【完結】クローゼットの向こう側〜パートタイムで聖女職します〜

里見知美

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第4章:聖地アードグイ編

第101話:火の大精霊アガバ

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 フワフワと揺れる風の中で、クルトはふと自分を呼ぶ声がした方を振り返った。あたり一面は炎に包まれているのに、全然熱くない。

「ミヤ」

 愛しい名前を呼んでみたが返事がない。クルトは自分がどこにいるのかわからなかった。頭がぼんやりして、まともに考えられない。自分はどうしてここにいるのか、ここがいったいどこなのか。ふと触れた風が、懐かしい香りを運んでくる。

「母さん」

 甘い蜜のような香りと、森の爽やかな香り。潮の香りと、獣が焼けるような焦げ臭い香り。

「母さん、どこ?」

 あたりを見回してみても、人影一つない。とたんに心臓がどくりと脈を打つ。焦げた匂いは、を思い出す。腰に差した剣を抜き、警戒する。

 何が起こったんだった?

 そうだ、あの日、あの時、僕は母さんと森へ出ていたんだ。そこで、誰に逢ったんだっけ。会いたくない人だった。だから、僕は。

 クルトは頭を振った。

 あれは、過去だ。母さんと僕を引き離した過去。思い出したくもない過去。あいつさえ来なければ、僕は。僕たちはずっとあの場所で——。

「ガルシア。ハルクルトを連れて行って」
「母さん?この人、誰?僕をどこへ連れて行くの?」
「ハルクルト。この人は、あなたのお父さんよ。これからあなたを育ててくれるの」
「なんで?僕、母さんと一緒がいい」
「ダメなのよ。ハルクルト。あなたは私とは別の世界で暮らさなければならないの」
「なんで?母さん!嫌だ!僕を置いていかないで!母さん!」
「ハルクルト。母さんを困らせてはいけないよ。一緒に来なさい」
「嫌だ!お前なんか、知らない!離せ!僕は母さんと———!」



「———!」

 クルトが目をさますと、あたり一面に火花の花が咲き乱れていた。息が荒い。いつの間にか横になって、夢を見ていたんだと気がついた。あの日のことは、記憶の奥底にしまいこんでいたはずなのに。

『きゃーっ』

 火の精霊たちがクルトを覗き込んで、目が覚めたクルトを見て「起きたよー!」と声を上げる。

「……ここは。ッ……ミヤ!」

 一瞬ぽかんとしたものの、自分が聖地アードグイに来ていたことを思い出し、すぐさま立ち上がった。

「あっクルトさん。おはよう」

 少し離れたところで、ミヤコが座り込んでいるのが見えた。目の周りが赤く、泣いていたのかとクルトは青ざめた。

「どうした?何があった」
「ん。なんでもないよ。ちょっと昔を思い出していただけだから。クルトさんはよく眠れた?」
「ああ、うん。僕も、夢を見ていたみたいだ」
「そっか。やっぱりここはシェリオルの水辺とよく似ているから、過去を洗い出されるんだねえ」

 クルトはそこで初めて気がついた。シェリオルの水辺と同じように、アーラの業火で焼かれる魂は過去を振り返りどんなカルマを背負ったのか見せられる。そこで業を洗い流せれば、自然へ還り穢れを落とされるが、穢れきってしまった魂は、このアーラの業火で焼却されるのだ。そしてその魂は二度と生まれ変わることはない。完全な無へと帰していく。

 まだ死に際でもないクルトとミヤは、胸に残るしこりを夢で見せられたというわけだ。

「精霊さん達が見守っていてくれたおかげで、汚れた魂に囚われる事が無かったみたいだよ。私もうっかり眠っちゃったから」
『キャーーー』
「そうか。助かった。ありがとう」
『キャーーーー♡』
「精霊達が帰ってきたということは、火の大精霊も戻ってきたということかな」
「うん。聖地の浄化もできたみたいだし、多分大丈夫だと思う」
「聖地が汚された原因はわかったの?」
「それは、まだ。大精霊と話してみないと」

 そこまでミヤコが言いかけて、突然熱風があたりの彼岸花を燃やした。精霊達が大慌てで焼けた彼岸花の火を抑え、せっせと次の花を育て上げる。それを見て、ミヤコが首を元に戻すと、そこに小さな火の塊がいた。

『お前達か!余計なことをしたのは!』
「えっ」

 クルトが咄嗟に結界魔法をかけるが、火の塊がさっと手を振ると結界は途切れてしまった。

「!!火の大精霊アガバか!?」

 クルトの結界魔法が効かなかったのは、これで二度目だ。一度目は精霊王アルヒレイトの前だった。そのことから、クルトはその火の塊が誰なのかに気がついて、ミヤコの隣に立ち、いつでも回避できるよう構えた。

『いかにも!いかにも!なんじゃ、お前達は!人間の分際で俺様の昼寝の邪魔をするとは!』
『キャーーー!?』
『キャーーー!』
『ええい、うるさいわっ!小僧ども!』

 ……うん。なんか俺様な大精霊だけど、どう見ても力を使い果たして子供化してしまったとしか思えない。妖精王の時と同じだ。

 ミヤコはそう思い、クルトと視線を合わせ、うんと頷いた。

「火の大精霊、アガバでしょうか?」
『む。呼び捨てか!そうだとしたら何とする!小さき者達よ!お前達など俺の業火にかかれば、一瞬のうちにぼっと燃えてしまうのだぞ!』

(いや、小さき者よって、あなた今自分のサイズわかってないわよね?)

「私はミヤコ、精霊王の孫です。水の大精霊ウスカーサ精霊王アルヒレイトから頼まれて聖地の浄化に来ました。こちらはクルトさん。ええと、ミラート神国の」
「ミヤの連れ合いです」
「!」
「そうだよね?」
「そ、そうだけど、その。こういう場合は…」

 ミヤコがモジモジして顔を赤らめたが、火の大精霊アガバにとってそんなことはどうでもよかった。

『な…!精霊王の…っ?ふ、ふん。わざわざ来なくても、浄化は俺の専門だというのに!そもそも水のがしっかりせんから、こんなことになったんだ。第一お前達、どうやってここまで来たのだ?カリプソのババアがこの辺一帯は守っておっただろうに!』

(カリプソのババア…。カリプソさんが聞いたら津波を起こしそうだ)

「えっと、アーラ火山の溶岩が海に流れ込んで、ここら一帯の海が全て穢れてしまったそうで。カリプソさんも、それはそれは忙しそうに、海底掃除をしていましたが」
『……な、なんだと…?』
「私とクルトさんも張り切ってお手伝いさせていただき、ようやく今朝方溶岩を食い止めて、この聖地を浄化し終えたところです。ところで火の大精霊アガバは、ご自分が私達より遥かに小さいことにお気付きですか?」
『えっ……』

 火の大精霊は、今初めて気がついたかのように自分を見て『きゃっ』と声をあげた。

『こ、これはどういうことだ!?』
『キャーーー……』
『な、何?お前達も消えておった?サラマンダーもワイバーンもおらず?火山がだだ漏れで、不浄の魂が海に溢れ……出ておった、だと?お、俺は……?』

 火の精霊達が何やら文句を言って、じと目で大精霊アガバに詰め寄っている。アセアセとしている小さな大精霊は何だか可愛いな、とミヤコとクルトはじっと見守る。

『俺が溶けて、見つからなかっただと!?そんなバカなっ!し、しかしそうでなければ、この大きさは説明できん……』

 フヌヌ、と憤怒をあげる大精霊アガバだったが、ヤカンが沸騰しているくらいの怖さしかない。とはいえ、持っている力は確かに大精霊のそれで、クルトの火魔法ぐらいではビクともしないのだろうが。精霊に詰め寄られて憤怒はプシューと静まっていった。

『わ、わかった。それは、……その、迷惑をかけたな、小さき者よ。俺が眠っている間に、エライ事になっておったようだ』

(寝てたんかい……)

『俺の妻がうるさくてな。ちょっと喧嘩をしたついでに、フテ寝をしておったんだ。あいつが起こしてくれれば、問題も起こらんかったというのに』
「夫婦喧嘩、ですか…」
『喧嘩というほどのモノではないわ。ちょっとドリスの娘と喋っておったら、あいつが勝手に怒り出したんだ』
「ドリスの娘…ってあの綺麗なモノ好きのだけど残忍という、あの…?」
「それしかいないよね」
『だから、ちょっといたずらをしてな…』

 ぷぷっと笑い出す大精霊。

『瓶詰めにして、海に放り出してやったわ。ははは。今頃ドリスの娘たちのコレクションにでも入っているに違いないわ』
「………」
「………」

 そうか。

 カリプソが渡してくれたこの小瓶には、奥さんが詰まっていたのか。

「アガバに一つ、お願いがあります」
『な、なんだ?』
「聖地アードグイを浄化した報酬として、私たちに加護をくださいませんか?そして風の聖地へいくお手伝いをしていただきたいのです」
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