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旧学生談話室――
今では誰も使わなくなった、学院の片隅の小部屋。
夜の灯りがぼんやりと照らすその空間に、五人の生徒が集まっていた。
テーブルには、用意された茶と菓子。
だが誰の手も伸びない。
空気は張り詰め、沈黙がしばらく支配していた。
その静寂を破ったのは、副会長シュヴァンツだった。
「……集まってくれて、ありがとう。
今日、話したいのは一つだけ。
“僕たちは、アズナ=グランフォードにNOを言えるのか?”」
言葉の重さに、場の空気がわずかに揺れる。
ここに集められたのは、かつてアズナに“許された”経験を持つ生徒たちだった。
彼女の微笑に救われた者、彼女の香に安らぎを得た者、
そしてその優しさに戸惑いながらも、距離を保てなかった者たち。
「僕たちは、もう“自分の意志”で彼女と向き合えていない気がするんだ。
赦されたことをありがたがって、それに溺れてる。
……それって、本当に自由か?」
誰かが唇を噛む。
誰かが視線を落とす。
「だから、立ち上げた。“アズナにNOを言う会”」
冗談のような名に、誰も笑わなかった。
「目的はひとつ。
“微笑みに流されず、自分の言葉で、彼女に対してNOと言えるかどうか”を確かめる。
ただ、それだけなんだ」
ひとりの生徒が、静かに口を開いた。
「わたし、アズナ様に断罪を免れたとき、本当に救われたって思ったの。
でも……最近は、そのときから何かを“預けっぱなし”にしてる気がして……」
「わたしも……“あの香りがなければ眠れない”って気づいたとき、少し怖くなった」
うなずき合う者たち。
少しずつ、言葉が交わされ始める。
“彼女のいない空気に耐えられない”
“許されなければ、自分の存在価値がない気がする”
――それは信仰ではなかった。
依存だった。
けれど、その夜の会合は、ひとつの問いによって再び沈黙に包まれる。
「……じゃあ、彼女の“本当の意図”って、なんだと思う?」
その瞬間、全員の口が止まった。
“アズナの意図”に触れた瞬間、全身に走る言葉にならぬ圧。
言葉が出ない。
声帯が震えない。
脳が“喋ること”を拒否しているかのようだった。
「……なあ、俺だけかもしれないけど……彼女に逆らうって、
考えるだけで、胸が苦しくなるんだ」
「……ううん、わたしも。
なんか、“そう思ってはいけない”って、身体が拒否するの……」
理性ではない。条件反射だった。
シュヴァンツは、拳を握る。
「これは……もう支配だ。優しさに包まれた、完璧な服従」
だがその言葉に、誰ひとり声を上げて賛同できなかった。
言葉が、出ない。
“彼女にNOを言う”
それだけのことが、どれほど困難であるかを――
彼らは、沈黙という形で思い知っていた。
その夜、旧談話室は“自由意志の亡霊”たちで満ちていた。
今では誰も使わなくなった、学院の片隅の小部屋。
夜の灯りがぼんやりと照らすその空間に、五人の生徒が集まっていた。
テーブルには、用意された茶と菓子。
だが誰の手も伸びない。
空気は張り詰め、沈黙がしばらく支配していた。
その静寂を破ったのは、副会長シュヴァンツだった。
「……集まってくれて、ありがとう。
今日、話したいのは一つだけ。
“僕たちは、アズナ=グランフォードにNOを言えるのか?”」
言葉の重さに、場の空気がわずかに揺れる。
ここに集められたのは、かつてアズナに“許された”経験を持つ生徒たちだった。
彼女の微笑に救われた者、彼女の香に安らぎを得た者、
そしてその優しさに戸惑いながらも、距離を保てなかった者たち。
「僕たちは、もう“自分の意志”で彼女と向き合えていない気がするんだ。
赦されたことをありがたがって、それに溺れてる。
……それって、本当に自由か?」
誰かが唇を噛む。
誰かが視線を落とす。
「だから、立ち上げた。“アズナにNOを言う会”」
冗談のような名に、誰も笑わなかった。
「目的はひとつ。
“微笑みに流されず、自分の言葉で、彼女に対してNOと言えるかどうか”を確かめる。
ただ、それだけなんだ」
ひとりの生徒が、静かに口を開いた。
「わたし、アズナ様に断罪を免れたとき、本当に救われたって思ったの。
でも……最近は、そのときから何かを“預けっぱなし”にしてる気がして……」
「わたしも……“あの香りがなければ眠れない”って気づいたとき、少し怖くなった」
うなずき合う者たち。
少しずつ、言葉が交わされ始める。
“彼女のいない空気に耐えられない”
“許されなければ、自分の存在価値がない気がする”
――それは信仰ではなかった。
依存だった。
けれど、その夜の会合は、ひとつの問いによって再び沈黙に包まれる。
「……じゃあ、彼女の“本当の意図”って、なんだと思う?」
その瞬間、全員の口が止まった。
“アズナの意図”に触れた瞬間、全身に走る言葉にならぬ圧。
言葉が出ない。
声帯が震えない。
脳が“喋ること”を拒否しているかのようだった。
「……なあ、俺だけかもしれないけど……彼女に逆らうって、
考えるだけで、胸が苦しくなるんだ」
「……ううん、わたしも。
なんか、“そう思ってはいけない”って、身体が拒否するの……」
理性ではない。条件反射だった。
シュヴァンツは、拳を握る。
「これは……もう支配だ。優しさに包まれた、完璧な服従」
だがその言葉に、誰ひとり声を上げて賛同できなかった。
言葉が、出ない。
“彼女にNOを言う”
それだけのことが、どれほど困難であるかを――
彼らは、沈黙という形で思い知っていた。
その夜、旧談話室は“自由意志の亡霊”たちで満ちていた。
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