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壇上に残されたのは、誰の言葉でもなかった。
告発者であるフィリオ=ルクレインは、涙の跡も拭わぬまま控席に戻され、断罪席のアズナ=グランフォードは一言も発さずに微笑を湛え続けていた。
そして、生徒会室に設けられた審問席。副会長のシュヴァンツは、片手に持った判定用紙をしばらく見下ろし、その唇を何度も閉じかけては開き、最終的に言葉を吐き出した。
「……裁定不能。記録、抹消とする」
その声は、驚くほど淡々としていた。だがその意味は、会場の誰よりも理解していた。
“断罪劇”という制度は、確かに存在していた。学院内での秩序を保つための象徴的行事。だが、その正当性は、あくまで“罪を断つための場”であり、誰かの感情や疑念を裁定へと変換できてこそ機能するものだった。
今回、それは――成立しなかった。
「なぜ記録抹消まで……?」
「じゃあ、最初から何もなかったってこと……?」
「アズナ様を裁けるわけ、なかったんだ……」
観客席のざわめきが、時間差で広がっていく。理解と混乱の間を揺れ動くその声が、やがて講堂全体に奇妙な静寂を連れてきた。
壇上からアズナがゆっくりと立ち上がった。
「このたびは、お騒がせいたしました。皆さまの貴重なお時間を頂戴し、申し訳ございませんでしたわ」
丁寧に、深く、腰を折って頭を下げるその姿は、まるで式典の主催者であるかのような威厳と優美さを備えていた。
誰ひとりとして、その姿を“敗者”と見なす者はいなかった。
それどころか、彼女に疑念を向けたことすら、まるで“失礼だった”かのような空気が、自然と場を包んでいく。
その日、生徒会室では教師と生徒会役員による緊急協議が続いた。
「断罪裁定の正式無効、ということでよろしいか」
ライナス教師の問いに、シュヴァンツは一度目を伏せ、口元を引き結んだあとで頷いた。
「はい……正当な訴えがあったにもかかわらず、それを成立させるだけの“罪の構造”が見出せなかった。ならば、制度の枠で処理するべきではないでしょう」
ギルバートが静かに記録を閉じた。
“断罪不能”。この単語が、記録魔法により公式に刻まれた。
その数刻後、学院の中央掲示板には、一枚の紙が貼り出された。
《断罪裁定 無効
提出者:フィリオ=ルクレイン
対象者:アズナ=グランフォード
備考:裁定不能につき、記録抹消・措置終了》
簡潔な文言。白紙に近いその記述は、まるで“すべてがなかったこと”を告げる証明のようだった。
夕暮れ、学生たちがその紙の前に集まり、何も言わずに立ち尽くしていた。
「もう……誰もアズナ様に逆らえないな」
ぽつりと漏れたその言葉に、誰も反論しなかった。
アズナはその背に、敗北の影すら残さなかった。ただ、何もかもを受け入れた者として、“制度さえも超えた存在”として講堂を後にした。
それは、制度の崩壊ではない。
制度そのものが“アズナという存在に負けた”のだ。
その瞬間から、生徒たちの間には新たな了解が静かに浸透していく。
――アズナ=グランフォードに逆らうことは、無意味だ。
誰もがそれを口には出さず、けれども確かに、理解し始めていた。
告発者であるフィリオ=ルクレインは、涙の跡も拭わぬまま控席に戻され、断罪席のアズナ=グランフォードは一言も発さずに微笑を湛え続けていた。
そして、生徒会室に設けられた審問席。副会長のシュヴァンツは、片手に持った判定用紙をしばらく見下ろし、その唇を何度も閉じかけては開き、最終的に言葉を吐き出した。
「……裁定不能。記録、抹消とする」
その声は、驚くほど淡々としていた。だがその意味は、会場の誰よりも理解していた。
“断罪劇”という制度は、確かに存在していた。学院内での秩序を保つための象徴的行事。だが、その正当性は、あくまで“罪を断つための場”であり、誰かの感情や疑念を裁定へと変換できてこそ機能するものだった。
今回、それは――成立しなかった。
「なぜ記録抹消まで……?」
「じゃあ、最初から何もなかったってこと……?」
「アズナ様を裁けるわけ、なかったんだ……」
観客席のざわめきが、時間差で広がっていく。理解と混乱の間を揺れ動くその声が、やがて講堂全体に奇妙な静寂を連れてきた。
壇上からアズナがゆっくりと立ち上がった。
「このたびは、お騒がせいたしました。皆さまの貴重なお時間を頂戴し、申し訳ございませんでしたわ」
丁寧に、深く、腰を折って頭を下げるその姿は、まるで式典の主催者であるかのような威厳と優美さを備えていた。
誰ひとりとして、その姿を“敗者”と見なす者はいなかった。
それどころか、彼女に疑念を向けたことすら、まるで“失礼だった”かのような空気が、自然と場を包んでいく。
その日、生徒会室では教師と生徒会役員による緊急協議が続いた。
「断罪裁定の正式無効、ということでよろしいか」
ライナス教師の問いに、シュヴァンツは一度目を伏せ、口元を引き結んだあとで頷いた。
「はい……正当な訴えがあったにもかかわらず、それを成立させるだけの“罪の構造”が見出せなかった。ならば、制度の枠で処理するべきではないでしょう」
ギルバートが静かに記録を閉じた。
“断罪不能”。この単語が、記録魔法により公式に刻まれた。
その数刻後、学院の中央掲示板には、一枚の紙が貼り出された。
《断罪裁定 無効
提出者:フィリオ=ルクレイン
対象者:アズナ=グランフォード
備考:裁定不能につき、記録抹消・措置終了》
簡潔な文言。白紙に近いその記述は、まるで“すべてがなかったこと”を告げる証明のようだった。
夕暮れ、学生たちがその紙の前に集まり、何も言わずに立ち尽くしていた。
「もう……誰もアズナ様に逆らえないな」
ぽつりと漏れたその言葉に、誰も反論しなかった。
アズナはその背に、敗北の影すら残さなかった。ただ、何もかもを受け入れた者として、“制度さえも超えた存在”として講堂を後にした。
それは、制度の崩壊ではない。
制度そのものが“アズナという存在に負けた”のだ。
その瞬間から、生徒たちの間には新たな了解が静かに浸透していく。
――アズナ=グランフォードに逆らうことは、無意味だ。
誰もがそれを口には出さず、けれども確かに、理解し始めていた。
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