『この悪役令嬢、すべてを許しすぎて逆に怖い』

白石あかね

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午後の日差しが斜めに差し込む中庭の広場。季節の花が彩りを添えるその中心で、セリア=マーレは、深く息を吸い込んだ。

「……今度こそ。この異常な空気を、壊してやる」

学院中に漂う“あの笑顔への礼賛”。  
誰もが疑いもせず、アズナ=グランフォードの存在を“正義”として受け入れている。  
そんな世界に、セリアは孤独な違和感を抱いていた。

前回の失敗から学んだ。  
ただ突撃するだけでは、誰の心も動かせない。  
だから今回は、言葉で、人の心に訴えると決めていた。

彼女は昼休みの時間を狙い、中庭に集まる生徒たちの前に立つと、凜とした声を張り上げた。

「皆、気づいているでしょう? あの“優しさ”が、わたしたちから“考える力”を奪っていっていることを!」

数名が顔を上げた。けれど、誰も応じない。

「いつからでしょうね、“微笑まれたい”という願いが、“彼女に従う”という行動に変わってしまったのは。これは赦しではありません! これは、――支配です!」

その声に反論する者はいなかった。だが――拍手も、賛同も起きなかった。

沈黙。広がる無音の空白。

皆がただ“黙って見ている”という事実が、セリアを追い詰める。

「お願い……誰か……わたしの言葉を、疑ってでもいいから、聞いて……!」

それでも返ってくるのは沈黙だけだった。

凍えるような空気が背筋を這い、心が音もなく砕けていくその瞬間――

「セリア様、寒くはございませんか?」

やわらかな声が、空気をすっと割った。

アズナ=グランフォードが、いつのまにか広場に立っていた。  
手には、深紅のマント。自身の制服の上からはずし、軽やかな所作でセリアの肩にかける。

「お声を張られて、お身体が冷えてしまったのではと……どうぞ、暖を取ってくださいませ」

沈黙が、さらに深くなった。  
だが、それはもう“拒絶”ではなかった。  
皆が見守るのは、もはや“対決の場”ではなく、“一方的な癒しの光景”だった。

セリアは、声も出せずにその場に立ち尽くした。  
肩にかけられたマントの重み。そこに染み込んだ微かな香り。  
悔しさで震えていたはずの手が、力なくマントの端を握る。

「……なによ、それ……こんなふうにされたら……私、どうすればいいのよ……!」

そう叫びたかったのに、声は出なかった。  
代わりに、ぽろりと涙が一粒、頬を伝って落ちていった。

アズナは何も言わず、ただそっとその様子を見守るだけだった。  
優しさも、冷たさもない。そこにあるのは、徹底した“理解”の姿勢だけ。

セリアは崩れ落ちるようにその場に座り込み、静かに嗚咽を漏らした。

――敗北。

けれどそれは、力でねじ伏せられたものではない。  
むしろ、“受け入れられた”ことで崩れてしまう、奇妙な敗北だった。

その日、学院中にもうひとつの理解が広がった。

“アズナ様に逆らえば、苦しみが待っているわけではない。  
でも、逆らった先にあるのは、赦されてしまう苦しみだ。”

戦いすらさせてもらえず、怒りも無効化され、  
気がつけば、自らの手でアズナの微笑を望むようになっている。

それこそが――彼女の支配の、真の形だった。
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