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壇上の空気は、ひどく静かだった。
フィリオ=ルクレインは、証言台に立ったまま動けなくなっていた。手の中に握りしめていた台本は、すでに何の役にも立たなかった。書かれている言葉のひとつひとつが、自分の声ではないような気がしてきたからだ。
「私は……」
絞り出すように口を開くが、続く言葉が出てこない。
視線の先、断罪席に座るアズナ=グランフォードは、変わらぬ微笑を浮かべていた。まるで、これが茶会の余興であるかのように、静かで、優しく、受け入れる顔をしていた。
だがフィリオには、もう分かっていた。
それは“赦し”ではなかった。
“否定”される前の受容でもなかった。
あの微笑は、自分の怒りも不安も――そして、正義すらも、まるごと呑み込む。何も言わず、何も返さず、ただ「わかっていますよ」と言うだけで、どんな抗議も“異論”に変えてしまう。
「私が……間違っていたのかもしれません……」
その言葉が、思わず口をついて出た。
観客がざわめく。教師陣が顔を上げる。だが誰よりも驚いているのは、他ならぬフィリオ自身だった。
「あなたのそのお言葉は、きっと、あなたにとって勇気だったのですわ」
アズナの声が、柔らかく届く。
「その勇気を、どうかご自分で否定なさらぬように」
反論ではなかった。
否定でもなかった。
ただ、ひとりの少女がもうひとりの少女に“理解”を示す声だった。
「でも……でも私は……っ」
視界が揺れる。心がざわつく。目の奥が熱くなり、視界に滲みが広がった。
「私、ただ……怖かっただけなんです。優しすぎるあなたが……全部許してしまうあなたが……私の居場所まで奪っていくみたいで……」
誰もが息を飲む中、フィリオの声が震える。
「だから、もう……ごめんなさい、アズナ様……!」
フィリオは手にしていた訴状を震える指で引き裂いた。
白い紙がふわりと舞い、静寂の講堂に散っていく。
涙が頬を伝い、足元に落ちる。
フィリオは崩れ落ちるように膝をついた。
アズナは何も言わない。ただ席を立ち、壇上へゆっくりと歩み寄る。
手を差し伸べるでも、抱きとめるでもなく、ただそっと、フィリオの前で立ち止まった。
「あなたの姿は、まるで鏡のようですわ」
フィリオが顔を上げると、アズナの目がまっすぐにこちらを見ていた。
「誰もが自分の姿を、私の中に映してくださる。その痛みも、怒りも、優しさも……すべて、私の中で形を変えて、またあなたに戻ってゆくのです」
それは、断罪ではなかった。
対話でもなかった。
アズナはただ、“鏡”であろうとする存在だった。
その日、学院の歴史に“例外”が刻まれた。
断罪の中止。
それも、対象者の無罪によるものではなく、告発者自身が“撤回”したことによって。
そして誰もが思った。
――これは勝ち負けではない。
――けれど、間違いなく“アズナ=グランフォードの勝利”だったのだと。
フィリオ=ルクレインは、証言台に立ったまま動けなくなっていた。手の中に握りしめていた台本は、すでに何の役にも立たなかった。書かれている言葉のひとつひとつが、自分の声ではないような気がしてきたからだ。
「私は……」
絞り出すように口を開くが、続く言葉が出てこない。
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だがフィリオには、もう分かっていた。
それは“赦し”ではなかった。
“否定”される前の受容でもなかった。
あの微笑は、自分の怒りも不安も――そして、正義すらも、まるごと呑み込む。何も言わず、何も返さず、ただ「わかっていますよ」と言うだけで、どんな抗議も“異論”に変えてしまう。
「私が……間違っていたのかもしれません……」
その言葉が、思わず口をついて出た。
観客がざわめく。教師陣が顔を上げる。だが誰よりも驚いているのは、他ならぬフィリオ自身だった。
「あなたのそのお言葉は、きっと、あなたにとって勇気だったのですわ」
アズナの声が、柔らかく届く。
「その勇気を、どうかご自分で否定なさらぬように」
反論ではなかった。
否定でもなかった。
ただ、ひとりの少女がもうひとりの少女に“理解”を示す声だった。
「でも……でも私は……っ」
視界が揺れる。心がざわつく。目の奥が熱くなり、視界に滲みが広がった。
「私、ただ……怖かっただけなんです。優しすぎるあなたが……全部許してしまうあなたが……私の居場所まで奪っていくみたいで……」
誰もが息を飲む中、フィリオの声が震える。
「だから、もう……ごめんなさい、アズナ様……!」
フィリオは手にしていた訴状を震える指で引き裂いた。
白い紙がふわりと舞い、静寂の講堂に散っていく。
涙が頬を伝い、足元に落ちる。
フィリオは崩れ落ちるように膝をついた。
アズナは何も言わない。ただ席を立ち、壇上へゆっくりと歩み寄る。
手を差し伸べるでも、抱きとめるでもなく、ただそっと、フィリオの前で立ち止まった。
「あなたの姿は、まるで鏡のようですわ」
フィリオが顔を上げると、アズナの目がまっすぐにこちらを見ていた。
「誰もが自分の姿を、私の中に映してくださる。その痛みも、怒りも、優しさも……すべて、私の中で形を変えて、またあなたに戻ってゆくのです」
それは、断罪ではなかった。
対話でもなかった。
アズナはただ、“鏡”であろうとする存在だった。
その日、学院の歴史に“例外”が刻まれた。
断罪の中止。
それも、対象者の無罪によるものではなく、告発者自身が“撤回”したことによって。
そして誰もが思った。
――これは勝ち負けではない。
――けれど、間違いなく“アズナ=グランフォードの勝利”だったのだと。
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