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第3章:聖地ウスクヴェサール編
第62話:水の精霊
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ぽっかりと浮かんだ小舟に、ミヤコは体を投げ出して空を見上げていた。
「………青い…」
空が青い。暖かな日差しが、まるで春の陽気を思わせる。咲き乱れる花の甘い香りが鼻をつく。
体力は戻っていない。けだるくて、指一本あげられない。妖精王の成れの果てと対峙して、浄化をかけたまでは覚えている。妖精王はちゃんと浄化できたのだろうか、それとも消えてしまったのだろうか。
(そういえば、半分石化してたんだっけ、わたし)
体は重いとはいえ、石化しているような不自然さは感じられないし、自分はまだ生きている。
「あー……お腹すいたな」
ふと目の前にひらひらと蝶が飛ぶのを見た。
「ちょうちょ…?」
そういえば、蝶なんて見たのは何年ぶりだろう。日本でもめっきり見られなくなった、というより気にもとめていなかったか。ましてやこちら側では虫といえば魔物だったし、可愛らしいモンシロチョウやらアゲハなんているとも思っていなかった。
『王様タスケタ アリガト』
「えっ?」
ミヤコはビクッと体を強張らせた。
(蝶がしゃべった?)
よく見ると蝶だと思ったものは、小さな人だった。
「……妖精」
『アタリ~』
「マジで……妖精?」
『マジデ~』
視線を変えれば、ひらひらしたものやトンボのようにキビキビ飛んでいるのもいる。遠巻きにしているものや、興味深そうにミヤコを覗き込んでいるものも。
「……妖精の王様、助かった?」
『王様 タスカッタ。チイサク ナッタケド タスカッタ』
「小さく?」
『イトシゴ 仲間 水ノ大精霊 タスケル』
「仲間…。クルトさんたち!」
ミヤコは瞬間にして現実に引き戻され、ガバッと起き上がる。
「っつー……」
急な動きに頭痛を感じて頭を垂れ、こめかみを押さえた。
「ええと…アイザックさんは」
『執行人 ダイジョブ。陸 モドシタ。グッジョブ』
「ああ、よかった…グッジョブだよ、妖精さん」
妖精王の光に耐えてくれたようだ。もともと彼には精霊たちがついているから大丈夫だろうと思っていたが、ちゃんと助けてくれたことがわかって安心し、胸を撫で下ろす。
「そっか。……妖精王、助かったんだ。間に合って、よかった」
ふう、と深呼吸をして頭を上げる。
ミヤコは池の真ん中で小舟に乗っていた。だが見たことのない、池だ。中心にガゼボがあり、その周りを囲んでいる小さな池。外堀には生垣があり、八重咲きの山茶花のような大輪の花が咲き乱れている。その大きさはミヤコの顔ほどもあるが。その後ろに広がるのは森のようだ。どう見ても西獄谷ではない。
「ここ、どこ?」
クスクスと笑う声が聞こえる。小舟が自然と動き出し、くるくると同じ場所を回転する。
「イタズラはやめて。ここはどこ?わたし、みんなのところ帰らなくちゃ」
『カエレナイ。カエサナイ。人間、デラレナイ』
「……どういうこと?」
声はクスクスと笑うだけで返事を返さない。ムッとしたミヤコは、オールを取り出して船を漕ごうとしたが、水の中からニュッと手が伸びてオールを取り上げられてしまった。
「あっ!ちょっと!」
『人間、オヨゲナイ。ミニクイ イキモノ。コノママ ココデ 死ンジャエ』
水の中から半分だけ顔を出した生き物が、ポキンといとも簡単にオールを折って水の中に投げ捨てた。ミヤコはそこで初めて、この池の生物がミヤコに対して良い感情を抱いていないのだと気がついた。理性はあるのだから瘴魔ではないが、精霊にしては言語を操っているし悪意がありすぎる。
「妖精さん?なんでわたしここにいるわけ?来たくて来たんじゃないんだけど?」
『オマエ、結界破ッテ来タ。ワタシタチ ヨンデナイ』
そう言われて、ミヤコは声の主たちが妖精でないことを悟った。妖精は悪戯好きだけど、たった今妖精王を助けた人間に対して「死んじゃえばいい」なんて言われる筋はない。
結界を破って?
思い当たるのは。
「……あんたたち、妖精じゃなくて水の精霊ね」
『ダッタラ ナニ?人間 弱イ。 ナニモ デキナイ』
「ふうん。………ねえ。わたしが精霊王の孫だって知ってて言ってる?」
精霊王と聞いて、水の精霊はピクリと動きを止めた。
『……ショウコ ナイ。ニンゲン ウソツキ』
「信じられない?じゃあ、歌いましょうか。晴天の歌とかどう?じゃなかったら水馬の反乱でも良いよ?」
『!』
晴天の歌は水たちにとっては天敵とも言える歌で、旱魃を呼ぶ。しかも蒸発するという苦しみを持って。水馬の反乱の歌はその名の通り、水が馬になって駆け出す歌だ。池に住む精霊にとってはありがたくない歌でもある。水が全て駆け出してしまうからだ。当然水が本体の水の精霊も操られるように駆け出してしまうだろう。
「さぞかし、苦しいでしょうねえ。うっふっふ」
悪役のような笑みを浮かべるミヤコを見て、水の精霊たちは動揺してぼそぼそと話し合いをしている。
ミヤコが森にいる時にまとわりついている精霊たちは、姿見を取らず光の精霊として現れる。森の精霊たちは穏やかでミヤコにも協力的だが、水の精霊たちは妙にプライドが高く、他の精霊たちと一線をおく。自分たちが特別でどちらかというと妖精に近いと考えているらしいが、権力に弱い。気に入らない人間は水の中に引きずり込み、溺れさせて死体を飾り棚に飾るというとんでもない趣味まで持っているらしい。
というのを、精霊王から昔聞いたことがあったので、ミヤコは少し高飛車な態度に出た。こういう輩には、どちらが上かしっかり見せつけなければいけない。下に見られたら最後、水中の引きずり込まれ殺される。
長らく妖精王が瘴気に侵され、水の大精霊の力も結界に使われて弱っていたのだろう、ここはどうやら無法地帯になっているようだ。妖精たちはもともといたずら好きで、冗談半分で妖精の国に人間を引っ張り込むらしい。よく聞くお伽噺はこうした人間から語られる。
とはいえ、妖精たちがここにミヤコを連れて来なければ、ミヤコは石化したまま死んでいたかもしれないが。
「さあ、どうする?わたしがここで歌って証明してもいいし、わたしを信じて陸にあげてくれるなら、それでもいいし?」
『イトシゴ、ウタ ダメ。オウサマ、マダ カイフク シテナイ』
『ボクラ、ナイアド コラシメル?』
妖精に『懲らしめる』と言われた水の精霊たちは、慌てて小舟を陸へと押し付けた。
『マタキタラ、シズメル。ミニクイ人間、王 ケガシタ』
苦々しくそういうと、べっと舌を出して水の精霊たちは水の中に帰って行った。ひとまず勝負はついたと、ホッとしてミヤコは早々に小舟を降りて池から離れた。
――この泉には、できるだけ近づかないようにしよう。
妖精たちはミヤコの周りを飛び回り、髪を触ったり服を触ったりしながら、森へと誘う。
妖精たちが連れて行ったのは小さなログハウス。昔妖精たちの気に入った人間でも連れてきたのだろうか、そこは人の手が入った家だった。
「へえ。人が住んでいたのね?」
ドアを開けると、そこにはキッチンがあり、小さなテーブルと2脚の椅子、梯子を上ったロフトにはベッドがあった。丸窓にはガラスもなく、アルプスの少女の家のようだ。流石にベッドは藁ではなく、木枠があり羊毛の詰まったマットレスだった。
「ここには羊がいるのかな?」
藁のベッドは気持ちがよさそうだが、チクチクしてアニメで見た目ほど気持ちがいいものではない。下手に寝返れば、藁が布地に縫い込まれて洗っても叩いてもなかなか取れないのだ。
「ああ、バックパック失くしちゃったかぁ…」
せっかくクルトが空間魔法で収納を用意してくれたものなのに。あれがあれば多少の食料は手に入ったのにと、がっかりしながらも野宿をしなくてもいいだけましか、とロフトへ上がった。ボスッとベッドに突っ伏すと案外寝心地が良く、ミヤコはもそもそとベッドに潜り込んだ。
「クルトさんたち大丈夫かな……」
早く西獄谷へ戻らなくちゃと思いつつ、ミヤコは日向の温もりの残るシーツに包まって、あっという間に夢の中へ揺蕩って行った。
***
霧の中を歩き続けると、ガゼボの中で誰かが座っているのがわかった。
子供のようだ。
鼻をすする音と、しゃくりあげる声が時折聞こえる。
「……どうしたの?」
ミヤコが尋ねると、座り込んでいた子供が顔を上げた。霧のせいで周りがよく見えないが、薄水色の長い髪が足元まで流れ、ヴェールのように全身を隠している。吸い込まれそうな青い瞳がミヤコを見つめた。
「怖いよう。助けて…」
幼い顔がくしゃりと歪み、大きな瞳から涙がこぼれ落ちる。ミヤコが駆け寄ろうとすると、パシャン、と水が跳ね上がりそれが人の形をとる。驚いて立ち止まると、人型に浮かび上がった赤い瞳がミヤコを睨みつけニヤリと笑い、行く手を阻んだ。
「どうした?取り戻したければ、此処まで来るが良い」
静かな低い声がミヤコの頭の中に響く。ぞくりと全身に鳥肌が立つ。頭の中に霧を捻じりこまれるような感覚がミヤコを襲った。頭を振り言葉を頭の中から追い出すと、ミヤコは目を細めて睨み返した。
人型はくっと笑う。
「ふん…。なるほど簡単には落ちないか…忌々しい」
「誰?その子を放しなさい」
瘴気のような匂いが立ち込め、ミヤコは眉をしかめた。忌なるもの、と頭が危険信号を送る。言霊を使うべきか、歌で御するか。
「お前に手出しはできまい。歌も言霊も我には通じぬ」
ミヤコは内心舌打ちをする。思考を読み取られている。行動を起こす前に悟られては手も足も出ない。人型の水はゆるりと姿を歪ませると、タプンと足元に沈んでいった。霧が立ち込めて子供の姿も見えなくなる。
「会いたければ此処まで来るがいい…」
「待ちなさい!」
ミヤコは手を伸ばしたが、気がつけばまだベッドの上だった。
「……夢?」
窓からのぞく景色は相変わらず春の陽気を携えていた。
==========
山茶花は英語で(Camellia sasanqua)と書きます。
サザンクゥア。quaってなんか可愛い、と思いませんか?
藁のベッドは花粉症の敵でした。死ぬかと思った。
「………青い…」
空が青い。暖かな日差しが、まるで春の陽気を思わせる。咲き乱れる花の甘い香りが鼻をつく。
体力は戻っていない。けだるくて、指一本あげられない。妖精王の成れの果てと対峙して、浄化をかけたまでは覚えている。妖精王はちゃんと浄化できたのだろうか、それとも消えてしまったのだろうか。
(そういえば、半分石化してたんだっけ、わたし)
体は重いとはいえ、石化しているような不自然さは感じられないし、自分はまだ生きている。
「あー……お腹すいたな」
ふと目の前にひらひらと蝶が飛ぶのを見た。
「ちょうちょ…?」
そういえば、蝶なんて見たのは何年ぶりだろう。日本でもめっきり見られなくなった、というより気にもとめていなかったか。ましてやこちら側では虫といえば魔物だったし、可愛らしいモンシロチョウやらアゲハなんているとも思っていなかった。
『王様タスケタ アリガト』
「えっ?」
ミヤコはビクッと体を強張らせた。
(蝶がしゃべった?)
よく見ると蝶だと思ったものは、小さな人だった。
「……妖精」
『アタリ~』
「マジで……妖精?」
『マジデ~』
視線を変えれば、ひらひらしたものやトンボのようにキビキビ飛んでいるのもいる。遠巻きにしているものや、興味深そうにミヤコを覗き込んでいるものも。
「……妖精の王様、助かった?」
『王様 タスカッタ。チイサク ナッタケド タスカッタ』
「小さく?」
『イトシゴ 仲間 水ノ大精霊 タスケル』
「仲間…。クルトさんたち!」
ミヤコは瞬間にして現実に引き戻され、ガバッと起き上がる。
「っつー……」
急な動きに頭痛を感じて頭を垂れ、こめかみを押さえた。
「ええと…アイザックさんは」
『執行人 ダイジョブ。陸 モドシタ。グッジョブ』
「ああ、よかった…グッジョブだよ、妖精さん」
妖精王の光に耐えてくれたようだ。もともと彼には精霊たちがついているから大丈夫だろうと思っていたが、ちゃんと助けてくれたことがわかって安心し、胸を撫で下ろす。
「そっか。……妖精王、助かったんだ。間に合って、よかった」
ふう、と深呼吸をして頭を上げる。
ミヤコは池の真ん中で小舟に乗っていた。だが見たことのない、池だ。中心にガゼボがあり、その周りを囲んでいる小さな池。外堀には生垣があり、八重咲きの山茶花のような大輪の花が咲き乱れている。その大きさはミヤコの顔ほどもあるが。その後ろに広がるのは森のようだ。どう見ても西獄谷ではない。
「ここ、どこ?」
クスクスと笑う声が聞こえる。小舟が自然と動き出し、くるくると同じ場所を回転する。
「イタズラはやめて。ここはどこ?わたし、みんなのところ帰らなくちゃ」
『カエレナイ。カエサナイ。人間、デラレナイ』
「……どういうこと?」
声はクスクスと笑うだけで返事を返さない。ムッとしたミヤコは、オールを取り出して船を漕ごうとしたが、水の中からニュッと手が伸びてオールを取り上げられてしまった。
「あっ!ちょっと!」
『人間、オヨゲナイ。ミニクイ イキモノ。コノママ ココデ 死ンジャエ』
水の中から半分だけ顔を出した生き物が、ポキンといとも簡単にオールを折って水の中に投げ捨てた。ミヤコはそこで初めて、この池の生物がミヤコに対して良い感情を抱いていないのだと気がついた。理性はあるのだから瘴魔ではないが、精霊にしては言語を操っているし悪意がありすぎる。
「妖精さん?なんでわたしここにいるわけ?来たくて来たんじゃないんだけど?」
『オマエ、結界破ッテ来タ。ワタシタチ ヨンデナイ』
そう言われて、ミヤコは声の主たちが妖精でないことを悟った。妖精は悪戯好きだけど、たった今妖精王を助けた人間に対して「死んじゃえばいい」なんて言われる筋はない。
結界を破って?
思い当たるのは。
「……あんたたち、妖精じゃなくて水の精霊ね」
『ダッタラ ナニ?人間 弱イ。 ナニモ デキナイ』
「ふうん。………ねえ。わたしが精霊王の孫だって知ってて言ってる?」
精霊王と聞いて、水の精霊はピクリと動きを止めた。
『……ショウコ ナイ。ニンゲン ウソツキ』
「信じられない?じゃあ、歌いましょうか。晴天の歌とかどう?じゃなかったら水馬の反乱でも良いよ?」
『!』
晴天の歌は水たちにとっては天敵とも言える歌で、旱魃を呼ぶ。しかも蒸発するという苦しみを持って。水馬の反乱の歌はその名の通り、水が馬になって駆け出す歌だ。池に住む精霊にとってはありがたくない歌でもある。水が全て駆け出してしまうからだ。当然水が本体の水の精霊も操られるように駆け出してしまうだろう。
「さぞかし、苦しいでしょうねえ。うっふっふ」
悪役のような笑みを浮かべるミヤコを見て、水の精霊たちは動揺してぼそぼそと話し合いをしている。
ミヤコが森にいる時にまとわりついている精霊たちは、姿見を取らず光の精霊として現れる。森の精霊たちは穏やかでミヤコにも協力的だが、水の精霊たちは妙にプライドが高く、他の精霊たちと一線をおく。自分たちが特別でどちらかというと妖精に近いと考えているらしいが、権力に弱い。気に入らない人間は水の中に引きずり込み、溺れさせて死体を飾り棚に飾るというとんでもない趣味まで持っているらしい。
というのを、精霊王から昔聞いたことがあったので、ミヤコは少し高飛車な態度に出た。こういう輩には、どちらが上かしっかり見せつけなければいけない。下に見られたら最後、水中の引きずり込まれ殺される。
長らく妖精王が瘴気に侵され、水の大精霊の力も結界に使われて弱っていたのだろう、ここはどうやら無法地帯になっているようだ。妖精たちはもともといたずら好きで、冗談半分で妖精の国に人間を引っ張り込むらしい。よく聞くお伽噺はこうした人間から語られる。
とはいえ、妖精たちがここにミヤコを連れて来なければ、ミヤコは石化したまま死んでいたかもしれないが。
「さあ、どうする?わたしがここで歌って証明してもいいし、わたしを信じて陸にあげてくれるなら、それでもいいし?」
『イトシゴ、ウタ ダメ。オウサマ、マダ カイフク シテナイ』
『ボクラ、ナイアド コラシメル?』
妖精に『懲らしめる』と言われた水の精霊たちは、慌てて小舟を陸へと押し付けた。
『マタキタラ、シズメル。ミニクイ人間、王 ケガシタ』
苦々しくそういうと、べっと舌を出して水の精霊たちは水の中に帰って行った。ひとまず勝負はついたと、ホッとしてミヤコは早々に小舟を降りて池から離れた。
――この泉には、できるだけ近づかないようにしよう。
妖精たちはミヤコの周りを飛び回り、髪を触ったり服を触ったりしながら、森へと誘う。
妖精たちが連れて行ったのは小さなログハウス。昔妖精たちの気に入った人間でも連れてきたのだろうか、そこは人の手が入った家だった。
「へえ。人が住んでいたのね?」
ドアを開けると、そこにはキッチンがあり、小さなテーブルと2脚の椅子、梯子を上ったロフトにはベッドがあった。丸窓にはガラスもなく、アルプスの少女の家のようだ。流石にベッドは藁ではなく、木枠があり羊毛の詰まったマットレスだった。
「ここには羊がいるのかな?」
藁のベッドは気持ちがよさそうだが、チクチクしてアニメで見た目ほど気持ちがいいものではない。下手に寝返れば、藁が布地に縫い込まれて洗っても叩いてもなかなか取れないのだ。
「ああ、バックパック失くしちゃったかぁ…」
せっかくクルトが空間魔法で収納を用意してくれたものなのに。あれがあれば多少の食料は手に入ったのにと、がっかりしながらも野宿をしなくてもいいだけましか、とロフトへ上がった。ボスッとベッドに突っ伏すと案外寝心地が良く、ミヤコはもそもそとベッドに潜り込んだ。
「クルトさんたち大丈夫かな……」
早く西獄谷へ戻らなくちゃと思いつつ、ミヤコは日向の温もりの残るシーツに包まって、あっという間に夢の中へ揺蕩って行った。
***
霧の中を歩き続けると、ガゼボの中で誰かが座っているのがわかった。
子供のようだ。
鼻をすする音と、しゃくりあげる声が時折聞こえる。
「……どうしたの?」
ミヤコが尋ねると、座り込んでいた子供が顔を上げた。霧のせいで周りがよく見えないが、薄水色の長い髪が足元まで流れ、ヴェールのように全身を隠している。吸い込まれそうな青い瞳がミヤコを見つめた。
「怖いよう。助けて…」
幼い顔がくしゃりと歪み、大きな瞳から涙がこぼれ落ちる。ミヤコが駆け寄ろうとすると、パシャン、と水が跳ね上がりそれが人の形をとる。驚いて立ち止まると、人型に浮かび上がった赤い瞳がミヤコを睨みつけニヤリと笑い、行く手を阻んだ。
「どうした?取り戻したければ、此処まで来るが良い」
静かな低い声がミヤコの頭の中に響く。ぞくりと全身に鳥肌が立つ。頭の中に霧を捻じりこまれるような感覚がミヤコを襲った。頭を振り言葉を頭の中から追い出すと、ミヤコは目を細めて睨み返した。
人型はくっと笑う。
「ふん…。なるほど簡単には落ちないか…忌々しい」
「誰?その子を放しなさい」
瘴気のような匂いが立ち込め、ミヤコは眉をしかめた。忌なるもの、と頭が危険信号を送る。言霊を使うべきか、歌で御するか。
「お前に手出しはできまい。歌も言霊も我には通じぬ」
ミヤコは内心舌打ちをする。思考を読み取られている。行動を起こす前に悟られては手も足も出ない。人型の水はゆるりと姿を歪ませると、タプンと足元に沈んでいった。霧が立ち込めて子供の姿も見えなくなる。
「会いたければ此処まで来るがいい…」
「待ちなさい!」
ミヤコは手を伸ばしたが、気がつけばまだベッドの上だった。
「……夢?」
窓からのぞく景色は相変わらず春の陽気を携えていた。
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山茶花は英語で(Camellia sasanqua)と書きます。
サザンクゥア。quaってなんか可愛い、と思いませんか?
藁のベッドは花粉症の敵でした。死ぬかと思った。
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