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最終章:クローゼットの向こう側
第118話:真木村家の秘密
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最後に精霊王が何かを呟いたような気がしたが、混沌に呑まれわけが分からなくなった。
気泡、水疱、泡という泡がミヤコを飲み込み、激流に翻弄され溺れ死ぬかと思ったところで、岸辺に押し上げられた。濁流はどこへ行ったのか、あたりは静かで仄暗く誰の姿も見当たらなかった。皆、それぞれの記憶の渦に呑まれてしまったのか。
ミヤコが大きく息を吸い込み上体を上げると、目の前には白いドアが一つ浮かんでいた。
まるで家のクローゼットのドアのようだ。立て付けが少し悪くて、鍵をしないとひとりでに開いてしまう、古ぼけたドア。渋い鉄色の丸ハンドルも、長年使っていたせいで細かい傷だらけで、少し真ん中の色が剥げかけている、普通のより少し小さいドア。
このドアとの出会いが、全ての始まりだった。
ミヤコはゆっくり立ち上がり、ドアに歩み寄った。開けるべきか。触らずにいるべきか。二つの選択肢が頭に浮かぶ。
「このドアの先が、どこに繋がっているのか……なんて、開けてみないことには分からないよね」
自問自答して、苦笑した。いざ、ドアを開けようとノブを掴んだところで後ろから声がした。
「その扉は開けない方がいい」
どきりとして飛び上がり振り向くと、そこには白い着物を着た女性がいた。足には草履。長い黒髪をまとめて三つ編みにして胸元に垂らしている。ミヤコよりも幾分か若いように見える。内襦袢は赤く裾を腰紐にたくし上げて、たらいを小脇に抱えている。その姿は巫女のようにも見えるが、どこか昔くさい。
「誰?」
「わたし?わたしは静香。月読みの巫女よ」
月読みの巫女。昔おばあちゃんに聞いたことがある真木村の家系も、月読みの巫女だったはず。もしかしたら、この人も真木村の。
「あなたはどうしてここにいるの?ここは神の領域。普通の人間の来るべき場所ではないわ。さっさと帰りなさいな」
「あ、あの……っ」
あなたは真木村家の人間ですか?と聞くべきか、ご先祖様ですか、と聞くべきなのか。少し躊躇している間に静香と名乗った女はとっととそのドアを開けた。
扉の向こうから柔らかな日差しが差し込んで、静香は扉を跨いで中に入っていった。
「姉様!」
「君代、あなたまたそんな木の上で!お稽古はどうしたの」
ミヤコは驚いて声のした方を見た。
そこには毛織の着物を着た可愛らしい女の子が大きな木の枝にまたがり、こちらを見下ろしていたのだ。
おばあちゃん!?
悪戯っぽい顔で姉と呼んだ静香に手を振るのは、若かりし頃のキミヨだ。髪はまとめず長いまま垂らし、器用に木の上から降りてきた。
「こんなにお天気がいいのだもの、ちょっとくらい良いじゃない」
「何を言ってるの。もうすぐ月読みの会があるのは知っているでしょ。あなたの祝詞の番なのよ、ちゃんと準備はしておかないと」
「祝詞くらいちゃんと覚えているわよぅ。特に今回は、宮司さんの持ってくるお饅頭が菊花堂のって聞いたから張り切ってるのよ」
「全く、あなたときたら」
姉と妹のたわいのない会話を聞きながら、信じられない思い出その光景を目の当たりにしたミヤコだったが、キミヨからミヤコは見えていないのか、全く気がついていない。
「でもね、姉様。本当に人柱の儀式なんて必要なの?」
「儀式は儀式。別に本当に人柱になるわけじゃないし、気持ちの問題よ」
「気持ちだけの儀式なら、気持ちだけ伝えておけば良いのに、一晩ご神木に縛り付けられてお祈りするなんて不気味だわ」
「だからと言って御神木の樫の木に登る人がありますか!バチが当たるわよ」
「大丈夫!わたし神様とお友達になったもの。緑の髪の男の神様だったわ」
「なんですって?」
「お饅頭の話をしたらまた来るって言ってたわ」
「君代。もう二度とこの木には登ってはダメ。その話も誰にも話しちゃダメよ。誰かに言ったことは?」
静香は顔色を変えて、君代の腕を掴んだ。声を落とし、鬼気迫る様子だ。
「な、ないけど。どうして?」
「月読みの儀式の前に現れる神様なんてろくなものじゃないわ。鬼かもしれないし、死霊の可能性もあるからよ」
「真っ昼間から、死霊なんて!それにここ腐っても神社よ!?」
「腐ってもは余計よ。ともかく月読みの会が終わるまで大人しくしていてちょうだい!わかったわね?」
「わ、わかったわ。約束する……ねえ、だから栗の実、取りに行っても良い?」
「あんたって子は、もう!少しは巫女らしくしなさい!」
君代はきゃーっとふざけて、走り去ってしまったが、その後ろ姿を見つめていた静香の目には不安の色が広がっていた。
「わたしが人柱になる……。だから妹はどうか…」
ミヤコが訝しげにその姿を見ていると、急に場面が変わった。
誰もが慌ただしく走り回っている。満月の夜になっていて、皆が行燈を持って君代を探していた。薄らぼんやりと、神木が光を湛えている。昼間はこの木にキミヨは登っていた。良くこの木に登ってサボっているのだろう、かなり慣れた様子で降りてきていた。着物を着ていながらなかなかなお転婆具合だ。
「神木……樫の木の、神木…?」
何かが記憶に引っかかった。
樫の木の神木?樟《くすのき》ではなくて?
「緑の髪の神様……って、まさか」
精霊王《おじいちゃん》のことではないだろうか。
「静香さん、そっちは!?」
「誠司さん、いいえ!見つからないの!まさか、まさか神隠しに!月読みの会がもうすぐあるというのに!」
「まさか、何があるのかわかった上で、逃げたんじゃ…」
「そんな、そんなはずはないわ、あの子は何も知らないのだもの!」
そういった静香は真っ青でガタガタと震えていた。隣にいた男性があちらの林も見てくると言って走り去っていったのを見てミヤコは恐る恐る静香に近づいた。
「あの、静香さん?」
大丈夫か、とミヤコが声をかけると、静香が振り返りミヤコを見て驚愕の声を上げた。
「あなた、まだいたの!?こちらにきてはダメだと言ったのに!」
後をついてきてはダメだとは言われなかったし、目の前に若かりし頃の祖母がいたのだ。考えなしについてきてしまった。だが、ミヤコの姿はこの静香にしか見えていないようで。
「あの、おば……いや、あの、キミヨ、さんなんだけど」
「!どこに行ったか、知ってるの?あなた、まさか。あなたが連れ去ったのではないでしょうね!?」
「いえ、わたしじゃないけれど、あの、でもその、別の世界に行ってる可能性が」
しどろもどろでそう言いかけると、静香はハッと口を塞いでよろめいた。戻ってくるから心配ないと言いたかったが、静香の目にはぶわりと涙が湧き上がって、嗚咽を漏らした。
「やっぱりあの子が、選ばれてしまった!」
静香が泣き崩れ取り乱したのを、近くにやってきた人が宥めて部屋に連れていってしまった。
「わたしの役目だったのに!わたしが神に嫁ぐ番だったのに!あの子が代わりに選ばれてしまった!」
悔しいなのか、悲しいのか。良く分からない泣き笑いをする静香をミヤコは黙って見送った。月読みの巫女の役目は、この時代なんだったのだろうか。人柱なんて物騒な儀式もあるようだし、豊穣の祈りでもあるのだろうか。そういえば、おばあちゃんは食にうるさい人だったし、こちらでも向こうでも薬草やら畑やらを作っていた。
そんなふうにのんびり構えていたのだが。
待てども暮らせども、キミヨは帰ってこなかった。いよいよ持って神隠しにあったと噂され、月読みの会が静かに開催された。本来なら、君代が読むはずだった祝詞は天音さんというもう一人の妹が読むことになり、静香は人柱として神木に括り付けられた。
人柱といえば、海を沈めるためだとか、地震を鎮めるためだとかに出される人身御供のことだと思っていたが、神社の裏庭にある御神木ではイマイチ緊張感に欠ける気もする。儀式の一環として残っているものなのだろうと、ミヤコはぼんやり眺めていた。
静香に話しかけても、誰に話しかけてもミヤコの姿も声も誰にも届かないようで、かと言ってこの神社から出ることも叶わず、ミヤコは少し焦燥に駆られていた。
扉をくぐり抜けてきたことで、まさかとは思うが過去に閉じ込められたのではないか、と思い始めたからだ。
「今のわたし、地縛霊みたいなものじゃない?」
が、状況はあっという間に変わった。神木に括られていた静香が叫び始めたのだ。何事かと見てみれば樫の木から黒い瘴気が溢れ出し、静香の体に巻き付いてきたのだ。あっという間に静香の生気が抜かれミイラのように変わっていくのを見て、ミヤコは考える間も無く言霊を紡いだ。
「じ、【浄化】!」
だがミヤコの言葉は全く届いていなかった。このままでは静香が死んでしまう、とミヤコは樫の木に駆け寄り、静香の拘束を解こうとしたが、静香が叫んだ。
「触るな!」
「えっ!」
「近づいてはダメ!人柱の儀式は、真木村家の仕事。人ではないあなたは関わってはいけない!」
「そんなこと言っても!このままじゃ」
「妹に、君代に会えたら伝えて。姉様はあなたを犠牲にしたのだと」
月読みの会。君代が読むはずだった祝詞は、君代をあの世へと誘う歌のはずだった。君代を神の生贄に差し出し、儀式上の人柱は姉である静香が担うことになる。そして次の神の花嫁として、宮司と子をなし巫女を育てる。それが真木村家の生業だった。
3姉妹のうち、一人目は神の妻、二人目は送り手として歌を詠み、一番下の子は生贄として差し出すために育てられたのだ。なのにその肝心の生贄が、月読みの会を目前にして神隠しにあってしまった。神の生贄として、認められなかったのだ。鬼か、天狗に連れて行かれてしまった。だからこの人柱で静香が犠牲になる。神の怒りを鎮めるために、生贄として捧げるのだ。
「でも、でもね。これでよかったの。わたしは君代が役立たずだなんて思えなかった。可愛いわたしの妹。真っ直ぐで、お転婆で、笑顔が大好きな、わたし、の、」
「静香さん!」
気がつけば、静香の姿はもうそこにはなく、神社も見る間に寂れて人の気配も失せた。
荒れ果てた草地に人ではないミヤコと、樫の木だけがポツリと残されていた。
気泡、水疱、泡という泡がミヤコを飲み込み、激流に翻弄され溺れ死ぬかと思ったところで、岸辺に押し上げられた。濁流はどこへ行ったのか、あたりは静かで仄暗く誰の姿も見当たらなかった。皆、それぞれの記憶の渦に呑まれてしまったのか。
ミヤコが大きく息を吸い込み上体を上げると、目の前には白いドアが一つ浮かんでいた。
まるで家のクローゼットのドアのようだ。立て付けが少し悪くて、鍵をしないとひとりでに開いてしまう、古ぼけたドア。渋い鉄色の丸ハンドルも、長年使っていたせいで細かい傷だらけで、少し真ん中の色が剥げかけている、普通のより少し小さいドア。
このドアとの出会いが、全ての始まりだった。
ミヤコはゆっくり立ち上がり、ドアに歩み寄った。開けるべきか。触らずにいるべきか。二つの選択肢が頭に浮かぶ。
「このドアの先が、どこに繋がっているのか……なんて、開けてみないことには分からないよね」
自問自答して、苦笑した。いざ、ドアを開けようとノブを掴んだところで後ろから声がした。
「その扉は開けない方がいい」
どきりとして飛び上がり振り向くと、そこには白い着物を着た女性がいた。足には草履。長い黒髪をまとめて三つ編みにして胸元に垂らしている。ミヤコよりも幾分か若いように見える。内襦袢は赤く裾を腰紐にたくし上げて、たらいを小脇に抱えている。その姿は巫女のようにも見えるが、どこか昔くさい。
「誰?」
「わたし?わたしは静香。月読みの巫女よ」
月読みの巫女。昔おばあちゃんに聞いたことがある真木村の家系も、月読みの巫女だったはず。もしかしたら、この人も真木村の。
「あなたはどうしてここにいるの?ここは神の領域。普通の人間の来るべき場所ではないわ。さっさと帰りなさいな」
「あ、あの……っ」
あなたは真木村家の人間ですか?と聞くべきか、ご先祖様ですか、と聞くべきなのか。少し躊躇している間に静香と名乗った女はとっととそのドアを開けた。
扉の向こうから柔らかな日差しが差し込んで、静香は扉を跨いで中に入っていった。
「姉様!」
「君代、あなたまたそんな木の上で!お稽古はどうしたの」
ミヤコは驚いて声のした方を見た。
そこには毛織の着物を着た可愛らしい女の子が大きな木の枝にまたがり、こちらを見下ろしていたのだ。
おばあちゃん!?
悪戯っぽい顔で姉と呼んだ静香に手を振るのは、若かりし頃のキミヨだ。髪はまとめず長いまま垂らし、器用に木の上から降りてきた。
「こんなにお天気がいいのだもの、ちょっとくらい良いじゃない」
「何を言ってるの。もうすぐ月読みの会があるのは知っているでしょ。あなたの祝詞の番なのよ、ちゃんと準備はしておかないと」
「祝詞くらいちゃんと覚えているわよぅ。特に今回は、宮司さんの持ってくるお饅頭が菊花堂のって聞いたから張り切ってるのよ」
「全く、あなたときたら」
姉と妹のたわいのない会話を聞きながら、信じられない思い出その光景を目の当たりにしたミヤコだったが、キミヨからミヤコは見えていないのか、全く気がついていない。
「でもね、姉様。本当に人柱の儀式なんて必要なの?」
「儀式は儀式。別に本当に人柱になるわけじゃないし、気持ちの問題よ」
「気持ちだけの儀式なら、気持ちだけ伝えておけば良いのに、一晩ご神木に縛り付けられてお祈りするなんて不気味だわ」
「だからと言って御神木の樫の木に登る人がありますか!バチが当たるわよ」
「大丈夫!わたし神様とお友達になったもの。緑の髪の男の神様だったわ」
「なんですって?」
「お饅頭の話をしたらまた来るって言ってたわ」
「君代。もう二度とこの木には登ってはダメ。その話も誰にも話しちゃダメよ。誰かに言ったことは?」
静香は顔色を変えて、君代の腕を掴んだ。声を落とし、鬼気迫る様子だ。
「な、ないけど。どうして?」
「月読みの儀式の前に現れる神様なんてろくなものじゃないわ。鬼かもしれないし、死霊の可能性もあるからよ」
「真っ昼間から、死霊なんて!それにここ腐っても神社よ!?」
「腐ってもは余計よ。ともかく月読みの会が終わるまで大人しくしていてちょうだい!わかったわね?」
「わ、わかったわ。約束する……ねえ、だから栗の実、取りに行っても良い?」
「あんたって子は、もう!少しは巫女らしくしなさい!」
君代はきゃーっとふざけて、走り去ってしまったが、その後ろ姿を見つめていた静香の目には不安の色が広がっていた。
「わたしが人柱になる……。だから妹はどうか…」
ミヤコが訝しげにその姿を見ていると、急に場面が変わった。
誰もが慌ただしく走り回っている。満月の夜になっていて、皆が行燈を持って君代を探していた。薄らぼんやりと、神木が光を湛えている。昼間はこの木にキミヨは登っていた。良くこの木に登ってサボっているのだろう、かなり慣れた様子で降りてきていた。着物を着ていながらなかなかなお転婆具合だ。
「神木……樫の木の、神木…?」
何かが記憶に引っかかった。
樫の木の神木?樟《くすのき》ではなくて?
「緑の髪の神様……って、まさか」
精霊王《おじいちゃん》のことではないだろうか。
「静香さん、そっちは!?」
「誠司さん、いいえ!見つからないの!まさか、まさか神隠しに!月読みの会がもうすぐあるというのに!」
「まさか、何があるのかわかった上で、逃げたんじゃ…」
「そんな、そんなはずはないわ、あの子は何も知らないのだもの!」
そういった静香は真っ青でガタガタと震えていた。隣にいた男性があちらの林も見てくると言って走り去っていったのを見てミヤコは恐る恐る静香に近づいた。
「あの、静香さん?」
大丈夫か、とミヤコが声をかけると、静香が振り返りミヤコを見て驚愕の声を上げた。
「あなた、まだいたの!?こちらにきてはダメだと言ったのに!」
後をついてきてはダメだとは言われなかったし、目の前に若かりし頃の祖母がいたのだ。考えなしについてきてしまった。だが、ミヤコの姿はこの静香にしか見えていないようで。
「あの、おば……いや、あの、キミヨ、さんなんだけど」
「!どこに行ったか、知ってるの?あなた、まさか。あなたが連れ去ったのではないでしょうね!?」
「いえ、わたしじゃないけれど、あの、でもその、別の世界に行ってる可能性が」
しどろもどろでそう言いかけると、静香はハッと口を塞いでよろめいた。戻ってくるから心配ないと言いたかったが、静香の目にはぶわりと涙が湧き上がって、嗚咽を漏らした。
「やっぱりあの子が、選ばれてしまった!」
静香が泣き崩れ取り乱したのを、近くにやってきた人が宥めて部屋に連れていってしまった。
「わたしの役目だったのに!わたしが神に嫁ぐ番だったのに!あの子が代わりに選ばれてしまった!」
悔しいなのか、悲しいのか。良く分からない泣き笑いをする静香をミヤコは黙って見送った。月読みの巫女の役目は、この時代なんだったのだろうか。人柱なんて物騒な儀式もあるようだし、豊穣の祈りでもあるのだろうか。そういえば、おばあちゃんは食にうるさい人だったし、こちらでも向こうでも薬草やら畑やらを作っていた。
そんなふうにのんびり構えていたのだが。
待てども暮らせども、キミヨは帰ってこなかった。いよいよ持って神隠しにあったと噂され、月読みの会が静かに開催された。本来なら、君代が読むはずだった祝詞は天音さんというもう一人の妹が読むことになり、静香は人柱として神木に括り付けられた。
人柱といえば、海を沈めるためだとか、地震を鎮めるためだとかに出される人身御供のことだと思っていたが、神社の裏庭にある御神木ではイマイチ緊張感に欠ける気もする。儀式の一環として残っているものなのだろうと、ミヤコはぼんやり眺めていた。
静香に話しかけても、誰に話しかけてもミヤコの姿も声も誰にも届かないようで、かと言ってこの神社から出ることも叶わず、ミヤコは少し焦燥に駆られていた。
扉をくぐり抜けてきたことで、まさかとは思うが過去に閉じ込められたのではないか、と思い始めたからだ。
「今のわたし、地縛霊みたいなものじゃない?」
が、状況はあっという間に変わった。神木に括られていた静香が叫び始めたのだ。何事かと見てみれば樫の木から黒い瘴気が溢れ出し、静香の体に巻き付いてきたのだ。あっという間に静香の生気が抜かれミイラのように変わっていくのを見て、ミヤコは考える間も無く言霊を紡いだ。
「じ、【浄化】!」
だがミヤコの言葉は全く届いていなかった。このままでは静香が死んでしまう、とミヤコは樫の木に駆け寄り、静香の拘束を解こうとしたが、静香が叫んだ。
「触るな!」
「えっ!」
「近づいてはダメ!人柱の儀式は、真木村家の仕事。人ではないあなたは関わってはいけない!」
「そんなこと言っても!このままじゃ」
「妹に、君代に会えたら伝えて。姉様はあなたを犠牲にしたのだと」
月読みの会。君代が読むはずだった祝詞は、君代をあの世へと誘う歌のはずだった。君代を神の生贄に差し出し、儀式上の人柱は姉である静香が担うことになる。そして次の神の花嫁として、宮司と子をなし巫女を育てる。それが真木村家の生業だった。
3姉妹のうち、一人目は神の妻、二人目は送り手として歌を詠み、一番下の子は生贄として差し出すために育てられたのだ。なのにその肝心の生贄が、月読みの会を目前にして神隠しにあってしまった。神の生贄として、認められなかったのだ。鬼か、天狗に連れて行かれてしまった。だからこの人柱で静香が犠牲になる。神の怒りを鎮めるために、生贄として捧げるのだ。
「でも、でもね。これでよかったの。わたしは君代が役立たずだなんて思えなかった。可愛いわたしの妹。真っ直ぐで、お転婆で、笑顔が大好きな、わたし、の、」
「静香さん!」
気がつけば、静香の姿はもうそこにはなく、神社も見る間に寂れて人の気配も失せた。
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