤ」
君は、僕のものだと。誰にも渡さないと。
ミヤは潤んだ瞳で僕を見つめ直して手を伸ばした。ぎゅっと抱きしめられて胸に頭を擦り付けられた時には僕はもう周りを見ていなかった。水を口に含んで、ゆっくり口移しで飲ませた。ついでに舌も入れて絡ませてしまった。甘い。鼻口をくすぐるのは、媚薬の匂いだ。ダメだと思いつつ止められない。中和剤をサイドポーチから取り出して、嚙み砕きもう一度口移しで水と一緒に流し込む。
ほうっと息を吐くとミヤは驚いたような顔で僕を見つめた。その顔が可愛くて、もう一度軽く啄ばむように。一旦離れて、視線を絡ませて。ああ、だめだ。止められない。今度は少し長く、吸い付くように、深く。もっと。
中和剤は一気にミヤを覚醒させた。
ミヤは狼狽えて、何をしでかしたのかわからないと言ったように質問を次々投げかけたが、僕自身はっきり答えられなかった。
ミヤが近い。
ミヤの体から立上がる媚薬の匂いで理性がうまく働かなかった。抱きしめて、首筋にもキスを落としミヤの匂いを吸い込む。柔らかい布一枚越しに触れる肌に体が熱くなる。約束を求められたことに舞い上がったのかもしれない。指に絡みつく黒髪を軽く握りしめると軽く口を開け、吐息が漏れた。声にならない声が僕の耳を掠めて、体が痺れた。
君は僕の唯一で、僕は君の唯一。
このショールが燃え尽き朽ち果てるまでは。
理性を手放しかけた時、ミヤが気を失ってくたりと腕の中で崩れ落ちた。このタイミングで、ようやく薬が効いたようだ。天を仰いでからなんとか理性を繋ぎ止め、僕はおとなしく用意された寝所にミヤを抱きかかえて運んで寝かしつけた。
それから村の中と周辺を見回り、危険がないことを確認して、もう一度様子を見るためにミヤのいる寝所に戻った。顔にかかった髪を掬い頬を撫でるとミヤはフニャリと微笑んだ。思わず目を瞑り、騒ぐ本能を押さえつける。
全く振り回してくれる。
無防備に眠るミヤの横でしばらく彼女の髪を弄んでいたが、今日は疲れた。
いつの間にか僕も深い眠りについていた。
*****
「やることがヒキョーよっ!」
「ど、どういうことでしょうか…」
ヒルダがズカズカと朝食を食べているミヤコの前に現れた。
「ハルクルトさんのことなんでもないと言ったくせに」
「ええと、すみません。……あの、昨夜のことですが、わたし覚えていないんです。もし何かしでかしたのなら…」
「もし?何かしでかしたなら?あんた、何が起きたか周り見た?」
「え?い、いやまだ…」
朝早く目が覚めて、隣に寝ているクルトを発見し、ミヤコは悲鳴を飲み込んで硬直した。
何で一緒に寝ているんだ。昨夜は確かにひどく酔った。今まで一度もあんな風に酔っ払ったことはない。記憶にないほど飲んだ覚えもない。マロッカミルクと混ぜ合わせた地酒をちびちびと飲んでいただけなのに、気がついたら。
………気がついたら。
口移しで薬らしきものを飲まされていた。
クルトさんに。
ああああああ!
それからまた記憶がない。
多分寝落ち。
で、目が覚めたらクルトが横で寝ていた。
なぜ。
何があったのか、聞けない。
怖くて、聞けない。
服は一応着ていたので、大人の間違いはなかったと思う、と思いたい。
身動きが取れずに、横目で寝息を立てるクルトを見た。腕をミヤコの上に乗せてうつぶせで眠るクルトはまるで絵画の世界だった。長い睫毛が目元に影を作り、すやすやと寝息を立てている。
イケメンは寝顔ですら美しい。
ミヤコはヨダレを出して眠っていたのではないかと、恐る恐る口元に手を当てる。大丈夫だ。ヨダレはたらしてなかった。酔っぱらいはよくイビキをかくというが、まさかそんな醜態をさらしていたのでは。そればっかりは、自分ではわからない。
トイレに行きたくなって身じろいだら、クルトが目を覚ました。
「おはよう、ミヤ」
「オ、オハヨウ、ゴザイマス」
クルトはキュッとミヤコを引き寄せて頭のてっぺんにキスを落とし、もそもそと起き上がり何事もなかったかのようにミヤコの部屋から出て行った。
トイレの我慢の限界がくるまで、ミヤコは身じろぎせずに真っ赤になって固まっていた。
そして今に至る。
「……というわけで」
「あー…わかった。魔力飽和起こしたのね」
ヒルデは頭をぽりぽり掻きながら言った。
「は?」
「魔力のない人があの温泉に入ったことで、おそらく」
「温泉に魔力が?」
「薬草が魔力供給するのね。あの温泉。あんたが魔力なしとは気がつかなかったわ」
「は…」
「温泉の薬効がね、魔力補充なのよね。その上で保湿作用とかいろいろ体に働くわけ。あんたは魔力がないのに入ったから効きすぎたってわけよ。酔っぱらい現象はそのせい。あと…媚薬効果もあるから…」
「媚薬!?」
「ちょっとばかり色っぽくなっちゃったりとか、その気になったりとかね」
「ひえええ!そんな!」
「だから温泉では結構あけすけな話になっちゃうし、まあ、煽ったわたしも悪かったわ。仕方ないわね」
「し、仕方ないって、待って。わたし何したの?」
「ん~。そうねえ。ちょっと脱ぎかけたりとか?」
「しぇえぇぇぇ!?」
「ハルクルトさんが必死に抑えてたけど…あと、いきなり踊り出して、炉火の真ん中に這い上がって踊り出したりとか」
「いやああああ!!何それ!何それ!?」
「火傷してたわよ下手したら。まあそれもハルクルトさんが引き摺り下ろしてくれたけど」
「な、なんてこと…!」
「アタシが話しかける暇もないくらい、ハルクルトさん独り占めしてたわよ、あんた。挙句に胸はでかい方が好きかとか、私も大きい方が好きとか言って言い寄ってたし。おかげでアタシが怒られちゃったわ」
「う、うそ、うそ、うそ!!」
チュドーーーーン。
爆死。
こんな恥辱。
クルトさんに顔向けできない。
私も大きい方が好きって何!?違う!そんな痴女みたいな真似してない!!
「ま、そんなわけだわ。信用回復に頑張ってちょうだい」
「ひ、他人事だと思って……!」
「あの人、どうせあんたのことしか見てないから、問題ないと思うけど」
打ちひしがれるミヤコを横目にヒルダは「でも」と声をかけた。
「あんたの歌の威力は認めるわ」
「え?」
「村の畑を豊作にして、村の周囲に薬草の森と果樹園を作ったのよ。一晩かからずにね。瘴気を防ぐ植物が成長して生垣みたいになったわ。村が魔獣や魔性植物の瘴気に怯えることはもうないだろうってアイザックも言ってたし。野生動物もそのうち森に戻ってくるだろうって。それってすごいじゃない?」
ミヤコはヒルダを見て瞬きを繰り返した。
「ハルクルトさんとアイザックは朝方まで走り回ってたのよ。お礼でも言っておくのね」
「あ…」
「ひとまずアタシからはあんたにありがとうって言いたくて」
「ヒルダさん…」
ちょっと唇を尖らせたが、ヒルダはすぐにの満面の笑顔を作った。
「感謝してるわよ、聖女様」
温泉から戻ってきた女たちの中にミヤを見つけた時、一瞬真顔になった。村の女に借りた服なのだろうが、ミヤが着るにはあまりにも薄い1枚だった。いや、村の女の着る服だ、特に薄いというわけではないのだろうけど。
無防備にその1枚以外何もつけていない体の線が、松明に照らされて浮き上がっていた。細い華奢な肢体なのに緩やかにカーブしたラインや僅かに主張する胸の突起が女性だということを嫌でも意識させる。温泉上がりでほんのり色づいた滑らかな肌に、周りの男たちが一瞬息を飲んだのが耳障りに聞こえた。
ミヤが僕を見つけてフニャリと笑った顔とは対照的に、周りの視線が獰猛にミヤを狙った。
「ショールはちゃんと羽織って」
瞬間移動で駆け寄り、ショールを掴むとミヤの体が硬くなるのがわかった。視線を外して狼狽えたミヤを見て、気がついた。
女の奴らが何か吹き込んだか。
内心ちっと舌を鳴らしたものの、無理やり理由をつけて説明すると納得したようだった。ホッとして、ショールをミヤの体に巻きつけ、周りを見渡した。
指一本触れてみろ。
不満げな村の男と戦士と冒険者を睨みつけると、文句を言う奴はいなかった。戦闘でいつもより気が立っていたのかもしれない。気がついたら抱きしめていた。甘い匂いがする。湯にハンデスの成分が含まれているのか。どうりで女人の聖域な訳だ。ハンデスは媚薬の原料に使われる植物で、男を惹きつける。
「体のラインがわかるから、気をつけて」
まずい。なるべく匂いを吸い込まないようにしなければ。
ようやく落ち着いて明日からの行動について話していたところで、ミヤの様子がおかしいことに気がついた。ろれつが回っていない。なんだ?
「酔っ払ったのか、嬢ちゃん」
アイザックがしまった、という顔をした。
「何を飲ませたんだ!」
「何って、ザクラの酒…にポムの果汁をちょっと」
「ポムの果汁…って魔力増強剤か」
「あ、ああ。今日の戦闘で魔力回復の必要なやつも多かったからな」
「歌います!」
「待て、ミヤ!」
「な、何が起こったんですか、ハルクルト隊長!?」
「魔力酔いだ!ミヤには魔力がない」
「「「エエェ?」」」
ゴゴゴ、という音とともに植物が急成長し始めた。成長の歌を歌ったのか。
「何だ、こりゃあ!?」
アイザックが素っ頓狂な声を出す。
「精霊の数がまともじゃない!めちゃくちゃだ!ここまでくると気持ち悪っ…!」
「これがミヤの力だ!精霊をコントロールできるんだ」
「なにぃ!?ってことは、こいつマジで愛し子か!」
「そう言っただろう!」
「やばいっすよ、隊長!森ができたッス!」
「魔性か!」
「いや、瘴気はない!戦士たちが様子を見に行ったが…」
「果樹園になってるぞ!?」
「畑が豊作に!」
「ハーブが満開だ!」
「み、ミヤさん!?ダメです!隊長!」
アッシュの慌てた言葉に目をやると、ミヤが事もあろうか、燃え盛る炎の中に精霊に引っ張られて足を踏み入れるところだった。
「ミヤ!」
ミヤの羽織っているショールは火炎鼠の毛で織ってあり、魔法効果も付いているため火傷などの心配はないのは判っていたが、それでも自分から火の中に飛び込んで行くという行動に、心臓が止まるかと思った。慌てて引っ張り出すと、今度は僕の手を振り払って逆に僕の両腕を掴んで睨みつけてきた。
何だ、この子猫の威嚇みたいなのは。潤んで焦点が合わないのに一生懸命僕の目を見ようと視線を泳がせている。
「クルトしゃんも!胸のおっきい人が好きなんれすよね!」
「……は?」
「こういう!メロンみたいなのが!」
ミヤはそう言って自分の胸の前で見えない果実を抱えるような仕草をとった。
その場にいた全員の顎が地に落ちた。
「な、何を言って……!」
「わかってるんれすよ!男なんてみんなみんな、」
そういうとミヤはがっくりと肩を落として今にも泣きそうな顔になった。
「わたしらっておっきいのが好き!」
「えっ!?」
数人の男が顔を赤らめて股間を押さえた。お前たち後で殺す!
「ま、待て待て、ミヤ。一体何の話を」
「らって!ヒルダしゃんが、あんな可愛い子がクルトしゃん…うっ、ヒクッ」
「誰か、水を持ってこい!」
誰かが慌てて水を取りに行った。支離滅裂だ。温泉で何か言われたのか。みんなが目を見開いて、呆然とミヤの行動を見守っている。女達が、一人の女を小突いて何やら小言を飛ばしていた。あいつら、ミヤに何を吹き込んだんだ。
「やら~。クルトしゃんはミヤコの…」
うん?
「ミヤ?」
「クルトしゃん…このショールはクルトしゃんの色れしょ」
「うん?」
「れも、わたしはしょーがいの約束もしてない」
「……女たちに何を聞いたんだ?」
「約束…ショール渡すのは…」
ルノーが水の入った筒を僕に手渡した。
「約束が欲しいの?」
僕はミヤの顎を持って水を流し込もうとしたがプイッと横を向かれてしまった。なんて手のかかる。
……だけど。
「…じゃあ、約束をしようか。ミヤ」
君は、僕のものだと。誰にも渡さないと。
ミヤは潤んだ瞳で僕を見つめ直して手を伸ばした。ぎゅっと抱きしめられて胸に頭を擦り付けられた時には僕はもう周りを見ていなかった。水を口に含んで、ゆっくり口移しで飲ませた。ついでに舌も入れて絡ませてしまった。甘い。鼻口をくすぐるのは、媚薬の匂いだ。ダメだと思いつつ止められない。中和剤をサイドポーチから取り出して、嚙み砕きもう一度口移しで水と一緒に流し込む。
ほうっと息を吐くとミヤは驚いたような顔で僕を見つめた。その顔が可愛くて、もう一度軽く啄ばむように。一旦離れて、視線を絡ませて。ああ、だめだ。止められない。今度は少し長く、吸い付くように、深く。もっと。
中和剤は一気にミヤを覚醒させた。
ミヤは狼狽えて、何をしでかしたのかわからないと言ったように質問を次々投げかけたが、僕自身はっきり答えられなかった。
ミヤが近い。
ミヤの体から立上がる媚薬の匂いで理性がうまく働かなかった。抱きしめて、首筋にもキスを落としミヤの匂いを吸い込む。柔らかい布一枚越しに触れる肌に体が熱くなる。約束を求められたことに舞い上がったのかもしれない。指に絡みつく黒髪を軽く握りしめると軽く口を開け、吐息が漏れた。声にならない声が僕の耳を掠めて、体が痺れた。
君は僕の唯一で、僕は君の唯一。
このショールが燃え尽き朽ち果てるまでは。
理性を手放しかけた時、ミヤが気を失ってくたりと腕の中で崩れ落ちた。このタイミングで、ようやく薬が効いたようだ。天を仰いでからなんとか理性を繋ぎ止め、僕はおとなしく用意された寝所にミヤを抱きかかえて運んで寝かしつけた。
それから村の中と周辺を見回り、危険がないことを確認して、もう一度様子を見るためにミヤのいる寝所に戻った。顔にかかった髪を掬い頬を撫でるとミヤはフニャリと微笑んだ。思わず目を瞑り、騒ぐ本能を押さえつける。
全く振り回してくれる。
無防備に眠るミヤの横でしばらく彼女の髪を弄んでいたが、今日は疲れた。
いつの間にか僕も深い眠りについていた。
*****
「やることがヒキョーよっ!」
「ど、どういうことでしょうか…」
ヒルダがズカズカと朝食を食べているミヤコの前に現れた。
「ハルクルトさんのことなんでもないと言ったくせに」
「ええと、すみません。……あの、昨夜のことですが、わたし覚えていないんです。もし何かしでかしたのなら…」
「もし?何かしでかしたなら?あんた、何が起きたか周り見た?」
「え?い、いやまだ…」
朝早く目が覚めて、隣に寝ているクルトを発見し、ミヤコは悲鳴を飲み込んで硬直した。
何で一緒に寝ているんだ。昨夜は確かにひどく酔った。今まで一度もあんな風に酔っ払ったことはない。記憶にないほど飲んだ覚えもない。マロッカミルクと混ぜ合わせた地酒をちびちびと飲んでいただけなのに、気がついたら。
………気がついたら。
口移しで薬らしきものを飲まされていた。
クルトさんに。
ああああああ!
それからまた記憶がない。
多分寝落ち。
で、目が覚めたらクルトが横で寝ていた。
なぜ。
何があったのか、聞けない。
怖くて、聞けない。
服は一応着ていたので、大人の間違いはなかったと思う、と思いたい。
身動きが取れずに、横目で寝息を立てるクルトを見た。腕をミヤコの上に乗せてうつぶせで眠るクルトはまるで絵画の世界だった。長い睫毛が目元に影を作り、すやすやと寝息を立てている。
イケメンは寝顔ですら美しい。
ミヤコはヨダレを出して眠っていたのではないかと、恐る恐る口元に手を当てる。大丈夫だ。ヨダレはたらしてなかった。酔っぱらいはよくイビキをかくというが、まさかそんな醜態をさらしていたのでは。そればっかりは、自分ではわからない。
トイレに行きたくなって身じろいだら、クルトが目を覚ました。
「おはよう、ミヤ」
「オ、オハヨウ、ゴザイマス」
クルトはキュッとミヤコを引き寄せて頭のてっぺんにキスを落とし、もそもそと起き上がり何事もなかったかのようにミヤコの部屋から出て行った。
トイレの我慢の限界がくるまで、ミヤコは身じろぎせずに真っ赤になって固まっていた。
そして今に至る。
「……というわけで」
「あー…わかった。魔力飽和起こしたのね」
ヒルデは頭をぽりぽり掻きながら言った。
「は?」
「魔力のない人があの温泉に入ったことで、おそらく」
「温泉に魔力が?」
「薬草が魔力供給するのね。あの温泉。あんたが魔力なしとは気がつかなかったわ」
「は…」
「温泉の薬効がね、魔力補充なのよね。その上で保湿作用とかいろいろ体に働くわけ。あんたは魔力がないのに入ったから効きすぎたってわけよ。酔っぱらい現象はそのせい。あと…媚薬効果もあるから…」
「媚薬!?」
「ちょっとばかり色っぽくなっちゃったりとか、その気になったりとかね」
「ひえええ!そんな!」
「だから温泉では結構あけすけな話になっちゃうし、まあ、煽ったわたしも悪かったわ。仕方ないわね」
「し、仕方ないって、待って。わたし何したの?」
「ん~。そうねえ。ちょっと脱ぎかけたりとか?」
「しぇえぇぇぇ!?」
「ハルクルトさんが必死に抑えてたけど…あと、いきなり踊り出して、炉火の真ん中に這い上がって踊り出したりとか」
「いやああああ!!何それ!何それ!?」
「火傷してたわよ下手したら。まあそれもハルクルトさんが引き摺り下ろしてくれたけど」
「な、なんてこと…!」
「アタシが話しかける暇もないくらい、ハルクルトさん独り占めしてたわよ、あんた。挙句に胸はでかい方が好きかとか、私も大きい方が好きとか言って言い寄ってたし。おかげでアタシが怒られちゃったわ」
「う、うそ、うそ、うそ!!」
チュドーーーーン。
爆死。
こんな恥辱。
クルトさんに顔向けできない。
私も大きい方が好きって何!?違う!そんな痴女みたいな真似してない!!
「ま、そんなわけだわ。信用回復に頑張ってちょうだい」
「ひ、他人事だと思って……!」
「あの人、どうせあんたのことしか見てないから、問題ないと思うけど」
打ちひしがれるミヤコを横目にヒルダは「でも」と声をかけた。
「あんたの歌の威力は認めるわ」
「え?」
「村の畑を豊作にして、村の周囲に薬草の森と果樹園を作ったのよ。一晩かからずにね。瘴気を防ぐ植物が成長して生垣みたいになったわ。村が魔獣や魔性植物の瘴気に怯えることはもうないだろうってアイザックも言ってたし。野生動物もそのうち森に戻ってくるだろうって。それってすごいじゃない?」
ミヤコはヒルダを見て瞬きを繰り返した。
「ハルクルトさんとアイザックは朝方まで走り回ってたのよ。お礼でも言っておくのね」
「あ…」
「ひとまずアタシからはあんたにありがとうって言いたくて」
「ヒルダさん…」
ちょっと唇を尖らせたが、ヒルダはすぐにの満面の笑顔を作った。
「感謝してるわよ、聖女様」
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(※黒幕については推理的な要素はありませんと小声で言っておきます)
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