『この悪役令嬢、すべてを許しすぎて逆に怖い』

白石あかね

文字の大きさ
8 / 46

8

しおりを挟む
壇上の空気は、ひどく静かだった。

フィリオ=ルクレインは、証言台に立ったまま動けなくなっていた。手の中に握りしめていた台本は、すでに何の役にも立たなかった。書かれている言葉のひとつひとつが、自分の声ではないような気がしてきたからだ。

「私は……」

絞り出すように口を開くが、続く言葉が出てこない。

視線の先、断罪席に座るアズナ=グランフォードは、変わらぬ微笑を浮かべていた。まるで、これが茶会の余興であるかのように、静かで、優しく、受け入れる顔をしていた。

だがフィリオには、もう分かっていた。

それは“赦し”ではなかった。  
“否定”される前の受容でもなかった。

あの微笑は、自分の怒りも不安も――そして、正義すらも、まるごと呑み込む。何も言わず、何も返さず、ただ「わかっていますよ」と言うだけで、どんな抗議も“異論”に変えてしまう。

「私が……間違っていたのかもしれません……」

その言葉が、思わず口をついて出た。

観客がざわめく。教師陣が顔を上げる。だが誰よりも驚いているのは、他ならぬフィリオ自身だった。

「あなたのそのお言葉は、きっと、あなたにとって勇気だったのですわ」

アズナの声が、柔らかく届く。

「その勇気を、どうかご自分で否定なさらぬように」

反論ではなかった。  
否定でもなかった。  
ただ、ひとりの少女がもうひとりの少女に“理解”を示す声だった。

「でも……でも私は……っ」

視界が揺れる。心がざわつく。目の奥が熱くなり、視界に滲みが広がった。

「私、ただ……怖かっただけなんです。優しすぎるあなたが……全部許してしまうあなたが……私の居場所まで奪っていくみたいで……」

誰もが息を飲む中、フィリオの声が震える。

「だから、もう……ごめんなさい、アズナ様……!」

フィリオは手にしていた訴状を震える指で引き裂いた。  
白い紙がふわりと舞い、静寂の講堂に散っていく。

涙が頬を伝い、足元に落ちる。  
フィリオは崩れ落ちるように膝をついた。

アズナは何も言わない。ただ席を立ち、壇上へゆっくりと歩み寄る。

手を差し伸べるでも、抱きとめるでもなく、ただそっと、フィリオの前で立ち止まった。

「あなたの姿は、まるで鏡のようですわ」

フィリオが顔を上げると、アズナの目がまっすぐにこちらを見ていた。

「誰もが自分の姿を、私の中に映してくださる。その痛みも、怒りも、優しさも……すべて、私の中で形を変えて、またあなたに戻ってゆくのです」

それは、断罪ではなかった。  
対話でもなかった。

アズナはただ、“鏡”であろうとする存在だった。

その日、学院の歴史に“例外”が刻まれた。

断罪の中止。  
それも、対象者の無罪によるものではなく、告発者自身が“撤回”したことによって。

そして誰もが思った。

――これは勝ち負けではない。  
――けれど、間違いなく“アズナ=グランフォードの勝利”だったのだと。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!

クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。 ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。 しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。 ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。 そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。 国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。 樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

婚約破棄された際もらった慰謝料で田舎の土地を買い農家になった元貴族令嬢、野菜を買いにきたベジタリアン第三王子に求婚される

さら
恋愛
婚約破棄された元伯爵令嬢クラリス。 慰謝料代わりに受け取った金で田舎の小さな土地を買い、農業を始めることに。泥にまみれて種を撒き、水をやり、必死に生きる日々。貴族の煌びやかな日々は失ったけれど、土と共に過ごす穏やかな時間が、彼女に新しい幸せをくれる――はずだった。 だがある日、畑に現れたのは野菜好きで有名な第三王子レオニール。 「この野菜は……他とは違う。僕は、あなたが欲しい」 そう言って真剣な瞳で求婚してきて!? 王妃も兄王子たちも立ちはだかる。 「身分違いの恋」なんて笑われても、二人の気持ちは揺るがない。荒れ地を畑に変えるように、愛もまた努力で実を結ぶのか――。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

婚約破棄に応じる代わりにワンナイトした結果、婚約者の様子がおかしくなった

アマイ
恋愛
セシルには大嫌いな婚約者がいる。そして婚約者フレデリックもまたセシルを嫌い、社交界で浮名を流しては婚約破棄を迫っていた。 そんな歪な関係を続けること十年、セシルはとある事情からワンナイトを条件に婚約破棄に応じることにした。 しかし、ことに及んでからフレデリックの様子が何だかおかしい。あの……話が違うんですけど!?

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

処理中です...