『この悪役令嬢、すべてを許しすぎて逆に怖い』

白石あかね

文字の大きさ
9 / 46

9

しおりを挟む
壇上に残されたのは、誰の言葉でもなかった。

告発者であるフィリオ=ルクレインは、涙の跡も拭わぬまま控席に戻され、断罪席のアズナ=グランフォードは一言も発さずに微笑を湛え続けていた。

そして、生徒会室に設けられた審問席。副会長のシュヴァンツは、片手に持った判定用紙をしばらく見下ろし、その唇を何度も閉じかけては開き、最終的に言葉を吐き出した。

「……裁定不能。記録、抹消とする」

その声は、驚くほど淡々としていた。だがその意味は、会場の誰よりも理解していた。

“断罪劇”という制度は、確かに存在していた。学院内での秩序を保つための象徴的行事。だが、その正当性は、あくまで“罪を断つための場”であり、誰かの感情や疑念を裁定へと変換できてこそ機能するものだった。

今回、それは――成立しなかった。

「なぜ記録抹消まで……?」

「じゃあ、最初から何もなかったってこと……?」

「アズナ様を裁けるわけ、なかったんだ……」

観客席のざわめきが、時間差で広がっていく。理解と混乱の間を揺れ動くその声が、やがて講堂全体に奇妙な静寂を連れてきた。

壇上からアズナがゆっくりと立ち上がった。

「このたびは、お騒がせいたしました。皆さまの貴重なお時間を頂戴し、申し訳ございませんでしたわ」

丁寧に、深く、腰を折って頭を下げるその姿は、まるで式典の主催者であるかのような威厳と優美さを備えていた。

誰ひとりとして、その姿を“敗者”と見なす者はいなかった。

それどころか、彼女に疑念を向けたことすら、まるで“失礼だった”かのような空気が、自然と場を包んでいく。

その日、生徒会室では教師と生徒会役員による緊急協議が続いた。

「断罪裁定の正式無効、ということでよろしいか」

ライナス教師の問いに、シュヴァンツは一度目を伏せ、口元を引き結んだあとで頷いた。

「はい……正当な訴えがあったにもかかわらず、それを成立させるだけの“罪の構造”が見出せなかった。ならば、制度の枠で処理するべきではないでしょう」

ギルバートが静かに記録を閉じた。

“断罪不能”。この単語が、記録魔法により公式に刻まれた。

その数刻後、学院の中央掲示板には、一枚の紙が貼り出された。

《断罪裁定 無効  
 提出者:フィリオ=ルクレイン  
 対象者:アズナ=グランフォード  
 備考:裁定不能につき、記録抹消・措置終了》

簡潔な文言。白紙に近いその記述は、まるで“すべてがなかったこと”を告げる証明のようだった。

夕暮れ、学生たちがその紙の前に集まり、何も言わずに立ち尽くしていた。

「もう……誰もアズナ様に逆らえないな」

ぽつりと漏れたその言葉に、誰も反論しなかった。

アズナはその背に、敗北の影すら残さなかった。ただ、何もかもを受け入れた者として、“制度さえも超えた存在”として講堂を後にした。

それは、制度の崩壊ではない。

制度そのものが“アズナという存在に負けた”のだ。

その瞬間から、生徒たちの間には新たな了解が静かに浸透していく。

――アズナ=グランフォードに逆らうことは、無意味だ。

誰もがそれを口には出さず、けれども確かに、理解し始めていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話

よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。 「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

記憶を無くした、悪役令嬢マリーの奇跡の愛

三色団子
恋愛
豪奢な天蓋付きベッドの中だった。薬品の匂いと、微かに薔薇の香りが混ざり合う、慣れない空間。 ​「……ここは?」 ​か細く漏れた声は、まるで他人のもののようだった。喉が渇いてたまらない。 ​顔を上げようとすると、ずきりとした痛みが後頭部を襲い、思わず呻く。その拍子に、自分の指先に視線が落ちた。驚くほどきめ細やかで、手入れの行き届いた指。まるで象牙細工のように完璧だが、酷く見覚えがない。 ​私は一体、誰なのだろう?

婚約破棄された際もらった慰謝料で田舎の土地を買い農家になった元貴族令嬢、野菜を買いにきたベジタリアン第三王子に求婚される

さら
恋愛
婚約破棄された元伯爵令嬢クラリス。 慰謝料代わりに受け取った金で田舎の小さな土地を買い、農業を始めることに。泥にまみれて種を撒き、水をやり、必死に生きる日々。貴族の煌びやかな日々は失ったけれど、土と共に過ごす穏やかな時間が、彼女に新しい幸せをくれる――はずだった。 だがある日、畑に現れたのは野菜好きで有名な第三王子レオニール。 「この野菜は……他とは違う。僕は、あなたが欲しい」 そう言って真剣な瞳で求婚してきて!? 王妃も兄王子たちも立ちはだかる。 「身分違いの恋」なんて笑われても、二人の気持ちは揺るがない。荒れ地を畑に変えるように、愛もまた努力で実を結ぶのか――。

婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた

夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。 そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。 婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

処理中です...