【完結】クローゼットの向こう側〜パートタイムで聖女職します〜

里見知美

文字の大きさ
78 / 127
第3章:聖地ウスクヴェサール編

第74話:帰省

しおりを挟む
 ミントの香りが鼻をついて目を覚ますと、目の前にあったのはクルトの厚い胸板だった。

「フグッ…」

 思わず叫び声をあげる手前で慌てて息を止め、声を飲み込む。

 以前にも似たようなことがあった。あの時は自分が酔っぱらって、目が覚めたらクルトの顔が隣にあったのだ。頭をもたげクルトの顔を覗き込むと長い睫毛が、端正な顔に影を作る。少しだけ開いた唇が色っぽく、思わずうっとりと眺めてしまう寝顔だったが、ふと自身を見るとショールをブランケット代わりにまとっているだけで、何も着ていないことに気がついた。傍らに乱暴に投げ散らかした衣類が目に入り、自分がどれほど乱れたか思い出してしまった。

(やらかした!)

 思わず地面に頭を打ち付けたくなったミヤコだったが、自分の自制力のなさを嘆いたところで仕方がなかった。雰囲気に流されたとはいえ、確かに同意の上の事。柔らかな新芽のミントが地面を覆っていたし、ガゼボの中だったとはいえ、最初っからまさかこんな屋外でとは考えてもみなかった。

(キスは前からしていたし、いきなりというわけではなかったけれど…恋人同士とかそんな関係にはっきりなっていたわけでもない、よね?で、でも好き同士なんだし、別に未成年でもあるまいし!)

 思い出しただけで火照る体に深呼吸をして頭をふると、そっと体を起こして脱ぎ散らかした服を身につけた。

「ミヤ。もう着込んだの?」

 いつの間にかクルトの手が後ろから伸びてミヤコを抱きかかえた。

「くっクルトさん、服っ!服着て!」
「なんだ、もう一回くらいやろうかと思ったのに」

 そう言って首筋にキスを落とすクルトを慌てて制して立ち上がろうとするが、腰に巻きつけられたクルトの腕は簡単に解けなかった。

「も、もう一回って…!」

 昨日アイザックたちが去ったのは昼過ぎだったのに、それからメロメロに抱き潰されて気がつけば日が変わっていた。最後には記憶にないほどで、気絶するように寝入ってしまったというのに、まだ足りないとか。

「向こうに帰らないといけないし!やることいっぱいあるんですよ!」

 真っ赤になるミヤコの体をやわやわと撫で回すクルトに遠慮はない。昨日までの紳士で誠実な態度のクルトはどこへ行った、とミヤが睨みつけると、ようやく肩をすぼめてミヤコからしぶしぶ手を離した。

「情熱的ですごくよかった」

 揶揄い半分にいうクルトに服を投げつけ、真っ赤になりながらツンとそっぽを向くミヤの頰にキスを落とすと、クルトはさっと湖で水浴びをして用意をした。

「今回は転移魔法を使うよ」
「え?でも、あれ魔力酔いを起こすんじゃなかった?」
「ん。ミヤには昨日たっぷり魔力を注いだから大丈夫のはず」
「!」
「キスからも魔力譲渡はしてたんだ。僕の魔力にもだいぶ慣れたよね」
「そ、そういうことを…!」

 バーズ村での失態からこれまで、何度も濃度の濃いキスをしたのはそういう理由があったのか、と今更ながら思いつくミヤコだった。

 キスが心地よいと思ったのは魔力を送られたせいだったのだろうか。クルトにされるキスで足に力が入らなくなり、いつもメロメロになってしまう。あれは魔力過多による酔っ払い現象だったのかもしれない。

 キスから送られるクルトの魔力は、それほどミヤコの体に蓄積されるわけではないのだが、少しずつとはいえミヤコの体に馴染んでいったようで、僅かながらも自分の魔力をミヤコから感じることができたクルトは、ミヤコの体の様子を見ながら送る量を増やしていった。それでも時間が経てば、自然に発散してなくなってしまう魔力を常に補充する様にしていたが、今朝はまだ十分な量を保っている様で、クルトは大満足だった。

 狂おしいほど愛おしい彼女から自分の魔力を感じる喜びと、自分のものであるとマーキングをすることができた満足感にはどこか達成感があった。

「体調はどう?魔力循環はうまくいってるみたいだけど」
「ん。大丈夫。…ちょっと腰が痛いけど…」

 自分で言って真っ赤になるミヤコを見て、クルトはぎゅっと抱きしめた。

「今晩は優しくするから」
「しないから!」

 クスクス笑うクルトに拳骨を振りかざしながらも、幸せ感を噛み締めるミヤコだった。


 ***


「おお!なんか懐かしい!」

 転移魔法を使って一ヶ月ぶりに緑の砦に戻ってきたクルトとミヤコは、伸び放題に育った植物を眺めた。

 聖女の結界のあたりに植えてあったピースリリーは森を作り、サンスベリアはすでに5メートルほどある街路樹の様に飄々と伸び上がっていた。アロエベラが店への入り口をふさぐ勢いで育っていたので、精霊にお願いをして少しサイズを小さくしてもらった。訓練場として何も植えていなかった部分もアロマティカスが全て覆いつくしてしまった様だ。緑の砦都その周辺はその名の通り、緑で包まれていた。

「この分だと、裏の畑もすごいことになっているかな」
「…ちゃんと精霊さんにお願いしておくべきだったね」
「まあ、無駄にはならないだろうから、ミヤが向こうへ帰っている間に整えておくよ」
「うん。納品もあるし、きっとうちの畑もすごいことになってると思うしね。一週間ぐらいかかるかなあ」
「ああ、じゃこっちを早々に片付けてそっちも手伝うよ」
「え?いやいいよ。クルトさんの方が大変だと思うし」
「……まさかと思うけど、今更一週間会わないとか言いださないよね?」
「え?」
「え…って、ミヤ。君本当にわかってる?」

 すっと下がった温度にミヤコは動揺を隠せない。

(え?なんか、地雷を踏んだ?)

「え、えっと?いや、だって」
「今ミヤの体には僕の魔力が溢れているだろう?ミヤの体はまだ大量の魔力を保存できない状態だから、少しずつ補充していかないと魔力切れを起こした時に倒れてしまうんだよ」
「ええ!?」
「体がだるいとか、目が回るとか貧血っぽいと思ったらすぐ僕を呼ぶんだよ」
「えええぇ?本当に?」
「今回の転移魔法のことがなかったら、もう少し落ち着いた後でも良かったんだけど…僕も我慢できなかったし…急ぎだっただろう、今回のことは」
「そ、それは、そうかもしれない、けど。我慢って…」
「だから、今晩は優しくするって言ったんだよ」
「ふええぇ!?これは、何?仕事とか任務の話!?」

 クルトはちょっと恨みがましい目をしてミヤコを見据えた。

「そうか…。愛撫が足りなかったんだね」
「えっ!ち、違う!誤解だよ!そういう意味じゃなくてっ!」

 クルトはニヤリと笑い、うんうんと頷いた。

「楽しみにしてていいよ…」
「ちょっと待って!違うからっ!」

 ミヤコは揶揄いがいのある女だった。慌てふためくミヤコをおもちゃに、クルトはキスをするとクローゼットへ向かう扉を開けた。とんでもない会話にぐったりしたミヤコは、部屋に戻ってすぐ仏壇にお線香をつけようとして手を止めた。

 祖父母は二人とも異世界で生きているのだ。仏壇に手を合わせる必要はない。

 だが、父と母は。

 母の体を乗っ取ったルビラの魂は、ミヤコが消滅させた。いや、そもそもルビラの魂が母の体を乗っ取ったのか、母である敦子として生まれ変わったのがルビラだったのか。目を閉じれば、父の最期の姿が目に浮かぶ。

 ミヤコは線香に火を灯して、仏壇の前で手を合わせた。

「お父さん」

 何かを言いたくて口を開いたが、言葉は出てこなかった。

 ごめんなさいでもなく、ありがとうでもない。父を思うミヤコの心には何も浮かんでこなかった。

 ふうっとため息をついて、ミヤコは立ち上がる。線香の煙だけが一筋になってゆっくり立ち昇り空に消えていった。時計を見れば、8時を少し回ったところだ。挨拶に行くには早すぎるかと思い、ミヤコはシャワーを浴びようと風呂場に向かった。

 考えても見れば、バーズの村で温泉に入って以来お風呂に入っていない。まあ、何度かずぶぬれの状態になったし、洗浄魔法で綺麗にしてもらった覚えもあるが、着た切り雀だった。クルトの送ってくれたショールのおかげで汚れらしい汚れは付いていないものの、一ヶ月も同じ服で過ごしていたなんて、今までのミヤコでは考えられなかった。

「そういえば生理が来てなかった…っていうか、あれ?やばい?」

 今更ながら気がついて、青ざめた。異世界ですっかり油断していたが、避妊具なんかつけていなかった。ミヤコ自身、聡と付き合っていた時はピルを飲んでいたが、帰ってきてからは使っていない。大慌てでシャワーを浴びて、着替えを済ませたミヤコは妊娠テストキットを買うべきか悩んだ。昨日の今日で結果は出るのか、と焦って考える。

「そ、そうだ、その前に洗濯をして、庭も見てみないと」

 パニックになって何を優先すべきかもわからなくなってしまった。

「お、おばさんに相談…いや、ダメダメ!おばあちゃんに聞くのが一番かな。えっと、水晶玉!そうだ、水晶玉だ!」

 ショールのポケットを探ってみたが、残念ながらクローゼットのこちら側では空間魔法は使えなかった。となると扉の向こう側に行くしかないのだが、今しがた別れたクルトはきっとまだ店に入るだろう。慌ててミヤコが現れれば、何事かと聞かれるに違いない。

 妊娠したかも、なんて言えるだろうか。

「言えない、言えないよ~!」

 廊下で座り込んで頭を抱えたミヤコは完全パニックに陥っていた。
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

ヒロインですが、舞台にも上がれなかったので田舎暮らしをします

未羊
ファンタジー
レイチェル・ウィルソンは公爵令嬢 十二歳の時に王都にある魔法学園の入学試験を受けたものの、なんと不合格になってしまう 好きなヒロインとの交流を進める恋愛ゲームのヒロインの一人なのに、なんとその舞台に上がれることもできずに退場となってしまったのだ 傷つきはしたものの、公爵の治める領地へと移り住むことになったことをきっかけに、レイチェルは前世の夢を叶えることを計画する 今日もレイチェルは、公爵領の片隅で畑を耕したり、お店をしたりと気ままに暮らすのだった

子育てスキルで異世界生活 ~かわいい子供たち(人外含む)と楽しく暮らしてます~

九頭七尾
ファンタジー
 子供を庇って死んだアラサー女子の私、新川沙織。  女神様が異世界に転生させてくれるというので、ダメもとで願ってみた。 「働かないで毎日毎日ただただ可愛い子供と遊んでのんびり暮らしたい」 「その願い叶えて差し上げましょう!」 「えっ、いいの?」  転生特典として与えられたのは〈子育て〉スキル。それは子供がどんどん集まってきて、どんどん私に懐き、どんどん成長していくというもので――。 「いやいやさすがに育ち過ぎでしょ!?」  思ってたよりちょっと性能がぶっ壊れてるけど、お陰で楽しく暮らしてます。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

薄幸ヒロインが倍返しの指輪を手に入れました

佐崎咲
ファンタジー
義母と義妹に虐げられてきた伯爵家の長女スフィーナ。 ある日、亡くなった実母の遺品である指輪を見つけた。 それからというもの、義母にお茶をぶちまけられたら、今度は倍量のスープが義母に浴びせられる。 義妹に食事をとられると、義妹は強い空腹を感じ食べても満足できなくなる、というような倍返しが起きた。 指輪が入れられていた木箱には、実母が書いた紙きれが共に入っていた。 どうやら母は異世界から転移してきたものらしい。 異世界でも強く生きていけるようにと、女神の加護が宿った指輪を賜ったというのだ。 かくしてスフィーナは義母と義妹に意図せず倍返ししつつ、やがて母の死の真相と、父の長い間をかけた企みを知っていく。 (※黒幕については推理的な要素はありませんと小声で言っておきます)

処理中です...