【完結】クローゼットの向こう側〜パートタイムで聖女職します〜

里見知美

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第3章:聖地ウスクヴェサール編

第64話:今できること

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「それじゃ、俺たちができるのはここで嬢ちゃんが戻ってくるのを指をくわえて見てるってことかよ」

 アイザックが苛立たしそうにに地面を蹴った。向こう側で何が起こっているのかもわからず、手助けすることもできないことに歯がゆく思う。

「そうでもないようだ」

 クルトの張り詰めた気を受けて素早く振り返ると、悪態をつきながらこちらに向かってくる団体の声が耳に入った。

「モンドのやつか…」
「どうするんっスか…。ここに突っ立ってたら、絶対この薬草の山を崩せって言いますよね」
「隠れたところで、彼奴はやるだろうけどな」
「アッシュ隊長が後ろにいるといいんっスけど」
「敵対するしかないか…あるいは言い含められれば」
「隠そうとすればするほど、モンファルト王子は目をつけるだろうな」
「廃嫡された王子なんか殺したって誰も文句はないんじゃないか?」
「物騒っスよ、アイザックさん」
「アイザックは下がってろ。お前がいると戦わずにいられなくなる」
「チッ。何だよ。嬢ちゃんに関わったらお前だって有無を言わさず切るだろうに」
「……関わればな」

 少し間をおいて肯定するクルトにルノーはため息をつく。結局のところ、アイザックとクルトは似た者同士なのだ。とはいえ、ルノーも大差なくモンドを排除することに何ら躊躇いはないのだが。

「全然否定してないし……」

 人としてどうかと思うぞ、と内心ぶつくさ言いながらも、これまでのモンドの行動を振り返れば致し方ないかと首を横に振った。

「どうしたってここだけは守るぞ」
「わかってるっス…。そんじゃ俺は」

 そう言いかけながらルノーの姿がブレて、その場から姿を消した。

「相変わらずだな」
「うおっ?どこ行ったんだ、あいつ?」
「ルノーは特殊部隊の諜報員でもあったから…ここはお前に任せるぞ、アイザック」
「へ?何を…」

 アイザックが横を見ると、すでにクルトの姿もそこにはいなかった。

「何だよお前ら。めんどくさいことは全部俺かよ!」

 一人残されたアイザックは盛大にため息をついて、大剣を構えた。

 湖を挟んだ対岸に、イライラしたオーラを纏ったモンドとアッシュたち隊員が現れたのを見て、アイザックは大剣の先を地面につけて仁王立ちになった。

「アイザックか。生きてたんだな」

 モンドが口角を上げる。

 相変わらず嫌みたらしいやつだと、内心毒づきながらアイザックもニヤリと笑った。

「ああ、ひどい目にあったがな。何とか生き延びたぜ。遅かったじゃないか。朝寝坊でもしたのか」
「ふん。何処かの誰かが街からここまで森を作ってくれてな」

 それについては知らなかったアイザックが目を丸くした。

(嬢ちゃんが先に手を打っていたのか。まったく、侮れない女だな)

「なるほどな。だったら感謝するべきなんじゃないのか?妖精王の聖なる光の暴発で西獄谷ウエストエンドは見ての通りだからな。森がなかったら、グレンフェールも壊滅してたかもしれんぞ」
「……そうか。あの光は妖精王の…。それで、あの女はどうした」
「……あの暴発に紛れて、俺も死にかけたからな。どうなったことか」
「見失ったということか」
「まあな。探してみたが、まだ見つからん」
「ハルクルトは?」
「さあな……嬢ちゃんを探してるとこじゃないか?あいつは嬢ちゃんなしではいられないからなあ」

 へっと鼻で笑うアイザックに目をほそめるモンド。

「嘘が下手だな。ハルクルトそこにいるのは分かってるぞ。出てきたらどうだ」
「別に隠れていたわけじゃないさ」

 ガサッと下草を踏み鳴らし、クルトはモンドたちの真後ろにある木立に寄りかかって微笑みを返した。森の緑を湛えたような緑の瞳がモンドを睨みつけている。視線を体にビリビリと感じながらも、モンドは目を伏せて、ふっと笑った。

「女一人に大層なことだな」

 クルトの身体がぴくりと動く。モンドの後ろにいた隊員たちは、クルトからほとばしる殺気に当てられて、ぐっと体を硬直させる。

「その女一人に助けられたのは、お前も同じだがな」

 ブワッと黒い気がモンドを包む。隊員たちはますます体を硬直させる。冷や汗が背中を伝い、ひっと息を飲む。やるなら他所でやってくれ!と言わんばかりだ。

 赤獅子と黒龍の気が不穏な風を周りに起こす。ハルクルトが赤獅子の呼ばれた所以がここにある。除隊する前のハルクルトは、この気を常に纏っていた。近づくものを拒み、食い尽くすような気。少しでも油断しようものなら、呑み込まれて身動きが取れなくなる。

 だが、傘下に入れた隊員ですら恐怖に陥れそうな圧力でもって隊をまとめ上げていた反面、全てを守るような大きな力も併せ持っていたのだ。守られていると体感する隊員達は、絶大なる信頼をハルクルトに寄せ、ハルクルトに従った。彼の元で命を落とすものはいなかったから。

 それが除隊されても慕われたハルクルトの本質であり、裏切りは許されないと本能で教えられた力。それが、3年のブランクを経て、ミヤコに出会ったことで驚くほど緩和されていたのだ。そして時を経ずハルクルトの魔力がバカみたいに増大した。ハルクルトの元で働いたことのある戦士にとって、ミヤコはそれこそ絶対的存在なのだ。ハルクルトの安定剤。それを取り上げられたハルクルトは、バーサーカーと化した狂獅子だ。

 対するモンドは、幼い頃からふつふつとこじらせた感情を持て余した黒龍。本心を巧みに隠し、それが例え身の破滅を呼ぼうとも、狙った獲物は必ず手に入れる執念深さがある。他人を信用せず、使えないとわかれば利用して切り捨てる王者として育てられたため、冷徹さを持っているものの夢を追いかけ実現しようとする情熱も併せ持ち、そのあたりで貴族達から支持を得ていることもある。

 しかし。

 討伐隊員達は、ダラダラと汗をかいている。ここでハルクルトを支持すれば、モンドからは敵対され、黙っていればハルクルトの気に喰われてしまう。もちろんアッシュ達討伐隊員はハルクルトを絶対的に支持しているが、ここでその態度をみせればそれまでの隠密行動が無駄になってしまうため、キュッと口を結んで嵐が去るのを待っていた。

「あー…ともかくだな」

 その緊迫を破ったのはアイザックだった。

「くまなく探してみたが、嬢ちゃんの姿は未だに見つからん。爆風で吹き飛ばされたのかもしれんが、生きてるかどうかもわからん。俺たちは…ハルクルトを見ればわかるだろうが、嬢ちゃんに思い入れもあるからな。せめて体の一部が見つかるまで探すつもりだ。で、ここにはルブラート教徒も生きていそうもない。隠れ家らしきものもない。全部吹っ飛んだからな。つまり西獄谷は浄化されて瘴気もなければ、魔獣も消滅した。あとは野生の動物が帰ってくるのを待つだけだ」

 隊員達が息を飲んだ。

「ミヤさんが、生きている確率は、ほとんどゼロ?」
「か、体の一部が見つかればいい、だと?」
「そんな…愛し子が」
「聖女が…」

 ハルクルトが大きく息を吸ったのが、全員の耳に届いた。

「僕はミヤを探す。だが、モンド。お前の目標は到達したな。ここにルブラート教はいない。これからどうするつもりだ」

 アイザックの言葉に目を大きく見開いていたモンドだったが、クルトの言葉でハッと我に返り、クルトを睨みつける。

「……そうだな。ルブラート教徒がここにいないのなら…あとは天南門サウスゲートの浄化だが。あの女がいないとなると難しいな」
「ふっ。次期の王を狙うものが、女一人の力を頼って国を治めようというのか。笑わせるな」
「………それほど失くしたものが惜しいか、ハルクルト。赤獅子の名が泣くな」
「二つ名を願った覚えはない」
「まあいい。俺が国を治めた暁には、女の墓くらい建ててやろうじゃないか」
「……まだ死んだと決まったわけじゃない」
「好きにしろ。だが、報告は怠るなよ。何か見つかればすぐに知らせろ。隠しても無駄だぞ」
「報告?お前に従う義理はないはずだがな」
「ならば、俺が先に見つけて女を頂くとするが?俺はしつこいぞ。魔力のない未熟な女とはいえ、調教すればいい声で啼くだろうな」
「……」

 クルトの気が重力を帯びてどす黒く変わったのを感じて、くくっと笑うとモンドは顎を引いて撤退を促した。

天南門サウスゲートで報告を待つ」

 踵を返して去っていくモンドを睨みつけるクルトに、アッシュが最後尾で目配せをする。クルトは任務を続行しろと目で指示を出し、アッシュは頷き隊員たちを促すとモンドに付いていった。



 *****



 モンドたちの姿が見えなくなって、クルトはふうっと震える息を吐いた。

「忌々しい…お前なんぞに指一本、いや髪一本触らせるか。いつか絶対殺してやる」

 握りしめていた両手は血の気をなくし真っ白になっていた。爪痕が手のひらに残る。

「はあ~。チビるトコでしたよ、ハルクルト隊長~」

 少し離れた木の上から、ルノーがストンと降り立った。久々に赤獅子の気を味わいました、とクルトに歩み寄る。

「てめーら、怖えよ!」

 アイザックもはあ、と肩を下ろして気を抜いた。

「まあ、ともかくハルクルトのおかげでモンドの奴、この茂みに気もかけなかったな」
「ああ。あいつは単純だからな。あまり周囲に気を使わない。自分が強いと自負している証拠だ」
「けっ。あれで王者の風格とか粋がってるんなら、やっぱこの国はおしまいだな」
「ともかく…あとはミヤが戻って来れば、いいんだが…」

 ルノーは、怒りからか僅かに震えているクルトに気がついて、去っていったモンドの方向に目をやった。

 ミヤコが生きていることは、精霊から聞いて理解したクルトだったが、姿を見るまで安心なんかできやしない、そんな態度が見え見えだ。ミヤコを案ずる気持ちが前面に出ていたからこそ、モンドの気も削ぐことができた。ミヤコが生きていると信じているクルトの態度にモンドは気づいてクルトを煽り、牽制した上で引いたのだろう。

「嫌な奴っすね…」

 ひとまず時間稼ぎはできたことは間違いないとルノーは独りごちた。

 周囲に目を向けなかったのは奴の傲慢さの表れか、それだけの器の男なのか。アイザックのいう通り、これが王になった日にはこの国は終わりかもしれない。

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