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第5章:聖地ラスラッカ編

第106話:革命の兆し

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 今にも消えそうな風の大精霊エリカを抱え、ガルシアは焦っていた。息子であるハルクルトの行方も分からなければ、聖地で何が起こっているのかもわからない。以前の自分ならば、自力で聖地へ赴いていただろうが、今の己はこの土地を離れるわけにはいかない。自分の立場や地位を今日こそ呪った日はない。

「軍師!失礼します。あの、アイザック・ルーベンが面会を申し出ているのですが」

 アッシュが執務室をノックし、ドアの向こう側から声を張り上げている。ガルシアはエリカをソファに横たえ、入れと一喝する。ドアを開けて入ってきたのは、アイザック・ルーベンとルノー・ク・ブラント、そしてガーネット・サトクリフ聖騎士隊長だった。

 何があったのかと、三人の顔を見比べ思い至る。

「お前たちが反乱の首謀者か」
「今の状況では反乱とみられても仕方がないっすね」

 ルノーがへらりと笑い、ガルシアを一瞥する。

「この国の現状では国民を支えられん。俺たちは革命を起こす。革命軍はすでに王都に入った」

 そういったのはアイザックで、一歩後ろにはガーネットが護衛のように立っている。その視線はしかし遠慮がなく、殺気を感じるほどだ。ずいぶん簡単に革命などというものだ、とガルシアは呆れたが、この国の現状を見ればそれもそうかと自嘲する。もう何年もまともに機能しておらず、宰相と自分でごまかしながらここまで来ただけだ。

「なるほどな。悪いが、わしは国王が何をしているかさっぱりわからん。中央神殿に潜んでいるとは聞いたが。首を取るなら好きにしろ。もはやあの王に意味はない」
「それはモンド、あー…モンファルト元王子が国王及び聖女を旧神殿にて殺害、首を取り外門に晒しあげました」
「すでに終わっていたか…親殺しの名は健在だな」
「首の状態から、おそらく毒にやられ既に死亡していたか、それに近い状態だったと思われます。数日前に大神殿で大改革が起こりました。おそらくは大地の精霊か水の大精霊の御業かと思われますが、神殿の泉は枯れ、それに伴い周囲に生い茂っていた毒草と毒の森も完全に枯れ果てました」
「水と大地も動いたか…」
「精霊王の愛し子ミヤ様が両聖地を浄化し、大精霊も腰を上げたようです」
「それも聞いた。聖地の浄化を愛し子が一人で成し遂げたと。その力は本物か?」
「はい、俺たちは共に行動をし、この目で確と見ました」

 ルノーとアイザックが同時に頷き、遅れて頷いたガーネットが口を開く。

「私もグレンフェールの街でその力を痛感しました。私はモンファルト元王子から王都聖騎士の任務を解かれ、グレンフェールの街に送られました。初めは疑ってかかりましたが、その結果は驚くべきものでした。西獄谷ウエストエンドは生まれ変わり瘴気が完全に抜け、水の大精霊の御力も体感しました。その後、アイザックとハルクルトと共にミヤ殿について行き、オワンデルの怨霊を解放しました」
「オワンデルまでも!?」
「ミヤ殿の力は凄まじい浄化の力です。聖魔法使いである私やアイザックの比ではありませんでした。あの方は、本物の聖女です」

 ガルシアはごくりと喉を鳴らした。

「今、ハルクルトとその聖女はどこにいる?」
「私とアイザックは、彼らが火の聖地へ向かう手前で別れルノーと合流しました。ミヤ殿たちは火の聖地を浄化し、その後で風の聖地へ向かう予定でした」

 ガーネットがそこまでの報告をすませると、アイザックが付け加えた。

「俺の通信具は火の聖地にたどり着いたところまでは確認したが、その後の行方はまだつかめていない」
「……あいつは、ハルクルトは聖地を浄化しようと動いているのか」
「はい」

 ガルシアはこめかみを押さえて首を振りながら座り直した。昔から正義感に溢れ、無謀なことをし続けていたがよほど死にたいらしい。とはいえ、自分も若い頃は血気盛んで火の聖地へ向かったことがあるガルシアに、馬鹿なことをと言えるような立場ではない。しかもアレの母親は風の大精霊ときている。大地に縛り付けたところで大人しく縛られているわけもなく。

 だが時代が違うのだ。ミラート神の力が弱り、精霊が人間を見捨て、聖女の守りの力も萎えた今。

 いや、その聖女もとい精霊王の愛し子と共に行動しているということは、この国の守りは既にない。国が崩壊寸前なのも頷ける。

「……話はわかった。それで?お前たちはわしに何を望む?退位か?首か?」
「はっ、まさか!あなたの首をもらうつもりはない。元帥には我らの側についてもらいたい。軍師としてハルクルトを始めルノーや精鋭隊を作り上げた軍師のお力を是非、この改革を確実なものにするためにお借りしたいと願いに来た。俺はしがない戦士で、軍隊をまとめるほどの力はない。戦う以外経験もさほどない。だがあなたなら統率することができる」
「こんな老いぼれの力が今の時代に必要か」
「老いぼれだからこそ、必要なんだがな」

 アイザックはそう言って、ハハっと笑った。面倒なお貴族様のような言い回しは勘弁願いたい、と一言断って。

「実績のある人間が今こそ必要だ。あんたが見た目以上に年寄りなのはわかってる。俺と同じように、加護の付いた人間は特に」

 ガルシアはギロリとアイザックを睨みつけ、口を一文字に結んだ。しばしの沈黙の後、ガルシアは口を開く。

「アイザック・ルーベンか。特務に着いていたはずだな」
「ああ。オワンデルで全てを無くした」
「……お前の村も、絶えて久しいが」
「ああ。だが、それももう終わった。嬢ちゃん、愛し子が浄化をしてくれたおかげでな。だから俺はせめてもの恩返しに、この国を立て直す」
「お前の加護は」
「水の大精霊から、加護をもらった。それと俺は執行人でもある」
「!執行人か……なるほどな。機は熟したか」
「ああ。ここにいる二人も。あんたも入ってくれると力強いが、無理強いはしない」

 アイザックの冷ややかな視線がガルシアの視線と絡まった。無理強いはしないが、知った以上は否を言わせないとその目が語っていた。

 ガルシアは、はあ、とため息をつき、背もたれに身を任せた。

「兵の数は?」
「精鋭隊はほぼ全員、東西合わせた60名、聖騎士隊約1300名、傭兵隊、戦士を合わせて約1万。グレンフェールから25名の兵士、バーズの斥候隊が15名、暗部の奴らを合わせれば、1万と2千強の人数だ。対してモンファルトが抱える騎士隊は約1800名。話にならん。だが、ルブラート教と反ミラート神国の敵国が力を貸せば、俺たちの人数を上回る可能性もある。ただし、国民のほとんどは我らの側だ。ルブラート教はここまでほとんど打ち取ってきたつもりだが、未だに生き残りがいるかどうかはわかっていない」

 ガルシアは少し考えていたが、しっかりと頷いた。

「よかろう。王都を制するのは手を貸す。モンファルトの率いる貴族は、既にこちらの手の内にある。大臣たちは王宮に篭っているが、王が死んだとなれば動き出すだろう。叩くなら今だ。モンファルトのバカは任せられるか?」

 ほっと息を吐くガーネットが一歩下がる。ルノーはニヤリと片方の口角を上げ、掴んでいた剣の柄から手を離した。

 ――全く、血の気の多いやつめ。

 わしが否といえば既に首が落ちていたかも知れん、とガルシアはルノーを一瞥するものの、すぐにアイザックへ視線をずらす。

「任せてくれ。すでに動いている」
「あれは毒を持って生まれてきた王子だ。母親から呪いを受け継いで生まれてきている。追い詰めればどんな手に出るかわからない。気をつけてくれ」
「呪い?」
「カサブランカ王妃を覚えているか?」
「あ、ああ。病死と聞いたが」
「モンファルト王子が6歳の時だ。毒殺だった。モンファルトはそれを突き止めようと水面下で動いていた。当時、王の寵愛を一身に受けて聖女が王宮に幽閉された状態だと皆が思っていたから、6歳のモンファルトがそれを信じ、母が聖女に殺されたと思い込んでも仕方がなかった。多くの貴族が、あることないことを言い含めモンファルト王子を絡め取っていったからな。実際のところ、カサブランカ王妃は長いことカソリの毒を盛られていたのだ。それも、夫である王からだった」
「な……」

 全員が息を飲む。秘匿された事件だ。

「王妃は政略のために隣国から嫁いできて、王とは相容れなかった。歳の離れた王で好色と聞いていたからだ。王と閨を共にする度に、王妃は生まれてくる子供が国を潰すようにと自身に呪いをかけた。これは、王妃が書き留めた日記にあるが、一部の重臣にしか知られていない。それを知った重臣たちは、王子を守るためにカサブランカを離宮に移し、モンファルトとの接触を禁止した。だが、それが裏目に出たのだろう。王妃が死に絶え、モンファルトは聖女を疑った。その時点で、モンファルトは誰の意見も聞き入れなくなっていた。
 王妃の懐妊とともにその秘密を知った王は、王妃を腹にいる子もろとも毒殺しようと動いていたわけだ。停戦と引き換えに嫁いできた王妃をおいそれと手にかけるわけにはいかず、わしは国王に頼まれて、呪いを解く方法を探すために国を出てついでに聖地にまで足を伸ばした。だが、戻ってきてみれば時すでに遅しだった。王妃は死に絶え、モンファルトの心は復讐に囚われていた」

 ガルシアは額の前で手を組み、ほう、と息を吐く。ずっとつっかえていた秘密を吐き出して気が楽になったのか、疲れた目をアイザックに見せた。

「皮肉だとは思わないか?国を滅ぼそうと自分と子を呪い、その王子は王になりたいと地団駄を踏む子供のように暴れ、王妃の望むとおり自分諸共この国は滅びの道をまっしぐらだ。なのに、それに抗うようにお前たちが生まれてきた」

 ガルシアは自嘲しながら続ける。その視線はソファへと向けられ、横たわる風の大精霊へと向けられる。その姿は、ガルシア以外には見えていないのだが、部屋にいた全員がガルシアの視線を追い、そこにいる何かを感じていた。

 ガルシアはフッと笑う。

「あいつの、ハルクルトの魔力は多いだろう?それに好戦的でもある――あれの母親は風の大精霊だから」
「えっ」
「大精霊の、息子…っ!?」
「……どうりで、おかしいはずだ」

 確かに、ハルクルトがもともと持っている魔力も他の人よりもはるかに多かった。一度死に目を見て、ミヤに会ってからは、尋常じゃない魔力量を誇っている。それはミヤの食べ物や飲み物がもたらしたものだと思っていたが、それ以前の話だったのかとルノーは思い至る。

「エリカは今、死の淵にいる。だから、ハルクルトの魔力が膨大に増えているんだろう。風の大精霊としてその地位に求められている。あれが、風の聖地に立った時、聖地があれを選べばエリカから世代交代するだろう」
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