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第3章:聖地ウスクヴェサール編
第68話:人として
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「ウスカーサ!無事でよかったわ」
ミヤコを抱き上げたまま泉をゆるりと渡り、岸辺に立った水の大精霊にキミヨが声をかけた。キミヨに目を向けた大精霊は目を細めると、ミヤコを地面に下ろしキミヨに手を伸ばした。
「愛し子…久しいな」
「私は愛し子じゃないわよ。そろそろ引きこもりもやめたらどうなの?情報が古すぎるわ」
「ああ…そうだったな。今はこの娘…」
「私の孫娘、ミヤコよ」
「なるほど。どうりで懐かしい気を持っていると思った…が、この子はすごいな」
「妖精王までも浄化したのよ。ミヤコがいなかったら妖精王どころか、この世界そのものが危なかったかもね」
「なぜ精霊王が動かなかったのか、わかった気がしたよ」
ウスカーサ、と呼ばれた水の大精霊はキミヨをひとしきり抱きしめ、ボソボソと一通りの会話をして、キミヨを解放した。
「それで、妖精王はどうした?」
「宮殿で療養中らしいわ。瘴気にやられて瘴魔になったところで、ミヤコに浄化されたらしくてね。一気に力を解放したから体力が極限まで減ってしまって小振りになってしまったって話よ」
「小振り?」
「ええ。ほら、森の精霊サイズっていうの?」
「………なるほど」
顕現できなくなってしまうほどの力を放出したわけか。矜持の高い妖精王のことだ、しばらく姿を現さないだろう、とウスカーサは在りし日の妖精王を顧みた。我儘な妖精王に付き合わされて何百年と経ってしまったことに思わず遠い目になる。
「まったく厄介な王だった」
「しつこかったわよねえ」
「人間の風習に囚われすぎるのも妖精の悪い癖だな」
「私はもともと人間だったからわからないでもないけど…妖精王と婚姻は難しいわよねえ、大精霊としては」
「したいと願った事もない」
苦笑いをするキミヨに、それまでシロウと戯れていたミヤコが目を丸くする。
「え?ちょっと待って。おばあちゃん?妖精王って大精霊と結婚したがってたの?」
「そう。妖精王は面食いだから何かとウスカーサを気に入って付いて歩いてたのよ」
「アラヴェッタって妖精王?えっと…妖精王ってもしかして…」
「現妖精王は正確には女王よ」
「ええっ!?」
ミヤコは王様といえば男性だと思い込んでいたため、まさか妖精王が女性だとは思いもしなかったのだ。ウスカーサはミヤコの驚きに首をかしげていたが、精霊は男性、女性の概念が薄いため、何をそんなに驚いているのかわからない。
「婚姻などという人間界の形式を面白半分で取り入れようとするのでな。困ったものだよ」
「形式」
「精霊には婚姻などという形式は存在しない。そもそも人間のように子作りという概念もないからな。我々水精霊は、清浄な水があれば必要に応じて生まれるし、妖精に関しては花の蜜と妖精王の魔力で分身を創り出すであろう」
「ええ!そ、そうなんですか?」
「まあ、花の蜜の代わりに、木の芽や実からも成るが…所属によっても変わるな」
「ええ…」
「今の妖精王だって、前妖精王が偶々くしゃみをした時に魔力を多めに吹き出してしまったがための産物だしな」
「妖精王がくしゃみの産物…」
「だからか、あいつはいつも突拍子もないことを始めるんだ」
全く困ったものだ、と頭をふるウスカーサを半目で見つめるミヤコ。何とも夢のないというか、ぞんざいというか。まあ人間の神話だって、泥人形から作ったという話もあるし、面倒くさくなった神様がロープを泥水に浸して振るった飛沫から人間が生まれたとかいう話もあるくらいだ。アダムの肋骨からイブができたというよりは血生臭くなくていいが。
まさか妖精や精霊がそんな風に生まれてくるなど、考えてもいなかったというのが正直な感想だろう。
「知りたくなかったな…」
軽い眩暈を感じて頭をふるミヤコに、キミヨは苦笑した。
***
「結局のところ、どうしてあんなに瘴気が西獄谷に溢れていたの?」
ミヤコが大精霊を救った場所は水鏡の狭間と呼ばれ、人間界と精霊界をつなぐ水鏡の通り道にできた歪みなのだそうだ。狭間に落ちた普通の精霊は、本来ならば出ることができない蟻地獄のようなものらしい。
「あの醜悪な魂がいただろう」
「ルビラの魂ね」
「あれが瘴気を撒き散らしていたからな。もともと狭間《ユナール》ができたのも、あれの仕業だと思う。両世界に悪意を撒き散らしたがために被害が大きくなった」
そこでミヤコはふと気がついた。モンドがルブラート教徒が潜んでいるに違いないと言っていたのは、ルビラの魂そのものだったのではないか、と。悪意や憎悪から生まれた瘴気が両世界の水辺に広がり、それをモンドが感じ取ったのではないか。
「ルビラの魂は…」
「狭間で受けたダメージはそのまま魂へ響いただろう。そなたの使った浄化法は精霊王と同じものだったからこそ私は救われたが、そもそも悪意に塗れた魂はおそらく浄化された。あの場所では、本来ならばキミヨ殿の作った浄化の歌や癒しの歌は効かないのだ」
「ああ…そういえば、水魔が『歌も言霊も我には通じぬ』とか言ってた…」
精霊王や大精霊は十分な力があるので通常であれば、その歪みを見つければ修正し狭間を塞ぐのだが、今回ウスカーサには十分な気力も魔力も残っていなかった。そして、その狭間に入り込んでウスカーサを捉えたルビラの魂。
時間関与のない狭間では回復も出来ず、永遠に狭間にとらわれるところだったのだが、そこへミヤコが颯爽と現れ救い出したというのだ。失敗すれば、ミヤコもろとも狭間に囚われてしまっていたというから、キミヨと精霊王にはそれなりに自信もあったのだろうが、内心焦りまくったミヤコだった。
「魂が浄化されたら、それは綺麗になって生まれ変われるっていうこと?」
「いや。あの魂は遥か昔、シェリオルの水辺で洗われたはずなのだ。だが根強い負の感情が残り、本来ならば火の大精霊の下にあるアーラ火山の業火で浄化されるはずだった」
本来ならば、水の大精霊の管理するところのシェリオルと呼ばれる魂の水辺で浄化され、行き先を決めるはずなのだが、ルビラの魂は強い確執を現世に残したため、火の大精霊アガバのアーラの業火で焼かれ、浄化する予定だった。
だが、導かれていたはずのルビラの魂が、その導きを抜け出し狭間へ逃げ込んだ。
ルビラが死してから何百年経った今、東の魔の森に続き、西獄谷に溢れた瘴気と魔獣の暴走、ミラート神国の王国問題。妖精王も大精霊も見えない何かに翻弄される始末。
「なんか、偶然というよりも巧妙に仕組まれたって感じがするね」
「……言われてみれば、そうね」
キミヨもミヤコの意見に頷いた。最初は、ミヤコの犯した癇癪が原因で東の魔の森が生まれたのだと思ったが、それを皮切りに西獄谷にも瘴気が溢れ、天南門にも魔獣が溢れた。ホロンの水場の近くの、樟があった聖地ソルイリスは穢され、死に絶えた荒野へと変貌を遂げた。
そして引き続いて、聖地ウスクヴェサールだ。
確かに、偶然にしては全てが重なり合いすぎている。
ブレーキをなくした車輪のように次々に問題が連鎖していく。
「精霊王は本当に何も知らないの?」
ミヤコの疑問ももっともだった。大精霊はそれぞれの管轄のみで動くいわば部長のようなもの。だとすれば、精霊王は社長だ。何千年も生きて、この世界を傍観している精霊王が各地で何が起こっているのか知らないわけはないだろう、というのがミヤコの考えだ。
「……我々は基本、人間世界に干渉しないのだ、愛し子よ」
ウスカーサが口を挟む。自分たちの王が疑われれば、いささか面白くもない、といったところか。
「人間が生きようと滅びようと、我々精霊はこの世界が営みを続ける限り、その役目を担うだけだ。仮に私が狭間に落ちて消滅したなら、その内私の代わりになる別の大精霊が現れたに違いない。それが我ら精霊に与えられた役目なら」
「たかが人間って言うけど、その人間を救おうとあなたは結界を張り続けていたのよね?それに、そのたかが人間であるはずのルビラが、いるはずのない狭間に入り込んで大精霊であるあなたを取り込もうとしていたのよ。それでもたかが人間に値するわけ?」
「……ふむ」
ムッとしたミヤコに、ウスカーサは開きかけた口を閉じる。
「わたしは確かに愛し子なんて呼ばれてこの世界にいるけれど、もともとこの世界にはいないはずの人間なんだよ。魔力もない、自分自身で守る力もほとんどない人間。でも、心はある。この世界には、わたしのせいで死んだ人がいるかもしれない。それはもうどうしようもないけれど、生きて欲しいと願う人も沢山いるし、できればみんなに幸せになってもらいたいと思う。
あなただって妖精王だって、ほっておけなかったから助けようと頑張った。そうすることで他のみんなも助けることができるから。それができる立場にいるなら私は全力で行動する。あなたたちはそれができる立場にいながらどうして動かないの?この世界の営みを守るためにあるなら、人間だってその営みの一つなんじゃないの?守るべき存在じゃないの?」
ミヤコの中には、必死に生きようとしているクルトや、アイザック、町や村のみんなの顔が浮かび、自分の言葉がだんだんエスカレートして感情的になっていくのがわかった。一拍おいて深呼吸をする。
「……確かにわたしを含めて人間は勝手な生き物で、自然の調和を乱すかもしれないけど、皆が皆そういうわけじゃない」
「……そうか」
小首を傾けて、黙ってミヤコの言い分を聞いていた大精霊だったが、ぎゅっと拳を握ったミヤコが黙り込んだところで、短い相槌を打った。
「私は精霊界の縛りがあるため、直接的に力を使うことはできないが、手助けを施すくらいはできる。そなたがそこまで言うのであれば、率先して人間を導いてもらおうか」
「え?」
「ミヤコ、といったな。そなたは精霊王の愛し子だ。大地の精霊の加護も付いているようだし、全くの無能というわけではあるまい。何しろ狭間に潜り込んで、私を助けるほどの力の持ち主なのだからな」
「そ、それは泉の精霊の助けもあったし、おばあちゃんの歌もあったからで」
「それだけではなく、そなたは精霊王の浄化を使ったではないか」
「えっ!?」
今度はキミヨが驚く番だった。
「アルヒレイトの浄化を使った?ミヤコが?」
「え、えっと。あの時は必要だったから、見よう見まねで…」
「見よう見まね!?それって泉の浄化に使った、あれを!?」
「う、うん」
キミヨは開いた口が塞がらなかった。
精霊王の浄化など、そうそう真似が出来る代物ではない。だからこそ、キミヨは歌を練るのだ。祝詞に祈りと魔力を練り合わせ神力を発揮させるための歌。ミヤコは確かにキミヨが作った歌をいとも簡単に紡ぎ上げる。簡単に覚えて、一度の練習もなく使いこなすのは、いつものことながら舌をまく。才能があるのだと信じてきたが、これは才能とか努力とか、一括りに言えるものではない。
キミヨはゾッとした。
自分の可愛い孫娘に秘められた力と運命は、この娘をどこへ繋げるのか、と。自分の血に秘められた巫女の力と、精霊王の血を併せ持った孫娘。感情が昂ぶれば、言霊だけで発揮される力。人がたどり着くことのできない場所へ飄々と渡り、帰ってくる力。
「…アルヒレイト。まさかわざとミヤコに見せた…?」
彼は何を知って、ミヤコを自由に動かしているのか。この一連の騒動は、仕組まれたものなのか。
彼は、何を隠しているのか。
ミヤコを抱き上げたまま泉をゆるりと渡り、岸辺に立った水の大精霊にキミヨが声をかけた。キミヨに目を向けた大精霊は目を細めると、ミヤコを地面に下ろしキミヨに手を伸ばした。
「愛し子…久しいな」
「私は愛し子じゃないわよ。そろそろ引きこもりもやめたらどうなの?情報が古すぎるわ」
「ああ…そうだったな。今はこの娘…」
「私の孫娘、ミヤコよ」
「なるほど。どうりで懐かしい気を持っていると思った…が、この子はすごいな」
「妖精王までも浄化したのよ。ミヤコがいなかったら妖精王どころか、この世界そのものが危なかったかもね」
「なぜ精霊王が動かなかったのか、わかった気がしたよ」
ウスカーサ、と呼ばれた水の大精霊はキミヨをひとしきり抱きしめ、ボソボソと一通りの会話をして、キミヨを解放した。
「それで、妖精王はどうした?」
「宮殿で療養中らしいわ。瘴気にやられて瘴魔になったところで、ミヤコに浄化されたらしくてね。一気に力を解放したから体力が極限まで減ってしまって小振りになってしまったって話よ」
「小振り?」
「ええ。ほら、森の精霊サイズっていうの?」
「………なるほど」
顕現できなくなってしまうほどの力を放出したわけか。矜持の高い妖精王のことだ、しばらく姿を現さないだろう、とウスカーサは在りし日の妖精王を顧みた。我儘な妖精王に付き合わされて何百年と経ってしまったことに思わず遠い目になる。
「まったく厄介な王だった」
「しつこかったわよねえ」
「人間の風習に囚われすぎるのも妖精の悪い癖だな」
「私はもともと人間だったからわからないでもないけど…妖精王と婚姻は難しいわよねえ、大精霊としては」
「したいと願った事もない」
苦笑いをするキミヨに、それまでシロウと戯れていたミヤコが目を丸くする。
「え?ちょっと待って。おばあちゃん?妖精王って大精霊と結婚したがってたの?」
「そう。妖精王は面食いだから何かとウスカーサを気に入って付いて歩いてたのよ」
「アラヴェッタって妖精王?えっと…妖精王ってもしかして…」
「現妖精王は正確には女王よ」
「ええっ!?」
ミヤコは王様といえば男性だと思い込んでいたため、まさか妖精王が女性だとは思いもしなかったのだ。ウスカーサはミヤコの驚きに首をかしげていたが、精霊は男性、女性の概念が薄いため、何をそんなに驚いているのかわからない。
「婚姻などという人間界の形式を面白半分で取り入れようとするのでな。困ったものだよ」
「形式」
「精霊には婚姻などという形式は存在しない。そもそも人間のように子作りという概念もないからな。我々水精霊は、清浄な水があれば必要に応じて生まれるし、妖精に関しては花の蜜と妖精王の魔力で分身を創り出すであろう」
「ええ!そ、そうなんですか?」
「まあ、花の蜜の代わりに、木の芽や実からも成るが…所属によっても変わるな」
「ええ…」
「今の妖精王だって、前妖精王が偶々くしゃみをした時に魔力を多めに吹き出してしまったがための産物だしな」
「妖精王がくしゃみの産物…」
「だからか、あいつはいつも突拍子もないことを始めるんだ」
全く困ったものだ、と頭をふるウスカーサを半目で見つめるミヤコ。何とも夢のないというか、ぞんざいというか。まあ人間の神話だって、泥人形から作ったという話もあるし、面倒くさくなった神様がロープを泥水に浸して振るった飛沫から人間が生まれたとかいう話もあるくらいだ。アダムの肋骨からイブができたというよりは血生臭くなくていいが。
まさか妖精や精霊がそんな風に生まれてくるなど、考えてもいなかったというのが正直な感想だろう。
「知りたくなかったな…」
軽い眩暈を感じて頭をふるミヤコに、キミヨは苦笑した。
***
「結局のところ、どうしてあんなに瘴気が西獄谷に溢れていたの?」
ミヤコが大精霊を救った場所は水鏡の狭間と呼ばれ、人間界と精霊界をつなぐ水鏡の通り道にできた歪みなのだそうだ。狭間に落ちた普通の精霊は、本来ならば出ることができない蟻地獄のようなものらしい。
「あの醜悪な魂がいただろう」
「ルビラの魂ね」
「あれが瘴気を撒き散らしていたからな。もともと狭間《ユナール》ができたのも、あれの仕業だと思う。両世界に悪意を撒き散らしたがために被害が大きくなった」
そこでミヤコはふと気がついた。モンドがルブラート教徒が潜んでいるに違いないと言っていたのは、ルビラの魂そのものだったのではないか、と。悪意や憎悪から生まれた瘴気が両世界の水辺に広がり、それをモンドが感じ取ったのではないか。
「ルビラの魂は…」
「狭間で受けたダメージはそのまま魂へ響いただろう。そなたの使った浄化法は精霊王と同じものだったからこそ私は救われたが、そもそも悪意に塗れた魂はおそらく浄化された。あの場所では、本来ならばキミヨ殿の作った浄化の歌や癒しの歌は効かないのだ」
「ああ…そういえば、水魔が『歌も言霊も我には通じぬ』とか言ってた…」
精霊王や大精霊は十分な力があるので通常であれば、その歪みを見つければ修正し狭間を塞ぐのだが、今回ウスカーサには十分な気力も魔力も残っていなかった。そして、その狭間に入り込んでウスカーサを捉えたルビラの魂。
時間関与のない狭間では回復も出来ず、永遠に狭間にとらわれるところだったのだが、そこへミヤコが颯爽と現れ救い出したというのだ。失敗すれば、ミヤコもろとも狭間に囚われてしまっていたというから、キミヨと精霊王にはそれなりに自信もあったのだろうが、内心焦りまくったミヤコだった。
「魂が浄化されたら、それは綺麗になって生まれ変われるっていうこと?」
「いや。あの魂は遥か昔、シェリオルの水辺で洗われたはずなのだ。だが根強い負の感情が残り、本来ならば火の大精霊の下にあるアーラ火山の業火で浄化されるはずだった」
本来ならば、水の大精霊の管理するところのシェリオルと呼ばれる魂の水辺で浄化され、行き先を決めるはずなのだが、ルビラの魂は強い確執を現世に残したため、火の大精霊アガバのアーラの業火で焼かれ、浄化する予定だった。
だが、導かれていたはずのルビラの魂が、その導きを抜け出し狭間へ逃げ込んだ。
ルビラが死してから何百年経った今、東の魔の森に続き、西獄谷に溢れた瘴気と魔獣の暴走、ミラート神国の王国問題。妖精王も大精霊も見えない何かに翻弄される始末。
「なんか、偶然というよりも巧妙に仕組まれたって感じがするね」
「……言われてみれば、そうね」
キミヨもミヤコの意見に頷いた。最初は、ミヤコの犯した癇癪が原因で東の魔の森が生まれたのだと思ったが、それを皮切りに西獄谷にも瘴気が溢れ、天南門にも魔獣が溢れた。ホロンの水場の近くの、樟があった聖地ソルイリスは穢され、死に絶えた荒野へと変貌を遂げた。
そして引き続いて、聖地ウスクヴェサールだ。
確かに、偶然にしては全てが重なり合いすぎている。
ブレーキをなくした車輪のように次々に問題が連鎖していく。
「精霊王は本当に何も知らないの?」
ミヤコの疑問ももっともだった。大精霊はそれぞれの管轄のみで動くいわば部長のようなもの。だとすれば、精霊王は社長だ。何千年も生きて、この世界を傍観している精霊王が各地で何が起こっているのか知らないわけはないだろう、というのがミヤコの考えだ。
「……我々は基本、人間世界に干渉しないのだ、愛し子よ」
ウスカーサが口を挟む。自分たちの王が疑われれば、いささか面白くもない、といったところか。
「人間が生きようと滅びようと、我々精霊はこの世界が営みを続ける限り、その役目を担うだけだ。仮に私が狭間に落ちて消滅したなら、その内私の代わりになる別の大精霊が現れたに違いない。それが我ら精霊に与えられた役目なら」
「たかが人間って言うけど、その人間を救おうとあなたは結界を張り続けていたのよね?それに、そのたかが人間であるはずのルビラが、いるはずのない狭間に入り込んで大精霊であるあなたを取り込もうとしていたのよ。それでもたかが人間に値するわけ?」
「……ふむ」
ムッとしたミヤコに、ウスカーサは開きかけた口を閉じる。
「わたしは確かに愛し子なんて呼ばれてこの世界にいるけれど、もともとこの世界にはいないはずの人間なんだよ。魔力もない、自分自身で守る力もほとんどない人間。でも、心はある。この世界には、わたしのせいで死んだ人がいるかもしれない。それはもうどうしようもないけれど、生きて欲しいと願う人も沢山いるし、できればみんなに幸せになってもらいたいと思う。
あなただって妖精王だって、ほっておけなかったから助けようと頑張った。そうすることで他のみんなも助けることができるから。それができる立場にいるなら私は全力で行動する。あなたたちはそれができる立場にいながらどうして動かないの?この世界の営みを守るためにあるなら、人間だってその営みの一つなんじゃないの?守るべき存在じゃないの?」
ミヤコの中には、必死に生きようとしているクルトや、アイザック、町や村のみんなの顔が浮かび、自分の言葉がだんだんエスカレートして感情的になっていくのがわかった。一拍おいて深呼吸をする。
「……確かにわたしを含めて人間は勝手な生き物で、自然の調和を乱すかもしれないけど、皆が皆そういうわけじゃない」
「……そうか」
小首を傾けて、黙ってミヤコの言い分を聞いていた大精霊だったが、ぎゅっと拳を握ったミヤコが黙り込んだところで、短い相槌を打った。
「私は精霊界の縛りがあるため、直接的に力を使うことはできないが、手助けを施すくらいはできる。そなたがそこまで言うのであれば、率先して人間を導いてもらおうか」
「え?」
「ミヤコ、といったな。そなたは精霊王の愛し子だ。大地の精霊の加護も付いているようだし、全くの無能というわけではあるまい。何しろ狭間に潜り込んで、私を助けるほどの力の持ち主なのだからな」
「そ、それは泉の精霊の助けもあったし、おばあちゃんの歌もあったからで」
「それだけではなく、そなたは精霊王の浄化を使ったではないか」
「えっ!?」
今度はキミヨが驚く番だった。
「アルヒレイトの浄化を使った?ミヤコが?」
「え、えっと。あの時は必要だったから、見よう見まねで…」
「見よう見まね!?それって泉の浄化に使った、あれを!?」
「う、うん」
キミヨは開いた口が塞がらなかった。
精霊王の浄化など、そうそう真似が出来る代物ではない。だからこそ、キミヨは歌を練るのだ。祝詞に祈りと魔力を練り合わせ神力を発揮させるための歌。ミヤコは確かにキミヨが作った歌をいとも簡単に紡ぎ上げる。簡単に覚えて、一度の練習もなく使いこなすのは、いつものことながら舌をまく。才能があるのだと信じてきたが、これは才能とか努力とか、一括りに言えるものではない。
キミヨはゾッとした。
自分の可愛い孫娘に秘められた力と運命は、この娘をどこへ繋げるのか、と。自分の血に秘められた巫女の力と、精霊王の血を併せ持った孫娘。感情が昂ぶれば、言霊だけで発揮される力。人がたどり着くことのできない場所へ飄々と渡り、帰ってくる力。
「…アルヒレイト。まさかわざとミヤコに見せた…?」
彼は何を知って、ミヤコを自由に動かしているのか。この一連の騒動は、仕組まれたものなのか。
彼は、何を隠しているのか。
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(※黒幕については推理的な要素はありませんと小声で言っておきます)
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