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特別通話室――
学院の中でも王族や使節の交渉にのみ用いられる、格式高き空間。
今日、その場にアズナ=グランフォードの姿があった。
机上には、王宮の紋章が刻まれた封書。
周囲には通信魔法でつながれた使節の幻影が、威厳をもって並んでいる。
「アズナ=グランフォード殿。
王宮より、王太子レオン=フォン=アルセリオ殿下との婚約を正式に求めるものである」
先頭の使節がそう告げたとき、室内に一瞬、緊張が走った。
それは王家の“意志”。
学院という教育機関を超えた、国家の決定であり、王太子妃としての立場を意味する。
だがアズナは、微笑を変えぬまま、小さく頭を下げた。
「そのような栄誉を賜り、感謝申し上げます」
丁寧で、淀みのない所作。
だが、次に続いた言葉は――
「けれど、わたくしはそのお話をお受けすることはできません」
通信の魔力がわずかに揺らいだ。
使節の姿がわずかに硬直する。
「……理由を、伺っても?」
アズナは少しだけ、視線を伏せた。
香がわずかに揺れ、空気が柔らかくなる。
「わたくしは、誰かお一人を“特別に選ぶ”ことができません。
それは、選ばれなかった他の方を“否定する”ことになりますから。
わたくしの在り方は、“皆さまに等しく微笑むこと”にございます」
その声は、確かにやさしく――しかし、明確な拒絶だった。
使節のひとりが、信じられぬというように口を開く。
「……それは、王家の意志をも、否定するということか?」
アズナは、淡く微笑んだまま、静かに頷いた。
「はい。“誰の意志であっても”ですわ。
わたくしは、制度や権威に従うことよりも、皆さまの“心の平穏”を大切にしたいのです」
通話はそれ以上続かず、使節たちはひとつ、またひとつと通信を閉じていった。
室内に残されたのは、香と静けさ、そして変わらぬアズナの微笑。
だが――その外では、波紋が広がっていた。
王宮に戻った使節団の報告により、
「王家の意志すら受け入れぬ者」として、
アズナ=グランフォードの名は、制度上の“特異存在”として扱われ始める。
学院は動揺し、教師会は再び緊急協議を始めた。
「彼女は果たして、教育の対象か、それとも……別の何かか」
すでに彼女は、庇護されるべき生徒ではなかった。
アズナ=グランフォード。
その存在は、今や“王国秩序に組み込めぬ者”として、
静かに――しかし、確実に“制度の外”へと歩み始めていた。
学院の中でも王族や使節の交渉にのみ用いられる、格式高き空間。
今日、その場にアズナ=グランフォードの姿があった。
机上には、王宮の紋章が刻まれた封書。
周囲には通信魔法でつながれた使節の幻影が、威厳をもって並んでいる。
「アズナ=グランフォード殿。
王宮より、王太子レオン=フォン=アルセリオ殿下との婚約を正式に求めるものである」
先頭の使節がそう告げたとき、室内に一瞬、緊張が走った。
それは王家の“意志”。
学院という教育機関を超えた、国家の決定であり、王太子妃としての立場を意味する。
だがアズナは、微笑を変えぬまま、小さく頭を下げた。
「そのような栄誉を賜り、感謝申し上げます」
丁寧で、淀みのない所作。
だが、次に続いた言葉は――
「けれど、わたくしはそのお話をお受けすることはできません」
通信の魔力がわずかに揺らいだ。
使節の姿がわずかに硬直する。
「……理由を、伺っても?」
アズナは少しだけ、視線を伏せた。
香がわずかに揺れ、空気が柔らかくなる。
「わたくしは、誰かお一人を“特別に選ぶ”ことができません。
それは、選ばれなかった他の方を“否定する”ことになりますから。
わたくしの在り方は、“皆さまに等しく微笑むこと”にございます」
その声は、確かにやさしく――しかし、明確な拒絶だった。
使節のひとりが、信じられぬというように口を開く。
「……それは、王家の意志をも、否定するということか?」
アズナは、淡く微笑んだまま、静かに頷いた。
「はい。“誰の意志であっても”ですわ。
わたくしは、制度や権威に従うことよりも、皆さまの“心の平穏”を大切にしたいのです」
通話はそれ以上続かず、使節たちはひとつ、またひとつと通信を閉じていった。
室内に残されたのは、香と静けさ、そして変わらぬアズナの微笑。
だが――その外では、波紋が広がっていた。
王宮に戻った使節団の報告により、
「王家の意志すら受け入れぬ者」として、
アズナ=グランフォードの名は、制度上の“特異存在”として扱われ始める。
学院は動揺し、教師会は再び緊急協議を始めた。
「彼女は果たして、教育の対象か、それとも……別の何かか」
すでに彼女は、庇護されるべき生徒ではなかった。
アズナ=グランフォード。
その存在は、今や“王国秩序に組み込めぬ者”として、
静かに――しかし、確実に“制度の外”へと歩み始めていた。
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