【完結】クローゼットの向こう側〜パートタイムで聖女職します〜

里見知美

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第4章:聖地アードグイ編

第86話:オワンデル遺跡

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 聖地ソルイリスを後にして、4人は北西へ向かった。

 予定では、聖地ソルイリスから少し東に戻り、アイザック村の跡地に向かうはずだったが、地の大精霊レアが山間を抜けてモーグリス草原へ向かった方が良いと示唆したためだ。モーグリス草原へ抜けるにはオワンデル遺跡を通らなければならない。アイザックが猛烈に反対し、クルトも眉をしかめて躊躇したが、レアは行くべきと強く押した。

「オワンデル遺跡に何があるの?」

 ミヤコはマロッカの背に揺られながら、クルトに尋ねた。

「オワンデル遺跡は昔領主だったという貴族の屋敷跡だ。辺境伯だったらしいんだけど、魔導師や賢者を住まわせてなにやら怪しい研究をしていたという話だ」

 隣を走っていたアイザックが首を突っ込んだ。

「ずっと昔、獣人を作った魔導師がいるって話覚えてるか?」
「ああ、あの戦争のために利用したっていう…」
「その屋敷で研究が行われたんだ」
「ええ……?」
「どんな方法で獣人を作ったんだか知らねえが、獣人になった奴がその過程でとち狂い、それが負の魔力に変換された。そのせいで瘴気が生み出され、獣人が魔獣に変わった」
「獣人は?」
「全滅したらしい。お互いが貪りあって周りも巻き込んでな。だからその時の研究者や領主、魔導師も全員死んじまって、結局研究成果は回収できなかった」
「そんなの、回収できなくてよかったよね?」
「まあな」
「ただ、そのままこの街道は封鎖されたから、おそらくまだ瘴気が残っているはずなんだ」
「ああ、だから…」

 ミヤは納得してしまった。精霊は人間に介入できないから、遠回しに浄化してほしいと頼んだというわけだ。

「でも、僕はそれだけじゃないと思うんだ」
「なんで?」
「オワンデルの先にあったモーグリス草原は、ルノーの部族発祥の地なんだ」
「えっ?」
「ルノーはモーグリス部族の出身なんだよ」

 そこでガーネットも会話に入ってきた。

「ルノーか。グレンフェールで一度殺気を向けられてな。あっという間に間を詰められた。あいつが本気だったら私も避けらられなかっただろうな」
「あいつが本気だったら、俺でもやべえわ。絶対敵に回したくない奴だね」

 アイザックもハッと鼻で笑った。

 ——そういえば、ホロンの水辺で私をかばってアイザックさんとも戦ってたっけ。

「アイザックさん、魔人か何かと勘違いしてたんですよね、ルノーさんのこと」
「………いつの話だ、そらぁ?」
「ホロンの水場で、初めて会った時」
「ああ……そういやあ、そうだ。あん時、嬢ちゃんとも初めてであったんだっけな」
「魔人と間違えるほど強かったのか?」
「いや、あいつも嬢ちゃんも精霊いっぱい貼り付けて、キラキラウザかったんだよ」
「でも、押されてましたよね?」
「……」
「お前、ルノーより弱いのか?」

 ちょっと哀愁を込めて、ガーネットが小馬鹿にしたようにつぶやいた。

「うるせえ!弱いわけじゃねえよ!そん時、あいつが俺と同類だって気付いたから、手ぇ抜いただけだ!」
「ほう。そうかそうか」
「てめえ!殺すぞ!」

 アイザックがクワッと苛立ってガーネットに言い返したが、ガーネットはますますしらけた顔をして片方の口角を上げた。

「ソロの戦士が聖騎士に敵うと思っているのか。バカだな」
「お前なんかに負けねえよ!」
「ふん、だったら次の休憩時に手合わせでもするか」
「上等だ!泣いて謝るのはそっちだぞ!」
「ははは。面白いジョークだな、笑えん」
「笑ってんじゃねえかっ!クソが!」
「は、上品だな。さすが野生のクマだ」
「グググ、このアマ……!」

 先ほどから、何度口喧嘩をしているのか。アイザックとガーネットは、口を開けば牽制のし合いで落ち着かない。小学生の弟をあしらう中学生の姉のような関係だ。クルトがため息をついて、首を左右に振った。

「ルノーはまだ12歳の時に討伐隊に志願したんだ。僕が隊長になって間もない頃だよ。当時僕も粋がって、かなりささくれ立ってた頃でね」
「ええ?クルトさんが?」
「そう。何もかも面白くなくて、いつ死んでも構わないとさえ思ってた」

 驚きだ。こんなに穏やかで根気ある人なのに、そんな時があったなんて。だが、ミヤコも自身を振り返り、まあ確かに人間そういう時期もあるんだよな、と深くは聞かないことにした。

「ルノーはその当時からすごい魔力を持っていてね。僕が魔力で威圧しても、なにくそって刃向かってくるんだ。訓練と称して、かなりいじめみたいなこともしていたよ。でも、彼は全然へこたれなくて噛みついてくる。それがだんだん面白くなって、一時訓練に10時間とか費やしていたよ。まだ10代の子供に、大人気なかった」
「うわあ……」
「結局100人いた候補者から生き残ったのは当時30人だった。その中でもルノーはずば抜けていたんだ」
「え、でもルノーさんは副隊長だよね?アッシュさんはルノーさんより強いの?」
「いや…ルノーはアッシュに隊長の座を譲ったんだ。『貴族のしがらみに縛られたくありません』って言ってね」
「ルフリスト軍師が奴を繋ぎ止めるために結婚相手を紹介しようとしたら、そんなことをしたら隊をやめて国を出るとまで言われて、軍の方も渋々副隊長で了解した。もちろん、アッシュも隊長の力量はあるんだが、軍師も彼だけは可愛がっていたからね。逃したくなかったんだろうな」
「ねえ、クルトさん。あの……軍師ってクルトさんのお父さんだよね?どうしてそんなに余所余所しいの?」
「ああ…。それは僕があの人を親と思っていないからだ」
「!」
「あの人は、自分の貴族としての立場をとって、母さんを捨てた人だから。そしてそれを僕にも押し付けようとした。それでくだらない婚約まで押し付けられて僕は……」

 クルトはまっすぐ前を見ているものの、目に映るものは遥か彼方の思い出を見つめているようで、ぐっと口を噤んだ。ミヤコがそっと手綱を握るクルトの手に触れると、眉を下げて困ったように笑った。

「ごめん、ごめん。思い出したら腹が立ってしまった。今はもう吹っ切れたんだよ。僕が毒に侵されて除隊してから、いろんなしがらみから解放されて、ミヤに逢って…。僕の欲しいものは全て手に入れた。だからいいんだ」

 ——ミヤさえ僕の隣にいてくれたら。

 後ろから抱きしめられて、耳元で囁くクルトに、ミヤコは真っ赤になりながらも小さく頷いた。

「で、話が戻るけど。モーグリス部族は騎獣族、いわゆる狩猟民族なんだ。マロッカや馬や、大型獣の背にまたがり、狩猟をしながら大陸を渡り歩く部族。人数はそれほど多くなかったと聞く。そして僕が知る中で、ルノーはおそらく最後のモーグリス部族の生き残り。

 ルノーの名前の意味は『血塗られた狼』。彼はずっと一人で生きてきた。何か使命を持って生きている様子で、誰とも親密にならずに、陰で生きていたんだ。討伐隊長の席もアッシュに譲って、いつでも抜けれる状態を作っていた。でもミヤが現れて、それが奴の生きる目的だったってわかった」
「わ、私?」
「うん、というか、愛し子かな。ルノーは愛し子を守る守護者として生を受け、そのために生きてる。例の執行人の役目ってやつだ」
「あー。それについては俺も同じだ」

 横からアイザックも付け加えた。

「心ん中にさ、抜けたピースがあって、それを埋めるまで何してても満足いかねえんだ。嬢ちゃんが現れて、そのピースが埋まった。それだけで、俺はようやく一人になれたって感じたんだ。だから、何があってもお前さんについていく。ルノーのやつも似た様なもんだ」
「アイザックさん…」
「まあ、僕としては必要ないと思うんだけど、生きがいまで奪うわけにいかないからね。僕とミヤの間に入ってさえ来なければ、まあ認めるよ」
「おうおう。男の独占欲は醜いぞ。捨てられっぞ」
「もう言質はとったから、そんな心配もいらない」

 ドヤ顔でクルトが胸を張った。

「え?言質って…」
「さっき『うん』って頷いたよね?」

 ——あれか!

「じゃあ、ルノーさんの部族はもう存在しないの?それは確実なの?もしかしたら、どこかで仲間が生きてるんじゃないの?だから、もしかしたらレア様は私たちにそこへ向かえといったんじゃない?」
「そうかもしれんが、確率は低いな」
「オワンデルの屋敷から出た瘴気はそれはひどかったらしくてね。その周辺から魔人が生まれ、瘴魔も生まれた。下手をすれば西獄谷の二の舞か、もしくはそれ以上…。モーグリス草原も瘴気に侵され騎馬族はほぼ全滅だったと聞く。ルノーは、自分の魔獣化した部族を殺して心臓部から魔石を作り、オワンデルの屋敷に封印したんだ。10歳という若さでね」
「……っ!」
「そ、それは…。本当なのか?」

 ガーネットが青ざめて尋ねた。ミヤコにはそれがどれほどのことなのか分かりかねていたが、10歳という若さで、仲間を手にかけなければならなかったルノーに衝撃を受けた。

「本人に聞いた話ではね。僕は今までそれを確認できるだけの力も時間もなかったから。でも、だからレアはそこに行けと言ったのかもしれない。あの英雄伝は、ルノーなんだと思う」

 四人は押し黙ったままマロッカを進めた。

「それなら、ルノーさんの仲間を解放しないといけないね」

 しばらくして、考え抜いたようにミヤコが声をあげた。

「どういうこと?」
「だって…ルノーさん、仲間の心臓を使って魔石を作ったんでしょう。きっと魂がそこに入ってる。ルノーさんの仲間が彼に協力して、瘴気がこちら側に来るのを抑えてるんでしょう?だったら私たちが、彼らをあるべき所にに帰してあげなくちゃ」

 三人が目を瞬いた。

「魔石に魂が…?」
「仲間、か…」
「そうだね。ミヤの言う通りだ。ガーネットとアイザックには頑張ってもらうしかないな」
「なんでアイザックもなんだ?」

 ガーネットが不服そうにクルトに聞いた。

「アイザックも聖魔法の使い手だからだよ」
「何?!この野生熊五郎が聖魔法の使い手!?」
「誰が熊五郎だっ!っと、待てよ、「も」ってことは」
「私は聖騎士だからな。当然だ」
「下手をすれば、アンデッドと戦うことになる。聖魔法は役に立つだろ?」
「ハルクルト、おめえは?聖魔法まで使えるんじゃねえだろうな?」
「さすがに聖魔法は…。治癒と清浄は使えるが…」
「私は魔法は使えませんが」
「な、何!?聖女なのに聖魔法も使えないのか!?」
「だから、聖女じゃありませんってば」
「だ、だが…」

 ガーネットは口をパクパクさせ、何かを言わんとするが言葉にならない。自分が何のためについてきたのか、ではあの歌の力は何なのかとか頭を駆け巡る。

「ま、まあ…オワンデル遺跡で生き残れなければ、それまでだしな」
「サトクリフ……!」

 一瞬クルトが殺気を剥き出しにしたが、ミヤコに抑えられ、ぎゅうぎゅう抱きしめることで事なきを得た。

「ハルクルトはもうすっかり飼い犬になっちまって……」

 はあ、とため息をつくアイザックでもあった。

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